専門性は信用をつくる。ただし一極集中は脆い
専門性は、選ばれる理由を明確にする強力な武器です。医学文献のように検証可能な知識体系がある領域や、実務で成果が可視化されやすい領域では、深い技能が価格決定権を高め、意思決定の場へのアクセスを広げます。各種国際調査でも、分析的思考・創造性・レジリエンスなどの高度スキル需要が高く評価されていることが示されており[2]、深い専門性は高いパフォーマンスと紐づきやすい傾向があります。社内でも「このテーマはあなた」と呼ばれるようになると、仕事は指名で入ってきます。これは昇進や職務拡大時の説得材料として機能します。
ただし、専門性は磨けば磨くほど価値が上がる一方で、技術や市場の転換に弱い面があります。検索アルゴリズム、広告配信、法規制、業務フローの自動化など、外部要因の変化で一気に陳腐化する可能性は否定できません。近年は生成AIの普及により、調査・分析・資料作成の初期工程が短縮され、職種間の境界が薄くなる現象も加速しています[4]。深さだけに依存したキャリアは、外部変化の直撃を受けやすいのです。
専門性を武器にするなら「定義・証明・更新」を回す
まず、自分の専門性を「誰の、どんな痛みを、どう解決するか」で言語化します。資格名やツール名ではなく、相手の成果に翻訳することが重要です。次に、成功事例・数値・再現可能なプロセスで専門性を証明します。社内プロジェクトでも構いません。成果が一度出たら、プロセスをドキュメント化し、他部署が真似できる形に整えると指名の頻度が上がります。そして、四半期ごとに「陳腐化しやすい手順」と「陳腐化しにくい原理」を分けて棚卸しします。前者は自動化や委託で負荷を軽くし、後者に時間を投じて強化します。この更新の習慣がある限り、専門性はむしろ時代適合性を増していきます。
「深さの一点突破」ではなく「深さの連結」で守りを固める
一つの縦に依存せず、隣接する縦と連結させると、変化ショックへの耐性が上がります。たとえば広報の専門家が、データリテラシーや規制対応の知見を隣接させると、危機広報やIR、公共との協働など高難度の案件で希少性が増します。営業であれば、価格設計やチャネル運用を足し込むと、単なる提案活動から収益性改善までを設計できる存在になります。縦×縦の連結は、後述するπ字型の起点になります。
汎用性は機会を広げる。ただし希薄化には要注意
汎用性は、異なる現場と言語の橋渡しです。各種調査では、組織横断の課題が増えるほど、コミュニケーション、プロジェクトマネジメント、ステークホルダー調整といった汎用スキルの重要性が高まっていることが示されています[2]。採用・求人の分析でも、こうしたスキルに関わる要素(主体性・意欲など)を重視する傾向が報告されています[6]。部署異動や新規事業、業務改革の現場では、汎用性の高い人が混沌を構造化し、前に進める力を持ちます。
一方で、汎用性が高いと自称するだけでは市場での識別性は下がります。「何でもできる」は、発注者側から見ると「何を頼めばいいか分からない」に変換されがちです。汎用性は、それだけで価値になるのではなく、問題を解ききるプロセスに落とし込み、成果の形で提示してはじめて評価されます。つまり、汎用性は「見せ方」と「使い方」が命です。
汎用性を成果に変える鍵は「翻訳・段取り・可視化」
汎用性の価値は、異なる人たちのあいだで概念を翻訳し、合意形成までの段取りを設計し、進捗と学びを可視化することにあります。たとえば、新しいツール導入のプロジェクトでは、現場の困りごとをシンプルなシナリオに変換し、役割と期日を切り出し、定例で阻害要因を取り除く。最後に成果物と学びをテンプレート化して共有すれば、次の案件での生産性は跳ね上がります。汎用性は成果物によって初めて「実体」を持つのです。
「何でも屋」にならないための差別化ポイント
汎用性は、無印ではなく「味付け」して届けます。自分の背景(例:B2B領域、医療、地域行政など)を明記し、特定の文脈での再現性を示すと、発注側はあなたを選びやすくなります。さらに、会議体設計、ファシリテーション、ドキュメンテーションといった必需スキルは、AIツールと組み合わせて処理量を増やし、可用性を高めると価値が伝わりやすくなります。
結論は二者択一ではない。T字・π字で設計する
多くの文献が推すのは、縦に深い専門性の上に横の汎用性を載せるT字型、あるいは隣接する二つの縦を持つπ字型のスキル設計です。特に、35〜45歳の現実(時間制約、役割の多さ、体力の揺らぎ)を踏まえると、T字から始めてπ字へ拡張する二段構えを推奨します。まず、今の仕事で最も価値に直結する縦を一本、意思を持って選びます。そのうえで、成果のボトルネックを解消する横(または隣接する縦)を一つだけ足します。足し算は少ないほど強く、早く効きます。
90日で動かす実装ロードマップ
初月は現状把握に徹し、これまでの仕事を「誰にどんな成果をもたらしたか」で棚卸しします。ここで見えてくる繰り返し可能な勝ちパターンが、あなたの縦の候補です。次の月は、その縦を活かして「短期で成果が出やすい小さな案件」を設計します。例えば広報なら、特定のプロダクトの信頼性を高めるためのデータ記事を一本作る、営業なら失注理由の型を可視化して勝率を2ポイント上げる、といった具体です。三か月目に、横の汎用スキル(例:プロジェクト設計、ドキュメント標準化、簡易ダッシュボード)を組み合わせ、成果物を再利用可能なテンプレートにします。これでT字の横棒が実体を持ち、次の案件から時間当たり生産性が上がります。
この90日サイクルを一回転させると、行動の軌跡がポートフォリオになります。数値と成果物のセットで語れるので、評価や交渉の材料として強力です。社内のローテーションや、副業という小さな実験にも転用しやすくなります。
Tからπへ。隣接縦を見つけるコツ
隣接する二本目の縦は、今の顧客や上司が「これも一緒に頼みたい」と口にする領域から見つかります。広報なら危機対応やIR、営業なら価格設計やパートナー開拓、人事ならタレントアナリティクスや育成設計。いずれも、既存の案件に自然に紐づくものです。ここで重要なのは、資格の取得から入るのではなく、既存案件の中で「求められているのに誰も手を付けていない空白」を埋めること。空白を埋める経験は、学習の定着率が高く、差別化に直結します。
35〜45歳の現実に寄り添うキャリア戦略
この世代は、個人戦からチーム戦への移行期にいます。家庭のケア責任や健康の揺らぎと向き合いながら、仕事では調整や育成が増える。だからこそ、時間と体力という有限資源を投じる順番が決定的に重要です。提案は、日々の仕事の70%を既存の専門性で「確実に勝てる」領域に置き、20%を汎用性の横棒の強化に、10%をπ字への投資(隣接する縦)に充てる運用です。この配分は状況に応じて上下できますが、実務の手触りを持ったまま学び続けられるのが利点です[5].
また、社外に小さな露出点を作ると、専門性と汎用性の両方が磨かれます。短いノートでも構いません。プロセスの工夫や学びを発信すると、似た課題を持つ人から声がかかり、案件が指名で流れ込みます。社内の挑戦が難しいときは、キャリアの停滞期を抜ける工夫を参考に、まずは影響範囲の小さな領域で試すのが安全です。AIや自動化を味方にした基礎づくりは、働く親世代の強い武器になります。興味があれば、AIリテラシーの入門から着手すると投資対効果が高いでしょう。
最後に、評価の文脈を意識しましょう。専門性は「難易度×希少性×再現性」で説明すると通りが良く、汎用性は「混沌を構造化し、成果に変えた軌跡」を見せると納得されます。四半期に一度、行動と成果物をまとめた資料を用意し、上長やステークホルダーと確認する定例をつくる。これだけで、偶発的な評価のゆがみを減らし、配分を次の成長に振り向けやすくなります。時間が許せば、目標設定やレビューの型は90日サイクル設計を参照してください。
まとめ:選ぶのではなく、設計する
専門性か、汎用性か。今の時代にふさわしい答えは、どちらか一方ではありません。**「縦で選ばれ、横で広げる」**という設計で、限られた時間と体力を成果に変えることができます。まずは90日で一本の縦を言語化し、小さな案件で成果に変え、横の汎用スキルで再利用性を高める。これを回しながら、隣接する二本目の縦を見つけてπ字へと育てる。迷い続けるより、小さく動いて手応えを増やす方が不安は減ります。あなたの次の90日で、どの縦を磨き、どの横を伸ばしますか。今日のカレンダーに、最初の30分を予約するところから始めてみましょう。
参考文献
- World Economic Forum. The Future of Jobs Report 2023. https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2023
- World Economic Forum. The Future of Jobs Report 2023: Skills Outlook (Full report). https://jp.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2023/in-full/4-skills-outlook/
- ITmedia ビジネスオンライン. 「NRIは10~20年後に国内労働人口の49%に当たる職業が自動化の可能性」記事(2015年12月2日)。https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1512/02/news111.html
- World Economic Forum. Future of Jobs Report 2025 プレスリリース(日本語ページ)。https://jp.weforum.org/press/2025/01/future-of-jobs-report-2025-78-million-new-job-opportunities-by-2030-but-urgent-upskilling-needed-to-prepare-workforces-86fe90d4bf/
- マイナビ キャリアリサーチLab. キャリア意識に関するコラム(2022年)。https://career-research.mynavi.jp/column/20220330_25173/
- PR TIMES. 企業が求める人物像・採用傾向に関する調査プレスリリース。https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000194.000043465.html