体内時計を乱す「時間のNG」を手放す
まず向き合いたいのは、体内時計(概日リズム)を揺らす行動です。体内時計は規則的な時刻と光で毎日リセットされます[3]。ここが乱れると、眠りは途端に不安定になります。
不規則な就寝・起床と「寝だめ」の落とし穴
平日は0時就寝、休日は2時就寝…というばらついた就寝・起床は、入眠を遅らせ、日中の眠気を増やします[3]。研究データでは、休日に平日より2時間以上朝寝坊する人は、いわゆるソーシャル・ジェットラグ(社会的時差)が強まり、気分とパフォーマンスが低下しやすいことが報告されています[4]。寝だめは短期的に不足分を埋める“応急処置”にはなりますが、体内時計は「一定の時刻」を好むため、毎週リズムを崩すと月曜の寝つきが悪くなるという悪循環を招きます[3]。現実的には、休日の起床時刻は平日から**±1時間以内**に保つのが妥当です。
夜の強い光とスクリーンを見る時間
スマホやPCの強い光は、眠気ホルモンであるメラトニンの分泌を抑え、体内時計を後ろへずらします[5]。研究では、タブレットの強い光を就寝前に2時間見るとメラトニンが約20%前後抑制され、入眠が遅れることが報告されています[6]。「布団に入ってから少しだけ」のつもりが長引くなら、就寝1〜2時間前から明るさと色温度を落とす、SNSはタイマーで区切る、ベッドに持ち込まない、といった“物理的な線引き”が効きます。朝は逆にカーテンを開けて自然光を浴びると、体内時計のズレが補正されます[3]。
摂る・動く・温めるのNGを整える
「何を口にするか」「体をどう動かすか」「いつ温めるか」も睡眠の質を左右します。ここでは、つい頼りたくなる三つの切り札の副作用に目を向けます。
夕方以降のカフェインは長く残る
コーヒーやエナジードリンクに含まれるカフェインの半減期はおおよそ5〜6時間[7]。つまり、夕方の一杯は夜の体にも残ります。Sleep誌の研究では、就寝6時間前のカフェイン摂取でも睡眠を妨げる効果が示されました(Drakeら, 2013)[8]。日中の集中力維持には役立つ一方で、就寝6時間以内は控える、デカフェやハーブティーに切り替える、といった“時間の工夫”が有効です。
「寝酒」は眠りの質をむしばむ
アルコールは入眠を早める一方で、夜半以降に中途覚醒を増やし、レム睡眠を減らすことがレビューで一致しています[9]。深い眠りが分断され、朝の倦怠感につながりやすいのです。どうしても飲む日は量を控え、就寝までに数時間あけて水分もとる。リラックス目的なら、照明を落とした入浴やストレッチに置き換えると、アルコールの代わりに自律神経がゆるみます。
就寝直前の激しい運動・熱すぎる入浴
運動それ自体は睡眠に良い影響が多いのですが、就寝直前の高強度運動は心拍と体温を上げ、入眠を遅らせます[10]。また、42℃以上の熱い湯で長風呂も深部体温を上げすぎ、同様の結果を招きます。研究では、40〜42℃の湯に10〜20分、就寝の1〜2時間前が入眠を早める目安と示されます[11]。夜のトレーニングは就寝3時間前までに切り上げ、入浴は“ぬるめ・短め・少し前”を合言葉に。
環境と行動のNGをやさしく調律する
部屋の条件、日中の過ごし方、ベッドの使い方。毎日の“場とふるまい”が眠りに直結します。少しの調律で、体は素直に応えてくれます。
遅い・重い夕食は消化に負担
就寝直前の高脂肪・辛味の強い食事は、消化活動と逆流を促し、胸焼けや夜間覚醒の引き金になります。消化のリズムを考えると、夕食は就寝の2〜3時間前に終え、量はやや軽めに。どうしても遅くなる日は、炭水化物とたんぱく質を中心にシンプルに、刺激物は翌日に回すのが無理のない折衷案です[3]。
長い・遅い昼寝は夜の眠りを削る
昼寝はパフォーマンス回復に有効ですが、30分を超える長時間や、夕方遅い時間の仮眠は、睡眠圧(眠気)を下げすぎて夜の入眠を遅らせます。おすすめは、15〜20分の短い仮眠を午後3時より前に。どうしても長くなった日は、夜の就寝時刻をわずかに遅らせて帳尻を合わせると、リズムが崩れにくくなります[3]。
寝室の温湿度・光・騒音のミスマッチ
睡眠は環境にとても敏感です。多くのガイドでは、寝室の温度はおおむね16〜19℃(個人差あり)、湿度は40〜60%が目安とされます(National Sleep Foundation)[12]。夏は扇風機で空気を回し、冬は加湿を足すなど、季節ごとの微調整が効きます。光は就寝前に暖色・弱めへ、朝はしっかり明るく。音は30〜40dBでも睡眠が妨げられることがあり、耳栓やホワイトノイズ、カーテンの遮音性向上は小さな投資で大きなリターンになります[13]。
ベッドでの仕事・SNSが招く「覚醒の条件づけ」
ベッドを仕事や動画視聴の場にすると、脳は「ここは覚醒する場所」と学習します。結果、眠気が来てもスイッチが切れない。行動療法の基本は、眠る・親密な時間・体調不良時の休養以外はベッドで過ごさないというシンプルなルールです[3]。どうしてもスマホを触るなら、**ベッドの外の“スマホ椅子”**を決める、電源を玄関で充電する、などの地味な仕掛けが効果的です。
思考のNGを静める——反芻とToDoの持ち込み
横になった瞬間に今日の出来事を思い出し、明日のToDoが脳内会議を始める。35〜45歳の責任と役割の重さは、夜にやって来がちです。入眠を妨げるのは、光やカフェインだけではなく、「認知的な覚醒(考え続けること)」でもあります[3]。ベッドでの反芻思考は、眠りと不安を結びつけてしまうため、寝室に入る前に思考の出口を用意しておくのが賢明です。
具体的には、就寝の1時間前に**「明日の段取りを書き出す」**時間をあえて作ると、ToDoが頭の中から紙へ移動します[14]。さらに、感情が渦巻く日は、3行日記のように「今日できたこと」「助かったこと」「明日に回すこと」を短くメモし、考えを“一旦退避”させると、ベッドで再起動しにくくなります。もし15〜20分で眠れないときは、**一度ベッドを出て、薄暗い場所で単調な行為(本の同じページを眺める、温かい飲み物を少し飲む)**に切り替えるのも、行動療法では定番の選択です[3]。
まとめ——「やめる」を積み重ねて、今夜の睡眠を取り戻す
睡眠の質を下げるNG習慣は、どれも“つい”やってしまうものばかりです。けれども救いは、一度に全部直す必要はないということ。体内時計を乱す寝だめをやめてみる。就寝前のスマホをやめる。夕方のカフェインをやめる。どれか一つを“やめてみた翌朝”の体に、あなたはすぐ気づくはずです。
今日の自分に合う一手は何でしょう。画面の明るさを落とす、明日の段取りを紙に出す、ベッド以外にスマホの置き場を作る。小さな撤退戦の積み重ねが、入眠の速さ・夜の安定・朝のすっきり感という三つの質を押し上げます。ゆらぎの多い時期だからこそ、完璧主義ではなく、やさしいチューニングで。今夜は何を一つ、手放してみますか。
参考文献
- Science Portal(JST). OECDの各国国民の時間の使い方調査(2021年版)に見る各国の睡眠時間. 2023-10-27. https://scienceportal.jst.go.jp/article/20231027_g01/
- Hirshkowitz M, Whiton K, Albert SM, et al. National Sleep Foundation’s sleep time duration recommendations: methodology and results summary. Sleep Health. 2015;1(1):40-43. doi:10.1016/j.sleh.2014.12.010
- 厚生労働省. 健康づくりのための睡眠指針 2003(改訂)報告書. https://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/03/s0331-3.html
- Wittmann M, Dinich J, Merrow M, Roenneberg T. Social jetlag: misalignment of biological and social time. Chronobiol Int. 2006;23(1-2):497-509. doi:10.1080/07420520500545979
- Chang AM, Aeschbach D, Duffy JF, Czeisler CA. Evening use of light-emitting eReaders negatively affects sleep, circadian timing, and next-morning alertness. Proc Natl Acad Sci USA. 2015;112(4):1232-1237. doi:10.1073/pnas.1418490112
- Figueiro MG, Wood B, Plitnick B, Rea MS. The impact of light from tablet computers on melatonin suppression. Lighting Res Technol. 2012;44(4):449-459. doi:10.1177/1477153511432979
- EFSA NDA Panel. Scientific opinion on the safety of caffeine. EFSA Journal. 2015;13(5):4102. doi:10.2903/j.efsa.2015.4102
- Drake C, Roehrs T, Shambroom J, Roth T. Caffeine effects on sleep taken 0, 3, or 6 hours before going to bed. J Clin Sleep Med. 2013;9(11):1195-1200. doi:10.5664/jcsm.3170
- Ebrahim IO, Shapiro CM, Williams AJ, Fenwick PB. Alcohol and sleep I: Effects on normal sleep. Alcohol Clin Exp Res. 2013;37(4):539-549. PMID:23347102
- Stutz J, Eiholzer R, Spengler CM. Effects of evening exercise on sleep in healthy participants: A systematic review and meta-analysis. Sleep Med Rev. 2018;42:64-73. doi:10.1016/j.smrv.2018.06.002
- Haghayegh S, Khoshnevis S, Smolensky MH, Diller KR, Castriotta RJ. Before-bedtime passive body heating by warm shower or bath to improve sleep. A systematic review and meta-analysis. Sleep Med Rev. 2019;46:124-135. doi:10.1016/j.smrv.2019.04.008
- Sleep Foundation. What Is the Best Temperature for Sleep? https://www.sleepfoundation.org/bedroom-environment/best-temperature-for-sleep
- World Health Organization. Environmental Noise Guidelines for the European Region. 2018. https://www.who.int/publications/i/item/9789289053563
- Scullin MK, Krueger ML, Ball J, Pruett N, Bliwise DL. The effects of bedtime writing on sleep onset latency: A polysomnographic study comparing to-do list and completed list. J Exp Psychol Gen. 2018;147(1):139-146. doi:10.1037/xge0000374