不動産投資とは何か——収益の源泉を日常語で
不動産投資の収益は大きく分けて二つ、毎月の家賃によるインカムゲインと、将来の売却差益であるキャピタルゲインです。どちらも“期待”ではなく、その地域で実際に支払われている家賃や、取引されている価格に裏づけられます。広告のキャッチコピーよりも、賃貸サイトの募集賃料、成約事例、路線価や成約事例の相場に目を向けることが、遠回りに見えて近道です。
現場のリアルを数字で体感してみます。たとえば2,500万円の区分マンションを想像してください。現在の家賃が月9万円なら年108万円。単純に年収を価格で割ると表面利回りは約4.3%です。ここに管理費・修繕積立金が月2万円、固定資産税が年10万円、管理委託手数料が家賃の5%程度と仮定すると、年の手取りはざっくり70万円台に下がり、ネット利回りは約2.8%前後まで現実味を帯びます。もちろん数字は物件やエリアで変わりますが、表面利回りではなく手取りベースで語ることが、最初に身につけたい姿勢です。
数字が味方になる——利回りとキャッシュフロー
不動産投資入門で混乱しやすいのが、利回りの言葉の違いです。表面利回りは年間家賃収入を購入価格で割ったもの、ネット利回りはそこから経費を差し引いた手取りで計算します。さらにローンを使うなら、返済と金利を差し引いた毎月のキャッシュフローがプラスかどうかが実務の肝です。仮に金利1.5%、35年返済で2,000万円を借りた場合、元利均等返済の月額はざっくり6万円台。家賃が9万円で、管理費・修繕積立金・管理委託・保険・固定資産税の月割りを合計して2万円台だとすれば、毎月の余剰は数千円から1万円台という計算になります。ここに空室や原状回復、更新時の広告費などの“揺らぎ”が入るので、空室期間を年1カ月分程度は見込んでおくくらいの保守性が、心を守ります。
はじめの一歩——自己資金、与信、副業規定
自己資金はいくら必要かという問いには、一律の正解はありませんが、頭金ゼロのフルローンで突っ込むより、手元流動性を厚めに残す発想が安心です。家計の6カ月分前後の生活費と、突発的な修繕・空室に備える予備費を別口座に確保してから動くと、夜に眠れます。また会社員であれば就業規則の副業規定を必ず確認してください。賃貸経営は副業にあたるかどうかの扱いが企業で分かれるため、事前の理解と説明が後々のストレスを減らします。住宅ローンの与信は年収、勤続年数、既存の借入状況で決まるので、クレジットカードの不要なリボ残高や分割払いを整理するだけでも、スタートラインが変わります。時間の面では、管理会社に委託できれば月に1〜2時間のチェックで回せることが多いものの、退去や修繕の局面では連絡や意思決定にまとまった時間が必要です。忙しい時期の自分にとって無理のない運用の形を、最初から設計しておきましょう。
“場所”と“カタチ”——需要が続くものを選ぶ
賃貸は最終的に人が選びます。だからこそエリアの需要が息長く続くかを見極める視点が欠かせません。人口が緩やかに減る国全体の中でも、駅徒歩の利便性や雇用が集まるエリア、大学や大病院・官公庁の存在、再開発の計画など、需要の源は点在しています。駅徒歩5分と12分、築15年と25年、1Kと1LDK——どれを取っても賃料水準だけでなく、空室期間の長さや入居者層が変わります。編集部が出会った事例では、築年はやや古くても駅近で管理の行き届いた物件のほうが、賃料を下げずに短期間で入居が決まる傾向が見られました。見学の際は、共用部の清掃状態、掲示板の張り紙の更新頻度、ポストのチラシの量といった“暮らしのにおい”を観察すると、写真に映らない管理の良し悪しが浮かび上がります。
現物と少額投資——自分の時間軸に合わせる
不動産投資入門というテーマでも、方法はひとつではありません。実物を購入して賃貸経営を行う現物投資は、意思決定の自由度が高く、レバレッジも使えますが、個別リスクと手間が伴います。少額から始めたいなら、証券口座で売買できるJ-REITという選択肢があります[4]。多数の不動産に分散投資しており、流動性が高いのが特徴です。また、インターネットで1万円から参加できる不動産クラウドファンディングも登場し、運営会社が選んだ案件に出資して配当を受ける仕組みが広がっています(多くは不動産特定共同事業法に基づく事業として運営)[5]。どの方法にも長所と短所があるため、手元資金、時間、リスク許容度、学習の意欲に照らして、自分に合う“距離感”を決めるのがコツです。実物でオーナーになる前に、J-REITで相場観をつかむ、あるいは小口のクラウドファンディングで配当の流れを体験するのも有効です。
収支シミュレーションと税金——“手取り”で考える習慣
シミュレーションは、楽観を削り、悲観に偏りすぎないための地図です。売主や仲介の試算は前提が楽観的になりやすいので、自分の手で前提を再計算してみてください。家賃は周辺の成約事例を複数チェックし、空室は年1〜2カ月を確保、広告費は更新時に家賃の0.5〜1カ月分程度を見込みます。管理委託、共用部の費用、保険、固定資産税、清掃、鍵交換、原状回復の相場など、出ていくものを漏れなく拾い、返済と金利を差し引いて月次の手取りを確認します。出口は保有し続けるのか、一定の期間で売却するのか、どちらに寄せるのかで選ぶべきエリアや間取りも変わります。再開発や大規模修繕の予定、供給計画など、未来の変化に仮説を立て、年に一度は見直しましょう。数字は一度つくって終わりではなく、暮らしと同じく更新されるものと捉えると、怖さが薄れます。
税金のキホン——難しく見えて、押さえる点は少ない
賃貸の家賃収入は「不動産所得」に区分され、必要経費を差し引いた利益に対して所得税と住民税がかかります[6]。建物部分には減価償却という考え方があり、構造と築年に応じて毎年費用化できます[7]。赤字が出た年に他の所得と損益通算できるケースもありますが[8]、通算できる経費とできない経費があるため、最初の確定申告時に一度だけでも税理士に確認すると安心です。居住用の家賃は消費税の課税対象外であること[9]、固定資産税は毎年かかること[10]、保険やローン金利の扱いなど、基本の型を理解しておけば、あとは案件ごとに数字を当てはめるだけです。税制は変わる可能性があるので、最新の情報を都度確認する姿勢を持っておきましょう。
つまずきを避ける——“きれいごと”ではない現実対応
新築ワンルームで表面利回りが低いのに価格が高止まりしている、サブリースで「空室保証」と言われて安心してしまう、管理費・修繕積立金が低く設定されすぎて将来の大規模修繕が心配、利回りの算出に諸経費が入っていない、区分マンションの管理組合の議事録に無関心——どれも、あとから気づくと回避できたことばかりです。物件を買う前に管理組合の収支や修繕計画を確認し、サブリースの減額条項や中途解約の条件を読み込み[11]、販売資料の利回りがどこまでの費用を含むかを自分の言葉で説明できるまで分解してみてください。売主や仲介に質問しても曖昧な返答しか得られないなら、いったん立ち止まるのも選択です。「分からないまま進まない」こと自体が最大のリスク対策になります。
わたしたちの時間軸で——35〜45歳女性の現実と戦略
仕事の比重が変わり、家族の役割も増え、介護や転職の可能性も視野に入る年代。時間もお金も“余白”は限られます。不動産投資入門だからこそ、背伸びをせず、小さく試して、続けられる設計にすることが大切です。たとえば、まずは情報の精度を上げるために賃貸検索アプリで通勤圏の相場を1カ月追い、次に金融機関の事前審査で借入余力の感覚を掴み、最後に1物件だけ現地を歩いて“暮らしのにおい”を確かめる。家族とお金の話をするのが気まずいなら、「家計の安心のために毎月いくらの安定収入があったら助かる?」という問いから始めて、投資の目的を言葉にしてみるのも有効です。目的が“見栄”ではなく生活の土台にあると、選択はぶれにくくなります。名前貸しや過度な共同名義はリスクの分担が曖昧になるので避け、契約や申請は必ず自分で読み、分からない言葉はメモして調べる。小さな積み重ねが、将来の自由度を広げていきます。
まとめ——数字で優しく、自分に厳しすぎない始め方
インフレが続き、働き方も変わる時代。不動産投資入門のゴールは、“すぐ買うこと”ではありません。相場を自分の目で確かめ、手取りベースの収支を作り、生活に無理のない運用の形を描けるようになること。その上で、現物・J-REIT・クラウドファンディングのどれで試すかを選べば十分です。今日からできる行動として、通勤圏の家賃相場をお気に入り登録して一週間追い、家計の固定費と非常用資金を見直し、気になるエリアを一度歩いてみてください。数字はあなたを縛るためではなく、安心して選ぶための味方です。あなたはどんな未来の余白を、不動産という道具でつくりたいですか。小さな一歩を、今日の自分のリズムで踏み出してみましょう。
参考文献
- Statistics Bureau of Japan. Consumer Price Index (CPI). https://www.stat.go.jp/english/data/cpi/158c.htm
- Bank of Japan. Flow of Funds Accounts (資金循環統計). https://www.boj.or.jp/statistics/sj/index.htm
- Statistics Bureau of Japan. Housing and Land Survey 2023 (住宅・土地統計調査 令和5年). https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2023/index.html
- J-REIT Portal. About J-REIT. https://j-reit.jp/en/about/
- Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism (MLIT). Real Estate Specified Joint Enterprise Act (不動産特定共同事業). https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/sosei_tk3_000003.html
- National Tax Agency (NTA). No.1370 不動産所得の必要経費. https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1370.htm
- National Tax Agency (NTA). No.2100 減価償却のあらまし. https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2100.htm
- National Tax Agency (NTA). No.2250 損益通算. https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2250.htm
- National Tax Agency (NTA). No.6201 住宅の貸付けと消費税(非課税取引). https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6201.htm
- Ministry of Internal Affairs and Communications (MIC). 固定資産税のあらまし. https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/02zeisei/01zeisei/01_05.html
- MLIT. サブリースに関する契約書の適正化に係るガイドライン(報道発表). https://www.mlit.go.jp/report/press/house07_hh_000320.html