THE石原の物件にまつわる怖い話 ep02 弁護士案件

現役不動産芸人・THE石原のもとに、懇意の弁護士から「特殊な物件」の相談が舞い込む。新大阪の長屋で出会ったのは、幽霊話では片づけられない、ひとりのお婆さんの人生だった。連載第二話。

THE石原の物件にまつわる怖い話 ep02 弁護士案件

事故物件――。

その言葉を聞くと、多くの人は「幽霊が出る部屋」を想像する。

室内で誰がどう死んだのか。
深夜に物音はするのか。
ラップ音は鳴るのか。
白い影を見た人はいるのか。

世間が興味を持つのは、いつだってそこだ。

けれど実際の事故物件は、もっと生々しく、もっと現実的で、そして時に、どうしようもなく切ない。

「告知事項あり」が背負う、人それぞれの人生

不動産取引における「告知事項」とは、賃借人や買主が心理的な嫌悪感を抱く可能性がある内容を説明するためのものだ。

つまり簡単に言えば、「聞いたら嫌になるかもしれない事実」。

その説明を聞いた瞬間、「じゃあやめておきます」と扉を閉じる人も多い。

もちろん、誰も悪くない。

亡くなった本人も。
貸す側も。
売る側も。

それでも人は知りたがる。

関係ないのに知りたがる。

借りる訳でも、購入する訳でも無いのに、興味本位のみで内見させて下さい

という方もいる。

亡くなった人の気持ちは無視して……。

それが人間の性なのだと思う。

生きているという事は死ぬ日は必ず訪れる。

怖いというより、生々しい現場を見たいのであろうか?

実際に携わる仕事をしていると、興味というより事実に直面する。

人が亡くなった部屋には、それぞれ必ず人生があるのだ。

孤独。
病気。
事件。
家族関係。
お金。
後悔。

理由は様々だ。

そして時々、その背景を知ってしまうと、「怖い」では済まされないことがある。

今回は、そんな“悲しい事故物件”の話。

独立一年目、弁護士からの一本の連絡

これは、僕が御徒町の不動産会社を辞め、独立して一年も経っていなかった頃の話だ。

仕事は驚くほど少なかった。

独立したはいいものの、電話は鳴らない。
問い合わせもない。

だから僕は、知り合いの弁護士や税理士に、会うたびこう言っていた。

「何か不動産案件あったらください」

半分冗談、半分本気で。

そんな中、懇意にしていた弁護士の中村さんから一本の連絡が来た。

「石原さん、ちょっと特殊な物件がありまして……」

電話越しの声は妙に軽かった。

「私が預かっている物件なんですが、誰も使わないし、隣の家の方も買わない、もらわないって言うんですよ。どうにかなりませんか?」

軽い口調の割に、内容は重かった。

僕はすぐに図面を送ってもらった。

場所は新大阪駅から徒歩七分。

五軒並びの長屋の一角。

築年数は古いが、室内は三十平米ほどあるワンルームで、図面上の印象は悪くない。

接道も綺麗だった。

いわゆる「旗竿地」でもない。

価格も、相場よりかなり安い。

なのに売れない。

不動産には、「安いのに売れない物件」が存在する。

そういう時、大抵理由は決まっている。

僕は現地調査に向かうことにした。

相棒を助手席に、真夜中の東名高速を大阪へ

僕は長年トイプードルの“どんぐり”を飼っていた。

愛犬というより相棒だ。

新幹線で長時間移動すると、慣れない環境で大鳴きする。

周囲に迷惑がかかるため、結局、東京から大阪まで車で向かうことにした。

片道七時間。

深夜の東名高速。

助手席には、長旅を悟ったどんぐりが熟睡している。

車内では、ユーミンの「中央フリーウェイ」が爆音で流れていた。

「右に見える競馬場、左はビール工場」

真夜中の東名高速で、相棒を助手席に乗せ、「中央フリーウェイ」を爆音で聞きながら、事故物件の調査に向かう男。

今思えば、妙にシュールで笑えた。

時間が止まった長屋

大阪に到着後、どんぐりを実家に預け、その足で現地へ向かった。

登記簿から分かった情報は少ない。

三年前、所有者の女性が死亡。
その後、相続関係の処理で中村さんが管理する形になっていた。

ただ、不自然だった。

なぜ弁護士がここまで深く関与しているのか。

そこだけが引っかかっていた。

しかも、この日に限って中村さんとは連絡が取れない。

LINEは既読にもならない。

嫌な予感だけが残った。

現地の長屋は、静かだった。

静かすぎた。

周囲には生活音があるのに、その一角だけ空気が止まっているような感覚。

目の前のタワーマンションが光を遮り、音を遮断していた

僕は鍵を開け、中へ入った。

電気は止まっている。

真っ暗だった。

僕は昔から怖がりだ。

事故物件だろうが何だろうが、一人で空き家に入る時間が本当に嫌いだった。

長期間放置された家特有の、湿った臭い。

カビと埃が混ざったような空気。

そのせいなのか、僕は毎回、鼻が詰まる。

今回も同じだった。

パチンコ玉を両鼻に突っ込まれたみたいに詰まる。

臭いが分からないのは、不動産屋にとって致命的だ。

孤独死の痕跡や腐敗臭を察知できなくなる。

僕はメンソレータムを鼻の下に塗り、鼻の詰まりを元に戻し、庭に繋がるシャッターを開けた。

ガラガラッ――と音を立て、光が差し込む。

その瞬間、室内が見えた。

思っていたより、ずっと綺麗だった。

家具も整っている。

生活感も残っている。

壁には、お婆さんと友人らしき女性がピースしている写真。

椅子の位置。

冷蔵庫を開けやすくするために置かれた小さなテーブル。

少しだけ傾いた座椅子。

そこには確かに「生」があった。

怖い、というより。

人が生きていた時間だけが、急に停止したような感覚。

それが妙に苦しかった。

一方で、窓の外には、何年も放置された草木が伸び放題になっている。

室内だけ時間が止まり、外だけ時間が進んでいる。

そんな異様な対比だった。

部屋ではなく、玄関前の電信柱

設備に問題はない。

水回りも正常。

査定価格も妥当。

なのに売れない理由が分からない。

僕は隣家を訪ねた。

事情を説明し、所有者について尋ねる。

「この部屋で亡くなったんですか?」

すると住民は首を横に振った。

「いや、部屋じゃないんです」

少し間を置いて、その人は言った。

「玄関出てすぐの電信柱で……首を吊られたんです」

思わず振り返った。

玄関を開ければ、真正面に見える電信柱。

なるほど、と思った。

室内じゃなくても事故物件になる。

結局、“心理的瑕疵”とはそういうことなのだ。

聞いた瞬間、人が嫌だと思う。

それだけで成立する。

弁護士が語った、お婆さんの真実

後日、僕は中村さんに真相を聞いた。

中村さんは、元々この女性の弁護人だった。

罪名は、常習窃盗。

いわゆる万引きだ。

ただ、お婆さんは悪人ではなかったらしい。

気遣いのできる、穏やかな人。

でも、手癖だけが悪かった。

一度ではなく、七度目で立件。

中村さんは何度も留置場へ通い、話し相手になった。

雑談をし、世間話をし、時には家族の話もした。

「もし子供がいたら、先生くらいの年齢だったかもね」

そう笑っていたらしい。

やがて裁判が終わり、判決は執行猶予。

刑務所に入らずに済んだ。

二人とも安心していた。

それから毎月、法律事務所にお菓子が届くようになった。

年金暮らしなのに、決して安くない菓子折り。

そして必ず、感謝の手紙が添えられていた。

ところがある日、お婆さんから電話が来た。

中村さんは仕事中で出られなかった。

数日後。

大阪から大きな段ボールが中村さんの弁護士事務所に届いた。

中には宝石、権利証、貴重品。

決して高級品ではなかったが、中村さんに感謝を示すように綺麗に箱詰めされていた。

そして、一通の手紙。

『中村さん、私に寄り添ってくださって本当にありがとうございました。
あなたに出会えて幸せでした。
これ以上、ご迷惑をおかけできません。
家族もいないので、全て受け取っていただけたら幸いです』

中村さんは、その瞬間理解した。

“再犯したんだ”

急いで大阪へ向かった。

けれど、もう遅かった。

幽霊ではなく、残るのは人の人生

後日、中村さんは、誰も供えない電信柱の前に、お婆さんが好きだった紫陽花を置いた。

そして手を合わせた。

その姿を想像すると、今でも胸が苦しくなる。

しばらくして、その物件は奇跡的に売却できた。

さらに行政へ相談し、問題の電信柱も移設されたという。

ただ、中村さんは売却益を一円も受け取らなかった。

全額、市へ寄付したそうだ。

事故物件というと、人は“怪奇現象”を期待する。

けれど本当に残るのは、幽霊ではなく、人の人生なのかもしれない。

著者プロフィール

THE石原

現役不動産芸人。宅建業に従事しながら芸人活動も行う二足の草鞋ライフを送る。現場で出会った事故物件のリアルを独自の視点で綴る。