健康寿命はキャリアの通貨である
厚生労働省の公表データでは、日本の女性の健康寿命は約75.4歳[1]。平均寿命との差はおよそ12年[1]あり、この期間は「日常生活に何らかの制限がある可能性が高い」フェーズと解釈されます。OECDのレビューでも、健康状態と雇用・収入は双方向に影響し合うと報告されています[2]。編集部が各種データを読み解くと、健康寿命はキャリアの持続可能性を規定する“見えない資本”だという結論に行き着きます。きれいごとだけでは続かないミッドキャリア。だからこそ、数字を現実の働き方に落とし、今日から変えられる設計に変換していきます。
健康寿命は「病気がない期間」ではなく、自分らしく働き・学び・稼ぐ力を発揮できる期間と捉えると実感を伴います。研究知見では、良好な主観的健康は生産性や昇進の可能性と関連し、欠勤・プレゼンティーズム(出勤しているが力を出し切れない状態)を減らす方向に働くことが示されています[2]。つまり健康はコストではなく、キャリアの選択肢を増やす投資です。
WHOは成人に対し、中強度の有酸素運動150〜300分/週+筋力トレーニング週2回を推奨します[3]。これは長寿のためだけではなく、意思決定やストレス耐性など仕事の基礎体力を底上げする設計図と捉えられます[3]。編集部の視点では、時間を「働く・回復する・学ぶ」に配分し、健康寿命を“キャリアの通貨”へ両替する発想が理にかなっています。
経済的視点:投資の回収先は明確
健康投資の回収先は抽象的ではありません。例えば、午前の認知資源が高い時間を企画や分析に配し、午後のエネルギーが落ちやすい時間は打ち合わせや軽作業に寄せるだけで、同じ労働時間でも成果の質が変わるという示唆があります[2]。さらに、週2回の筋トレと十分な睡眠は意思決定の精度や情動の安定に寄与するとされ[3,4,5]、会議で譲らないべき論点を粘り強く主張できる土台になります。成果が積み上がれば、評価・役割・報酬というキャリアの三位一体も動き出します。
時間戦略:延びる就業期間を見据える
定年や再雇用の伸長、キャリアの複線化により、就業期間は長期化しています。「5年で燃え尽きる働き方」より「20年持つ働き方」を設計できる人は、役割の波に翻弄されにくい。例えば、毎年の繁忙期に合わせて事前に回復を仕込む、転機のたびに学び直しのテーマを更新する、将来のポジションを見据えて関係資本を育てるなど、長距離戦仕様にチューニングしていく発想が健康寿命と相性が良いのです。
ミッドキャリアの現実と「体調×働き方」の方程式
35〜45歳は、責任の重い役割、家庭やケアの負担、組織変化の波が重なりやすい時期です。総務省の労働力調査では、35〜44歳女性の就業率は8割前後まで上がっています[6]。機会は広がる一方で、回復時間の不足や症状のゆらぎがパフォーマンスを不安定にする現実も、編集部には数多く届いています。
症状マネジメントと仕事の設計
更年期前後の不調は個人差が大きいものの、ほてり、睡眠の質低下、気分や集中の波などが重なると、キャリアの意思決定に影響しやすくなります。医学文献によると、睡眠の質は実行機能(計画・抑制・切替)に直結し、短時間睡眠はエラーや記憶の不安定化を招きやすいと報告されています[5]。さらに、睡眠問題は疲労感や情動の不安定、判断力の低下と関連し、事故リスクや健康リスク(例:睡眠時無呼吸と循環器系リスク)への影響も指摘されています[4]。ここでの鍵は、「治す」ではなく「波に合わせて働き方を調整する」発想です。午後にほてりやすいなら重要会議は午前に置く、連続2時間の会議を50分単位に見直す、冷感アイテムや薄手のレイヤーで体温調整の自由度を確保する。症状の記録を1〜2カ月続けると、自分の波が見えてきます。
回復資本を削らない境界線
在宅勤務やハイブリッド環境では、仕事と生活の境界が曖昧になりがちです。1時間に1回立ち上がる、目の焦点を遠くに移す、軽いストレッチを挟むだけでも、夕方の決断の質が変わるはずです。メールの即レス文化に飲まれず、「深い仕事」の時間帯をカレンダーでブロックし、通知をオフにする。これはわがままではなく、成果を守るためのプロ仕様の手当てです。
編集部からの補足として、制度も味方にしましょう。フレックスや時差勤務、在宅勤務の活用、下限工数の一時調整、業務分担の再設計など、交渉は“体調の不確実性を前提に持続可能性を高める”ための行動です。社内の相談窓口や産業保健の情報は見落とされがちですが、働き方の“回路変更”を後押ししてくれます。
今日からできる「健康×キャリア」の仕事設計
ここからは、ミッドキャリアの現実に合わせた実装アイデアを、データの示唆と日常の文脈でつなぎます。ポイントは、習慣を小さく・先に予定化し・仕事の流れに埋め込むことです。
エネルギーの波に合わせたタスクリズム
最初に、自分の一日を「頭が冴える時間」「集中が落ちる時間」「回復しやすい時間」にラフに分けます。2週間ほど、睡眠時間、起床後の眠気、会議の負荷、食後のだるさを手帳やアプリにメモするだけで十分です。波が見え始めたら、難度の高い企画・交渉・学習はピーク帯に固定し、メール整理や申請類は谷に移す。会議は50分運用にして10分の回復を先にカレンダーに入れる。これだけで夕方の“ガス欠会議”が目に見えて減ります。
シンプルで続く運動×休息の仕込み
WHOのガイドラインをそのまま達成しようとすると途端にハードルが上がります。編集部のおすすめは、通勤や家事に運動を混ぜて「足し算」で150分/週へ寄せること[3]。駅一つ手前で降りる、オンライン会議の前に5分の自重スクワットを挟む、買い物は歩きで行く。筋力トレーニングは、腕立て・スクワット・ヒップヒンジの3動作を週2回、各5〜10分でも構いません[3]。休息は「夜のルール」を一つだけ決めると走り出しが楽になります。例えば、就寝の60分前に画面から目を離す、湯船は就寝90分前に入る、午後のカフェインは15時までにする[4]。細部はあなたの生活に合わせてカスタマイズしてください。
交渉と言語化:キャリアを守る対話術
上司やチームにどう伝えるかがハードルだと感じる方へ。コツは、症状ではなく仕事の結果に結びつけて言語化することです。例えば、「午後は集中が落ちやすいので、重要会議は午前に置けると意思決定が速くなります。その分、午後は資料の更新や社外連携に充てます」。あるいは、「今期は週2日の在宅を使って、分析とライティングの生産性を上げたいです。レビューの頻度は維持し、成果物の納期でコミットします」。体調は触れつつ、合意したい条件と成果の担保を同時に提示するのが鍵です。
可視化と点検:月イチの“整える日”
毎月1回、90分だけ「整える日」を自分にプレゼントしてください。カレンダーを3カ月先まで見通し、繁忙期に向けて回復の仕込み(睡眠・運動・食・通院・家事外注の検討)を配置します。学びはテーマを一つに絞り、キャリアの次の役割に必要なスキルを選定して、週のどこに置くかを決める。体調ログを見返し、揺らぎのパターンに気づいたら、会議や出張の配置を微調整する。健康寿命とキャリアの両方を“設計対象”にするだけで、先回りできることが増えます。
知っておきたい基礎情報へのアクセス
制度・健康情報・働き方の知恵は、知るだけで行動が軽くなります。例えば、厚生労働省の健康寿命データはオンラインで公開されており、政策動向も把握できます[1]。運動や睡眠に関する基礎的なガイドはWHOや国立研究機関が提供しています[3]。NOWH内でも、「静かな野心とキャリア設計」「プレ更年期の基礎知識」「ケアと仕事の両立アイデア」といった関連記事を随時更新しています。必要なときに戻れる“知の拠点”を、ブックマークで手元に置いてください。
まとめ
数字は冷たいようでいて、希望の余白をくれます。女性の健康寿命は約75.4歳[1]。平均寿命との差は約12年[1]。このギャップを埋めるカギは、名もない日々の選択の積み重ねでした。会議を50分に見直す、1時間に一度立ち上がる、通勤を10分だけ歩きに変える、就寝前60分は画面から離れる。どれも小さいのに、明日のあなたの判断と集中を支え、キャリアの通貨を増やしていきます。
いまの働き方に、どの1ミリを足しますか。次の1週間だけで構いません。手帳に小さな実験をひとつ書き込み、終わったら丸をつける。うまくいったら続け、合わなければ別の方法を試す。正解のない揺らぎの中でも、今日の自分にできることは必ずあります。編集部は、あなたの「続けられるキャリア」のそばに、データとことばを置き続けます。
参考文献
- 令和(最新)健康寿命データの解説(厚生労働省公表値の紹介記事). さつき住宅ジャーナル. https://www.satsuki-jutaku.mlit.go.jp/journal/article/p%3D2741#:~:text=Image%20%E4%BB%A4%E5%92%8C%EF%BC%94%EF%BC%882022%EF%BC%89%E5%B9%B4%E5%80%A4%E3%81%AF%E7%94%B7%E6%80%A772
- OECD. Health and work: how health affects employment and earnings. https://www.oecd.org/employment/emp/health-and-work.htm#:~:text=Healthy%20people%20are%20more%20likely,find%20and%20keep%20good%20jobs
- World Health Organization. WHO guidelines on physical activity and sedentary behaviour (2020). NCBI Bookshelf. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK566046/#:~:text=Adults%20should%20also%20do%20muscle,these%20provide%20additional%20health%20benefits
- 厚生労働省. 睡眠の問題と生活への影響に関する報告(検討会資料, 2003). https://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/03/s0331-3.html#:~:text=%E5%AE%B3%E7%AD%89%E3%81%AE%E7%9D%A1%E7%9C%A0%E3%81%AE%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%AF%E3%80%81%E7%96%B2%E5%8A%B4%E6%84%9F%E3%82%92%E3%82%82%E3%81%9F%E3%82%89%E3%81%97%E3%80%81%E6%83%85%E7%B7%92%E3%82%92%E4%B8%8D%E5%AE%89%E5%AE%9A%E3%81%AB%E3%81%97%E3%80%81%E9%81%A9%E5%88%87%E3%81%AA%E5%88%A4%E6%96%AD%E5%8A%9B%E3%82%92%E9%88%9D%E3%82%89%E3%81%9B%E3%82%8B
- Sleep and executive functions(総説). PMC. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5959215/
- 総務省統計局. 労働力調査(基本集計)長期時系列データ(女性・年齢階級別就業率). https://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/03roudou.html