女性ホルモンのしくみ:エストロゲンとプロゲステロン
日本人女性の閉経の平均年齢はおよそ50歳前後、そして更年期症状は約7〜8割が経験することが知られています[1]。研究データでは、エストロゲンの分泌は30代後半から緩やかに、40代半ばには不規則に揺れ始め、心身のサインとして現れやすくなると示されています[2]。編集部が複数の調査を確認したところ、ホットフラッシュ(のぼせ・ほてり)や睡眠の質の低下、気分の不安定さは、仕事や家事に「地味に効いてくる」実感を持つ人が多いことがわかりました。きれいごとだけでは片付かない、ときに説明のつかない不調に振り回される。その背景にあるのが、女性ホルモンの変化です。専門用語をできる限り日常語に置き換え、今の自分に何が起きているのかを地図のように把握できることを目指して、基礎から整理します。なお、血管運動症状(ホットフラッシュ・寝汗)や睡眠・気分の揺らぎは、更年期の代表的な症状として公的機関やコホート研究でも報告されています[5,7]。
エストロゲンの役割:全身の「しなやかさ」を保つ
研究データでは、エストロゲンは骨の新陳代謝をバランスさせ、血管の拡張を助け、皮膚のコラーゲン維持にも関与することが示されています[3,4]。中でも注目されるのが骨と血管です。閉経にかけてエストロゲンが低下すると骨の分解が進みやすくなり、閉経周辺の数年間で骨密度が下がりやすくなる傾向が報告されています[2,4]。海外の縦断研究では、閉経前後の数年に骨量が集中的に減少する時期があるとする知見もあります(個人差が大きく、生活習慣や体格、栄養状態で幅があります)[4]。また、血管の柔軟性にも影響し、ほてりや動悸といった体の「温度調節のブレ」が起こりやすくなるのもこの時期の特徴です[3,5]。脳の働きとの関わりでは、注意や記憶、睡眠の質に揺らぎが出やすくなることが報告されています[6]。
プロゲステロンの役割:眠りと落ち着きを支える
プロゲステロンは排卵後に分泌が高まり、体温をわずかに上げ、からだを「温めモード」に切り替えます。眠気を感じやすくなるのもこのためです[3]。更年期に入ると排卵が起きにくい周期が増え、プロゲステロンの山が作られない月が増えます。結果として、夜の寝つきが悪い、途中で目が覚める、イライラや不安が増えるといったサインが出やすくなります。これは意志の弱さではなく、ホルモンの波形が変わることで生まれる生理的な現象。自分を責める材料ではなく、状況を把握するヒントとして受け止めたいところです。
40代から始まる変化と「更年期」のとらえ方
更年期は医学的には「閉経(12カ月以上月経が来ない状態)をはさんだ前後の数年間」を指します[2]。日本では閉経の平均が約50歳なので、40代半ばから50代前半が中心です[1]。ただし体の変化はカレンダー通りではありません。30代後半〜40代前半から周期のバラつきが増える人もいれば、50歳近くまで規則的な人もいます[2]。研究では、ホットフラッシュや寝汗などの血管運動症状は、程度に差はあれど中等度以上を経験する人が半数前後いると報告され、海外の大規模研究では持続期間の中央値が約7年というデータもあります[5]。長く感じるのは、決して気のせいではありません。
よくあるサインを「点」ではなく「流れ」で見る
周期の乱れや経血量の変化、PMSの質の変化、寝つきの悪さ、のぼせやすさ、肩こりや関節の違和感、理由のない不安感。どれも単発で見ると「疲れているだけ」「季節のせい」に見えますが、数週間〜数カ月の流れで並べてみると、ホルモンの揺らぎと重なることが少なくありません。編集部に届いた声でも、仕事の山場のたびに不調が出る人、週末にかけて眠れなくなる人など、パターンはさまざま。「最近の自分のリズム」を手帳やアプリに軽くメモするだけでも、対策の精度は上がります。たとえば、排卵期に近い時期は集中力が上がりやすく、黄体期や無排卵の周期では休息を多めに取る、といった微調整がしやすくなります。
受診と検査の目安:数字は「参考書き」に
採血でFSH(卵胞刺激ホルモン)やエストラジオール(E2)を測ると、閉経移行のヒントが得られます。ただし、更年期移行期は数値が日によって大きく揺れるため、1回の数値で白黒をつけるのは現実的ではありません[2]。月経が非常に不規則になった、経血量が極端に増えた・減った、息切れや動悸が強い、強い不安や抑うつが続くといった場合は、婦人科で相談を。甲状腺や貧血、睡眠時無呼吸など、別の原因が隠れていることもあるからです[2]。検査は「原因の切り分け」として活用し、結論づけの材料は、日常の体調メモと合わせて立体的に見ていくのがおすすめです。
今日からできるセルフケア:小さな積み重ねが効いてくる
エビデンスに基づくセルフケアの要は、睡眠・運動・栄養・ストレス対処の四本柱です。派手さはありませんが、ホルモンの波を「受け流しやすい体」に整えるにはこの基盤が効きます[7]。強度の高いことを急に増やす必要はありません。今の生活に1つずつ「足す」「置き換える」感覚で始めるのが続けやすいコツです。
睡眠の質を上げる:体温と光のコントロール
研究では、就寝前1〜2時間の強い光やデジタル機器の使用が入眠を妨げることが示されており、可能であれば夜は光を落として「眠りの前準備」を整えるのが有効です[8]。シャワーよりも短めの入浴で深部体温をいったん上げ、90分前後かけて下がっていく流れを作ると寝つきが良くなる人が多いと報告されています[9]。夜のカフェインやアルコールは一時的に気分を上げても睡眠の質を下げやすいので、量や時間を意識してみてください。眠れない夜が続く時は、睡眠衛生の基本を見直すだけでも、翌朝の体の重さが変わることがあります。
夜中に汗ばむ、途中覚醒が増えるといった更年期特有の悩みには、寝室の温湿度調整や吸湿性の高い寝具も味方になります。環境づくりは「整えると効果が続く投資」です。数分の工夫でも積み上がると効いてきます。
運動:骨・筋・気分に効く「万能のベース」
有酸素運動はほてりの頻度や強さをゆるやかに和らげる可能性があり、生活習慣病予防など含め推奨されています[7]。レジスタンス運動(筋トレ)は筋量と骨密度の維持に役立つことが示されています[4]。目安は、息が上がりすぎない速歩を日常に差し込み、週に2〜3回の全身を使う筋トレを加えるイメージです。激しい内容でなくても、階段を選ぶ、1駅歩く、自重スクワットや腕立ての軽いバリエーションから始めれば十分に「効く」領域に入ります。フォームに不安があれば、40代の筋トレ入門のような基礎解説を参考に、安全に負荷を調整していきましょう。継続のコツは、時間や回数ではなく「心地よさ」を基準にすること。終わったあとに体が軽く、少し眠りやすいなら、そのメニューはあなたに合っています。
栄養:たんぱく質、鉄、カルシウムを土台に
女性ホルモンの変化に伴い、筋量と骨量の維持が課題になります。編集部が栄養学の研究を参照したところ、体重1kgあたり0.9〜1.2gのたんぱく質を目安にすると、筋の合成と回復がスムーズになりやすいとされています[10]。さらに、赤身肉や魚、豆類、葉物に含まれる鉄や葉酸、ビタミンB群は、疲れやすさや集中力の低下の背景にある不足を埋める助けになります。月経が不規則でも出血量が多い周期がある時は、鉄の貯金(フェリチン)が低下しやすいので、食事で意識しつつ、必要なら医療機関での確認も検討してください。骨のためにはカルシウムとビタミンD、そして筋肉の収縮に関わるマグネシウムも重要です[4]。食事の整え方は、鉄不足の基礎知識のような記事で、献立例からイメージすると取り入れやすくなります。
体重管理の文脈では、厳しい制限食よりも「質の高いものを適量」にシフトする方が、ホルモン変動期には現実的です。朝にたんぱく質を含む食事をとると、日中の血糖の波が穏やかになり、夕方のドカ食いを避けやすくなるなどの実感につながる人もいます。
ストレスと向き合う:自律神経をゆっくり整える
ホルモンの変化は、自律神経のバランスにも波をつくります。呼吸法や短いマインドフルネス、自然の中を歩く時間は、過度な覚醒を鎮める手段として推奨されています[7]。1分の腹式呼吸でも、交感神経優位のスイッチを一時的にオフにしやすくなります。やる気が出ない日は、呼吸で整えるストレス対処のような「所要時間の短い方法」から。小さく始め、できた自分をきちんと認めることが、翌日のエネルギーを生みます。
「きれいごとじゃない」日々に効く、視点の持ち方
更年期は一枚岩ではありません。仕事や子育て、介護、パートナーとの関係、キャリアの変化が重なる時期でもあります。だからこそ、症状だけをにらんでつらさと向き合うより、生活の全体像を俯瞰し、リズムを設計し直す視点が役に立ちます。たとえば、朝の集中タイムを30分だけ死守して最重要タスクを終える、会議の連続を避けて間に立ち歩きの時間を挟む、夕方以降は「がんばらない献立」に決める。こうした小さな再設計が、翌日の自分を助けます。
周囲への共有も武器になります。「最近、夜に眠りが浅いから、朝に強いタスクを寄せたい」「月に数日、体調の波がある」と事実を短く伝えるだけでも、期待値のすり合わせが進みます。チームで働く機会が増える年代だからこそ、自分の説明書を自分で書く姿勢が、関係性をやわらげ、無用な消耗を減らします。
まとめ:変化は「敵」ではなく、リズムの再構築の合図
女性ホルモンの基礎を知ることは、症状の名前当てゲームではありません。からだの変化の「理由」を言語化し、対処の優先順位を決めるための道具です。平均50歳前後で閉経を迎え、約7〜8割が何らかの更年期症状を経験するという事実は、ときに重たく聞こえます[1]。それでも、睡眠・運動・栄養・ストレス対処という土台を整えるほど、波は越えやすくなります[7]。今日の自分にできる最小の一歩は何でしょうか。夜の光を少し落とす、5分歩く距離を増やす、たんぱく質をひと口足す、1分だけ呼吸に意識を向ける。小さな実験を続けるほど、明日の自分は動きやすくなるはずです。もし「もっと具体的に知りたい」と思ったら、睡眠や筋トレ、栄養の関連記事も、あなたの伴走役として活用してください。変化は終わりではなく、新しいリズムを作る合図。あなたのペースで、確かめるように進んでいきましょう。
参考文献
- 東京女子医科大学 産科婦人科学講座. 更年期について. https://www.twmu-obgy.com/medical/health.html
- 日本産婦人科医会. (1)更年期障害の検査・診断. https://www.jaog.or.jp/note/%EF%BC%881%EF%BC%89%E6%9B%B4%E5%B9%B4%E6%9C%9F%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%AE%E6%A4%9C%E6%9F%BB%E3%83%BB%E8%A8%BA%E6%96%AD/
- 日本産科婦人科学会. 市民の皆さまへ:更年期障害(症状・原因・対処). https://www.jsog.or.jp/citizen/5717/
- 日本内分泌学会. 骨粗鬆症(患者さん向け情報). https://www.j-endo.jp/modules/patient/index.php?content_id=51
- 国立長寿医療研究センター. 更年期症状(VMS)とホットフラッシュに関するSWAN研究の紹介(2021年9月2日). https://www.ncgg.go.jp/ri/report/20210902.html
- 理化学研究所. エストロゲンが脳血管の機能を改善し記憶を高めることを解明(2009年4月10日プレスリリース). https://www.riken.jp/press/2009/20090410/
- 厚生労働省 母性健康情報サイト(母性ナビ). 更年期について. https://www.bosei-navi.mhlw.go.jp/health/menopause.html
- いとうファミリークリニック. ブルーライトとメラトニン(睡眠ホルモン)について(2018年1月29日). https://www.ito-f-clinic.com/20180129/
- J-STAGE. 全身浴の就寝タイミングと睡眠効率に関する検討(学会抄録, 2023). https://www.jstage.jst.go.jp/article/shasetaikai/2023.06/0/2023.06_193/_article/-char/ja
- SNDJ(Science and Nutrition for Dietetics Japan). サルコペニア予防における栄養(レビュー)—たんぱく質摂取量の推奨. https://sndj-web.jp/news/000311.php