問題解決は「定義」から始まる:論点・分解・現場データ
Gallupの調査(2023)では、日本の従業員エンゲージメントはわずか5%。[1] なお、この傾向は2024年の追加報告でも継続が示されています。[2] 同時に、日本生産性本部のレポートでは、日本の時間当たり労働生産性は主要7カ国の中で最下位が続いています。[3,4] 医学ではありませんが、働き方の研究データを重ねて読むと、会議や資料の量ではなく、問いの立て方や意思決定の質こそが成果の差を生むことが見えてきます。研究では、問題の定義(フレーミング)が意思決定の質に大きく影響することが示されています。[5] 編集部が各種レポートや実務の経験を突き合わせた結論はシンプルです。解きたいのは「正しさ」ではなく「進む力」。そしてその力は、いくつかの基礎フレームワークを、無理なく回すことで十分に養えます。気持ちが揺らぐ日でも、道具があれば手は動く。きれいごとではなく、現実に効く型を、今日から使える順番でまとめました。
イシューからはじめよ:問いを一つに絞る
イシューは「この問いに答えれば前に進む」核心です。編集部の企画会議では、数字が伸びない時に「なぜ伸びないのか」ではなく「限られたリソースで今月の目標を達成するために、最も効く1施策は何か」と言い換えます。前者は原因探しで拡散し、後者は資源配分という意思決定に直結します。問いを一つに絞る際は、意思決定者の関心、期限、使える資源を一つの紙に書き出し、答えがYes/Noで判断できる形に整えます。曖昧さが残るなら、問いが広すぎる合図です。
MECEとロジックツリー:ダブりなく、モレなく分解する
イシューが決まったら、要因を分解します。ロジックツリーは「売上=客数×単価×購入頻度」のように因数にほどき、矢印の先に測れる数字を置くのがコツです。編集部でデジタル記事の伸び悩みを分解した際は、「到達数」「クリック率」「読了率」「内部回遊」の4要素に分け、それぞれに直近4週の実測値をメモしました。ここで測れない要素は仮説止まりと自覚するのが重要で、測る方法が見つからないなら、影響が大きい他の枝に集中します。MECEは完全を目指すより、意思決定に必要な解像度に達したら止める勇気が価値になります。
5W1H:現場の事実を短時間でそろえる
分解ができたら、5W1Hで現場データを揃えます。いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのようにが1枚で見えるだけで、議論は飛躍的に進みます。たとえば残業増の相談では、「いつ(曜日・時間帯)」「どこ(特定プロジェクト)」「誰(役割)」「何(具体作業)」「なぜ(前提や制約)」「どう(作業手順)」をヒアリングし、曖昧な「忙しい」を具体の「水曜の承認待ちが集中」に変換します。事実の粒度が整えば、解くべき本丸が自然に現れます。
仮説を立てて、小さく検証する:スピードと学習の設計
定義が済んだら、答えは市場や現場が持っています。そこで有効なのが、仮説思考、A3思考、OODA/PDCAの使い分けです。早く回すほど学習は加速し、間違いも浅いうちに気づけます。完璧主義に引っ張られやすい時こそ、小さく試す設計に切り替えます。
仮説思考:反証可能な一文に落とす
仮説は「もし〜なら、〜だから、〜が起きるはずだ」という因果で書きます。編集部で新連載の初速を上げたい時、「タイトルに具体数字を含めれば、検索流入のクリック率が上がる」という仮説を立て、過去30本でABテストを実施しました。結果は数字だけでなく意図の明確さが効いており、「誰に何の価値があるか」を先頭に置くと効果が増すと分かりました。仮説は当てるためではなく、学びを早めるために立てる。だからこそ、反証できる指標を最初に決めておきます。
A3思考:1枚で全体像と次の一手を可視化
A3は用紙サイズの比喩で、問題、現状、原因、目標、対策、検証を1枚に整理します。ポイントは、現状のグラフと理想のラインを並べ、差分を一目で示すことです。編集部の制作フロー改善では、入稿から公開までの平均日数を時系列で可視化し、遅延の山が月末に寄ることを発見。原因はレビューの集中でした。そこで、週中に短いレビュー枠を増設し、翌月の平均日数は20%短縮しました。A3は報告書ではなく、会話を進めるボード。都度書き換える前提で運用すると、停滞が減ります。
OODAとPDCA:状況で使い分ける
変化が激しい状況ではOODA(観察→状況判断→意思決定→行動)で素早く回し、安定フェーズではPDCA(計画→実行→評価→改善)で深掘りします。新サービスの初期はOODAで仮説の幅を広げ、当たりが見えたらPDCAで工程を磨く、と段階を意識するだけで、スピードと品質の両立がしやすくなります。名前に引きずられず、フェーズに合わせて切り替える柔軟さが、チームの疲労を減らします。
解決策の選び方:納得感のある意思決定を設計する
選択肢が出揃ってから迷うのは自然です。ここで役立つのが、重み付け意思決定マトリクス、リスクマトリクス、デシジョンツリーと期待値の考え方です。直感も経験も大切ですが、尺度を合わせて話すだけで、合意形成の速度は上がります。
重み付け意思決定マトリクス:基準を先に決める
まず評価基準を言語化し、重要度に重みをつけます。たとえば施策選定なら「効果の大きさ」「実行コスト」「スピード」「リスク」「学習の大きさ」を基準にし、効果=40%、スピード=25%、コスト=20%、リスク=10%、学習=5%と重みを仮置きします。各施策を10点満点で評価し、重みを掛けて合計すると、感覚のズレが数字として見えます。編集部では、推し施策が思ったより重みの低い基準で高得点を取っていたことが判明し、議論は基準設定に戻りました。納得感は「基準を共有する」ことで生まれます。
リスクマトリクスとプレモーテム:転ばぬ先の想像力
実行前に、失敗パターンを先に想像するのがプレモーテムです。小規模のローンチで「関係者連携の遅れ」を失敗の筆頭に置き、発生確率と影響度をマトリクスで評価しました。高リスクに入った「承認遅延」には、代替承認者の設定と締切の前倒しで手当て。結果的に大事故は避けられ、想像するコスト以上の安心が得られました。恐れに飲まれず、具体に落とす。これもまた、型が助けてくれます。[7]
デシジョンツリーと期待値:不確実性を数字でならす
意思決定の枝に確率と利益・損失を置き、期待値で比較します。例えば広告運用の新入札戦略で、改善成功の確率を40%、失敗を60%と置き、成功時の利益が+80、失敗時の損失が−20なら、期待値は+16となります。現状維持の期待値が+5なら、新戦略をテストする合理性が見えます。数字は荒くて構いません。むしろラフに置いて、敏感な変数を特定することが目的です。
チームで回す:役割・対話・振り返りを仕組みにする
個人戦からチーム戦に移ると、正解よりも合意形成が難所になります。役割の曖昧さ、会議の空転、振り返りの形骸化。ここに効くのが、RACI、KPT、ダブルダイヤモンド、そして1on1の設計です。どれも既存の時間を置き換える形で無理なく導入できます。
RACI:誰が決め、誰が動くのかを一枚に
RACIは、Responsible(実行)、Accountable(最終責任)、Consulted(相談先)、Informed(共有先)を明確にする枠組みです。編集部で新しい公開フローを作った時、公開日の混乱が続いていました。RACIを書き出すと、最終責任が実質二人に分散していたことが判明。Accountableを一人に絞り、Consultedの窓口をチャットで固定すると、意思決定が滑らかになりました。誰が最終的に決めるのか。これが曖昧だと、優秀なチームほど止まります。
KPTの深化:症状ではなく原因に迫る
KPT(Keep/Problem/Try)は振り返りの定番ですが、表面的な出来事に終始すると学びが薄くなります。編集部では「Problem」をさらに「事実」「解釈」「感情」に分けて話す練習をしました。たとえば「レビューが遅い」という出来事に対し、事実は「水曜の18時以降に集中」、解釈は「皆忙しくて後回し」、感情は「頼みにくい不安」。この三層を区別すると、対策は「水曜午前に10分レビュー枠を設置」と具体化します。感情を扱うのは遠回りに見えて、実装の速度を上げる近道です。ゆらぎの年代だからこそ、自分の内側も含めて仕組みに乗せます。
ダブルダイヤモンド:発散と収束を意識的に切り替える
英国デザインカウンシルのモデルとして知られるダブルダイヤモンドは、発見の発散と定義の収束、開発の発散と納品の収束という二つの山を描きます。会議がいつも時間切れで結論が曖昧になる時は、前半30分を発散、後半30分を収束と宣言し、収束では判断基準をホワイトボードに固定します。編集部でもこれを導入してから、アイデア会議の満足度と実行率が上がりました。時間は有限。発散と収束を意識的に切り替えるだけで、会議の疲労感は驚くほど減ります。[6]
1on1:事実と解釈を分けて聴く
個人の悩みは業務プロセスと絡み合います。1on1では、直近の具体的な出来事を一つ選び、事実、解釈、次の一手の順に聴きます。評価や助言は最後に回し、相手の言葉で問題の定義を一緒に整えるイメージです。ここでも仮説思考が生き、次の行動が一つ決まれば十分です。完璧な面談を目指すより、短くても定期的に回すほうが、関係の安定に効きます。
よくある落とし穴:フレームワーク疲れを避ける
フレームワークは目的ではなく手段です。やりすぎると時間だけが過ぎ、現場の温度が下がります。編集部の反省として、完璧なロジックツリーにこだわり過ぎて初動が遅れたことがありました。そこから学んだのは、**「定義は十分に、検証は小さく早く」**というリズムです。もう一つは、型を押し付けると抵抗が生まれる点。導入は自分の担当領域で静かに始め、結果を見せて広げるのが穏やかです。忙しい日々に増やすのではなく、置き換える。既存の会議の前半10分をイシュー設定に、週報をA3に、優先度決めを重み付けに変えるだけでも、空気は変わります。
まとめ:小さく始めて、進む力を取り戻す
私たちは毎日、期待と不安の間で仕事を進めています。完璧な解は待っても来ない。だからこそ、問いを一つに絞り、分解し、現場の事実で仮説を確かめ、合意可能な基準で決めるという一連の流れを、型として持つ価値があります。今日できる一歩として、まずは今抱えているテーマを一つ選び、イシューを一文に書き、A3に現状と理想を描き、次の一手を小さく決めてみませんか。進まない日があっても、手は動かせます。**フレームではなく、前に進む自分を信じるためにフレームを使う。**その積み重ねが、チームと自分の明日を確かに変えていきます。
参考文献
- Gallup. State of the Global Workplace 2023 Report. https://www.gallup.com/workplace/349484/state-of-the-global-workplace.aspx
- Gallup. Japan’s Workplace Wellbeing Woes Continue. 2024. https://news.gallup.com/opinion/gallup/510257/japan-workplace-wellbeing-woes-continue.aspx
- 日本生産性本部. 労働生産性の国際比較(国際比較レポート). https://www.jpc-net.jp/research/list/comparison.html
- Reuters. 日本の労働生産性、OECD加盟36カ国中21位 G7では最下位の状況続く. https://jp.reuters.com/article/japan-labor-productivity-idJPKBN1YM0EL
- Kahneman, D., & Tversky, A. The framing of decisions and the psychology of choice. Science. 1981;211(4481):453–458.
- UK Design Council. The Double Diamond: A universally adopted depiction of the design process. https://www.designcouncil.org.uk/our-work/skills-learning/tools-frameworks/framework-for-innovation-design-councils-evolved-double-diamond/
- Klein, G. Performing a Project Premortem. Harvard Business Review. 2007. https://hbr.org/2007/09/performing-a-project-premortem