THE石原の物件にまつわる怖い話 ep03 本当に大きな事故物件

現役不動産芸人・THE石原が新人時代に経験した、家賃滞納者の督促と、その先で立ち会うことになった「本当に大きな事故物件」。誰にも気づかれなかった最後の生活を綴る連載第三話。

THE石原の物件にまつわる怖い話 ep03 本当に大きな事故物件

不動産屋――。

そう聞くと、多くの人は、明るい接客業をイメージすると思う。

パソコンで物件を紹介し、お客様と一緒に内見へ行き、「この部屋、いいですね」なんて会話をしながら申し込みをもらう。

そして契約。

最後には、「石原さんのおかげで良い部屋見つかりました」なんて感謝される。

世間が想像する“不動産屋”は、大体そっちだ。

いわゆる仲介業。

不動産業界の中でも、比較的華やかな仕事である。

もちろん大変だ。

土日は潰れるし、繁忙期は朝から深夜まで動き回る。
それでも契約が決まれば達成感はある。

華やかな仲介業の裏にある、もう一つの顔

だが、不動産会社には、もう一つの顔がある。

それが「賃貸管理業務」だ。

これが本当に地味で、重くて、精神的に削られる。

貸主と借主の間に立ち、
設備故障の対応、
契約更新、
近隣トラブル、
騒音問題、
ゴミ問題、
水漏れ、
深夜のクレーム。

その中でも、特に神経を削る仕事が二つある。

一つは入居者同士のクレーム対応。

そしてもう一つが、家賃滞納者への督促。

正直、怖い。

今だから言えるが、僕はこの業務が大嫌いだった。

そもそも、「お金がない人に、お金を払ってくださいと言う」という時点で、かなり無理がある仕事なのだ。

しかも日本には借地借家法という、賃借人を強く守る法律がある。

つまり、家賃を払わないからといって、簡単に追い出せない。

こちらが怒るなんてもってのほか。

どれだけ滞納されても、どれだけ居留守を使われても、笑顔で、同じテンションで言わなければならない。

「払ってくださいよ〜」

『古畑任三郎』の西村雅彦さんみたいな、穏やかな口調で。

内心は全然穏やかではない。

ストレスを巨大なおにぎりにして、喉に詰まらせながら飲み込んでいるような感覚だった。

……自分でも何を言ってるのか分からないが、とにかくキツい。

爪楊枝一本で熊を退治するような仕事

しかも滞納者の中には、普通に怖い人もいる。

当時、僕の勤めていた会社では、首から足首まで和彫りが入っている巨漢の滞納者がいて、社内で密かに「進撃の巨人」と呼ばれていた。

身長は多分三メートル近くあった。
……まあ、それは言い過ぎだとしても。

とにかくデカかった。

その部屋へ、「いついつに支払います」という覚書きとボールペンを持って毎月家賃回収に行く。

例えるなら、“爪楊枝一本で熊を退治する”みたいな仕事である。

回収できなければ上司に怒られ、ドアを叩けば無視されるか罵倒される。

そんな仕事が、家賃支払日の毎月二十七日頃になるとやってくる。

三週間、連絡が取れない入居者

その日も、滞納者の対応をしていた。

まず、連帯保証人である母親へ電話する。

家賃督促の時は、本人より先に保証人へ連絡するケースも多い。

しかし、この日は様子がおかしかった。

電話口の母親の声が、妙に弱い。

「実は……息子と連絡が取れていなくて……」

一週間に一度は必ず連絡していたらしい。

それが、三週間も途絶えているという。

母親は鳥取在住。

仕事もあり、すぐ東京へ来るのは難しい。

「石原さん、一度見に行ってもらえませんか……」

その言葉で、嫌な予感が強くなった。

こういう時、不動産屋はだいたい察する。

嫌な予感ほど、当たる。

僕は管理用の合鍵を持ち、現地へ向かった。

204号室の前で確信に変わった予感

現場は古びた木造アパート。

二階の奥、204号室。

ちなみに隣の203号室は三ヶ月以上空室だった。

それもまた、妙に嫌だった。

階段を上がる。

ギシ、ギシ、と古い木が鳴る。

廊下は薄暗い。

そして204号室の前に立った瞬間、その予感は確信へ変わった。

臭い。

いや、“臭い”というレベルではない。

鼻を突き刺す腐敗臭。

昔、近所で野良猫が死んでいた時の臭いを思い出した。

ただ、それの五十倍。

もう臭覚というより暴力だった。

肺に入ってくる。

頭が痛くなる。

一瞬で、「あ、いる」と分かった。

ただ、もし生きていた場合、勝手に鍵を開けるのは問題になる。

僕はすぐ110番した。

「事件ですか? 事故ですか?」

警察からそう聞かれ、僕は反射的に答えた。

「……事故です」

自分でも、なぜそう言ったのか分からない。

でも、その時にはもう理解していた。

こたつの電源は、まだ入っていた

しばらくして警察が到着した。

立ち会いのもと、鍵を開ける。

玄関を開けた瞬間、さらに濃い臭いが流れ出る。

警察官が、「なるべく室内の物には触らないでください」と言ったが、現実的に無理だった。

こんな現場、人生で初めてだった。

しかも手袋を持ってきていない。

今考えると最悪だ。

僕は慌てて会社の上司へ電話した。

すると返ってきた言葉は、「先帰るから、あとは頼むわ」だった。

今でもちょっと腹が立っている。

部屋の中央には、こたつが置かれていた。

その中に足を突っ込んだまま、入居者は亡くなっていた。

うつ伏せだった。

そして、最も嫌だったのは――

こたつの電源が、まだ入っていたことだ。

時期は三月。

上半身は、まだ原型を留めていた。

問題は下半身だった。

警察官が体の向きを変えようと、服を少し引っ張る。

その瞬間。

皮膚が、ズルリと剥がれた。

まるで茹でたリンゴの皮みたいに。

その場にいた全員が黙った。

本当に恐ろしい時、人は悲鳴を上げない。

無口になる。

警察官と僕で、こたつを移動させる。

そこで初めて全体が見えた。

下半身は、ほぼ溶けていた。

人間の脂がフローリングに染み込み、黒い液体みたいになっている。

僕は言葉を失った。

警察官も相当きつかったのだろう。

一度外へ出て、玄関前で赤いマルボロを深く吸っていた。

その姿だけ、妙に覚えている。

絶対に助からない状態なのに、なぜか消防車まで来ていた。

サイレンだけが、やけに現実感を壊していた。

止まった時間に残された日常

部屋の中には、生活の痕跡がそのまま残っていた。

テレビはつけっぱなし。

しかも結構大きな音量だった。

安いウイスキーの瓶が転がっている。

食べかけの鍋は、水分が飛び、野菜だけがカピカピに乾燥していた。

死ぬ直前まで、そこには確かに“日常”があった。

それが怖かった。

幽霊とかじゃない。

人間の生活が、急に終わること。

それが一番リアルだった。

僕はこの日から、しばらく鍋料理が食べられなくなった。

素手で触れた現場と、指紋採取

その後、警察から指紋採取を求められた。

当然だった。

僕は現場を素手で触りまくっている。

もし事件性があったら最悪である。

「これ俺のせいにならないよな……」

と本気で不安になった。

ただ、今も警察から連絡が来ていないので、多分大丈夫だったのだろう。

そう信じたい。

電話の向こうの、壊れた静けさ

後日、連帯保証人である母親へ電話した。

状況を説明すると、電話口で嗚咽するほど泣いていた。

ただ、さらに後日。

清掃費用、原状回復費、滞納家賃。

それらを説明した時、母親は驚くほど静かだった。

感情が壊れてしまった人の静けさだった。

僕は、その沈黙が今でも忘れられない。

幽霊ではなく、残るのは最後の生活

事故物件というと、世間はすぐ“幽霊”を想像する。

でも実際に現場で残るのは、霊なんかじゃない。

孤独だった生活。

誰にも気づかれなかった時間。

止まったテレビ。

乾いた鍋。

飲みかけの酒。

そういう、人間の「最後の生活」だ。

もし今、一人暮らしをしている人がいるなら。

本当に体調が悪い時は、誰かに伝えてほしい。

親でも、友人でも、不動産屋でもいい。

「最近しんどいです」

その一言だけでいい。

そして何より――

ちゃんと病院へ行ってください。

著者プロフィール

THE石原

現役不動産芸人。宅建業に従事しながら芸人活動も行う二足の草鞋ライフを送る。現場で出会った事故物件のリアルを独自の視点で綴る。