睡眠日記はなぜ効くのか:科学的背景
統計では、日本の働く世代の約3人に1人が「睡眠に満足していない」と答え、6時間未満の睡眠が続く人も少なくありません。[1,2] 医学文献によると、主観の「眠れない」という感覚と、実際の睡眠の量・質はずれることがあり、まずは可視化が有効だとされています。[3] 研究データでは、睡眠に悩みがある人が2週間の睡眠日記を続けると、問題の傾向を自覚し行動を修正しやすくなることが報告されています。[3] 編集部でも各種データを確認したところ、記憶に頼らない「記録」が、過不足のない対策に直結する点で有用である傾向がありました。
忙しさで睡眠を後回しにしがちな35〜45歳の時期は、家族や仕事の役割が重なりやすく、曜日ごとのリズムも乱れがち。そこで鍵になるのが、日々を数値と言葉で残す「睡眠日記」です。専門用語を避けて言えば、就床から起床までの流れと、その日に関わった行動(カフェイン、運動、光、ストレスなど)を短く記録し、後から因果を読み解く作業。感覚ではなく、パターンで見るための道具だと考えてください。
「睡眠効率」という見取り図
睡眠日記でまず確認したい指標が睡眠効率です。これは「ベッドにいた時間のうち、実際に眠っていた割合」を示すもので、例えば23時に入床し、0時に眠りはじめ、夜中に合計30分目が覚め、6時に起床したなら、ベッド滞在は7時間、総睡眠時間は6時間30分。睡眠効率は約93%となります。医学文献では85%未満が続くと「睡眠が断片化している」目安とされ、[3] 逆に95%を超える日が多いなら、床上時間が短すぎる(慢性的な寝不足)の可能性も示唆されます。[4] 数式は難しく考えなくて大丈夫。「ベッドで過ごした時間」と「眠っていた時間」、この2つを毎日メモすれば十分です。
CBT‑Iと日記の関係
CBT‑Iでは、睡眠日記をもとに就床・起床の時刻を調整し、「眠くなってから寝床に入る」「寝付けないときは一度起きてリセットする」といった刺激コントロールを行います。[3] 研究データでは、記録を続けるだけでも就床時刻が現実に沿って最適化され、無意識の「長すぎる寝床時間」が短縮される人がいることが示されています。[3] つまり、日記は気合いではなく仕組みで整えるためのスタートラインだと考えられます。
2週間で何をどう記録するか
記録はシンプルで構いません。毎朝、前夜のことを思い出しながら、入床した時刻、消灯した時刻、眠りにつくまでの体感時間、夜中に目覚めた回数と合計時間、起床時刻、ベッドを出た時刻を書きます。余力があれば、昼寝の有無と時間、夕方以降のカフェインやアルコールの摂取、就寝前2時間のスクリーン使用、運動のタイミング、そして起きたときの眠気や気分を一言メモに残します。[3] 仕事や家事で忙しい日は、思い出せる範囲で埋めれば十分です。細部より「毎日続く」ことを優先し、5分単位でなく大まかな時刻で問題ありません。
朝に書く、夜は簡潔に
夜は眠ることが仕事です。記録は朝にまとめると負担が減ります。どうしても夜に書きたくなる人は、寝る直前ではなく、歯磨きの前にその日の振り返りを一言だけ。気になってスマホを触る時間を増やさないための小さな工夫が、翌朝の目覚めを助けます。記録のフォーマットは紙でもアプリでもかまいませんが、照明を落とした寝室では紙とペンが案外便利です。
曜日の違いも要チェックです。平日は23時台に就床して6時台に起きるのに、週末は深夜1時過ぎに寝て8時過ぎに起きる、といった「ソーシャル・ジェットラグ」が強いと、月曜の眠気やだるさが増えやすいことが研究で示されています。[5] もし週末と平日の中間くらいに起きるだけでも日中のだるさが軽くなるなら、次週の実験として記録にメモを残してみてください。
日記から見つかる典型パターンと調整法
2週間分を眺めると、個人差はありながらもいくつかの型が見えてきます。例えば、就床してから眠りにつくまで30〜60分が続く「入眠に時間がかかるタイプ」は、寝る時間が「眠気の波」と合っていないか、ベッドの中で活動(スマホ、考え事)が多いことが背景にあります。この場合は、眠くなるまで寝床に入らない、消灯後20分ほど眠れないときはいったん起きて静かな作業をする、という刺激コントロールが合いやすい傾向があります。[3] 睡眠効率が85%未満の夜が多いなら、就床時刻を15〜30分遅らせて、眠気が強まるタイミングに合わせるだけでも入眠がスムーズになることがあります。[3]
反対に「早朝に覚醒して二度寝できないタイプ」は、夜の睡眠圧が足りないか、体内時計が前倒しになっているサインです。夕方の軽い運動や、起床後の強い朝光を浴びることが体内時計の微調整に有効だと研究で示されています。[6] 日記上で早起きが連日続くのに日中の眠気が強いなら、ベッドにいる時間をやや短く設定し直し、起床時刻は固定して、眠気に合わせて就床時刻を調整する方法が現実的です。[3] 週末の寝だめが大きいほど翌日のコンディションが崩れる人もいるため、休日の起床時刻に小さな上限を設けることもひとつの工夫になります。[5]
また「夜中に複数回目が覚めるタイプ」は、アルコール、就寝前の大量の水分、室温、いびきやレストレスレッグスなど複合要因のことが多いのが特徴です。日記で「飲酒日の中途覚醒が増える」「就寝前のスマホ使用時間が長いほど覚醒が増える」といった相関が見えたら、まずはその行動を1〜2週間だけ控える実験をしてみます。もしパートナーから大きないびきを指摘されている、あるいは日中に強い眠気がある場合は、単なる生活習慣ではなく睡眠関連の疾患が隠れている可能性もあり、医療機関で相談する選択肢を頭の片隅に置いておいてください。[6]
記録の読み解きは「ひとつずつ」
睡眠は複雑ですが、改善はシンプルに。日記を振り返るときは、気づいた要素を一度に全部変えようとせず、まず一つの仮説を決めます。例えば「カフェインの最終摂取を午後2時までに戻す」「就床時刻を15分遅くする」「週末の起床時刻を平日+1時間以内にする」。1〜2週間だけ続け、同じ指標(入眠までの体感時間や睡眠効率、日中の眠気)で再度評価します。うまくいったら次の仮説へ、変化がなければ別の仮説へ。家事や仕事のように、タスクを分解して前に進めば大丈夫です。
続けるための現実解と、医療につなぐサイン
完璧主義は記録の敵です。1日抜けてもやめない、を合言葉にしましょう。編集部のおすすめは**「80%主義」**。14日のうち11〜12日埋まっていれば十分です。仕事で遅くなった日や、子どもの用事でいつもと違う夜も、空欄のままにせず「遅くまで作業」「発表会で帰宅遅れ」など一言を残せば、その日が例外だったことが後からすぐにわかります。続けるほど、例外とパターンの区別がついて、対策の優先順位がはっきりします。
一方で、日記は万能ではありません。研究データでは、週3回以上の不眠が3カ月以上続く場合を慢性不眠症の目安とする定義があり、日常生活に支障が出ていると感じるなら、かかりつけ医や睡眠医療の専門外来で相談する価値があります。[6] 睡眠時無呼吸が疑われる大きないびきや、脚のむずむずで眠れない、強い日中の眠気で運転に不安があるといったサインは、生活習慣の見直しだけでは解決が難しいことがあります。日記は、その相談時に症状の全体像を短時間で伝える参考資料にもなります。[6]
まとめ
記憶は揺らぎますが、記録は残ります。睡眠日記は、忙しい毎日に無理を足す道具ではなく、むしろ余計な努力を減らすためのコンパスのようなもの。2週間、就床と起床、そしてその間に起こったことを短くメモするだけで、あなたの睡眠の**「どこで」「何が」**つまずいているのかが見えてくることがあります。そこから先の一歩は大きくなくて大丈夫。就床時刻を少し動かす、カフェインの時間を戻す、週末の起床を整える。できることから始めれば、体の反応が期待されます。
明日の朝から、紙とペンを枕元に用意してみませんか。最初の一行が書けたら、変化が始まることがあります。
参考文献
- 朝日新聞デジタル. 厚労省調査「睡眠による休養が十分に取れていない人」の割合に関する報道. https://www.asahi.com/articles/ASR916HG9R91UTIL033.html
- 厚生労働省. 健康日本21等に関する情報(国民健康・栄養調査:1日の平均睡眠時間が6時間未満の者の割合に関する記載). https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_37662.html
- Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia(CBT‑I)に関する総説(PMC5803038). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5803038/
- こころのクリニック日吉. 「睡眠効率は85%以上が大切」. https://kokoronoclinic.net/hiyoshi/column/%E7%9D%A1%E7%9C%A0%E5%8A%B9%E7%8E%87%E3%81%AF85%E4%BB%A5%E4%B8%8A%E3%81%8C%E5%A4%A7%E5%88%87/
- 筑波大学ジャーナル. 睡眠の不調と生活リズムに関する研究トピック(2025年1月17日掲載). https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20250117141500.html
- 厚生労働省 e-ヘルスネット. 不眠症. https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-02-001.html