職種研究は「情報収集」ではなく「仮説検証」
総務省「労働力調査」などの政府統計では、25〜44歳女性の就業率はおおむね7割台で推移しています[1]。さらに研究データでは、世界経済フォーラムの報告において今後5年で仕事に必要なスキルの約44%が変化の影響を受けるとされています[2]。働くことが当たり前になった世代にとって、職種や役割の賞味期限が早まるのは現実です。編集部が各種データを横断してみると、転職の有無にかかわらず、実務の中身そのものを理解し直す「職種研究」が、ミスマッチと迷いを減らす有効な方法だと分かります。マネジメントや育児・介護の両立、体力や気力の波——そんな生活の前提を抱えるわたしたちに必要なのは、根性論ではなく、仕事の実態と自分の特性を結び直す冷静な視点です。ここでは、ラベルに頼らない職種研究のやり方と、日常で使える適性判断の軸を、実践的にまとめました。
求人票を眺め続けても霧は晴れません。肩書は似ていても、会社の成長段階、顧客、成果の測られ方が違えば、同じ職種名でもまったく別の仕事になるからです。スキルは業界をまたいで移動可能であり、再教育やリスキリングの重要性が指摘されています[3]。つまり職種研究の核心は、肩書の比較よりも、日々のタスク、関わる相手、成果の出し方を具体的に描き出し、自分に合うかを検証するプロセスにあります。
職種は「ラベル」ではなく「行動の束」として見る
最初の一歩は、職種を動詞で読むことです。マーケティングなら「調査する・設計する・作る・届ける・測る」、経理なら「記録する・整える・確認する・報告する」のように、日常の動きに分解していきます。抽象語よりも具体的な行動単位で職務を捉えるほど、自己評価のブレが減り、適性判断がしやすくなります。ここでの目標は、自分が続けやすい動きと、消耗しやすい動きを切り分けることです。
求人票×現場の声×公的データの三点で「実態」を掴む
情報源は偏らせないほうが、思い込みを避けられます。求人票で求められるスキルや成果指標を拾い、カジュアル面談やOB/OG訪問で1日の流れやハマりどころを聞き、日本版O-NETにあたる厚生労働省の「職業情報提供サイト(job tag)」で必要能力や作業環境の記述を確認します[4]。公的データで構造を掴み、現場の声で温度とリアリティを補い、求人票で足元のトレンドを押さえる。こうして仮説を立て、手元の業務で小さく試し、また修正する。職種研究はこの往復運動です。
適性判断の軸は「続けられる・成果が出せる・意味がある」
適性は才能診断の結果だけで決まりません。編集部は、日常の手応えと両立条件を含めた三つの軸が、35〜45歳の働き方にフィットすると考えます。ひとつめは身体感覚に近い「続けられるか」。業務後のエネルギー残量、翌朝の気持ちの回復で測ると嘘をつきにくくなります。二つめはスキルと評価軸の適合度、つまり「成果が出せるか」。過去の成功体験をタスク単位で翻訳し、今の職務で同等の結果が出せるかを見立てます。三つめは価値観の一致度、すなわち「意味があるか」。誰のどんな不便を減らしているのか、自分の生活と矛盾しないかを確かめます。
「続けられる」はエネルギーログで知る
日々の予定表に、業務ごとに開始前と終了後の気分・体力を10段階でメモします。数字の平均ではなく、偏りを見ます。会議後に著しく消耗するのか、資料作成で時間を忘れるのか。心理学のメタ分析では、従業員のエンゲージメントや活力度合いが、業績などのビジネス成果と関連することが示されています[5]。忙しい週でも、短く、継続して記録することがポイントです。
「成果が出せる」は評価軸への適合で測る
同じ職種名でも、たとえばスタートアップではスピードと影響度、大企業では再現性と統制がより強く評価されがちです。自分の強みが「早く大枠を決めて進めること」なのか「精度を上げて穴を塞ぐこと」なのかを、過去のプロジェクトで振り返ります。STAR(状況・課題・行動・結果)の順で3件ほど書き起こすと、どの評価軸で点が取りやすいかが見えてきます。
「意味がある」は生活と価値観の整合で判断する
管理職への昇格、子の進学、親の介護。ゆらぎ世代の生活は、仕事の意味を更新し続けます。「誰に、どんな変化を起こしたいか」を1文で言語化し、週に1度見直すだけで、迷いに軸が通ります。意味は壮大でなくていい。たとえば「社内の人が判断しやすくなる資料を作る」でも十分です。
4週間のミニ計画で、職種研究を生活に落とし込む
計画は短く、回数を重ねるほうが現実に合います。ここでは4週間のスプリントを提案します。最初の週は座標づくりです。現在の職務を動詞に分解し、1日の流れを書き出し、エネルギーログの記録を始めます。並行して、気になる職種を二つに絞り、job tagで能力要件と作業環境を確認します。二週目は仕事の解像度を上げます。求人票を10件ほど連続で読み、共通する必須タスク、評価指標、使うツールを抽出します。可能ならカジュアル面談を1件設定し、1日のタイムラインと「つまずきやすい場面」を具体的に聞きます。
三週目は小さな実験期間です。いきなり転職や配置転換を求めるのではなく、現職の中で擬似体験を差し込むのが現実的です。たとえば、普段の報告書を「その職種の型」で作ってみる、使われている分析ツールの無料版で同じデータを触ってみる、チーム内でその役割の人の会議に同席してメモを残す。こうした試行で、続けられる・成果が出せるの感触がはっきりしてきます。四週目は意思決定と次の一歩を固めます。三つの軸で自己評価し、上長や信頼できる同僚にフィードバックをもらい、次の1カ月の仮説を設定します。転職が前提でなくてもよい。職務の中で比重を変える、勉強時間を確保する、社内異動の情報収集を始めるなど、現実に結びつく小さな選択に落とします。
ケーススタディ:「同じマーケ」でも適性は分かれる
マーケティングというラベルで考えると迷いが増えます。たとえば、消費財のブランドマーケティングは、マスとデジタルの両輪で認知から購買までを設計し、社内外の関係者を束ねるコミュニケーション能力が重要です。評価は四半期単位の売上やシェア、ブランド指標に現れやすく、季節イベントや大型キャンペーンで業務量の波が生じます。一方、SaaSのデマンドジェネレーションは、日次の指標変動を見ながら、広告・コンテンツ・ウェビナーをテストし続ける持久戦です。評価はパイプライン創出や獲得単価の改善に直結し、営業やカスタマーサクセスとの連携が日常になります。
どちらが良い悪いではなく、向き不向きが違うのです。人前で話すと回復するタイプは、社内外の調整が多い前者で輝くかもしれません。数字を触りながら小さな改善を積むのが得意なら、後者のほうが成果が出やすいでしょう。同じ「調査・設計・制作・配信・計測」という動詞でも、時間の粒度、関係者の数、改善のリズムが異なるため、エネルギーの減り方も変わります。職種研究は、この違いを自分の生活と価値観に引き寄せて具体化する営みです。
ミスマッチを避ける問い:1日の時間割と評価の地図
現場の人に聞くなら、「典型的な1日の時間割」「直近で成果とみなされた行動」「その成果が数字に反映されるまでのタイムラグ」。この三点が分かると、適性判断は一気に現実味を帯びます。時間割が自分の生活リズムに合うか、求められる行動が自分の強みに沿うか、タイムラグが忍耐力と合うか。数字や事実で確認できる問いは、好みや雰囲気に左右されにくく、意思決定を助けます。
よくある落とし穴と、抜け道
「好き・嫌い」だけで決めると、短期的には心地よくても中期で行き詰まります。逆に「市場価値」だけで選ぶと、続けられない疲労が蓄積します。編集部の経験則では、好き・得意・条件の三つを巡回させると、急がずに早く進めます。好きが原動力になり、得意が成果に変わり、条件が生活を守る。順番は一生固定ではありません。たとえば、今は介護で時間に制約があるなら、条件から入って得意を活かせる職種を選び、好きは余力で育てる。季節のように回していきましょう。
もうひとつの落とし穴は、情報の取りすぎです。SNSの成功談、ランキング記事、資格の比較。情報は安心をくれますが、手を動かさない限り、適性は体に落ちません。4週間のミニ計画を小さく回し、次の4週間にアップデートする。自分の生活に合わせた速度で、検証のサイクルを続けることが、最短距離になります。
まとめ:今日の30分が、来月の確信をつくる
職種研究は、派手さのない地味な作業です。でも、ラベルではなく実態を見て、三つの軸で自分に引き寄せると、迷いは確信に変わります。まずは今日、30分だけ時間を確保し、気になる職種を二つまで絞ってjob tagを開き、明日からエネルギーログをつけてみてください。来週には1件、現場の人に1日の流れを聞ける面談を入れる。小さな行動の連続が、適性判断の精度を上げ、生活と仕事の両立を現実のものにします。あなたの次の一歩は、想像よりも手の届く場所にあります。
参考文献
- 総務省統計局. 労働力調査 長期時系列データ(年齢階級別・男女別の就業率等). https://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime.html
- World Economic Forum. The Future of Jobs Report 2023. https://www.weforum.org/reports/the-future-of-jobs-report-2023/
- OECD. Skills for Jobs Database. https://www.oecdskillsforjobsdatabase.org/
- 厚生労働省. job tag(職業情報提供サイト)のリニューアルについて. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_38998.html
- Harter, J. K., Schmidt, F. L., & Hayes, T. L. (2002). Business-unit-level relationship between employee satisfaction, employee engagement, and business outcomes: A meta-analysis. Journal of Applied Psychology, 87(2), 268–279. https://doi.org/10.1037/0021-9010.87.2.268