更年期の体と、食事の基本設計
研究データでは、ほてり・のぼせなどの血管運動症状は女性の約6〜8割が経験し、平均でおよそ7年続くと報告されています(北米大規模縦断研究)[12]。症状の感じ方は人それぞれですが、食べ方を見直すことで体温の波や睡眠の質、日中のエネルギー切れをやわらげられる可能性があります。編集部が主要な医学文献を確認したところ、糖質の取り方、たんぱく質量、カルシウムとビタミンD、そして大豆イソフラボンやオメガ3脂肪酸の活用が、更年期世代の暮らしやすさに直結していました[3,4,5,14]。数字だけ並べても台所は動きません。だからこそ本稿では、科学的根拠を土台にしつつ、朝・昼・夜の皿に落とし込める現実的なメニューへつないでいきます。
エストロゲンがゆるやかに低下する更年期は、体温調節や自律神経の揺らぎ、血糖コントロール、骨の代謝など複数の歯車が同時に動きます。**ポイントは「血糖を急に上げない」「たんぱく質を毎食しっかり」「骨を守る栄養を毎日少しずつ」**という3つの柱に集約されます。難しい計算は不要で、主食・主菜・副菜・汁物のバランスを意識しつつ、白い皿に色が増えるほどミネラルと食物繊維も自然に揃っていきます。
ホルモン変化と代謝に合わせる
更年期に入りやすい体重増加は、運動量の低下だけでなく、筋肉量のわずかな減少とインスリン感受性の変化が重なって起きやすくなります。研究データでは、閉経前後の女性は体重1kgあたり1.0g程度のたんぱく質摂取が筋量維持に有効と示唆されています。たとえば体重55kgなら1日55g前後が目安です[9]。たんぱく質は朝・昼・夜で分けて摂ると合成効率が上がりやすく、朝の一皿を「たんぱく質中心」に切り替えるだけでも日中の空腹感が安定しやすくなります[8,7]。
「何をどれだけ?」プレートの目安
朝は主食を小盛りにしても、卵や納豆、ヨーグルト、豆乳などでたんぱく質をしっかり確保します。昼は魚・大豆・鶏むねなど消化の良い主菜を選び、野菜は温冷を組み合わせて両手いっぱいを目安に。夜は主食を控えめにして、汁物で満足感を足しつつ、油はオリーブオイルや青魚の脂など質を重視します。食物繊維は更年期の味方で、国内目標量にあたる「1日18g以上」を意識[6]。雑穀、オートミール、豆、海藻、きのこ、果物を、少しずつ日々の皿に散らすイメージです。
症状別に考える、食べ方と栄養戦略
症状は重なり合うため、ひとつずつ丁寧に微調整していきます。大前提として、食事は治療ではありません。**「悪化させにくい環境を整える」「回復しやすい体の土台をつくる」**という姿勢で取り組むと無理がありません。
ほてり・のぼせ・発汗がつらいとき
辛い料理、熱い飲み物、アルコール、カフェインは一部の人でトリガーになりやすいことが知られています[10]。まずは夜のアルコール頻度を見直し、週に数日は完全ノンアルの日を設けると体温の揺れが穏やかに感じられることがあります。大豆イソフラボンは、軽度〜中等度のほてりをやわらげる可能性が複数の研究で示唆され、短期使用で重い有害事象は少ないとする報告もあります[3,4]。納豆や豆腐、豆乳、厚揚げを日替わりで取り入れ、食事として自然に摂る方法が安全で続けやすい選択です。
気分の落ち込み・睡眠の質を上げたいとき
夕食は就寝2〜3時間前までに済ませ、消化に時間のかかる揚げ物や大量の肉は避けると眠りが途切れにくくなります。日中は青魚に多いEPA・DHAを週2回以上取り[14]、就寝前は温かいノンカフェインの飲み物と、トリプトファン源(牛乳・ヨーグルト・大豆)を少量に[15]。明るい光に朝15分当たることと、軽い有酸素運動は食事のリズムと相乗効果を生みます(関連: 40代の睡眠習慣)。
体重の増加・血糖の乱高下が気になるとき
白い主食が中心だと食後高血糖になりやすく、眠気や空腹の波につながります。最初の一口を野菜・豆・海藻にし、主食は玄米や雑穀、全粒粉パン、オートミールなど食物繊維の多い選択に置き換えます。同じ量を食べても、たんぱく質と食物繊維を先に摂るだけで血糖上昇はゆるやかになり、間食欲求も落ち着きやすくなります[5,11]。果物は朝か日中に回し、夜は量を控えめに。
骨を守る・筋力を落とさない
閉経前後の数年間は骨密度が年1〜2%ほど低下しやすいとされるため、カルシウムとビタミンD、そしてたんぱく質の3点セットを毎日意識します[12]。乳製品が苦手なら小魚や大豆・青菜を組み合わせ、きのこや鮭でビタミンDを補います。筋肉は「刺激×材料×休息」で作られるため、週2〜3回のレジスタンス運動と、運動後30〜60分にたんぱく質を含む軽食を合わせると効率的です[13](関連: スキマ時間の筋トレ)。
平日を回す、1週間メニュー例
朝は「たんぱく質+食物繊維+少量の良質な脂」をひと皿で完結させます。たとえば月曜は、無糖ヨーグルトにオートミールとベリー、きなこを重ね、仕上げにナッツを少し。火曜は、全粒粉トーストにゆで卵とアボカドをのせ、横にトマト。水曜は、豆乳スムージーにほうれん草とバナナを少量、添えにチーズ。このテンポで進めると、木曜は納豆ご飯を小盛りにして味噌汁とぬか漬け、金曜は前夜の焼き鮭をほぐしておにぎり、土日はオートミール粥に豆腐と青ねぎで優しく仕上げる、といった具合に迷わず続けられます。
昼は「主菜は魚か大豆、主食は茶色、野菜は温冷ミックス」を合言葉に据えます。週の前半は鯖缶と雑穀おにぎりに野菜スープ、次の日は冷やし茶そばに厚揚げと海藻をのせた一皿、在宅の日は玄米に蒸し鶏とブロッコリーをのせて胡麻だれで丼に。週後半はスーパーの焼き魚を活用し、具だくさん味噌汁で満足感をプラス。麺の日は先にひと鉢のサラダか温野菜を食べ、食後の眠気を抑えます。
夜は「軽め・温かめ・油の質重視」を意識します。月曜は豆腐ときのこの鍋でスタートし、火曜は豚しゃぶにたっぷりの葉野菜、水曜は鯵の南蛮漬けに玄米小盛り。木曜は鶏むねのレンジ蒸しにオリーブオイルとレモンを回しかけ、金曜は鮭と野菜のホイル焼きで片付けを楽に。週末は野菜たっぷりのスープカレーやミネストローネで家族とシェアし、主食は控えめに。**「汁物で満たす」「主食は小さく」「たんぱく質は減らさない」**という並びを守ると、翌朝の体が軽く感じられます。
作り置きは2品だけに絞ると負担が減ります。蒸し鶏と塩茹でブロッコリーを週の頭に仕込んでおけば、サンド、丼、パスタ、スープに自由に展開できます。冷凍庫には角切りした厚揚げ、コーン、枝豆、刻みねぎを常備すると、夜遅い帰宅でも5分で一皿が完成します。時間がない朝はオートミールを器に入れ、豆乳を注いで電子レンジへ。帰宅が遅い夜は味噌汁に豆腐とわかめ、仕上げにすりごまでコクを足せば、胃に優しく栄養はしっかり確保できます(関連: 高たんぱくな朝食 / 5分スープのコツ)。
忙しい日や外食の“現実対応”
コンビニでは、主食をおにぎり(雑穀や鮭・梅などシンプルな具)にして、主菜は焼き魚やサラダチキン、厚揚げ・豆腐製品を選びます。サラダは海藻・豆入りを選び、ドレッシングはオイル控えめのものを軽く。温かいスープを一緒に選ぶと満足感が上がり、甘い飲み物に手が伸びにくくなります。**「主食は小さく、たんぱく質は手抜きしない、野菜は先に」**という順番を守るだけで、同じコンビニでも体感は変わります。
外食は、丼ものより定食スタイルが安定します。先に小鉢や味噌汁を半分ほど食べてから主食に移ると、箸が自然にゆっくりになり血糖も穏やか。麺なら蕎麦を選び、野菜の小鉢を追加してはじめに。夜の会食が続く週は、朝と昼を整えて帳尻を合わせましょう。アルコールはゆっくり飲み、同量の水をはさんで体温の急上昇を避けるのがコツです。
サプリメントは不足の穴埋めとして役立つことがありますが、まずは食事からを基本に。カルシウムとビタミンD、鉄が必要と感じる場合は、健康診断の結果や体調を手がかりに、表示量と用法を守って使用します。薬を服用中の方や持病がある方は、自己判断を避け主治医や薬剤師に相談してください(関連: 呼吸でととのえるストレス対策 / 小さなルーティンの作り方)。
まとめ
更年期の不調は、努力と根性でねじ伏せる対象ではありません。体の設計図がゆるやかに書き換わる時期だからこそ、食べ方を「整える道具」として淡々と使うことが、今日を軽くする最短距離になります。朝のひと皿をたんぱく質中心にする。野菜を先にひと口食べる。夜は温かい汁物で締める。たったこれだけの小さな連続が、体温の波や気分の凹凸を静かに均していきます。まずは来週、朝食を3日だけ変えてみませんか。そこで得た体感を、あなたの次の一歩の材料にしていきましょう。
参考文献
- 国立長寿医療研究センター研究所. 更年期症状における血管運動神経症状(VMS)とSWAN研究の概要. https://www.ncgg.go.jp/ri/report/20210902.html
- Avis NE, Crawford SL, Greendale G, et al. Duration of Menopausal Vasomotor Symptoms Over the Menopausal Transition. JAMA Intern Med. 2015;175(4):531-539.
- Gartlehner G, et al. Complementary and integrative therapies for menopausal hot flashes: systematic review (short-term safety included). 2023. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10247921/
- Lethaby A, Marjoribanks J, Kronenberg F, et al. Phytoestrogens for menopausal vasomotor symptoms. Cochrane Database Syst Rev. 2013;(12):CD001395.
- 日本臨床栄養学会. 食後血糖と摂取順序に関する解説(Vol.24 No.3, 2021 章7)。https://www.jsmcn.jp/documents/journal/2021/Vol.24No.3/chap07.xhtml
- 公益財団法人 長寿科学振興財団. 食物繊維:日本人の食事摂取基準(2025年版)の目標量. https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/eiyouso/shokumotsu-seni.html
- 糖尿病ネットワーク. 朝食での高たんぱくは満腹感と集中力を高める—研究まとめ(2024年). https://dm-net.co.jp/calendar/2024/038138.php
- Mamerow MM, Mettler JA, English KL, et al. Dietary protein distribution positively influences 24-h muscle protein synthesis in healthy adults. J Nutr. 2014;144(6):876-880.
- Bauer J, Biolo G, Cederholm T, et al. Evidence-based recommendations for optimal dietary protein intake in older people: PROT-AGE Study Group. J Am Med Dir Assoc. 2013;14(8):542-559.
- The North American Menopause Society (NAMS). Nonhormonal management of menopause-associated vasomotor symptoms: 2015 Position Statement. Menopause. 2015;22(11):1155-1174.
- Shukla AP, Iliescu RG, Thomas CE, Aronne LJ. Food order has a significant impact on postprandial glucose and insulin levels. Diabetes Care. 2015;38(7):e98–e99.
- 日本骨粗鬆症学会. 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン 2023年版.
- Jäger R, Kerksick CM, Campbell BI, et al. International Society of Sports Nutrition Position Stand: protein and exercise. J Int Soc Sports Nutr. 2017;14:20.
- Siscovick DS, Rosenson RS, Ito H, et al. Fish Consumption, Fish Oil, and Cardiovascular Health. A Science Advisory From the American Heart Association. Circulation. 2018;138(1):e35–e47.
- St-Onge MP, Mikic A, Pietrolungo CE. Effects of diet on sleep quality. Curr Opin Clin Nutr Metab Care. 2016;19(6):493–498.