更年期の体と食の関係を、データで理解する
閉経移行期の女性の約70〜80%がほてり(ホットフラッシュ)や発汗を経験することが、国際的な研究で繰り返し報告されています(例:North American Menopause Society)[1]。また、日本では閉経年齢の中央値がおよそ50歳前後とされ、40代半ばからの数年は体のサインが揺れやすい時期です[2]。研究データでは、食事パターンが自律神経や血糖の変動、睡眠の質に影響し、症状の感じ方にも関与する可能性が示唆されています(SWANの解析など)[3]。編集部が各種データを読み込むと、控えたい食品は意外に“敵リスト”というより、タイミングや量、加工度に共通点があると見えてきました。言い換えれば、ただ我慢するより、賢く選ぶことで体のゆらぎを小さくできる余地がある、ということです。
エストロゲンがゆるやかに低下する更年期は、体温調節、睡眠、血管、骨、脂質代謝などのネットワーク全体に微調整が必要になります[5]。医学文献によると、基礎代謝は加齢に伴いわずかに低下し[6]、体脂肪は内臓側に偏りやすくなります[7]。こうした背景で、急激に血糖を上げる食事や、覚醒を高める嗜好品、体内の炎症を促しやすい脂質は、ほてりや動悸、眠りの浅さを悪化させる引き金になりやすいと考えられています(トリガーとしての飲酒・辛いもの・熱い飲み物など)[1]、また超加工食品の多い食生活も心血管リスクと関連します[13]。研究データでは、脂質と精製糖の多い食事パターンは血中脂質の悪化や体重増加に結びつきやすく、果物・野菜・全粒穀物が多いパターンは症状が軽い傾向が報告されています(SWAN研究など)[3]。
一方で、万人に共通の“完全NG食品”はありません。更年期は個人差が大きく、同じカフェインでも「朝の一杯は平気だが午後はドキドキする」といった時間帯差が典型です。編集部としては、食品を白黒で裁くのではなく、量・頻度・タイミング・加工度という変数でコントロールする考え方を推します。その方が生活に馴染み、リバウンドもしにくいからです。
更年期に避けたい・控えたい食べ物とその理由
ここからは、研究知見と日常の実感が交差しやすいテーマを、具体的に深掘りします。キーワードは「ゼロか百か」ではなく、「悪目立ちさせない工夫」。
アルコール:ほてりと睡眠の質に直結しやすい
アルコールは血管を広げ、体温感覚を揺らしやすい飲み物です。研究データでは、飲酒は入眠を早める一方で後半の睡眠を浅くし、夜間覚醒を増やすことが示されています[8]。更年期のホットフラッシュは夜間に出やすいため、寝酒のつもりが翌日のだるさや動悸につながることもあります。また、疫学研究では女性の乳がんリスクが1日10gのアルコール(ワイン約100mL)で7〜10%程度上昇する関連が知られています[9,10]。体と相談しながら、週の中で休肝日をつくり、会食の日は量を小さく、寝る3時間前には切り上げるなど、影響を翌日に持ち越さない線引きを意識したいところです。
カフェイン:ほてりと不安感、午後のドキドキに注意
カフェインは覚醒作用でパフォーマンスを押し上げてくれる一方、自律神経が敏感な時期には、ほてりや動悸、イライラを強めるトリガーになり得ます。米国の更年期外来データでは、カフェイン摂取と不快なホットフラッシュの増加に相関が見られた報告があります(Menopause誌)[11]。特に午後以降は睡眠の質を下げやすいため、朝はレギュラー、午後はハーフカフェインやデカフェ、ハーブティーに切り替えるなど、時間帯で強度を調整すると体感が変わりやすくなります[4]。
砂糖・精製炭水化物:血糖ジェットコースターが情緒を揺らす
白いパンや菓子、砂糖の多い飲み物は急な血糖上昇と下降を招きやすく、その谷間でだるさや集中力の低下、甘いものへの強い欲求を招きます。更年期は睡眠が浅くなりがちで、寝不足と高糖質の相互作用が食欲ホルモンを乱し、食べ過ぎに拍車をかけます。SWANの解析でも、精製糖と飽和脂肪の多い食パターンは体重と脂質プロファイルの悪化に関連しました[3]。甘いものを完全排除するより、食事の最後に少量をゆっくり味わう、果物や無糖ヨーグルトに置き換える、主食は全粒や雑穀を選ぶといった工夫が現実的です。とくに「たんぱく質や食物繊維を先に、炭水化物は最後に」という食べる順番は、食後血糖の波を抑える助けになります[12]。
超加工食品・揚げ物・トランス脂肪:炎症と脂質代謝の負担に
スナック菓子や菓子パン、フライドフードなどの超加工食品は、エネルギー密度が高く、食べやすさが過食を招きます。観察研究では、超加工食品の摂取比率が高いほど心血管イベントのリスクが高い傾向が報告されています(BMJなど)[13]。更年期以降はLDLコレステロールが上がりやすいため、油の「質」と「量」を同時に見直す価値があります[14]。家での揚げ物は回数を減らし、オーブン焼きや蒸し焼きで満足感を出す、外食では小鉢やサラダから食べ始めるといった工夫が、体の軽さと直結します。
塩分過多:むくみと血圧、骨への影響も
WHOは**1日2,000mg以下のナトリウム(食塩約5g)**を推奨しています[15]。塩分はむくみや血圧だけでなく、骨の観点でも摂り過ぎは得策ではありません。和食はヘルシーな印象でも、醤油や味噌、漬物で塩分が積み上がりがち。だしや酸味、スパイス、薬味で「塩以外の旨み」を立てると満足度は落ちません。外食では汁物を全部飲まない、家では計量スプーンで調味料を測るだけでも体感が変わります。
辛いもの・熱い飲み物:一過性でも強いトリガーに
カプサイシンは血管を広げ、熱い飲み物は体温感覚を一時的に押し上げます。更年期のほてりが強い時期は、辛さの段階を下げる、温かい飲み物は少し冷ましてから飲むなどのひと工夫で、顔の紅潮や汗がスーッと引くことがあります。大好きな担々麺はランチに、夜は控えめの辛さにするなど、時間帯の使い分けが現実解です[1].
コーラ系飲料・リン酸添加の多い清涼飲料:骨の視点で控えめに
観察研究では、コーラ系飲料の多飲と女性の骨密度の低下に関連が見られた報告があります(Am J Clin Nutr)[16]。メカニズムは一つに断定できませんが、リン酸添加やカルシウム食品の置き換えが影響している可能性が指摘されます。骨量が気になる更年期以降は、炭酸が飲みたい時は無糖の炭酸水や微糖のコンブチャにするなど、頻度と種類を選ぶ視点が役立ちます。
グレープフルーツ:薬との相互作用に注意
グレープフルーツは一部の薬の代謝酵素(CYP3A4など)を阻害し、血中濃度を上げることで副作用のリスクを高めることがあります。降圧薬や脂質異常症治療薬、ホルモン療法の一部でも注意が必要とされるため、常用薬がある場合は主治医や薬剤師に確認を。フレッシュな柑橘を楽しみたいときは、相互作用の少ないオレンジやみかんに置き換えるのも一案です[17]。
避けるだけで終わらせない。現実的な置き換えと食べ方のコツ
「好きなもの全部やめる」は続きません。更年期の食事は、満足感を落とさず、トリガーを弱めるバランス設計が鍵です。アルコールは平日はノンアル・スプリッツァーや炭酸×果実で楽しみ、会食の日だけ少量のワインを丁寧に味わうと、翌日の体調が安定しやすくなります。コーヒーは朝の一杯をゴールデンタイムに固定し、午後はデカフェとハーブティーをローテーションすると、眠りの浅さが和らぐケースが多い印象です(編集部内の実践でも体感差あり)。
甘いものは、食事の最初にたんぱく質と食物繊維を入れてから最後にひと口デザートに回すと、血糖の波が穏やかになります[12]。どうしてもケーキが食べたい日は、朝食や昼食の主食を全粒パンや雑穀ごはんにし、間食はナッツと果物に。揚げ物は家ではオーブンでカリッと、外では小鉢やサラダから始めて、メインは焼き魚や蒸し鶏に寄せると満腹感はそのままに重さが残りにくくなります。塩分は、レモン、酢、柚子胡椒、山椒、ハーブ、だしの厚みを使って「塩以外のメリハリ」を立てるのがコツです。
食事タイミングも見直しポイントです。就寝の3〜4時間前までに夕食を終えると、夜間のほてりと逆流感が軽くなる人が目立ちます[18]。朝はたんぱく質を20g前後確保し、昼は全粒の主食でエネルギーを、夜は野菜と良質なたんぱく質を中心に軽めにまとめると、日中の集中力と夜の眠りの質がそろいはじめます。骨と筋肉の観点では、乳製品や小魚、豆腐・納豆などでカルシウムとたんぱく質を重ね、日光を浴びてビタミンDを確保する基本を押さえましょう。大豆イソフラボンは“魔法の弾丸”ではありませんが、豆腐や納豆、豆乳の定期的な摂取は、全体の食事の質を底上げする助けになります[1,19].
さらに深めたい方は、編集部の関連特集も役立ちます。眠りの整え方は「睡眠の質を整える習慣」、骨を守る食べ方は「40代からの骨ケア入門」、コーヒーとの付き合い方は「コーヒーと上手に付き合う」をご覧ください。大豆の活かし方は「大豆イソフラボン、正しく知る」にまとまっています。
よくある疑問と誤解を、ていねいにほどく
「コーヒーは完全にやめるべき?」という質問には、敏感な時間帯だけカットして朝の楽しみは残す、という折衷案を提案します。摂取量を1日200mg以下のカフェインに収めて午後はデカフェに切り替えるだけで、睡眠の満足度が上がる人は多いからです[20]。「甘いものは悪?」には、頻度とタイミングを整えれば“文化としての甘さ”は残せると返します。たとえば週末のアフタヌーンティーを楽しみながら、平日は果物とナッツで満たす、といったリズムづくりです。
「外食やコンビニでは何を選ぶ?」という実用的な悩みには、主食は全粒パンや雑穀おにぎり、主菜は焼き魚・蒸し鶏・豆腐料理、副菜で野菜を先に入れ、スープは塩分を意識して半分残す、といった選び方が腹持ちと体調の両立に効きます。辛い料理が好きなら昼に楽しみ、夜は控えめの辛さで。炭酸が恋しいなら無糖の炭酸水やハーブ入りの手作りドリンクで“喉ごし”を確保しましょう。
サプリメントについては、食品の置き換えが整ってから検討するのが順番です。鉄やビタミンDなどは不足が疑われる場合、検査で状態を確認したうえで選ぶと無駄がありません。薬を服用している場合は、グレープフルーツなど相互作用のある食品に注意しつつ、主治医や薬剤師に気になる点をメモして相談してみてください。短期の“がんばり”より、日常の“ちょっとした工夫”が更年期を軽くしてくれます。
明日からの一歩:避けるより、賢く選ぶ
更年期はコントロールの効かないことが増える時期ですが、食べ方は自分の裁量で変えられる領域です。今日からできるのは、小さな引き算と、等価交換の足し算。寝る前のお酒を昼のノンアルに置き換え、午後のカフェインをハーブティーに替え、白い主食を全粒にスイッチする。そうした小さな選択が、数週間後の眠りと気分、体の軽さに静かに効いてきます。まずは一つ、負担の少ないところから始めませんか。体が楽になる実感が出てきたら、次の一手は自然に見えてきます。ゆらぐ時期だからこそ、食卓を“自分にやさしい選択の練習場”にしていきましょう。
参考文献
- The 2023 Nonhormone Therapy Position Statement of The North American Menopause Society. Menopause. 2023. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37252752/
- 日本産科婦人科学会(JSOG)「更年期とは」https://www.jsog.or.jp/citizen/5717/
- Kroenke CH, et al. Dietary patterns and vasomotor symptoms in the Study of Women’s Health Across the Nation. Menopause. 2012;19(9):980-989. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22714099/
- Mayo Clinic. Menopause and caffeine. https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/menopause/expert-answers/menopause-caffeine/faq-20452513
- 国立長寿医療研究センター(NCGG)プレス・解説:更年期症状とSWAN研究の概要. https://www.ncgg.go.jp/ri/report/20210902.html
- 厚生労働省e-ヘルスネット「加齢とエネルギー代謝」https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/food/e-07-002.html
- 日本産婦人科医会(JAOG)閉経と体脂肪分布の変化(DEXA研究の解説ページ)https://www.jaog.or.jp/sep2012/JAPANESE/MEMBERS/TANPA/H11/991101.htm
- Ebrahim IO, et al. Alcohol and Sleep I: Effects on Normal Sleep. Alcohol Clin Exp Res. 2013;37(4):539-549. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23347104/
- National Cancer Institute. Alcohol and Cancer Risk (Fact Sheet). https://www.cancer.gov/about-cancer/causes-prevention/risk/alcohol/alcohol-fact-sheet
- World Cancer Research Fund. Alcoholic drinks and cancer. https://www.wcrf.org/dietandcancer/alcoholic-drinks-and-cancer/
- Gold EB, et al. Caffeine intake and bothersome vasomotor symptoms among postmenopausal women. Menopause. 2014;21(9):923-930. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25051286/
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