プロバイオティクスの基礎と「菌株」の話
プロバイオティクスとは、十分な量を摂取したときに健康に有益な働きをもたらす生きた微生物のこと[3]。ここで鍵になるのが「菌株(ストレイン)」です。たとえばラクトバチルスやビフィズス菌といった“姓”だけでなく、Lactobacillus rhamnosus GG(LGG)やBifidobacterium lactis BB-12のように“名”まで書かれた、アルファベットと数字の組み合わせが重要です。同じ種でも菌株が違えば、得意分野も耐性も変わります[3]。酵母由来のSaccharomyces boulardiiのように、細菌ではないプロバイオティクスもあります[3].
もう一つ押さえたいのが量の表記です。ラベルには「CFU(コロニー形成単位)」という単位で、何億〜何百億といった桁が示されます。研究データでは、目的に応じて必要量の幅がありますが、重要なのは製造時ではなく賞味期限までの生菌数が記載されているかどうか[4]。さらに、腸まで届く工夫(耐酸性カプセルや腸溶コーティングなど)があるか、あるいは食事と一緒に摂る前提の設計かも確認ポイントです[3,4].
目的に合う菌株の考え方(研究知見の活かし方)
医学文献によると、抗生物質関連の下痢予防にはLGGやS. boulardiiが一定の有効性を示しています[2,5]。過敏性腸症候群(IBS)に関しては、症状全体の改善に小〜中程度の効果が示されたメタ解析がある一方で、全体としてエビデンスは強固とはいえず、研究間のばらつきが大きいことが指摘されています[6,7]。単独株より複数株配合が合うケースも報告されていますが、菌株と用量、試験デザインの違いに左右されます[7]。便秘傾向には、B. lactis系の菌株が排便頻度や腸管通過時間の改善に寄与した研究が複数あります[8]。婦人科領域では、L. rhamnosus GR-1とL. reuteri(旧L. fermentum)RC-14の組み合わせが膣内フローラのバランスに良い影響を示した報告もありますが、適用範囲や最適用量についてはなお検証途上です[9,6]。ただし、どれも万能ではなく、「自分の目的」と「菌株の得意分野」を合わせる意識が肝心です。
含有量・生存性・飲むタイミングの実務
含有量は多ければよいという単純な話ではありませんが、研究が行われたのと同等の桁を目安にするのは現実的です。生存性は熱や酸に弱いものもあるため、冷蔵保存が推奨される製品は帰宅後すぐ冷蔵し、常温保存タイプは直射日光と高温多湿を避けるのが基本です[4]。飲むタイミングは、胃酸が弱まる食中〜食後を指定する製品が多く、空腹時推奨のものもあるため、ラベルの指示を優先しましょう[3]。研究データでは、まず2〜4週間は同じ製品を継続し、体調の変化を観察するアプローチが現実的です[6].
ラベルの読み方と選び方の手順
選ぶ前に、なぜ飲みたいのかを一言で言語化してみてください。お腹の張りをやわらげたいのか、便通のリズムを整えたいのか、抗生物質と上手に付き合いたいのか。目的が定まれば、ラベルの確認もブレません。まず見るのは菌株名が最後まで明記されているか。次に、一日量として何CFU摂れるのか、賞味期限までの保証か、保存方法の指定はどうかを確かめます[4]。メーカーサイトに研究データの出典が挙がっているかも判断材料です。甘味料や香料が気になる人は、原材料のシンプルさやアレルゲン表記(乳成分、グルテンなど)もチェックすると安心です。
飲み方は、生活リズムにフィットさせるほど続きます。朝食と一緒に一回で飲むのか、夜に分けるのか、スマホのアラームやサプリケースを使うのか。編集部のおすすめは、便の記録とお腹の張りの体感をメモに残すこと。ブリストルスケール(便の形状を1〜7で表す指標)を目安に、週に一度ふり返るだけでも違いが分かります。もし合わない、あるいは変化が乏しいと感じたら、菌株の異なる製品に切り替えます。一度に複数を始めると何が効いたのか分かりにくいので、プロバイオティクスを軸にしつつ、プレバイオティクス(食物繊維)の取り入れ方のように、一つずつ足していくのが現実的です。
食べ物かサプリか、安全性の考え方
発酵食品には、菌そのものに加えて、発酵の過程で生まれる有機酸やペプチドが含まれます[10]。ヨーグルトやケフィア、味噌、漬物、納豆など、日本の食卓は実は“腸にやさしい”選択肢が豊富です。とはいえ、食品は菌株や量が毎回同じとは限りません[4]。症状や目的を明確に検証したい場合や、特定の菌株を狙いたい場合はサプリメントの方が管理しやすいという利点があります[4]。日々の食事で発酵食品を楽しみながら、必要に応じてサプリで狙い撃ちをする、そんな両輪が現実的です。腸のエサになる水溶性食物繊維やレジスタントスターチを合わせることも、研究では相乗効果が示されています[10]。食からのアプローチは、腸活のはじめ方も参考にしてください。
安全性と注意点(大切な“ふつう”の話)
健康な成人にとって、市販のプロバイオティクスはおおむね安全とされています[3]。始めた直後はお腹が張る、ガスが増えるなどの一過性の変化が出ることがあり、数日〜1週間ほどで落ち着くケースが多いです[3]。免疫が極端に低下している人や中心静脈カテーテルを留置中の人、重い膵炎の既往がある人などは、市販の酵母製品を含め慎重な判断が必要です[3]。抗生物質を飲む場合は、同時刻の摂取を避けて数時間ずらすと、生菌が影響を受けにくくなります[3]。強い腹痛や血便、発熱を伴う場合は、市販品の継続にこだわらず医療機関に相談してください。妊娠・授乳中は、体調に問題がなければ一般に安全とされますが、かかりつけの医師や薬剤師に確認するとより安心です[3].
ケース例と続け方のコツ
夜の会議、子どもの送迎、週末の買い出し。そんな一週間が続くと、夕方にはスカートがきつく感じるお腹の張りに気づく人は少なくありません。ケース例として、便秘傾向とガス感が気になる39歳のワーキングマザーを想定してみます。目的は「張りの軽減と排便リズムの安定」。ここでB. lactis系を含む複数株配合の製品を一日100億CFU相当、朝食とともに開始します。同時に、毎朝ブリストルスケールと張りの体感を10段階でメモ。2週間で“3→4”に近づく変化があれば、さらに2週間続けてみます。変化が乏しければ、L. plantarumやLGGを含む別製品に乗り換えます。食事は急に完璧を目指さず、味噌汁を一杯増やす、納豆を週に2〜3回にする、といった小さな積み重ねを意識します。結果が出たタイミングで、プロバイオティクスは平日だけにする、あるいは1日おきにするなど、自分のリズムに最適化していくのが、“続けられる腸活”につながります。
よくある疑問を先回りで解消
飲むタイミングは食中〜食後が指定される製品が多いものの、空腹時の方が合う設計もあります。ラベルの指示を優先し、2週間は同じ条件で続けると判断しやすくなります[3,6]。変化の目安は2〜4週間で、体感が良ければそのまま、曖昧なら菌株を変える、悪化するなら中止するのが現実的です[6]。ずっと飲み続けるべきかについては、季節や生活の変化に合わせて“オン・オフ”を作る人もいます。旅行や繁忙期だけ使う、花粉の季節に合わせる、といった運用でも構いません。子どもへの使用は、年齢に適した製品を選び、用量を守るのが大前提です[3]。価格は毎日続けられる範囲が正解で、高価さそのものよりも、目的に合う菌株・量・続けやすさの三点で判断するとブレにくくなります。サプリ選びの考え方は、サプリメントの選び方でも基礎から整理しています。
今日からの小さな一歩
完璧な一本を“当てる”より、合うものを“育てる”のがプロバイオティクスの現実的な付き合い方です。目的を言葉にし、菌株名まで書かれた製品を選び、2〜4週間は同じ条件で続けて、体調の記録でふり返る。発酵食品や食物繊維も無理なく足していく[10]。たったこれだけのルールでも、忙しい日々に手応えは戻ってきます。迷いが残るなら、今日買うのは一か月分で十分です。来月の自分に、今の選択の感想を聞いてみましょう。もし違っていても、次がある。腸は毎日更新され、わたしたちの選び方もアップデートできます。きれいごとではなく、現実に寄り添う小さな選択を積み重ねることが、明日の軽やかさにつながります。
参考文献
- Sperber AD, Bangdiwala SI, Drossman DA, et al. Worldwide Prevalence and Burden of Functional Gastrointestinal Disorders, Results of Rome Foundation Global Study. Gastroenterology. 2021;160(1):99–114. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32294476/
- Goldenberg JZ, Mertz D, Johnston BC. Probiotics for the prevention of Clostridium difficile–associated diarrhea in adults and children. Cochrane Database Syst Rev. 2017;CD004827. https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD004827.pub5/full
- 厚生労働省 eJIM(海外情報・専門家向け)プロバイオティクス総説ページ. https://www.ejim.mhlw.go.jp/pro/communication/c03/07.html
- The Probiotics Institute. プロバイオティクス製品の選び方(菌株表示・CFU・品質管理). https://global.theprobioticsinstitute.com/ja/the-science-behind/what-to-look-for
- Hempel S, Newberry SJ, Maher AR, et al. Probiotics for the Prevention and Treatment of Antibiotic-Associated Diarrhea: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA. 2012;307(18):1959–1969. https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/1148450
- 厚生労働省 eJIM(海外情報)プロバイオティクスと過敏性腸症候群(IBS). https://www.ejim.mhlw.go.jp/pro/overseas/c05/16.html
- Didari T, Mozaffari S, Nikfar S, Abdollahi M. Effectiveness of probiotics in irritable bowel syndrome: Updated systematic review with meta-analysis. World J Gastroenterol. 2015;21(10):3072–3084. https://www.wjgnet.com/1007-9327/full/v21/i10/3072.htm
- Dimidi E, Christodoulides S, Fragkos KC, Scott SM, Whelan K. The effect of probiotics on functional constipation in adults: A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Am J Clin Nutr. 2014;100(4):1075–1084. https://academic.oup.com/ajcn/article/100/4/1075/4576491
- Reid G, Charbonneau D, Erb J, et al. Oral use of Lactobacillus rhamnosus GR-1 and L. fermentum RC-14 significantly alters vaginal flora: randomized, placebo-controlled trial. FEMS Immunol Med Microbiol. 2003;35(2):131–134. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12615044/
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「プロバイオティクス/プレバイオティクス」. https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/food/e-05-003.html