更年期と甲状腺、症状が重なる理由
女性は男性の約5〜10倍、甲状腺疾患を発症しやすいとされ、統計では更年期世代の女性のうち約7〜8割が何らかの不調を自覚し、約3割は生活に支障が出るレベルの症状を訴えると報告されています[1,3]。平均閉経年齢はおよそ50歳前後で、35〜45歳はプレ更年期としてホルモンの波が大きくなる時期[2]。医学文献によると、更年期の症状(ほてり、動悸、不眠、気分の落ち込み、体重変化)と、甲状腺機能の乱れによる症状は驚くほど重なることが指摘されています[1]。編集部が各種データを読み解くと、見分け方のポイントは存在し、受診のタイミングや検査の選び方で混乱は減らせることが見えてきました。ここでは、やみくもに不安を煽らず、日常で使える判断軸と行動のヒントをまとめます。
研究データでは、甲状腺ホルモンが体温調節、心拍、代謝、脳の働きに関わるため、機能低下でも亢進でも全身の不調として現れやすいと整理されています[1]。一方、更年期は卵巣機能の変化によりエストロゲンがゆらぎ、自律神経や脳内伝達物質のバランスが崩れやすくなります[2]。結果として、どちらの場合もほてりや動悸、疲労感、睡眠の質の低下、集中力の低下などが生じ、体感としては区別がつきにくいのです[1]。
症状の重なりに拍車をかけるのが、自己免疫の関与です。医学文献では、加齢に伴い甲状腺の自己抗体(抗TPO抗体や抗サイログロブリン抗体)の陽性率が女性でゆるやかに増えること、出産やホルモンの変化の節目で自己免疫性の甲状腺炎が顕在化しやすいことが示されています[1]。プレ更年期〜更年期は生活・仕事の負荷も高まりやすく、ストレスが自律神経を介して不調を増幅するため、原因が一つとは限らないのが現実です[2]
症状の見分け方のヒント
決め手は自己判断ではなく検査ですが、日常の観察でも傾向を拾えます。例えば、体重が増えるのに食欲は落ちて寒がりなら甲状腺機能低下の気配が、逆に食欲が増えて汗が多く心拍が速いなら機能亢進の気配が強まります[1]。首の前側がむくんだように感じる、声がかすれる、髪が急に抜けやすく乾燥する、便秘や下痢が続く、といった全身の「小さなサイン」を組み合わせて捉えることも有用です[1]。ただし、更年期のほてりや不眠、気分の変調と混在する場合が多いため、数週間から数カ月の経過を簡単に記録し、パターンを見ることが実用的です。
ホルモン変化と甲状腺の関係
エストロゲンの変動は甲状腺ホルモンの結合たんぱく(TBG)を通じて血中の見かけの値に影響し得ます[1]。また、エストロゲンやプロゲステロンのゆらぎは免疫系にも作用するため、自己免疫性甲状腺炎のリスクに間接的に関与すると考えられています[1]。研究データでは、女性は一生を通じて男性より甲状腺の自己免疫疾患になりやすいとされ、40代以降に抗体陽性が見つかるケースも珍しくありません[1,3]。ゆえに、更年期の評価では、婦人科的視点と内分泌的視点の両方を持つことが合理的です。
受診・検査の考え方:いつ、どこで、何を調べるか
まず、受診の目安を具体化します。動悸や息切れが強い、手が震える、汗が止まらない、急な体重変化がある、強い寒がりやむくみ、脈が遅い、あるいは日常生活に明確な支障が出ている場合は、早めに医療機関で相談してください。婦人科で更年期の相談をしつつ、必要に応じて内科(内分泌内科)で甲状腺の評価を受ける流れが現実的です。妊娠を希望している場合や不妊治療中は、甲状腺機能のチェックが推奨されるケースもあります[1]
検査は血液検査が中心です。一般的に最初に測るのがTSH(甲状腺刺激ホルモン)で、脳が甲状腺に「もっと働いて」と指令を出しているかを示します。TSHの異常が疑われたら、遊離T4(FT4)や場合によっては遊離T3(FT3)を測定し、体内で使えるホルモン量を確認します[1]。自己免疫の関与が疑われる場合は抗TPO抗体や抗サイログロブリン抗体の測定が参考になり、甲状腺の腫れやしこりが気になるときには超音波検査が役立ちます[1]。基準値は施設や妊娠の有無で異なることがあるため、検査の解釈は医療者と共有することが確実です[1]
受診時には、ここ数カ月の症状のタイムライン、月経周期の変化、体重や脈拍のメモ、服用中の薬・サプリ、家族歴を簡潔に伝えると、診断の精度が上がります。特にヨウ素を多く含む海藻の摂取頻度や、ビオチンなど一部サプリが検査結果に影響する可能性がある点は、医療者に知らせる価値があります[1,4]。編集部としては、「更年期か、甲状腺か」ではなく「両方の可能性を並行して点検する」姿勢が、遠回りに見えて一番の近道だと考えています。
日常でできるセルフケアと現実的な対処
セルフケアは病気を治す魔法ではありませんが、波を小さく整える助けになります。睡眠は最優先の土台です。起床時刻を一定にし、就寝前1時間は画面から距離を置く、朝はカーテンを開けて光を浴びる、カフェインは午後遅くに持ち込まない。こうした小さな積み重ねが、自律神経と甲状腺—脳の連携を守ります。運動は息が弾む程度のウォーキングや自重トレーニングを週数回、短時間でも続けると体温調節や気分の安定に寄与します。強度よりも「続く設計」が鍵です。
栄養は「不足しない」ことを意識します。たんぱく質を毎食で確保し、鉄・セレン・亜鉛・ビタミンDなどの微量栄養素は食事からの摂取を基本にします。医学文献では、重度の不足が甲状腺機能に影響する可能性が示唆されていますが、過剰摂取は逆効果になり得ます[1]。日本は海藻を食べる文化があり、ヨウ素は不足しにくい一方で、過度なヨウ素摂取が甲状腺機能の乱れを誘発することがあると報告されています[1]。サプリは医療者と相談し、検査前はビオチンなど結果に影響する可能性がある製品の一時中止について指示を仰いでください[4]
薬との付き合い方も現実的に考えます。甲状腺ホルモン薬や抗甲状腺薬は用量調整が精密で、自己判断での増減は避けます。更年期の治療として処方されるホルモン補充療法や漢方薬を使う場合は、他の薬・サプリとの相互作用を担当医と共有するのが安心です[2]。複数の科にかかるなら、情報の一本化が安全を守ります。
仕事と家庭の調整は、体調管理の延長線上にあります。波の大きい時間帯を把握し、集中が必要なタスクを「良い時間」に置き、打ち合わせや移動は予備時間を含めて設計します。体調に合わせた選択を周囲に伝えるのは勇気が要りますが、事前に一言共有しておくと、自分の負荷もチームの不安も減ります。「今日は少し遅めのスタートにする」「締め切りの前倒しで波を避ける」といった微調整が、長い目で見た生産性を守ってくれます。
最後に、記録の力を活用します。簡単な症状日記をつけ、睡眠時間、脈の速さの目安、体温、食事やストレスイベントをメモしておくと、受診時の材料になるだけでなく、自分で「波の原因」を掴みやすくなります。数値と言葉で、からだの声に字幕をつけるイメージです。数週間の記録でも、次の一手が見えやすくなります。
まとめ
更年期と甲状腺は、からだの要を担う二つのホルモンシステムです。症状が重なるのは不思議ではなく、むしろ自然な現象だと知ることが、第一歩の安心につながります。検査で状態を可視化し、必要な治療は医療に任せ、睡眠や栄養、運動、仕事の設計といった日常の舵取りで波を整えていく。「どちらか一方」ではなく「両輪」で向き合う姿勢が、遠くまで連れて行ってくれます。
今日できる一歩は、とても小さくて構いません。起床時刻を決める、症状を三行メモする、かかりつけに相談の予約を入れる。その積み重ねが、数週間後のあなたの体調に表れます。いま感じている揺らぎに、仮の名前をつけてみませんか。名前がつくと、ケアの手が届きます。必要なときは、ためらわず専門の窓口へ。あなたのペースで、確かに前に進めます。
参考文献
- Thyroid dysfunction and menopause: overlapping symptoms and management. NCBI PMC. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10398375/
- 日本産科婦人科学会 市民の皆さまへ「更年期とホルモン」 https://www.jsog.or.jp/citizen/5717/
- 東京都 女性の健康ポータル「甲状腺の病気と女性」 https://women-wellness.metro.tokyo.lg.jp/columns/23/
- Biotin interference in immunoassays and its impact on thyroid function tests. NCBI PMC. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5345857/