読む人は、文章のうち平均で20〜28%しか読まないというユーザビリティ研究の報告があります[1]。さらに海外の調査では、社内プレゼンを「退屈だ」と感じる人が半数超というデータも[2]。つまり、多くの資料は読み切られず、意図が届かないまま時間だけが過ぎているのです。編集部が各種データを確認した結論はシンプルでした。資料は「飾るもの」ではなく、意思決定を進めるためのツール。だからこそ、作法には基本があり、再現可能なコツがあります。個人戦からチーム戦へと役割が変わりつつあるゆらぎ世代にとって、資料作成は自分だけで抱え込む仕事を減らし、相手にバトンを渡すための重要な技術です。ここでは、今日からそのまま使えるルールと、明日を軽くするプロセスをお伝えします。
資料作成の基本設計:目的・受け手・行動を一文で決める
最初に時間をかけるほど、全体の時間は短くなります。資料作成の「基本」は、デザインでもアプリでもなく設計です。まず、この資料で誰に何をしてほしいのかを一文で定義します。おすすめは「この資料の目的は、[誰に]が[何を判断・実行]できるよう、[いつまでに]必要な根拠を示すこと」という型に入れて書くこと。目的が一文で言えたら、次は受け手の前提と関心を具体化します。意思決定権があるのか、時間は何分か、専門用語は通じるのか、判断基準はコストなのか安全性なのか。受け手の条件を書き出すと、不要な説明が自然に削れます。最後に、受け手にしてほしい行動をゴールとして固定します。承認なのか、試験導入なのか、予算確保の合意なのか。行動が明確だと、資料の骨子は自ずと定まります。
「先に結論」×「1スライド1メッセージ」で迷いを断つ
研究データでは、読み手は冒頭で価値が判断できないと離脱しやすいと示されています[3]。だからこそ先に結論です。結論を名詞ではなく動詞で言い切ると、読み手の動きにつながります。続けて根拠を三つに絞ると、受け手の記憶負荷を抑えられます。スクリーンでの発表も、回覧される資料も「1スライド1メッセージ」が原則。1枚に一つの主張と、その主張を支える最小限の根拠だけを置きます。根拠が複数必要なら、枚数を分けて階段状に組み上げると、読み手が迷いません。バーバラ・ミントのピラミッド原則にならい、結論→理由→具体の順で並べれば、短い時間でも構造が伝わります[4]。
ラフ構成は30分で仕上げる:作り込む前に並べて捨てる
最初に図形や配色に触れるほど、後戻りのコストが増えます。30分だけと区切って、付箋やメモに結論と要点を書き出し、順番を入れ替えながら紙の上で流れを決めましょう。ここで「本当に必要な情報は何か」を容赦なく削るのがコツです。ラフが通れば、作図は速くなり、スライドの過剰装飾も防げます。逆に、ここで迷う場合は目的の一文が曖昧なことが多いもの。もう一度、誰に何をしてほしいかに立ち戻ると、不要な段落が自然に見えてきます。
読まれるデザインのコツ:視線・余白・配色の数値基準
デザインは才能ではなく、読みやすさを守る小さな数値ルールの積み重ねです。スクリーン前提のスライドなら本文の文字サイズは18〜24ptを下回らないようにし、紙配布の資料なら10.5〜12ptを基準にします。1行の長さは全角30〜40文字に収めると視線の往復が減り、行間は1.4〜1.6倍に設定すると詰まりません。見出し・本文・注の3階層に役割を固定し、同じ階層は同じフォントとサイズで徹底的に揃えます。揃っていること自体が「秩序」というメッセージになり、内容の理解を助けます。
色はベース・メイン・アクセントの三役で十分です。ベースは白かごく薄いグレー、メインはロゴやブランドカラー、アクセントは1色だけを選び、重要部分や強調数字にだけ使います。コントラストはWCAG 2.1の推奨比4.5:1以上を意識すると、会議室のプロジェクターでも読める明度差を確保できます[5]。図形はグリッドに沿って整列し、余白を恐れずに置く。情報を詰め込むほど説得力が上がるわけではありません。視線が迷わず、重要度の差が一目で分かることが、結果として信頼感につながります。
図表の作法:直接ラベルと「比較」を明確にする
グラフの基本は、「何を比べているか」を一瞬でわからせることです。棒グラフは数量比較、折れ線は推移、散布図は関係性と役割が決まっています。迷ったら、棒と折れ線のどちらが問いに直結するかで選びます。凡例を読ませる手間を減らすため、可能な限り直接ラベルを付けると視線の往復がなくなります[6]。棒グラフは軸をゼロ起点にし、順位が重要なときは値の大きい順に並べ替えます。円グラフは割合が一目で分かる反面、要素が多いと途端に読みにくくなるため、項目が少ないときだけに限定するとよいでしょう。強調したい系列だけアクセントカラーを使い、ほかはグレーで抑えると、メッセージの焦点が合います。
伝わる文章の基本:見出しで言い切り、PREPで詰める
資料作成のコツは、見出しで主張を言い切る勇気にあります。「Aの現状」ではなく「AはBのために投資すべき」と動詞で結論を書く。本文はPREP(Point-Reason-Example-Point)の順で短く構成し、一文は60〜70字を目安に切っていくと、読み手の理解が途切れません。専門用語は置き換えられるなら平易にし、固有名詞は最初だけ正式名称を示してから略称に統一します。曖昧な形容詞を数値に言い換えるのも効果的です。「大幅に」は「前年比**+18%**」へ、「早期」は「4月末まで」へ。数字は四捨五入の位をそろえ、単位を統一し、桁区切りを入れるだけで読みやすさが上がります。
よくあるNGを直す:名詞の連結を動詞でほどく
日本語の資料でよく見かけるのが、名詞の長い連結です。「顧客価値最大化に向けたプロセス高度化方針」では、誰が何をするのか伝わりません。「プロセスを見直して、顧客の待ち時間を20%短縮する」のように、動詞と数字で具体化すると、読み手は動きをイメージできます。また、「検討します」は保留の合図に見えがちです。「5/15までにABテストを実施」のように、期日と方法を添えるだけで前に進む文章になります。最後に、文末の語尾を整えましょう。「〜です」「〜ます」が混在すると幼く見えます。体言止めは強調に有効ですが、多用すると断定の印象が強くなるため、目的に応じてメリハリをつけて使います。
仕事で効くプロセスと時短:90分で骨子を固める
忙しさの渦の中では、時間が先に溶けてしまいがちです。編集部のおすすめは、時間から決めるタイムボックス法。まず90分を確保し、最初の30分で目的の一文とラフ構成をつくります。次の40分で必要な数表・図版だけを最短距離で用意し、最後の20分で文章をPREPに整えて、体裁は最低限にとどめます。ここまでで一度レビューに出すと、無駄な作り込みを避けられます。以降はフィードバックを受けて要点に絞って磨き込む。完璧さより、早く小さく回す勇気が品質を引き上げます。
再利用の仕組み化も時短の要です。過去資料の使える要素を「表」「図」「定義」「テンプレ」などのフォルダで分けて保管し、ファイル名は「日付_案件_バージョン」で統一すると検索が速くなります。校正は沈黙より音読が効きます。読み上げると冗長な語が浮かび、主語と述語のねじれも見つかりやすいからです。配布直前は、リンク先の権限、数値の更新日、フォントの埋め込み、プロジェクター環境での見え方を短時間で確認します。オンライン送付ならPDFと編集ファイルの両方を用意し、閲覧デバイスの違いで崩れない形式を選ぶと安心です。
チームで速く正しく:役割を決め、レビューを一点集中
個人戦からチーム戦へ移るほど、資料作成はチームプレーになります。設計・作図・検証を同時進行にせず、レビューの観点を回ごとに一つに絞ると、指摘がぶつかりません。初回は目的と構成、二回目は根拠と数字、最後は表記と体裁、とテーマを分けて合意形成の負荷を下げましょう。Slackやコメント機能での指摘は、結論→根拠→修正案の順に書くと、受け手が即座に直せます。家庭やケアの事情でまとまった時間が取りにくいときこそ、プロセスを決めて小さく進める仕組みが味方になります。
まとめ:明日を軽くするために、今日一枚作る
資料作成はセンスよりも、目的の一文、先に結論、読みやすい数値基準、そして短く回すプロセスという基本の反復です。完璧な時間はやってきません。だからこそ、まず一枚、結論を言い切るスライドを作ってみてください。次に根拠を三つに絞り、読み上げて引っかかる語を直す。それだけで、相手の時間を奪わず、自分の時間も取り戻せます。仕事も暮らしも抱えるものが増える世代だからこそ、資料は自分を助ける道具にできます。あなたが次に作る資料の目的は何ですか。誰に、何を、いつまでに。答えが言えたら、もう半分できています。今日の会議に間に合う一枚を、一緒に始めましょう。
参考文献
- Michael Yeap. Nielsen: How Little Do Users Read? Accessed Sep 2009. https://michaelyeap.blogspot.com/2009/09/sep-19-nielsen-how-little-do-users-read.html#:~:text=In%20the%20full%20dataset%2C%20the,of%20the%20text%20on%20the
- EE Times. Survey: Business presentations are boring. https://www.eetimes.com/survey-business-presentations-are-boring/#:~:text=SAN%20JOSE%2C%20Calif.%20%26,a%20survey%20by%20Infommersion%20Inc
- Managing Change. Structuring messages for impact. https://www.managingchange.org.uk/mcposts/structuring-messages-for-impact#:~:text=Unstructured%20communication%20can%20lead%20to,logical%20flow%2C%20making%20your%20communication
- Barbara Minto. The Pyramid Principle (official site). https://barbaraminto.com/#:~:text=Image%20%20,pyramid%20under%20a%20single%20point
- W3C WAI. Understanding Success Criterion 1.4.3 Contrast (Minimum). https://www.w3.org/WAI/WCAG20/Understanding/contrast-minimum.html
- Saylor Academy. Data Visualization: Labels and Legends. https://learn.saylor.org/mod/book/view.php?chapterid=79608&id=82396#:~:text=You%20want%20to%20allow%20instant,labels%20close%20to%20the%20lines