競合分析は「真似」ではなく、意思決定の燃料
競合分析という言葉の印象は、人によっては重く感じられるかもしれません。事業計画の分厚い章、パワポの細かい表……。けれど本質はシンプルで、「誰に、何で、どの土俵で勝つのか」を決めるための観察と仮説づくりに尽きます。分析はゴールではなく、打ち手に変換されない観察は、どれだけ精緻でも価値になりません。逆に言えば、完璧な資料がなくても、意思決定が少し良くなるなら、それは十分機能する競合分析です。
検索ユーザーの約75%は、1ページ目しか見ないという調査があります(例:HubSpotのマーケティング統計のまとめなど)。この点については、検索エンジンの大規模ログ分析で「約73%が1ページ目のみを閲覧」と報告されており[1]、またGoogleの検索結果ページでは最初のクリックが上位に偏る傾向も確認されています[2]。可処分時間が限られる私たちの意思決定は、多くの場合“最初に目に入った選択肢”の中で完結します。市場で起きていることも同じで、顧客の目に入る場所を取った企業が、検討の土俵にすら上がれない企業より何倍も有利になる。編集部が各種公開データを横断して見ると、価格や機能の差よりも、タイミング・文脈・体験の差が成果を分ける傾向は明らかです[3]。だからこそ、単なる競合チェックではなく、**意思決定に直結する“競合分析の進め方”**が必要になります。忙しい現場でも回せる、再現性のあるやり方を、今日から使える言葉で整理しました。
まず押さえたいのは、競合の定義を狭くしないことです。直接の同業だけでなく、顧客の“時間”と“予算”を取り合う相手はすべて競合になります。たとえばフィットネスアプリの競合は別のフィットネスアプリだけでなく、動画配信、整体、コミュニティ、さらには散歩や睡眠の質を高めるグッズかもしれない。顧客の選択肢の中で自分はどこに位置づくのかを描くと、見るべき相手が自然に広がります[5]。
目的ファーストで設計すると、集めるべき情報が絞れる
競合分析が“重くなる”原因の多くは、目的が曖昧なまま情報を集め始めてしまうことにあります。価格改定の判断をしたいのか、新機能の優先順位を決めたいのか、出稿チャネルを最適化したいのか。目的が定まると、観察すべき指標や期間、比較軸が決まります。編集部の経験則では、「意思決定の問い」を一文で先に書き出すと、その後の作業効率が体感で半分以下になります。例えば「定期購入の解約率を3か月で20%改善するための、ファースト30日体験の設計指針を決める」。この一文があるだけで、観察対象はオンボーディング、メール、初回オファー、サポート体験へと絞られていきます。
直接・間接・代替の3層で“土俵”を見極める
直接競合は同じカテゴリで同じ顧客を狙う相手、間接競合は似た課題を別の方法で解決する相手、代替競合は課題そのものを別方向から薄める相手です。例えば学習塾であれば、直接は同じ学年・同じ価格帯の塾、間接はオンライン学習サービス、代替は自習室や家庭教師以外の学習コミュニティ。3層で並べると、自社の強みが活きる土俵と、避けるべき土俵が見えやすくなります[6]。
90日で回す。競合分析の全体像
編集部がおすすめするのは、90日を1サイクルとする回し方です。永遠の調査プロジェクトにしないために、開始日に「意思決定の日」を先に置き、そこから逆算します。最初の2週で問いと対象を固定し、次の4週で観察と仮説づくり、さらに4週で小さな実装と検証、そして最終週で意思決定と次サイクルへの引き継ぎ。こうすると、常に“動く分析”になります。
まず“問い”を短く定めます。続いて、比較対象を5社前後に限定します。選定はカテゴリー内のリーダー、直近で伸びている挑戦者、自社と似た価格帯のプレイヤー、異なるモデルで同じ課題を解くプレイヤー、そしてあえて別カテゴリの代替案。数が多すぎると視点が散るので、深掘りできる範囲に抑えるのがポイントです。対象が決まったら、観察期間と接点を決め、顧客体験の時系列に沿って情報を集めます。広告→LP→初回体験→課金→継続支援→解約、という流れに合わせてスクリーンショットやメモを時系列で残すだけでも、後から非常に効きます。
集めた断片は、フレームで“並べる”と意味を持ちます。3Cで外部環境と自社の立ち位置を俯瞰し、STPで狙うセグメントとポジショニングを言語化し、4Pでオファーの設計を具体に落とす。ここで大切なのは、仮説は必ず行動に翻訳することです。「彼らはオンボーディングのメールを3通に絞っている」なら、自社は何を削り、何を強調するのか。「価格は据え置きだが、初回体験の価値を高く見せている」なら、自社は体験のどこに投資するのか。仮説→小さなテスト→数字の確認→次の判断、の小さなループに分解します。
仮想ケース:化粧品ECの“初回体験”を再設計する
仮にスキンケアの定期通販を運営しているとします。解約率が3か月目で跳ね上がるのが悩み。問いは「初回30日の不安を減らし、継続率を20%改善できる体験を決める」。観察対象は、カテゴリーのトップ2社、勢いのあるD2Cブランド2社、代替としてドラッグストアPBを1つ。まず広告とLPでどの悩みを前面に出しているかを比べます。あるブランドは“効く”の前に“使い切れる”を約束しており、容量・テクスチャ・同梱冊子の案内までが不安低減に寄っています。別のブランドは、効果の期待値調整を丁寧に行い、初回は“実感の手がかり”を見つけてもらう設計に振っていました。価格は似ていても、初回の感情曲線の書き方が違うのです。
自社に引き直すと、「初回は万能感ではなく、使い方の成功体験を1つだけ保証する」方針が立ちます。メールは3通から2通に絞り、1通目は到着前に“準備しておくこと”、2通目は“使い切るコツ”。同梱物は冊子からカードに変更し、1枚目は開封・保管、2枚目は使い方、3枚目は困った時の導線に集約。サポートはチャットの応答時間を18時〜21時に手厚くして、使用の山が来る時間帯に寄せる。こうした打ち手は、競合の真似ではなく、観察を通じて見えた顧客の不安に対する自社の回答です。
フレームワークは“重ねて”使う
フレームは万能ではありませんが、重ねて使うと視野が広がります。3Cで市場の構造を押さえ、STPで狙いを絞り、4Pで提供の形を決め、カスタマージャーニーで時間軸を設計し、最後にSWOTで実装上の現実に向き合う。どこか1つで結論を出さず、複数のレンズを通して同じ事実を見ると、思い込みのリスクが減ります。
情報はどこから集める?無料からで十分始められる
有料ツールがなくても、今日からできることは多いです。まずは一次情報に近いところから。公式サイトやLP、プレスリリース、決算資料、採用ページや求人票、ユーザー規約やFAQ、アプリストアのレビュー、SNSアカウントやニュースレター、そして広告の痕跡です。広告についてはMeta広告ライブラリや主要プラットフォームの透明性センターで、どんなクリエイティブがどの程度走っているかの“雰囲気”はつかめます[4]。検索の存在感は、ブランド名や重要キーワードでの順位、検索連動広告の出稿有無、検索結果のサブリンクやレビュー表示の有無などからも読み取れます。トラフィックの概況はSimilarwebなどの推定値で傾向だけ把握し、SEOやコンテンツ戦略は公開記事の更新頻度、テーマの選び方、見出しの構造を読み解くと立体的になります。B2Bであれば、登壇資料やホワイトペーパー、導入事例の書きぶりが“誰に刺しているか”のヒントです。
数字が完全には手に入らないのが競合分析の常ですが、推定で十分役に立ちます。例えばECなら、月間訪問数×仮のCVR×平均注文額で粗い売上規模をレンジで置き、初回オファーと継続オファーの差からLTVの設計思想を想像する。SaaSなら、料金表の段差と機能開放の位置でターゲットの成熟度が見えることが多い。採用情報の求人数や職種の内訳は、どこに投資が向いているかの生情報です。**“正確さ”より“意思決定に足りる精度”**を目指し、過度な細密化に時間を使い過ぎないことが、忙しい現場では効きます。
B2CとB2Bで注目する指標は微妙に違う
B2Cでは、獲得の効率と初回体験の質が継続を大きく左右します。CPAと初回AOVのバランス、レビューの内容と量、返品・解約動線のわかりやすさ、リピートのトリガーが“感情”にあるのか“習慣”にあるのか。B2Bでは、商談までのリード質、セールスサイクルの長さ、導入後の定着支援の仕組み、意思決定者と実務者の両輪への価値訴求が鍵になります。どちらにも共通するのは、先行指標(例:初回行動率)と遅行指標(例:継続率・売上)を分けて見ること。先行で光が見えれば、遅行に反映されるまでの時間を“待つ根拠”が生まれます。
取れない数字は、複数の痕跡からレンジで推定する
顧客数や売上の絶対値が不明でも、複数の痕跡から矛盾しない範囲を置くことはできます。求人の増減、サポート体制の拡充、外部サービスとの連携数、価格改定の履歴、プロモーションの季節性。例えばアプリなら、ランキングの推移とレビュー件数の増加ペース、OSごとの配信差、課金の設計で、成長の勢いを相対で置けます。大切なのは、推定の前提と根拠をメモとして残すこと。同じ前提を次のサイクルでも使えば、変化の方向が見えるからです。
洞察を“打ち手”に変える。社内を動かす資料術
良い分析は、良い会議を生みます。会議を変えるために、資料は1枚からで十分です。タイトルに「意思決定の問い」を置き、左に“観察した事実”、右に“だから何をするか”を並べる。グラフは数を増やすより、1つのグラフに注目してほしい範囲をハイライトする。ベンチマークは“追いかけるため”ではなく、“違いを決めるため”に使うと明確に書きます。実装は、誰が・いつまでに・どの指標を何単位で動かすのかを短く添え、隔週でレビューするリズムを先に決めてしまうと、分析が自然と次の行動に接続されます。
落とし穴は大きく二つあります。ひとつは、競合の強みに吸い寄せられて、自社の土俵を見失うこと。もうひとつは、数字に寄り過ぎて、顧客の感情曲線を置き忘れることです。前者は、セグメントを絞るほど強くなる“選ばれ方”を作ると回避できます。後者は、NPSや定性的な声を、売上や解約率と同じスライドに並べることで防げます。**私たちが本当に比べたいのは、機能や価格そのものではなく、「顧客が感じる価値の一貫性」**だからです。
ここまで読んで、最初の一歩に迷うなら、今日の30分を予約してください。自社の“問い”を一文で書き、比較したい5社を紙に書き出し、顧客体験の時系列でスクリーンショットを10枚だけ集める。明日はそれを1枚に並べ、「だから何をするか」を3行にする。これで、あなたの組織に“回る競合分析”が生まれます。
まとめ:小さく始めて、90日でひと回り
競合分析は、私たちの限られた時間とエネルギーを、より良い判断に振り向けるための道具です。完璧な資料より、明日の打ち手が1つ増えること。大掛かりなリサーチより、顧客の不安が1つ減ること。“回る仕組み”に変えてしまえば、忙しい現場でも成果は積み上がります。まずは問いを決め、5社に絞り、顧客の時間軸で観察し、仮説を小さく試す。90日後、あなたのチームに「私たちの土俵」がはっきり見えていますように。次の一歩として、今日30分の“競合スナップショット”をカレンダーに確保してみませんか。
参考文献
- Jansen BJ, Spink A, et al. How are we searching the World Wide Web? A comparison of nine search engine transaction logs. Information Processing & Management. 2005. doi: 10.1016/j.ipm.2004.10.007
- A Study of First Click Behaviour and User Interaction on the Google SERP. ResearchGate record. doi: 10.1007/978-1-4419-9790-6_7. Available at: https://www.researchgate.net/publication/226445576_A_Study_of_First_Click_Behaviour_and_User_Interaction_on_the_Google_SERP
- Forrester. Customer experience drives more loyalty than a good price. Press newsroom. Available at: https://www.forrester.com/press-newsroom/customer-experience-drives-more-loyalty-than-a-good-price/
- Meta Business Help Center. About the Meta Ad Library. Available at: https://en-gb.facebook.com/business/help/2405092116183307
- グロービス学び放題. 代替財とは何か(解説記事). Available at: https://globis.jp/article/w1sm8w6gy/
- グロービス学び放題. 企業にとっての代替財の脅威(解説記事). Available at: https://globis.jp/article/w1sm8w6gy/