育児と仕事の「時間が足りない」の正体
統計によると、日本の家庭で6歳未満の子どもがいる女性は、平日に家事・育児へおよそ7時間前後を費やし、男性は約1〜2時間にとどまります。なおNHKの時間調査では、同世代の女性の「家事関連時間」は平日平均9時間37分(うち子どもの世話に7時間11分)、男性は1時間44分と報告されています[1]。内閣府や総務省の調査が示すこの差は、働く母親の一日に強い制約がある現実を物語ります[1]。週は168時間という絶対量しかなく、睡眠や通勤、送迎、食事づくりが積み重なると、思考や回復に充てる余白が消えやすい。編集部が各種データを読み解くと、鍵は「時間を増やす」ことではなく、限られた時間とエネルギーを“見える化して、選び直す”設計にあります。時間管理は根性論では回りません。脳の集中リズム、家庭内の分担構造、職場の期待値という現実に合わせて、仕組みで守ることが現実的です。
「足りない」の発生源をほどいていくと、三つの層が見えてきます。まずは所要時間が読めないタスクの多さです。保育園の持ち物準備、連絡帳、病院予約、突然の呼び出し。どれも短いようで、切り替えの摩擦が大きい。心理学の研究でも、マルチタスクは集中の再立ち上げにコストがかかり、思考の効率を落とす傾向が示されています[2,3]。つまり同時進行が多いほど、実効時間は目減りします。
次に、見えない段取りの負荷です。食材の在庫管理、サイズアウトした服の入れ替え、進級準備。カレンダーに載らない意思決定の層が、集中の邪魔をします。これらは「やったこと」ではなく「覚えていること」が疲労の中心になるため、時間の見積もりから漏れがちです。
最後は、エネルギーの波とのミスマッチです。朝の送り出し前にメールを返し、夜に企画書を練る。集中を要する作業と気力が落ちる時間帯が重なると、同じ30分でも進みが変わります。時間管理は分単位の話に見えて、実はエネルギー管理でもあります[4]。だからこそ、時間・段取り・エネルギーの三層を切り分けて設計し直すことが、現実的な突破口になります。
週168時間を“配分”で捉え直す
まずは紙でもアプリでも良いので、睡眠、通勤、送迎、食事、入浴、仕事、家事、自由時間をざっくりブロック化し、1週間の配分を見える化します。大切なのは正確さよりも、偏りの発見です。睡眠が6時間を切る日が連続していないか、通勤+送迎が往復でどれくらいの帯になっているか、肩にかかる現実を絵にするだけでも、削るのではなく入れ替える発想に変わります。ここで**「削らない時間」を先に確保**します。睡眠のコア帯、子どもとの10分のスキンシップ、食べる・動く・休むの三点だけは先にロックし、残りで仕事と家事をはめ込みます。守るべき順番を決めることが、結果的に仕事の密度を上げる近道になります。
予定は“ブロック”で置く。細切れにしない
ToDoを列挙すると、優先順位が入れ替わり続け、緊急に引っ張られます。カレンダーにタスクを直接配置するタイムブロッキングは、切り替えコストを減らす現実的な策です[2]。例えば、朝の気力が高い時間に企画・資料作成の90分を置き、送迎後の15〜30分はメールや承認など軽い処理に寄せる。夕方の眠気が来る前に「明日の3ブロックだけ確定」してログオフする。時間という箱のサイズと中身の“重さ”を揃えると、無理なく回り始めます。
時間管理の土台:見える化と優先度の設計
実装に入る前に、仕組みを支える二つの土台を作ります。一つは負荷の見える化、もう一つは行動の基準です。ここが曖昧だと、技術だけ導入しても空回りします。
見えないタスクを“棚卸し”しておく
家事・育児・仕事のタスクを、実行と段取りに分解して一度だけ棚卸しします。例えば「夕食を作る」は実行ですが、「献立を決める」「在庫を確認する」「買い足しを記録する」は段取りです。段取りをカレンダーに小さく先出ししておくと、当日の実行ブロックが軽くなります。買い物は週1のオンラインに固定、献立はローテーション化、市販の冷凍やミールキットを“ベース”に据えると、判断の回数が減っていきます。ここで大切なのは、家庭のQOLを下げない最小努力のレールを敷くことです。完璧さより回り続けることを最優先にします。
判断を減らす“マイルール”を決める
ルールは少ないほど強く働きます。「保育園のある平日は20時以降の会議は入れない」「来客準備は30分に収まる範囲でしかやらない」「10分以上かかる新規依頼は翌朝に判断する」など、境界を数本だけ明文化します。職場ではステータス更新の頻度や相談の窓口を先に決め、家では持ち物の置き場や連絡帳のタイミングを固定する。人に頼らず回る仕組みができると、結果として人に頼みやすくなります。
仕事の効率を上げる実装:ブロック、バッチ、境界線
ここからは技術編です。とはいえ難しいことはしません。時間の箱を大きくし、同じ性質の仕事をまとめ、出入り口に扉を付けるだけです。
15〜90分の“箱”を決めて、入れるものを揃える
ポストやチャットの返信、経費精算、カレンダー整理など、短時間で完了する事務は15分枠にまとめます。資料作成や構想、レビューなど、思考の深さが要るものは60〜90分に固定。脳の集中は波を持つため、同質の作業を続けるほど立ち上がりが速くなります[2]。集中が途切れやすい日は、あえて25分+5分で区切るリズムに切り替えても良いでしょう。重要なのは、タスクに合わせて時間を決めるのではなく、時間に合わせてタスクを選ぶ視点です。
業務の“バッチ化”で切り替えを減らす
メールは1日2回の回収便にして、その時間だけ返す。承認フローは午前中の15分でまとめて処理する。定例資料はテンプレート化して、数字の差し替えで終わらせる。打ち合わせは同じ関係者が関わるものを連続させ、移動と準備のロスを減らす。こうしたバッチ化は、マルチタスクの罠を避け、終わりの見える仕事に変換します[2,3]。もし中断が避けられない職種でも、再開の目印を残すだけで復帰コストは下がります。例えば、作成中のスライドに次の見出しだけ打っておく、コードの先頭に「次にやること」を一行残す。それだけで再立ち上げの摩擦が薄れます。
境界線を“宣言”して守る
在宅勤務の日は保育園の送迎時間をカレンダーで公開し、チャットのステータスに「18:00-20:00は不在」と明記する。会議提案が来たら、最初に終了時刻を合意してから受ける。通知は終業60分前から重要案件だけに絞る。境界の可視化は自己中心的な主張ではなく、成果のための前提条件の共有です。チームの誰もが読めるルールに変換できれば、個人の我慢で支える時間管理から卒業できます。境界設定や伝え方のコツは、NOWHの「境界線の上手な伝え方」も参考になります。
家族と職場を巻き込む:分担、交渉、ルール化
育児と仕事の時間管理は、個人の生産性だけでは完成しません。家庭と職場というシステムの問題に、システムで応える視点が欠かせません。
家庭内の“見える分担”で滞りをなくす
家族会議を短く定期化し、週のうち15分だけ共有のカレンダーを見ながら役割を更新します。洗濯物の畳みや食洗機の回収など、開始と終了が明確なタスクは担当者を固定し、段取りを要するタスクは「締切」と「着手日」をセットで管理します。頼むハードルを下げるために、場所と手順を写真にして共有するのも有効です。朝の支度は動線を短くし、保育園バッグは玄関の高さを合わせたフックに固定。迷いを排除すると、声かけの回数が減ります。家庭の「見えないタスク」を減らす発想は、NOWHの「メンタルロード軽量化」記事でも詳しく扱っています。
職場との期待値調整で“無駄な往復”を減らす
納期、品質、報告頻度の三点を先に決め、成果物のラフを早めに共有します。中間レビューの時間を最初にブロックしておけば、やり直しの往復を防げます。会議は目的・意思決定・持ち帰り事項を冒頭に確認し、招待者は最小限に。資料は読み物に寄せ、会議では意思決定だけに集中する運用に切り替えると、同じ会議時間でも進み方が変わります。睡眠とパフォーマンスの関係が注目される今、夜に仕事を引き伸ばすより、朝の集中帯を守る設計の方が全体の成果につながることも多い[5,4]。睡眠を守る工夫は、NOWHの「40代の睡眠リセット」も参考にしてください。
イレギュラーに備える“代替線”を用意する
子どもの発熱や臨時休園は避けられません。だからこそ、代替の送迎者、オンライン切り替えの条件、業務の代替担当をあらかじめ合意しておきます。重要なのは、発生してから考えないこと。保育園や学校の連絡網、近居の親族や地域のファミサポ、同僚とのバックアップ体制を「連絡順」でメモし、スマホの一番目立つ場所に固定しておきます。緊急時の”最初の10分”を短縮できれば、その日の残りは落ち着いて設計し直せます。
実践のコア:今日から始める3つの動き
仕組みの全体像を伝えてきましたが、最後は今日からできる小さなスタートです。まず、終業前10分で「明日の最重要ブロック」をカレンダーに3つだけ置きます。次に、朝いちの通知を止めてから90分の深い仕事に入ります。そして、週末のどこかで15分の家族会議を開き、翌週の送迎・夕食・洗濯の担当を更新します。たったこれだけでも、翌週の見通しは驚くほど変わります。完璧な一日を作るのではなく、倒れにくい仕組みを少しずつ育てることが、ゆらぎ続ける現実を味方にするコツです。
まとめ:時間は増えない、でも設計は変えられる
時間は誰にとっても1日24時間、週168時間。増やせないからこそ、配分と境界と段取りで守るしかありません。統計が示す家事・育児時間の偏りは依然として大きい一方で、仕組みの力で無理なく回る流れに変えることは可能です。明日の3ブロックを先に置き、同質の仕事をまとめ、境界線を宣言して守る。家庭では見える分担に切り替え、職場では期待値を最初に合わせる。どれも小さな一歩ですが、重ねるほど余白が戻ってきます。
あなたの週168時間は、あなたにしか設計できません。まずは来週のカレンダーに、削らない時間と最重要の3ブロックを置いてみませんか。もし次に深掘りしたいテーマがあれば、境界の伝え方や睡眠の整え方の関連記事も覗いてみてください。道具よりも“決め方”が一日を軽くします。今日の10分が、未来の1時間を連れてきます。
参考文献
- NHK放送文化研究所. 国民生活時間調査 子育て世代、男女の家事時間はどう違う? 2020. https://www.nhk.or.jp/bunken/yoron-jikan/column/housework-2020.html
- 明治大学プレスリリース. 複数課題同時遂行(デュアルタスク)が成績と脳活動に与える影響に関する研究. 2024. https://www.meiji.ac.jp/koho/press/2024/mkmht000001moz74.html
- Reef Recovery Institute. Cognitive Flexibility(日本語解説): タスク切替に伴うスイッチコストの説明. https://reefrecovery.org/ja/cognitive-flexibility-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E/
- Merikanto I, et al. Eveningness chronotype is associated with poorer sleep quality among daytime workers. Sleep Med (PMC Article). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6668588/
- PubMed. Early and normal working conditions in order to optimize worker performance(クロノタイプと勤務条件に関する示唆を含むレビュー). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30988266/