更年期に筋力が落ちる本当の理由
女性は30代以降、筋肉量は加齢とともに緩やかに減少し、閉経移行期にはその低下が加速しうるという報告があります[1]。研究データでは筋力(重さを扱う力)だけでなく、日常動作に直結するパワー(素早く力を発揮する能力)が筋力よりも早く低下しやすいことも示されています[1]。医学文献によると、エストロゲンの低下は筋たんぱくの合成シグナル(mTOR系)や筋修復プロセスを弱め、神経と筋の連携にも影響します[1,4,5]。編集部が各種データを読み解くと、筋力低下はホルモン変化だけではなく、座位時間の増加や睡眠の質の低下といった生活パターンの変化と重なって起きているのが現実でした[2,3]。
つまり、更年期の筋力を守るには、気合いではなく設計が必要です。難しいメニューや長時間のトレーニングでなくても、日常に馴染む運動を要所に置けば間に合うことが期待されます。ここでは週2回・20分から始められる現実的な運動計画を、科学的根拠を踏まえて整理しました[3]。
ホルモン変化が筋肉に与える影響
医学文献によると、エストロゲンは筋たんぱくの合成シグナル(mTOR系)を支え、炎症のブレーキ役も担います[1,5]。閉経前後でこれらの支援が弱まり、同じ刺激でも筋が育ちにくくなるのです[4]。ただし、ここで希望があります。筋力トレーニングを取り入れた女性でも、12週間前後で有意な筋力向上が報告されており、パワーや機能面の改善も確認されています[6]。これらの報告は、適切な方法を用いれば改善が期待されることを示唆しています。
生活パターンの変化と座位時間
デスクワークや家事の効率化で、気づかないうちに体を動かす機会(NEAT)が減っています。各種ガイドラインでも座位時間を減らし、軽い活動でもこまめに挟むことが推奨されています[2]。座位時間の増加とホルモン変化の「掛け算」が、筋力・体力低下の体感を強めていると考えられます[2,3]。
体組成の変化と代謝の低下
加齢とともに筋肉が減り、脂肪が増える体組成の移行が進みます[1]。筋肉はエネルギー消費のエンジン。少しずつ基礎代謝が下がると疲れやすくなり、動くきっかけを失いがちです。この小さな負のループを断ち切る鍵が「筋肉を刺激する運動」です[3]。
今日から始める「3本柱」の運動計画
更年期の運動は、筋力・心肺・バランス(パワー)を少しずつ同時に育てると、日常の動きが軽くなることが期待されます[3]。すべて完璧にやる必要はありません。まずは週2回・20分の全身トレーニングを軸に、短い有酸素と生活内のこまめな動きを重ねていきます[3]。
柱1:全身の抵抗トレーニング(週2〜3回)
狙いは「太もも・お尻・背中・胸・体幹」の大筋群。自重から始め、動作はゆっくり丁寧に行います。例えば、椅子の前に立って座る・立つを繰り返すスクワット、腰を折ってお尻を引くヒップヒンジ、壁へ手をついてのプッシュ、テーブルにタオルを掛けて引くロウ、呼吸を止めずお腹に軽く力を入れるブレーシングという流れです。1種目につき、会話が辛くなる手前(主観的運動強度でRPE7前後)までを8〜12回、短い休憩をはさみながら2セット行うと、20分前後で全身に刺激が入ります[7]。2週間ごとに回数を2〜3回増やす、または少し動作をゆっくりにして負荷を上げると、停滞を避ける助けになります[7]。
研究データでは、限られた時間でも全身複合種目を選べば効率よく筋力・機能が高まりやすいことが報告されています[6]。特に下半身の強化は歩行速度や階段昇降の改善につながるとされ、日常の自信の向上に寄与する可能性があります[3]。
柱2:有酸素運動(合計150分/週を目標に段階的に)
世界的なガイドラインは中等度の有酸素運動を150分/週推奨しています[2]。とはいえ、いきなり満額を目指す必要はありません。まずは10分の早歩きを1日のどこかに差し込み、慣れてきたら15分に伸ばす。信号待ちで姿勢を正し腕を振る、階段を1段飛ばしではなくリズムよく上がる、といった小技の積み重ねで心拍を上げる時間を稼げます。有酸素は心肺だけでなく、回復力や睡眠の質の改善に寄与する可能性があり、筋トレの効果を高めることが期待されます[3]。
柱3:バランスとパワー(週2回・数分から)
筋力だけでなく、瞬発力とバランスへの刺激をほんの少し足すと、転倒予防や敏捷性の維持に役立つとされています[2]。かかとの上げ下げで足首を鍛え、キッチンの台に指先を添えて片脚立ちを20〜30秒保つ。余裕が出たら小さな早足や、その場での軽いもも上げでリズムよく体を揺らす。関節に不安がある場合は弾む動きではなく、短い素早い足踏みで代替すれば安全にパワー系の刺激を得られます。
続けるためのコツと安全ガイド
続ける人には共通点があります。準備をシンプルにし、習慣の前後に運動を紐づけていることです。朝のコーヒーが淹れ終わるまでの3分でかかと上げをする、帰宅後にバッグを置いたらスクワットを5回だけやってみる、といった短い約束を自分に課すと、気持ちが乗らない日でもゼロを避けやすくなります。ゼロにしないことが、体にも心にも効いてくることが期待されます。
まずケガを防ぐ
ウォームアップは難しく考えなくて大丈夫です。5分の早歩きや、その場の足踏みで体温を上げ、肩まわしや股関節をぐるっと回すことから入れば十分。動作中は息を止めないように意識し、痛みが鋭いと感じたら中止して動きを小さくします。筋肉痛は48時間ほどで和らぐ軽いだるさが目安。節々の刺すような痛みや腫れは無理のサインです。持病や既往症がある場合は、主治医の指示を優先してください。
食べ方と休み方が成果を左右する
筋肉はトレーニング中ではなく、休んでいる時に育ちます。睡眠を削らないこと、そしてたんぱく質の摂取が鍵です。高齢期を含む成人では、体重1kgあたり1.0〜1.2gのたんぱく質を日中に分けてとることで筋の合成が促されると提言されています[8]。運動後2時間以内に20〜30gのたんぱく質源を含む食事をとると回復がスムーズになることが期待されます[8]。ビタミンDは骨格筋機能や骨の健康に関与するため、魚や卵、きのこ類を意識して献立に取り入れると良いでしょう[9]。水分はのどが渇く前に少しずつ。こうした小さな足し算が、トレーニング効果を高める助けになります[3]。
忙しい日の「最小実行プラン」
時間がない日は、朝にスクワットを10回、昼に早歩きを7分、夜に片脚立ちを左右30秒というミニセットに分割します。合計でも15分ほどですが、血流がよくなり、姿勢が整い、眠りにつきやすくなる実感が得られることが期待されます。活動は分割して積み上げても効果が得られると各種ガイドラインは述べています[2]。
よくある勘違いをほどいて、成果を早める
「有酸素だけで十分?」という疑問に、データは異なる示唆を与えます。心肺は大切ですが、筋力を守るには筋力トレーニングの刺激が重要とされます[2,3]。全身を使う動きで、関節にやさしく、少しきついくらいの負荷を定期的に入れることで、実生活の動きが変わる可能性があります[7]。また「重い重りは危険」というイメージも、更年期世代の多くには当てはまりません。正しいフォームと段階的な負荷であれば、自重や軽い器具でも十分に筋は応えてくれるとする報告があります[7]。さらに、週2回の全身トレーニングでも改善が期待されるという知見があります[3,6]。系統的レビューでは、継続すれば最小限の頻度・時間でも筋力は有意に向上することが示されています[6]。完璧を目指すより、現実的な最小量を淡々と重ねること。これが更年期をしなやかに乗り切る助けになると考えられます。
まとめ:明日の自分が少し楽になる選択を
更年期は、体のルールが静かに変わる時期です。けれど、変化に戸惑うのは自然なこと。今日の小さな一歩が、半年後の安心につながる可能性があります。まずは週2回・20分の全身トレーニングに、有酸素の短いブロックとバランス練習を重ねるだけで、階段や荷物運びが楽になる実感を得られることが期待されます。息を止めない、痛みは無理をしない、眠る・食べるをおろそかにしない。この3つを合言葉に、ゼロの日を作らない工夫を試してみてください。
体は応えることが期待されます。最初の一歩は、いま立ち上がって深呼吸。次の一歩は、椅子からのゆっくりスクワット10回です。
参考文献
- Messier V, Rabasa-Lhoret R, Barbat-Artigas S, et al. Menopause and skeletal muscle: A review of changes in muscle morphology, function, and metabolism. Journal of Clinical Medicine. 2020;9(5):1588. https://www.mdpi.com/2077-0383/9/5/1588
- World Health Organization. WHO guidelines on physical activity and sedentary behaviour. 2020. https://www.who.int/publications/i/item/9789240015128
- U.S. Department of Health and Human Services. Physical Activity Guidelines for Americans, 2nd edition. 2018. NCBI Bookshelf (NBK566048). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK566048/
- Greising SM, Baltgalvis KA, Lowe DA, Warren GL. Hormone therapy and skeletal muscle strength: A meta-analysis. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2009;64(10):1071–1081. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2737591/
- 日本医療研究開発機構(AMED). 女性ホルモンと筋再生に関する研究成果(ERβの機能解明)プレスリリース. 2020. https://www.amed.go.jp/news/release_20200821-01.html
- Peterson MD, Rhea MR, Sen A, Gordon PM. Resistance exercise for muscular strength in older adults: A meta-analysis. Ageing Res Rev. 2010;9(3):226–237. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2892859/
- American College of Sports Medicine. ACSM’s Guidelines for Exercise Testing and Prescription, 11th ed. Wolters Kluwer; 2021.
- Bauer J, Biolo G, Cederholm T, et al. Evidence-based recommendations for optimal protein intake in older people: A position paper from the PROT-AGE Study Group. J Am Med Dir Assoc. 2013;14(8):542–559. https://doi.org/10.1016/j.jamda.2013.05.021
- National Institutes of Health, Office of Dietary Supplements. Vitamin D Fact Sheet for Health Professionals. https://ods.od.nih.gov/factsheets/VitaminD-HealthProfessional/