タイ古式マッサージの効果と科学的根拠
厚生労働省の調査では、40代女性の約6割が肩こりを自覚し、腰の痛みも上位の悩みに挙がります。長時間のデスクワーク、睡眠不足、運動機会の減少が重なれば、翌日の疲れは取れにくくなる一方です。そんな背景のなか、2019年にはタイ古式マッサージ(Nuad Thai)がユネスコの無形文化遺産に登録。世界的に“癒やし”の枠を超え、文化として再評価が進んでいます。研究データでは、圧迫とストレッチを組み合わせるこの伝統手技が、可動域や主観的ストレス指標の改善に寄与する可能性が示されています。編集部が文献と現場を突き合わせた結論は、タイ古式は固まった体を**“伸ばす”だけでなく、“呼吸を取り戻す”**ところに本質がある、ということ。60〜120分のゆったりした時間の中で、普段置き去りにしがちな自分の感覚が少しずつ輪郭を取り戻していきます。[1,2,4,5]
タイ古式マッサージは、足先から頭まで全身を連ねる“線(セン)”に沿って圧をかけ、関節や筋を大きく伸ばしていく伝統手技です。セラピストは手のひらや親指だけでなく、前腕や肘、体重移動まで使って深部にアプローチします。受け手は衣服を着たままマットに横になり、いわば“ふたりヨガ”のようにパッシブに伸ばされていく。この“圧+ストレッチ+呼吸”の三拍子が、現代の座りっぱなしの体に合う理由です。
医学文献によると、徒手的な全身ストレッチは筋の緊張を一時的にゆるめ、関節可動域の拡大に寄与します。研究データでは、タイ古式マッサージを受けた群で施術直後に肩・股関節の可動域が有意に広がり、数日間の自覚的なこわばりが軽減した報告が見られます。また、ストレスの生理指標として用いられる心拍変動(HRV)が副交感神経優位へ傾き、唾液コルチゾールの低下が示されたケースもあります。痛みの主観評価(VAS)についても、肩や腰の軽度〜中等度の不快感では低下傾向が示されており、短時間の全身介入が体全体の再調整に働くことが示唆されます。もちろん疾患の治療をうたうものではありませんが、“ほぐす+伸ばす”の組み合わせが、休息の質(眠りの深さ、寝起きの軽さ)の体感改善につながりやすいのは納得のいくところです。[3,4,5,6,7]
向いている人と、控えたいタイミング
デスクワークで股関節や肩回りの動きが固まりやすい人、運動不足で血行の滞りを感じる人、ストレスで呼吸が浅くなりがちな人には、全身を大きく伸ばす体験がリセットとして機能しやすいでしょう。一方で、発熱などの体調不良、直近の外傷や手術直後、重度の骨粗しょう症や血栓症リスクがある場合、妊娠初期などは避けたほうが安心です。食後すぐや飲酒後も控えるのが基本。既往歴や服薬がある場合は、予約時に必ず申告し、必要に応じて医師に相談してください。
睡眠や疲労に関心が高い方は、全身ケアと並行して日常の基盤も整えましょう。寝つきの改善には睡眠衛生の整え方、肩・首の負担軽減には肩こりセルフケア完全ガイド、呼吸の質向上には呼吸瞑想の始め方も参考になります。
編集部の体験記:90分で何が変わる?
予約したのは都内の老舗サロン。静かな個室、温度は少し低めでブランケットが用意され、まずは足湯で体を温めます。問診では気になる部位と好みの強さを伝え、セラピストから「強さは0〜10で言うと5〜6を目安に。強すぎたらすぐ伝えてください」と説明がありました。コットンの上下に着替え、マットに横になると、足先へのリズミカルな圧から始まります。足裏、ふくらはぎ、太もも、臀部へと徐々に上がり、テンポは静かで呼吸に同調していく感覚。強いポイントに差しかかるとセラピストが一度手を止め、息を吐くタイミングでさらに深部へ。抵抗せず吐くほどに、痛気持ちよさが“抜けていく”のがわかります。
後半はストレッチが主役です。骨盤を支えながらの股関節外旋、太ももの前側を大きく開く伸展、背骨をひねるツイスト。自分ひとりでは届かない角度で関節がゆるみ、胸郭が広がるたびに呼吸は深く、長くなります。肩は前腕で包むように圧をかけられ、肩甲骨がすべる感覚が久しぶりに戻ってくる。頭部への優しい圧迫と牽引で目元の緊張がほどけ、最後は静かな仰向けで余韻を味わいます。約90分、立ち上がると背が一段高くなったような姿勢の伸び。床を踏みしめる足の裏がいつもより広く感じられました。鏡を見ると、巻き肩がわずかに開き、鎖骨に光が入る。数字で言えば、可動域が数度広がった程度かもしれませんが、**“自分の身体感覚の解像度が上がった”**ことが一番の収穫でした。
痛気持ちいいの境界線は自分で決める
強圧が得意なセラピストでも、受け手のその日のコンディションは千差万別です。痛みは防御反応でもあり、強すぎる刺激はかえって筋緊張を高めます。編集部の体験では、呼吸を道しるべにして“深く吐けるか”を基準に調整していくと安全域が広がりました。例えば、圧が入りはじめた瞬間に吸い、ピークで長く吐く。吐き切れないほどの痛みは一段階戻してもらう。施術は共同作業。強さの主導権は受け手にあるという前提を確認できるサロンは、結果的に満足度が高くなります。
失敗しない選び方と準備・アフターケア
タイ古式マッサージの良し悪しは、技術だけでなく“説明とコミュニケーション”にも現れます。予約前に、施術の流れや所要時間、禁忌事項の案内が明確か、強さや体勢の調整に柔軟か、衛生管理(リネンの交換、換気)が徹底されているかを確認しましょう。セラピストの経歴は、タイの伝統校(ワットポー系など)での研修や、継続的な学びが見えると安心材料になりますが、何よりも身体の声を一緒に聴いてくれる姿勢が大切です。口コミは“痛い/弱い”といった主観だけでなく、説明の丁寧さや余韻を味わう時間の確保など、プロセスに触れているかにも注目してみてください。価格はエリアと設備で幅がありますが、都心では60分で5,000〜8,000円、90分で7,000〜12,000円程度が目安。延長や指名料、オプション(オイル併用や足湯)の有無も事前に確認しておくと安心です。
予約前後の整え方で体感が変わる
準備はシンプルで構いません。食後すぐは避け、軽い食事から1〜2時間あけると、うつ伏せや大きなストレッチでも不快感が少なく済みます。服装は動きやすく、体温調整しやすいものが理想。アクセサリーや時計は外し、髪はまとめておくと施術がスムーズです。受けている最中は、息を止めないことと、痛みや寒さ、めまいなどのサインをためらわず伝えること。終わった直後は水分をコップ1〜2杯ゆっくりとり、体が温まっている日はぬるめのシャワーか短めの入浴で循環を促します。強い運動や飲酒はその日は見送り、夜は早めにベッドへ。翌日、首や内ももに軽い筋肉痛が出ることがありますが、温めとやさしいストレッチ、散歩程度の有酸素で回復がスムーズになります。サロン選びの観点は、スパ全般にも通じます。予約の工夫は失敗しないスパ予約のコツも参考に。
頻度と続け方の目安
凝りやすい時期に集中的に受けるなら、最初の2〜3週は週1回、落ち着いたら月1〜2回が現実的です。時間は全身の連動を感じるために90分を推したいところですが、忙しい時は60分でも十分に“リセット”の手がかりがつかめます。予算は月7,000〜12,000円程度を“体のサブスク”と捉え、受けられない週は自宅でのセルフストレッチと呼吸で補完するのが続けるコツです。体験後の“姿勢が楽”“呼吸が深い”という体感を印象で終わらせず、デスク環境の見直しや1時間ごとの立ち上がりなど、生活側の微調整とセットで積み重ねると、効果の寿命が延びていきます。
まとめ:伸ばされることで、自分に戻る
タイ古式マッサージは、痛みを“消す”魔法ではなく、体のスイッチをやさしく切り替える時間です。誰かの手と呼吸に委ねながら、普段は急いで通り過ぎる体の信号に耳を澄ます。その90分は、翌日の姿勢や眠りに、小さくても確かな余波を残します。肩こりや疲労感が積み上がっているなら、まずは一度、信頼できるサロンで体験してみませんか。受けた日の夜はスマホを早めに手放し、コップ一杯の水と静かな呼吸で一日を締めくくる——そんなささやかな儀式が、明日の自分を助けてくれます。次に受けるなら、どの時間帯が良さそうでしょう。通いやすい場所、合いそうなセラピスト、捻出できる予算。あなたの現実に合わせた“続け方”を描くことから、ウェルビーイングの循環は始まります。
参考文献
- 厚生労働省. 国民生活基礎調査(平成22年)III-1 自覚症状の状況(年齢階級別). https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa10/3-1.html
- UNESCO Intangible Cultural Heritage. Nuad Thai, traditional Thai massage (Inscribed in 2019). https://ich.unesco.org/en/RL/nuad-thai-traditional-thai-massage-01384
- National Library of Medicine (PMC12152101). What does static stretching do to muscles and tendons? Mechanisms and implications. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12152101/
- PubMed (PMID: 21147414). Effects of Traditional Thai Massage on range of motion and related outcomes. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21147414/
- National Library of Medicine (PMC4599180). The effects of massage therapy on the autonomic nervous system: a systematic review. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4599180/
- National Library of Medicine (PMC5495387). Effectiveness of Traditional Thai Massage for low back pain: changes in VAS/ODI. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5495387/
- Clinical Medical Journal of Boromarajonani College (ThaiJO). Thai Traditional Massage for insomnia: randomized controlled trial. https://he01.tci-thaijo.org/index.php/clmb/article/view/261451