採用は「回数」よりリスク評価:見られている3つの軸
厚生労働省の雇用動向調査では、年間の転職者数はおよそ300〜350万人。なお、総務省「労働力調査」では2019年の転職者数が351万人で過去最多と報告されています[1]。調査ごとに「転職」の定義が異なる点にも留意が必要です[3]。民間調査でも、35〜45歳の平均転職回数は**「2〜3回」がボリュームゾーンとされます[4]。数字が示すのは「転職は珍しくない」という事実ですが、一方で選考現場では回数の多さが気になるポイントになりやすいのも現実。編集部が採用・転職の各種データを読み解くと、評価の焦点は回数そのものより「理由の納得度」「成果の再現性」「今後の定着見込み」**の3点に集約されます。だからこそ、回数を減らすことより、伝わり方を設計することが最優先です。ここからは、回数が多いケースに効く実戦的な対策を、書類・面接・応募戦略の順に整理します。[2]
選考は最終的にリスクの見極めです。医学のエビデンスのような絶対解はありませんが、採用研究や実務の知見では、雇用の意思決定は確率のゲームに近いと説明されます[4]。つまり、起こりうる不確実性をどう減らすかが鍵。転職回数が多い場合、企業が気にするのは「また早期離職しないか」という未来リスクです。ここで効くのが、過去をただ並べるのではなく、一貫したキャリアの軸、成果の再現可能性、そして今の意思決定の妥当性を、論理でつないで示すことです。
一貫性の証明:役割と価値提供でストーリーを束ねる
会社名の列挙は、一貫性を伝えません。まず、自分がどのような役割で価値を出してきたのかを一本の文脈にまとめます。たとえば「顧客課題を可視化して収益性の高い提案に転換する」「混乱した現場を立て直し、3カ月でKPIを安定化させる」といった、役割起点の見出しを作ること。職務経歴書の冒頭にこの一文を置くと、以降の経験が同じ物語の章として読まれ、回数の印象より役割の連続性が前に出ます。
再現性の提示:成果を数字と手順で語る
「頑張った」は伝わりません。成果は必ず分母と分子を明確にして語ります。例えば「新規開拓の受注率を18%から31%へ改善(6カ月/提案プロセスの分解とスクリプト刷新)」のように、期間、基準値、改善幅、手段をセットにして書くと、他社でも再現できそうかが伝わります。数字が出しにくい職種でも、処理量、サイクルタイム、エラー率、NPS、定着率など、プロセス指標で再現性を示せます。
定着見込みの可視化:意思と仕組みの両方を語る
「長く働きたいです」だけでは根拠になりません。面接では、定着の意思に加え、具体的な仕組みを口にします。たとえば「入社後90日プラン」で、最初の4週間での学習計画、2カ月目の合意KPI、3カ月目の中間レビューまでの行動を自分の言葉で説明すると、早期離職の懸念は目に見えて下がります。
書類の整え方:回数を「読みやすさ」と「納得感」に変える
転職回数が多い場合、職務経歴書は年表ではなく、読み手の負荷を下げる設計が必要です。編集の基本は、まず要約、次にプロジェクト、最後に年表という順に読み進められる構造にすること。冒頭サマリーで役割の軸と主要実績を短く提示し、その後で重要プロジェクトをケースとして深掘りし、最後に年表で全期間を俯瞰させます。読み手は3分で意思決定の当たりをつけるため、この順番が効きます。応募書類(履歴書・職務経歴書)は採用・不採用の判断に大きく影響するため、読みやすさの設計が重要です[5].
短期離職の扱い:隠さない、けれど膨らませない
数カ月の在籍を削るのはNGです。背景を一行で明確にし、責任と学びを短く添えます。たとえば「契約満了(プロジェクト終了に伴う)」「会社都合による早期終了(部門統合)」「ミスマッチ(役割定義の変更により営業→CSへ。合意して異動も叶わず退職)」のように、事実→背景→主体的な対応を淡々と記します。ここで大切なのは、誰のせいにもしないことと、同じパターンを繰り返さないための学びを一文で示すことです。
ギャップがある期間は、何をしていたかを行動で示します。「家族のケアに専念」とだけ書くより、「家族の介護と並行し、在宅で簿記2級を取得」「育休の間に法人営業の提案書を50本リライトし、事例データベース化」など、復帰後の即戦力に直結する行動があると強い納得感が生まれます。
プロジェクト単位でまとめ、重複は畳む
同質の業務が複数社にまたがる場合は、会社ごとに同じ説明を繰り返さず、「定型案件の運用最適化」「立て直し案件」「新規立ち上げ」のようにプロジェクト種別で束ねます。そのうえで、会社固有の成果だけを差分として短く追記します。これによりページ数を増やさず、回数の印象が薄まり、経験の幅と深さが見えます。ATS対策として職種名や主要スキルは求人票と同じ語彙に合わせ、検索に拾われる確度を上げるのも忘れずに。
サンプル文:冒頭サマリーと短期離職
冒頭サマリーの例です。「BtoB領域での『崩れた現場の安定化』に強み。過去5社でオンボーディングの再設計を担当し、平均90日で主要KPI(納期遵守率、問い合わせ一次解決率)を安定化。現職ではNPSを-12から+18へ転換。短期在籍の2社は部門統合と契約満了によるもの。以降の選択は『立て直し案件×継続3年以上』に絞り、直近は4年在籍。」短期離職の一行例は、「2021年4月〜9月:営業企画(契約社員/契約満了。プロジェクト終了)。ダッシュボード導入と受注率+6ptに貢献。」のように、事実、立場、成果の順で。
面接での伝え方:ネガティブを正直に、しかし制御する
面接は、過去の説明会ではありません。未来の関係を提案する場です。だからこそ、退職理由を延々と語るのではなく、志望理由と表裏一体で設計します。過去と現在と未来を一本の文脈で結ぶと、回数の多さは「探索の歴史」から「学習の蓄積」に変わります。
Why now/Why us/Why this role を自分の言葉で
面接の軸は3つに尽きます。「なぜ今か」「なぜ御社か」「なぜこの職務か」。例として、「なぜ今か」には市場や自分の力の最大化という時間軸の根拠を置きます。「現職で業務改革が一巡し、改善余地が限定的になった。この2年で磨いたデータ起点の提案力を、より裁量の大きい環境で事業成長に直結させたい」。次に「なぜ御社か」では、公開情報と自分の経験の接点を一点に絞ります。「御社のリテンション課題は、私が過去3社で解いたテーマと一致している」。最後に「なぜこの職務か」では、入社後90日の具体行動で締めくくります。
退職理由は「事実→学び→今の選択」
退職理由は、短いほど良い。テンプレは「事実(環境の変化やミスマッチ)→学び(自分の強み・弱みの理解)→今の選択(その学びを踏まえて御社の職務に合致)」の順でまとめます。例えば「部門統合で営業から内勤CSへの転換が求められ、自分の強みである顧客折衝と提案が発揮しにくくなった。以降は外向きの役割に絞って選択しており、御社のアカウントマネジメントは経験と強みが最も活きる」など。誰かを責めず、再発防止の学びを具体にすることが、信頼につながります。
定着意欲は「コミットメント」と「設計」で伝える
「最低3年はやり切りたい」といった思いだけでは弱いもの。たとえば「出社頻度や時間帯の調整で生産性を落とさない」「週次でメンターにレビューを仮置きする」「3カ月の業務理解の中で合意KPIを再定義する」といった、自分側のコントロール項目を口にできると、早期離職の懸念が薄れます。面接官は、言葉より運用の具体性を信用します。
応募戦略とキャリア設計:勝てる土俵を選ぶ
回数の多さは、応募先の選び方で武器にもなります。プロジェクト単位で成果を出してきた人は、ジョブ型採用やミッションが明確なポジションで評価されやすい[4]。逆に、メンバーシップ型で「何でも屋」を求める環境では、回数の多さが「また動くかもしれない」という不安に変換されがちです。求人票の書きぶり(職務定義の明確さ、KPIの有無、成果評価の頻度)を読み解き、相性の良い土俵を選ぶことが先決です。
マッチ度を上げる:業界×職種の焦点を絞る
「何でもできます」は、何も伝えません。応募の数を増やすより、相性の良い職務に特化して、職務経歴書の言葉を合わせます。たとえばSaaSのCSに向けるなら、ARR、チャーン、オンボーディングなどの語彙で成果を語る。小売のMDなら、消化率、粗利率、在庫回転などの指標で話す。相手の言葉で語れる人は、定着の解像度が高い人だと受け取られます。
証拠を増やす:ポートフォリオ、推薦、学習ログ
言葉より証拠が強いのは、採用でも同じ。匿名化した提案書の抜粋、ダッシュボードの設計方針、業務マニュアルの目次、研修スライドの一部など、守秘に配慮した形で「成果物の断片」をポートフォリオ化すると、短時間の面接でも再現性が伝わります。推薦者の連絡先を面接後に出せる準備や、学習の軌跡(資格、受講、アウトプット)を時系列で見せることも、定着の根拠になります。
条件の優先順位を決め、交渉で一貫性を保つ
年収、働き方、裁量、成長機会。すべてを同時に最大化することはできません。優先順位をあらかじめ1つに絞って、他は許容幅を決めておくと、意思決定が速くなり、回数の多い人にありがちな「決め切れない」印象を避けられます。交渉は「価値に見合う対価」と「定着に必要な条件」の2軸で説明し、一度合意した条件はぶらさない。ここでも一貫性が信頼を作ります。
ケース:41歳・転職5回、評価が好転した理由
41歳、転職5回のNさん。面接のたびに回数を突っ込まれて落ち続けていました。転機は、職務経歴書の冒頭を「立て直し請負人」という役割の一文に変え、プロジェクトの成果を指標と期間で語る形に統一したこと。短期在籍の2社は一行で背景と学びを明記。面接では「Why now/Why us/Why this role」を90日プランで締める形に変えました。応募先もジョブ型でKPIが明確な企業に絞った結果、2社から内定。入社後はオンボーディング計画をそのまま実行し、3カ月で主要KPIを目標範囲に安定化。回数は同じでも、読み手の解釈はここまで変わります。
まとめ:回数の多さは「欠点」ではなく「設計対象」
回数は過去、評価は現在、信頼は未来から生まれます。だからこそ、過去を嘆くよりも、今できる設計に集中したい。一貫した役割の軸を言語化し、成果の再現性を数字で示し、定着の見込みをプランで可視化する。この3つを揃えたとき、転職回数の多さは「不利」から「納得」へと反転します。あなたが積み上げた章がいくつあっても、物語はひとつ。次の章にふさわしい舞台を、自分の言葉で選んでいきましょう。今日できることは、冒頭サマリーの一文を書き直すことかもしれませんし、直近90日の学習と行動を予定に落とし込むことかもしれません。どちらから始めますか。
参考文献
- 総務省統計局. 増加傾向が続く転職者の状況 ~2019年の転職者数は過去最多~. https://www.stat.go.jp/data/roudou/topics/topi1230.html
- 厚生労働省. 雇用動向調査(2021年). https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/tdr/21/
- 総務省統計局. 労働力調査における「転職者」等の定義(FAQ). https://www.stat.go.jp/library/faq/faq16/faq16b02.html
- 労働政策研究・研修機構(JILPT). ビジネス・レーバー・トレンド 2023年7月号. https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2023/07/c_01.html
- ハローワーク. 応募書類(履歴書・職務経歴書等)の作り方(パンフレット). https://www.hellowork.mhlw.go.jp/contents/pamphlet-str.html