更年期の運動は“中強度”が土台:3つのものさし
世界保健機関(WHO)は18〜64歳を対象に、週合計150〜300分の「中強度」または75〜150分の「高強度」の有酸素運動を推奨しています。 [1]
研究データでは、中強度の継続が体力・気分・睡眠の質の向上に結びつくと報告されています。 [1,2,9] 編集部が各種ガイドラインを読み解くと、更年期のコンディションは日によって波があり、同じ運動でも負荷の感じ方がぶれがちだからこそ、数値と感覚の両方で「今日のちょうどいい」を決める設計が鍵だと見えてきました。
医学文献によると、中強度は酸素を十分に使いながら行えるペースで、心肺や筋肉に確かな刺激を与える強さです。専門用語は避け、日常語で置き換えるなら、会話はできるが歌は難しいくらい。 [3] 更年期の運動はここを土台に、体調に合わせて上下させるのが実践的です。この記事では、中強度の具体像、今日からの始め方、目的別の調整法、ツールの活用までを、エビデンスと生活感の両面からガイドします。
研究データでは、中強度はエネルギー消費の指標であるMETsで3.0〜5.9に相当し、 [1] 速歩、軽いサイクリング、階段の上り下りなどが含まれます。 [3,6] けれど、日常の現場では数値だけでは判断しづらい。そこで編集部は、誰でもすぐに使える三つのものさしを併用することをおすすめします。
会話テスト:歌えないけれど会話はできる
最初のものさしは息づかいです。短い文なら会話できるが、歌を続けるのは難しい呼吸の乱れが中強度のサイン。 [3] 例えば駅までの速歩で、スマホのメモに思いつきを口述しようとすると少し途切れがちになる、そんな体感が目安になります。高強度は息が上がりすぎて会話も途切れ途切れ。低強度はスムーズに話せてしまう。時間や場所を選ばず使える指標なので、更年期の揺らぐ日にも頼れます。
自覚的運動強度(RPE):12〜14が“ちょうどいい”
二つ目はRPE(ボルグスケール)です。医学文献によると6〜20の段階で負担感を自己評価し、**中強度は12〜14(ややきつい)**が目安。 [7] 朝から疲労感が強い日は12を上限に、体調が整っている日は14に寄せるなど、日替わりの調整がしやすくなります。0〜10版を使う場合は5〜6が中強度です。 [7] 更年期の運動は「いつも同じペース」ではなく「今日の12〜14」を探す感覚で続けると、無理なく積み上がります。
心拍数:最大心拍の64〜76%を目安に
三つ目は心拍です。研究データでは、中強度は**最大心拍(HRmax)の64〜76%**に相当します。 [4] HRmaxは一般に「208−0.7×年齢」で概算でき、 [5] 45歳なら約177拍/分。中強度はおよそ113〜134拍/分です。腕時計型の心拍計がなくても、15秒の脈拍に4を掛ければだいたいの心拍がわかります。更年期は睡眠やホットフラッシュの影響で心拍が上振れしやすい日があります。そんな日は同じペースでも心拍が高めに出るので、会話テストとRPEを優先して調整すると安全です。
この三つを組み合わせると、「速歩で会話はできるが歌えない」「RPEは13」「心拍は120台」といった立体的な判断が可能になります。METsで言えば、平坦な道の速歩は4〜5、時速10〜12kmののんびりサイクリングは4〜6、階段の上りは4〜8ほど。 [6] 日常の移動そのものが中強度になり得る、と捉え直すことが第一歩です。
安全に始める強度設計:10分×3本から
更年期の運動は、長時間をいきなり目指すより、長く続く設計が成果につながります。最新の公的ガイダンスでは、活動は10分未満でも積み上げた総量が重要とされています。 [3] その一方で、10分程度のまとまりは生活に組み込みやすく、実践の足場になりやすいという報告もあります(過去の国際ガイドラインでは「少なくとも10分以上」のまとまりが推奨されていました)。 [1] 編集部の提案はシンプルです。今日は速歩を10分間だけ、明日は仕事帰りに同じ10分間、週末は公園で15〜20分。これで週3〜4日を確保できれば、合計はまず60〜90分。慣れてきたら1本を15〜20分に伸ばし、週のどこかで30分に挑戦すれば、150分に届きます。 [1,3]
始める前に5分のウォームアップで体温と関節の可動域を上げ、終わりにゆっくり歩いて呼吸を整えるクールダウンを挟むと、翌日の疲れが違います。汗をかきやすい時期は脱ぎ着しやすいレイヤーと吸汗速乾の素材が助けになります。喉の渇きを感じる前の小まめな水分補給も、体温コントロールを後押しします。
更年期は「昨日できた速度が今日はきつい」という日があります。そんなときは強度のダイヤルを半歩だけ下げる、つまり歩幅を少し狭める、坂道は避ける、音楽のテンポを落とす。反対に、体調が良い日はダイヤルを半歩上げて、信号一つ分だけ速く歩く、階段を一つ分多めに上る、といった微調整が現実的です。違和感や痛み、めまいがあれば中止し、休養を優先しましょう。運動は気合いではなく設計で続きます。
時間帯も強度に影響します。寝つきに悩みがある日は、就寝直前の高強度は避け、夕方までに中強度を済ませると落ち着きやすくなります。ホットフラッシュが強い日は、涼しい時間帯や屋内での低〜中強度に切り替えるのが賢明です。低衝撃の選択肢としては、傾斜をつけたトレッドミルの速歩、エアロバイクの軽〜中負荷、プールでのウォーキングなどがあります。いずれも会話テストで“歌えないけど話せる”ペースをキープできれば、中強度の範囲に収まります。 [3]
運動の質を上げる補助として、週に2回の筋トレも取り入れたいところです。 [1] 自体重スクワットやゴムバンドの引き寄せなど、8〜12回で「あと2回なら頑張れそう」と感じる負荷が指標。 [7] 息を止めず、動作中に会話がギリギリできる程度の呼吸の乱れなら、中強度の範囲で安全に刺激を与えられます。筋トレを行う日は有酸素の時間を少し短くして、合計の負担を調整しましょう。関連する基礎づくりは、編集部の「40代女性の筋トレ入門」も参考になります。なお、更年期以降の女性では、レジスタンストレーニングが体組成や骨の健康に好影響を及ぼすことが系統的レビューで示されています。 [10]
目的別:コンディションに合わせた強度の整え方
気分や睡眠を整えたいときは、朝〜夕方にかけての中強度を15〜30分確保すると、体内時計のリズムが整いやすくなります。医学文献によると、規則的な有酸素運動は睡眠の主観的質を改善する傾向が報告されています。 [2] 遅い時間帯に運動する場合は、強度を12(ややきついの下限)に抑え、終わりにストレッチやゆったりした呼吸を添えると寝るモードにスムーズに移行しやすいでしょう。 [9] 眠りの土台づくりは「睡眠のリズムを整える習慣」も合わせてどうぞ。
体重コントロールが目的なら、日常の移動を中強度に置き換えるのが現実的です。最寄り駅までの徒歩を速歩にする、エスカレーターを階段に変える、買い物の往復で荷物の重さを均等に持って歩く。RPE13をキープしながら一日の活動量を底上げすると、消費の積み上げが効いてきます。 [3] 筋トレは週2回、全身を動かす種目を中心にして、動作のテンポは一定に。がむしゃらに疲れるより、翌日も歩ける中強度を続けるほうが、月単位では確かな差になります。食事との組み合わせは「更年期の栄養バランス」を参照してください。
骨と筋肉のために刺激を入れたい場合は、着地の衝撃が適度にかかる活動を中強度の範囲で取り入れます。平地の速歩に短い上り坂を混ぜる、段差を使ったステップアップを数回挟む、信号待ちで踵上げを入れるなど、小さな工夫でも十分な刺激になります。骨盤底や関節に不安がある日は衝撃の少ないメニューに切り替え、翌日以降に反映させる。更年期の運動は、体からのフィードバックを次の設計に活かすほど賢くなります。 [10]
強度を味方にするツール:数値と感覚の二刀流
ウェアラブル端末があれば、心拍の推移と歩数、ペースが可視化できます。編集部が便利だと感じるのは歩行のケイデンス(1分あたりの歩数)。研究データでは、成人では1分あたり約100歩が中強度の目安とされます。 [8] 音楽のテンポに置き換えると、120〜130BPMあたりが“歌えないけど話せる”ゾーン。プレイリストを作っておけば、体調に合わせてBPMを上下するだけで強度の微調整ができます。坂道や風の影響で心拍が上がる日は、テンポを落とした曲に切り替えるのが簡単です。
心拍は便利ですが、睡眠不足やカフェイン、気温の影響を受けます。更年期の運動では、数値に寄りかかりすぎず、会話テストとRPEで必ずクロスチェックする姿勢が安全です。逆に、感覚だけでは上げ下げが曖昧になりやすいので、週のどこかで同じコース・同じ音楽・同じ時間帯で“定点観測”をすると、体力の変化が見えてきます。何も記録したくない日は、スタート時と終了時の気分を一言メモするだけでも十分なログになります。
屋内派なら、傾斜付きトレッドミルやエアロバイク、エリプティカルが心強い味方です。速度を上げずに傾斜や負荷で心拍を中強度に乗せられるので、関節への負担を抑えつつ呼吸はしっかりと乱すことができます。屋外派は、日陰のルート、風の向き、信号の間隔も強度に影響するため、コースを2〜3種類用意しておくと、その日の体調や天気に合わせて選びやすくなります。気持ちの切り替えには、短い呼吸法も役立ちます。落ち着きたい時は四拍吸って六拍吐く、動き出す前に二回繰り返す。強度の入り口にスイッチを用意すると、運動モードに入りやすくなります。呼吸の基本は「ストレスを整える呼吸法」にもまとめています。
まとめ:強度が決まれば、続ける理由が増える
更年期の運動は、完璧なプランより**“今日のちょうどいい強度”**の発見がすべてを前に進めます。会話はできるが歌えない呼吸、RPE12〜14、心拍64〜76%。この三つが揃えば中強度に入っています。 [3,4,7] 10分でいい日もあれば、30分伸ばせる日もある。波があるのは当たり前で、その波に合わせてダイヤルを半歩だけ上下させる設計が、翌週のあなたを助けます。
まずは明日、速歩の10分から。片道5分の往復でも十分です。その間だけ、音楽のテンポを少し上げ、歩幅を手のひら一枚分だけ広げ、呼吸は歌えないけど話せるペースに。それが積み重なったとき、体力だけでなく、気分や睡眠、日々の集中力にも静かな変化が訪れます。あなたの“ちょうどいい”を更新し続ける旅を、今日から始めませんか。
参考文献
- World Health Organization. Global Recommendations on Physical Activity for Health. 2010. NCBI Bookshelf. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK305058/
- Mendonça CM et al. The effects of exercise training on sleep quality: a systematic review and meta-analysis. PLoS One/Int J Behav Nutr Phys Act (PMC10167708). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10167708/
- Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Physical Activity Basics: What Counts for Adults. https://www.cdc.gov/physical-activity-basics/adding-adults/what-counts.html
- Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Target Heart Rate and Estimated Maximum Heart Rate. https://www.cdc.gov/physicalactivity/basics/measuring/heartrate.htm
- Tanaka H, Monahan KD, Seals DR. Age-predicted maximal heart rate revisited. Journal of the American College of Cardiology. 2001;37(1):153-156. https://doi.org/10.1016/S0735-1097(00)01054-8
- Ainsworth BE, Haskell WL, Herrmann SD, et al. 2011 Compendium of Physical Activities: a second update of codes and MET values. Medicine & Science in Sports & Exercise. 2011;43(8):1575-1581.
- American College of Sports Medicine. Quantity and Quality of Exercise for Developing and Maintaining Cardiovascular, Musculoskeletal, and Neuromotor Fitness in Apparently Healthy Adults: Guidance for Prescribing Exercise. Med Sci Sports Exerc. 2011;43(7):1334–1359.
- Tudor-Locke C, Rowe DA, et al. Cadence (steps/min) as a practical measure of intensity in adults: systematic review/consensus. International Journal of Behavioral Nutrition and Physical Activity. https://ijbnpa.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12966-025-01712-z
- (日本語)就寝前10分間のストレッチが更年期症状・抑うつ症状に及ぼす影響に関する研究. 体力研究. https://www.jstage.jst.go.jp/article/tairyokukenkyu/118/0/118_18/_article/-char/ja/
- Maillard F, et al. Effects of different exercise training modalities on body composition and bone health in postmenopausal women: a systematic review and meta-analysis. (PMC10204927). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10204927/