更年期の不眠はなぜ起きるのか
研究データでは、更年期前後の女性の約40〜60%が「寝つけない」「夜中に何度も目が覚める」といった睡眠の不調を経験すると報告されています(midlife womenの国際研究のレビューより)[1,2]。日本の統計でも、厚生労働省の調査において40代女性の相当数が6時間未満の睡眠であることが示され、慢性的な眠気や集中力の低下が日常化しやすいことがうかがえます[3]。編集部が各種データを読み解くと、ホルモンの変化だけでなく、仕事や家事・育児の役割変化、夜のスマホ習慣、そして温度や光などの環境要因が複合的に影響していることが見えてきました[2]。
「気合いで寝る」は現実的ではありません。けれど、医学文献が示す行動や環境の整え方を、忙しい日常にフィットする形で少しずつ重ねることで、眠りの改善が期待されます[2]。ここでは、更年期のからだの背景をやさしく解説しながら、今日から試せる睡眠術を具体的にまとめます。完璧を目指すのではなく、“続けられる最小単位”で設計することが合言葉です。
医学文献によると、卵巣機能の変化に伴いエストロゲンやプロゲステロンがゆらぎます。エストロゲンは体温調節やセロトニン代謝に関与し、夜間のほてり(ホットフラッシュ)や寝汗を引き起こすことで中途覚醒を増やすことが示されています[4]。プロゲステロンはGABA受容体に作用して鎮静方向に働くため、減少すると「うとうと」へと導く力が弱まり、寝つきの悪さを感じやすくなります[2]。さらに加齢に伴うメラトニン分泌の低下も相まって、夜の眠気シグナルが弱くなることが知られています[5]。
研究データでは、就寝前のスマートフォン使用がメラトニンの分泌を抑え、入眠を遅らせることが示されています[6]。ブルーライトそのものの影響に加え、SNSやニュースで意識が高ぶる心理的覚醒も睡眠を妨げます。アルコールは寝つきを一時的に良くする一方、夜間の睡眠を分断し、早朝覚醒を増やすことが多数の研究で報告されています[7]。「寝るための一杯」が実は“眠りを浅くする一杯”になっている、この逆転は知っておきたいポイントです。
一方で、すべてをホルモンのせいにする必要もありません。体内時計(概日リズム)と日中の行動が整えば、更年期でも睡眠が改善することがあります[2]。朝の光、日中の活動量、就寝前のリラックス、寝室の温度といった「眠りの4つの柱」を現実的に支えることが、効果が期待されるアプローチになります[9]。関連テーマはNOWHの特集「睡眠負債とは」でも解説しています。
データで見る“起きる時間”の効用
体内時計研究では、朝の自然光を20〜30分浴びることで中枢時計が前進し、夜の眠気が早まりやすいことが示されています[9]。光の強さは屋外であれば十分で、曇天でも室内照明の数倍の照度があります。起きる時間をほぼ一定に保つことは、寝つきの安定に役立つことが示されています[2]。「遅く寝たから遅く起きる」よりも、「遅く寝ても決まった時間に起きて朝の光を浴びる」ほうが、次の夜の眠りに良い影響を与える可能性があるというのがエビデンスの見解です[9]。
行動と環境を整える“続けられる”睡眠術
具体策はシンプルで、しかも科学的根拠があります。研究データでは、就寝の1〜2時間前に38〜40℃のお湯に10〜20分浸かると入眠が早まり、総睡眠時間が延びる傾向が報告されています[8]。入浴で末梢の血流が高まり、浴後に深部体温がゆるやかに下がる過程が眠気を招くためです[8]。シャワー派の方は、首すじ・肩・ふくらはぎに温水を当ててからだの表面温度を上げるだけでも良い変化が得られます[8]。
カフェインは半減期が5〜7時間と長く、午後遅い時間の摂取が夜の眠りに影響します[10]。コーヒーが楽しみなら、昼過ぎまでに切り上げ、夕方以降はデカフェやハーブティーへ。アルコールは「量とタイミング」を見直します。どうしても飲む日は、就寝の3時間以上前で区切り、食事と一緒にゆっくりと。これだけでも夜間の中途覚醒が軽減しやすくなる可能性があります[7]。
寝室環境は、温度と湿度、そして光が要です。更年期の夜間のほてりに配慮するなら、就寝時の室温は目安として20℃前後、湿度は40〜60%を意識し、足もとが熱くなりやすい人は薄手のレイヤーで調節できる寝具に[11]。遮光カーテンで早朝の光をコントロールしつつ、起きる時間に合わせてカーテンを少し開けておく工夫は、自然な目覚めにつながります[9]。寝汗対策の工夫はNOWHの「ホットフラッシュ対策」も参考になります。
就床前1時間の“やめる・置き換える”
スクロールを続けるほど目も脳も覚醒していきます。就床前1時間は「通知を切り、充電は寝室の外へ」とルールを作ると効果的です。代わりに、紙の本、ストレッチ、日記やメモのような“穏やかに終わらせる行為”へ置き換えます。呼吸法は副交感神経を高める実践としてエビデンスが厚く、例えば「4秒吸って7秒止め、8秒かけて吐く」というゆっくりしたリズムは心拍を落ち着かせ、入眠を助けることが報告されています[12]。呼吸の詳しいやり方は「眠りを深める呼吸法」で詳説しています。
“考えすぎる脳”と不眠の悪循環を断つ
更年期の不眠は、身体だけでなく心の揺らぎとも結びついています。仕事の役割が増え、家族のライフイベントが重なる時期。脳は「明日の段取り」を繰り返し再生し、布団の中で計画会議が始まりがちです。エビデンスに基づく認知行動的アプローチ(CBT-I)は、こうした悪循環を断ち切るための方法を提案します[12]。ベッド=眠る場所という関連づけを再学習することが核で、眠れない時間をベッドの外へ移す“刺激コントロール”がよく使われます[12]。20分以上眠れない感覚が続くときは、一度起きて薄暗い場所で静かな行為に切り替え、強い光や画面を避けながら眠気の波を待ってから戻る。これを何晩か繰り返すだけでも、「ベッドに入ると眠れない」という学習を上書きできることがあります。
もうひとつ効くのが、心配を“夜から夕方へ”引っ越しさせる工夫です。夕方の決まった時間に10〜15分だけ「心配メモ」の時間をつくり、気がかりを書き出して、対処できるものと保留するものに分けます。夜に同じ考えが浮かんだら「あの時間に扱う」と心の中でラベリングする。研究では、こうしたラベリングが反芻思考を減らし、入眠潜時(寝つくまでの時間)を短縮することが示されています[12]。
昼寝は完全に悪ではありません。ただし、長く深い昼寝は夜の眠りを遅らせます[12]。どうしても眠い日は、午後3時より前に短く目を閉じる程度にとどめ、目覚ましを活用して深い睡眠へ落ちない工夫を。日中の軽い運動も眠りの質を底上げします。週合計で中強度の有酸素運動を150分程度行うと、入眠と睡眠効率の改善が見られる研究が多数あります[13,14]。通勤で一駅歩く、エレベーターではなく階段を選ぶといった“積み上げ”で十分です。
症状が強いときの選択肢を知っておく
医学文献によると、ほてりや寝汗などの血管運動神経症状が強く睡眠を妨げている場合、医療機関での相談が有効なことがあります[4]。ホルモン補充等の医療的な対応や一部の薬剤による対策が睡眠の分断を減らす可能性が示されていますが、適応やリスクは個人差が大きいため、自己判断ではなく専門家に相談してください[4]。生活行動の調整と医療的サポートは対立ではなく、相補的に働きます。まずは日々のセルフケアで土台を整え、必要に応じて外部の助けを借りる、そんな柔軟さが更年期の眠りを守ります。
忙しい日常でも続く“現実解”の設計
理想のナイトルーティンを一気に組み立てるほど、翌週には崩れがちです。更年期の睡眠改善でカギになるのは、最小単位のルールを決めて、できる日を増やすこと。例えば、平日の朝はカーテンを10cm開けて寝る、起きたらベランダに出て空を見上げる、午後は2杯目のコーヒーで打ち止めにする、夜はスマホをリビングで充電する、入浴は就寝90分前にする。どれかひとつでも守れた日は、自分を評価して良い日です。完璧主義は睡眠の敵。70点の行動を積み重ねるほうが、からだも心も応えてくれます。
記録を味方にすると実感が伴います。ノートでもアプリでも構いません。就寝・起床時刻、夜中に起きた回数、アルコールやカフェインの有無、入浴時間、日中の運動量を数行メモするだけで、因果の手がかりが見えてきます。例えば「入浴が遅れた日は寝つきに時間がかかった」「夕方のカフェインをやめた週は夜中の覚醒が減った」など、小さな相関が浮かべば、次の一手が具体化します。こうした振り返りは、NOWHの「スリープジャーナルの始め方」も参考にしてください。
最後に、家族や同僚へのシェアも力になります。「夜はスマホを見ないルールにするから、急ぎの連絡は電話で」「寝室の温度を少し下げたい」など、小さな宣言は生活の摩擦を減らし、協力を得やすくします。ゆらぎの季節を一人で抱え込まない工夫は、眠りの質を超えて、日中のパフォーマンスや気分にも波及していきます。
まとめ:眠りは“積み木”、焦らず一段ずつ
更年期の不眠は、からだの変化、生活の負荷、環境のズレが重なって起きます。だからこそ、解決も“重ねる”発想で進めていきたい。朝の光を浴びて起きる時間を一定にする、就寝90分前の入浴で体温の波を整える、夕方以降のカフェインと夜のスマホを手放す。この三つの柱をまず1〜2週間試し、手応えが出たら寝室の温湿度や呼吸法、心配メモの時間へと広げていきましょう。
眠りは競争ではありません。昨日より少し整った、それで十分です。あなたが今日選ぶ小さな一歩は、数週間後の大きな変化につながります。どの一歩から始めますか?気になるテーマがあれば、NOWHの関連特集「睡眠の基本」「ストレスと睡眠の関係」もあわせて読んで、あなたの睡眠術を育てていきましょう。
参考文献
- Sleep disturbances in midlife women across the menopausal transition: review. Available at: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10816958/ (accessed 2025-08-28).
- J Clin Med. Insomnia and sleep disturbances during the menopausal transition: a narrative review. 2024; doi:10.3390/jcm13020428.
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「睡眠と健康」. Available at: https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/ (accessed 2025-08-28).
- Vasomotor symptoms, menopause, and sleep. Available at: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6718648/ (accessed 2025-08-28).
- Human aging and melatonin secretion. Available at: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5611767/ (accessed 2025-08-28).
- Evening light exposure suppresses melatonin and delays sleep. Available at: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8628671/ (accessed 2025-08-28).
- Alcohol and sleep I: effects on normal sleep. Available at: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3022940/ (accessed 2025-08-28).
- Showering or short bathing before bedtime and sleep: evidence from wearable devices. Available at: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10486043/ (accessed 2025-08-28).
- Effects of morning light on circadian phase shifting. Available at: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4344919/ (accessed 2025-08-28).
- Caffeine: effects on sleep and half-life across age. Available at: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5445139/ (accessed 2025-08-28).
- Okamoto-Mizuno K, Mizuno K. Effects of thermal environment on sleep and circadian rhythm. J Physiol Anthropol. 2012;31:14. Available at: https://jphysiolanthropol.biomedcentral.com/articles/10.1186/1880-6805-31-14.
- Edinger JD, et al. Behavioral and psychological treatments for chronic insomnia disorder in adults: an American Academy of Sleep Medicine systematic review and meta-analysis. Sleep. 2021;44(11):zsab130. Available at: https://academic.oup.com/sleep/article/44/11/zsab130/6299997.
- World Health Organization. WHO guidelines on physical activity and sedentary behaviour. 2020. Available at: https://www.who.int/publications/i/item/9789240015128.
- Kredlow MA, Capozzoli MC, Hearon BA, Calkins AW, Otto MW. The effects of physical activity on sleep: a meta-analytic review. Sleep Med Rev. 2015;23:12–24. doi:10.1016/j.smrv.2014.10.009.