SDGsは理想ではなく「仕事の言語」:キャリアの設計図にする
国際労働機関(ILO)は、グリーンな移行によって2030年までに最大2,400万人の新たな雇用が生まれると試算しています。[1] 2015年に国連で採択されたSDGsは17の目標に整理され、企業の経営計画や投資判断の言語になりました。[2] 研究データでは、企業はサプライチェーン全体の環境・人権リスクの把握と開示を進め、職種を問わず「サステナ視点」の仕事が増えています。[3] 編集部が各種レポートを読み解くと、SDGsは一部の専門部署の話ではなく、ミドル世代のキャリアを再設計する実務のフレームとして機能し始めていることが見えてきます。期待と不安が同居する35-45歳にとって、それは理想論ではなく、明日の評価と納得感に直結するテーマです。
SDGsは世界共通の優先課題を示す旗印ですが、日々の業務に落とし込むときは、抽象的な目標ではなく「意思決定の基準」として扱うのが現実的です。たとえば調達では人権デューディリジェンス[4]、製品開発ではライフサイクルでの環境負荷[5]、財務では非財務情報の開示[6]、マーケティングではグリーンウォッシュ回避と顧客の信頼形成[7]。研究データでは、こうした要件が規制や投資家の期待として強まり、サステナビリティ人材は専門職だけでなく、現場と企画の両輪で求められています。[8] ここで鍵になるのが、これまで培ってきた経験をSDGsの言語に翻訳する力です。
企業がこの視点を重視する背景には、気候関連財務情報(TCFD)や国際的な開示基準、そしてサプライチェーンでの人権・環境リスクに対する社会の目があります。[8] 統計では、日本ではTCFDコンソーシアムの賛同企業が888社(2025年6月時点)に達しており、対応の裾野は着実に広がっています。[9] つまり、キャリアの対外的な価値は、肩書よりも再現可能なプロセスと検証可能な結果に宿る時代です。SDGsはその物差しを提供します。
企業はなぜSDGs視点の人材を求めるのか
研究データでは、気候リスクは財務リスクであり[8]、サプライチェーンの混乱は直ちに売上やコストに影響します。[10] 人権侵害が露見すれば、ブランド毀損や取引停止に繋がることも珍しくありません。[4] だからこそ、従来のKPIに加え、CO2排出や廃棄物、事故率、サプライヤー監査、インクルージョンなどの指標が各部門に組み込まれていきます。購買は調達方針と監査スキームを、経理は開示体制を[6]、マーケティングは根拠ベースのコミュニケーションを[7]、HRはDEI推進と健康経営を[11]、それぞれ実務として回す。ここに、ミドルのキャリアが接続できる余地が大きく広がっています。
「サステナの仕事=専門部署だけ」の誤解を解く
SDGsを仕事にすることは、部署異動を意味しません。むしろ現職の延長線で成果を二重化する発想が有効です。たとえば販促の効果測定にリユース率や回収率を加える、在庫管理で廃棄削減のプロセスを設計する、教育研修に人権・ハラスメント防止を組み込みエンゲージメントを上げる。これは理想論ではなく、既存KPIとSDGs指標の二軸管理です。名刺の肩書が変わらなくても、語れる実績が「社会と事業の両方に効いた成果」に変われば、キャリアの選択肢は一気に広がります。
35-45歳の「ゆらぎ」を力に変える:スキルの翻訳術
この年代は、個人戦からチーム戦への移行、家庭やケア責任の増加、役職と現場の板挟みなど、見えない負荷が重なるフェーズです。だからこそ、積み上げてきた経験をSDGsの言語に翻訳し、評価される形に変えることが、停滞感を打ち破る一手になります。翻訳のポイントは三つ。まず、専門性を機能で捉え直すこと。たとえば「営業10年」は「関係構築と合意形成のプロ」「需要予測とリスク感度を持つ実務家」と言い換えられます。次に、成果をインパクトの指標で語ること。コスト削減額に加え、廃棄削減比率や安全指標の改善といった外部性を示す。最後に、プロセスの再現性を明らかにすること。誰と、どのデータで、どんな意思決定をしたかを物語として描ければ、異業種でも通用します。
編集部が注目するのは、コアスキル、領域知識、信頼資本の三層を揃える考え方です。コアスキルとは、調整、分析、ファシリテーション、書く力など職種横断で効く力。領域知識は、気候・人権・資源循環・健康の基礎や、自社業界の規制動向。信頼資本は、社内の巻き込み力や社外コミュニティでの評判です。この三層をSDGsの目標に紐づけて説明できると、キャリアの説得力が増します。たとえば経理なら、非財務情報の収集フローを整え、監査対応の観点で品質を担保した経験を「開示ガバナンスの構築」として語れます。生産管理なら、歩留まり改善を資源効率の観点で再定義できます。マーケティングなら、エシカル訴求の根拠設計と検証をコミュニケーションの信頼性向上として位置づけられます。
面接・評価で刺さる語り方:STARをSDGsに拡張する
実績を語るとき、状況(Situation)課題(Task)行動(Action)結果(Result)に加え、影響(Impact)と検証(Evidence)を添えると、SDGs時代の説得力が出ます。状況と課題で社会・事業の二面性を示し、行動で利害関係者の合意形成やデータ活用を描き、結果では売上やコストに加えて安全性や排出、従業員の定着などの指標を示す。最後に、監査や第三者確認、再現可能な手順を「証拠」として置きます。これは特別な人だけの技ではありません。日々の会議メモや社内報告を、少しだけSDGsの言語に寄せて整理するだけで、履歴書も評価面談も変わります。
「やりがい搾取」を避ける境界線の引き方
きれいごとだけで回らない現実も忘れたくありません。サステナ案件は、情熱に甘えるボランタリー精神に乗りがちです。だからこそ、業務としての位置づけ、評価、時間配分を合意形成してから始めることが大切です。職務記述書に目的とKPIを記載する、兼務期間の目安を決める、成果と学習の棚卸しを四半期ごとに行う。自分のケア責任や体力もリソースです。持続可能性の仕事が、あなた自身の持続可能性を損なわないように、境界線をはっきりさせましょう。
今日から動ける「小さな実践」:90日のロードマップ
大きな転職や部署異動の前に、まずは半径5メートルの行動で弾みをつけるのが現実的です。最初の1カ月は、基礎をつかむ時期と決めます。自社の中期計画や素材メーカーのサステナ資料を読み、業界の課題がどこにあるかを把握します。国連グローバル・コンパクトや国内の評価機関の無償レポートをダウンロードし、分からない用語をノートに整理します。併せて、日々の業務にSDGsの視点で質問を挟みます。例えば「この施策は廃棄やエネルギーにどう影響するか」「人権面のリスクは何か」。新しい仕事にしないで、既存の会話に差し込むのがコツです。
2カ月目は、ひとつ小さな実証をやってみます。販促物の素材を変更し、コスト・納期・品質に加えて資源負荷の観点で比較する、会議体にDEIのチェック項目を入れて意思決定の質を上げる、在庫のロス可視化を始める、などです。重要なのは、仮説、指標、観測、ふりかえりのサイクルを明確に回すこと。ここで得られた「小さなエビデンス」は、社内提案にも転職にも効きます。
3カ月目は、社内外の関係者を巻き込む段階です。社内では関連部署との定例を設け、目的と役割分担、スケジュールの合意形成を図ります。社外では、業界団体の勉強会やオープンなコミュニティに顔を出し、最新トレンドとベンチマークを吸収します。学びのテーマは、ライフサイクル思考(LCA)[5]、人権デューディリジェンス[4]、気候関連開示[8]など、実務に直結するものを選ぶと投資対効果が高くなります。三つすべてを同時にこなす必要はありません。今の自分の仕事に一番近いものを選び、深く試すことが大切です。
プロボノと越境学習:安全に「試す場」を確保する
社内で動きにくいときは、社外の小さなプロジェクトで試す選択肢もあります。地域のNPOでデータ整理や広報を手伝う、スタートアップのメンタリングに参加する、オンラインのケーススタディで意思決定をトレーニングする。報酬の有無に関わらず、学びの目的を明確にし、時間と成果物の範囲を先に定義してから始めるのがポイントです。そこで得たプロセスや気づきは、業務に持ち帰って再現できます。副業や越境学習の始め方は、NOWHのガイド「副業・越境学習の始め方」も参考にしてください。
市場での伝え方:履歴書、面接、社内提案をSDGsで磨く
伝え方の軸はシンプルです。現職の成果を、社会と事業の二重の価値で表現し、検証可能性で裏づけます。履歴書では、職務要約にパーパスと得意領域を短いセンテンスで置き、その下でプロジェクトをSTAR+Impact+Evidenceで展開します。定量指標が取りにくい場合は、プロセスの確からしさを示す手順や合意形成の工夫を記載します。面接では、自社のマテリアリティ(重要課題)に直結する質問が来る前提で準備し、相手企業の開示資料からキーワードを抽出して、自分の経験と接続させます。社内提案では、費用対効果とリスク低減の両面で、意思決定者にとっての利点を言語化します。
グリーンウォッシュを避けるために、誇張は禁物です。「寄与した可能性」ではなく、「どの部分に、どの程度影響したか」を控えめに明示し、第三者のレビューや上長承認の記録を添えれば、信頼度が跳ね上がります。[7] 研究データでも、信頼は継続的な改善と透明性から生まれることが示されています。[10] 完璧な成果よりも、改善の軌跡が語れるほうが、面接官にも上司にも伝わります。
キャリアの選択肢を広げたい方は、NOWHの「ミドルのリスキリング完全ガイド」や「パーパスと働き方の再設計」も合わせてどうぞ。どれも、今日から動ける小さな実践に焦点を当てています。
まとめ:きれいごとで終わらせない、あなたのキャリア
SDGsは、正解のない時代に仕事の筋道を示す羅針盤です。理想を掲げるだけでは動けないし、現場の制約はいつも厳しい。それでも、既存の仕事に一つ問いを差し込み、検証可能な小さな実証を積み重ね、言葉と数字で伝える力を磨けば、キャリアは確実に前に進みます。ILOの試算が示す雇用のシフトは、遠い国の話ではありません。[1] あなたのデスクの上で、次の一歩は始められます。
明日、どの会議で一つだけ質問を変えますか。 その小さな変更が、あなたの評価を、組織の成果を、そして社会の方向を少しずつ動かします。もし迷ったら、この記事をもう一度開き、最初の1カ月の行動から取りかかってみてください。小さく始めて、深く続ける。それが、きれいごとで終わらせないキャリアの作り方です。
参考文献
- International Labour Organization. Twenty-four million jobs will open up in the green economy. 2018. https://www.ilo.org/resource/news/24-million-jobs-open-green-economy-0
- United Nations General Assembly. Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development (A/RES/70/1). 2015. https://www.un.org/ga/search/view_doc.asp?symbol=A/RES/70/1&Lang=E
- IGES. SDGs Business Progress 2023. 2023. https://www.iges.or.jp/en/pub/sdgs-business-progress-2023-en
- Ministry of Economy, Trade and Industry (METI, Japan). Guidelines on Respecting Human Rights in Responsible Supply Chains. https://www.meti.go.jp/english/policy/economy/biz_human_rights/index.html
- Ministry of the Environment, Japan. Life Cycle Assessment (LCA) explanation. https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h10/10619.html
- METI. Press release on the importance of non-financial information disclosure. 2021-11-12. https://www.meti.go.jp/press/2021/11/20211112003/20211112003.html
- Japan Fair Trade Commission (JFTC). Guidance related to environmental claims and fair competition. https://www.jftc.go.jp/info/nenpou/h12/12kakuron00002-15.html
- Task Force on Climate-related Financial Disclosures (TCFD). Recommendations of the TCFD. 2017. https://assets.bbhub.io/company/sites/60/2023/03/FINAL-2017-TCFD-Report.pdf
- TCFD Consortium (Japan). List of supporting members (Total 888 as of 25 June 2025). https://tcfd-consortium.jp/en/member_list
- CDP. Environmental supply chain risks to cost companies $120 billion by 2026. 2020. https://www.cdp.net/es/articles/supply-chain/environmental-supply-chain-risks-to-cost-companies-120-billion-by-2026
- METI. 健康経営優良法人制度(Health and Productivity Management Program). https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_keiei.html