PDCAが回らない本当の理由を言語化する
エビングハウスの忘却曲線は、学習直後から急速に忘却が進むことを示す現象で、一般的な解説では「学んだことの約70%は1日で失われる」と紹介されることがありますが、実際の割合は素材や反復によって大きく変動します。[1,2]
つまり、今日の気づきを週末にまとめて振り返ろうとすると、その多くは記憶の彼方に薄れてしまう計算です。さらに行動科学の研究では、新しい行動が自動化するまでに平均66日ほどかかるという報告もあります。[3] PDCAを確実に回すには、気合や根性より、忘れにくいタイミングと続けやすい設計が欠かせない。編集部が業務の中で試行錯誤して分かったのは、壮大な改善プランではなく、日常の小さな一周を確実に刻むことが、結局いちばん速いということでした。[4]
回らないとき、多くの場合は個人の努力やモチベーションの問題ではありません。設計の段階で、そもそも一周できない大きさの輪を描いてしまっているからです。P(計画)に時間をかけすぎてD(実行)が先延ばしになり、C(評価)は「なんとなくよかった/悪かった」で終わり、A(改善)は次の四半期の大きな課題に棚上げされる。これでは輪は閉じません。確実に回す方法は、輪の直径を日常で回せるサイズにまで小さくし、回る順番と判断基準を最初から決めておくことです。[4]
スケール過大が失敗の根源。24時間で一周できる大きさにする
「今期の売上を10%伸ばす」といった目標をそのままPDCAにのせると、CとAのタイミングがどうしても先延ばしになります。そこで、一段階ブレイクダウンして「明日の午前中に見込み客5件へ初回連絡」「午後に2件ヒアリング実施」「夕方に要点を200字で記録」といった一周の中身へ落とし込みます。朝に計画を10分で決め、日中に実行し、夕方に5分で評価、翌朝3分で改善を仕込む。24時間の中に一周を閉じると、忘却曲線に飲み込まれにくく、次の行動が具体に変わります。[2]
C(評価)とA(改善)を「事実・解釈・次の一手」に分ける
振り返りが抽象的だと、改善は生まれません。編集部では、評価のメモを必ず三層で書いています。まず起きた事実を一行で押さえ、次にその意味合いについて仮説レベルの解釈を短く添え、最後に翌日の最小単位の一手を決める。例えば「11時のヒアリングで価格の話になると会話が止まった」が事実で、「事前に予算感を共有していない可能性」が解釈、「初回メールに予算帯の確認文を一文追加」が次の一手です。この三層を分けることで、感情に引っ張られず、Aが翌日の具体行動へ接続されます。
確実に回す方法:24時間ループの設計図
回る設計はシンプルです。朝、今日のPを10分で決めます。目的と終了条件を先に言葉にし、時間の箱をカレンダーに確保します。Dでは箱に入れた時間内で最後までやりきる基準を守り、迷ったら終了条件に立ち返る。Cは事実・解釈・次の一手の順で三行にまとめ、Aは翌日の予定に具体行動として予約してしまう。これで一周が閉じます。[4]
「終わらせ方」から決めると、迷いが減る
Pの時点で、完成の基準を先に決めておくと、Dで品質の迷子になりにくくなります。例えば「提案書の初稿」は、読み手が目的を一目で把握できるタイトル、3つの要点、仮見積もりの数字が入っている状態を終了条件にすると決めておきます。こうしておけば、画像の吟味や装飾の誘惑に時間を溶かすことなく、必要十分で終われます。終わらせ方が決まっているから、短い時間でも前に進める。結果として、CとAの時間を確保でき、ループが確実に回ります。
成果指標と行動指標を切り分けると、評価が速くなる
Cでは結果の良し悪しだけで一喜一憂しない設計が必要です。短いスパンでは成果が偶然に左右されます。そこで、成果(アウトカム)と行動(アウトプット)を分けて見る癖をつけます。問い合わせ件数は成果、朝の30分コール枠を確保したかは行動。成果が出なくても行動が守られていれば、Aで仮説の質を高める方向に修正できます。逆に行動が崩れているなら、原因はやり方ではなく時間の確保や環境の整備にあると切り分けられます。
現場に落とす:小さな題材で練習する
大きなテーマほど難易度が上がるので、まずは小さな題材で24時間ループを練習すると身につきが速い。編集部では、週次ニュースレターの運用で試しました。月曜朝に「今週の読まれる一本を選ぶ」を目的に据え、候補の見出しを10分で3案書き、午後の配信でA/Bテストを実行、夕方に開封とクリックの事実を確認し、翌朝に次の一手として件名の語尾や文字数を微調整する。数週間で温感のある件名の型が見えてきて、作業時間は短縮され、安定した結果に近づきました。大袈裟な改善プロジェクトを掲げなくても、小さな一周の積み重ねで、やり方の精度が上がります。[4]
会議でも回す。議題は「決めること」を一行で
会議のPDCAは、Pの質でほぼ決まります。議題は「情報共有」ではなく「決めること」を一行で定義し、開始前に資料の読み時間を確保しておきます。Dでは時間配分を守り、Cでは決定事項と未決事項を事実として分け、Aでは未決をいつ誰がどう詰めるかを翌日の予定に落とします。こうすると、会議の時間が短くなるだけでなく、会議後の空中戦が激減します。[4]
チームで続ける:見える化とリズムで支える
個人で回せるようになったら、チームに広げると効果は加速します。コツは、誰が見ても同じ情報にたどり着ける見える化と、レビューのリズムを固定することです。タスクは「未着手/進行中/完了」の三段でボードに並べ、各カードの終了条件を短い文で書く。これだけでPとDの齟齬が減り、Cの会話が事実ベースになります。レビューの時間は毎日同じタイミングに短く置き、問いかけの順番も固定します。最初に起きた事実を確認し、次に解釈の仮説を出し、最後に翌日の最小の一手を決める。この型がチームに染みこむと、メンバーが入れ替わっても回る仕組みになります。[5]
失敗のエチケットを決めておくと、Aが機能する
評価の場で人が責められる空気があると、Cは形骸化し、Aは無難な修正に留まります。編集部では、失敗の扱い方を最初に合意しました。事実から話し始め、意図や努力は尊重し、仕組みで防げるなら仕組みを変える。個人を責めない代わりに、次の一手は明確にする。こうしたエチケットがあるだけで、Aの実行率は上がり、学びがチームに残ります。忘却曲線に抗うには、責めるのではなく、記録と予約で未来に橋を架けるのが有効です。[1,2]
ツールは最小限でいい:カレンダー、タイマー、三行メモ
PDCAを確実に回す方法は、高機能なツールより、日常で使い倒せる最小セットが向いています。時間の箱を確保するためのカレンダー、集中のためのタイマー、CとAを残すための三行メモ。この三つがあれば、設計と実行と学びがひと続きになります。三行メモは「事実・解釈・次の一手」を一行ずつにして、日付ごとに残すだけ。翌朝、そのままAを予定に移すと、ループが自然に回り始めます。66日続ける頃には、考える前に体が動くほどの習慣になっているはずです。[3]
まとめ:小さな一周を、きょう閉じる
大きな成果は小さな一周の積み重ねから生まれます。忘却曲線が教えるのは、学びは放っておくと消えるという現実で、習慣化の研究が示すのは、続けるには設計が必要だという事実です。[1,3] だからこそ、PDCAを確実に回す方法は、24時間で輪を閉じること、Cを三行で言語化すること、Aを予定として予約することに尽きます。今日のあなたの仕事で、どの一周を閉じますか。もし迷ったら、明日の朝10分のPをカレンダーに入れてみてください。最初の一歩が動けば、輪は回り出します。そして一度回り出した輪は、あなたの生活とチームに、静かだけれど確かな変化を連れてきます。[4,5]
参考文献
- ScienceDirect Topics. Forgetting Curve — an overview. https://www.sciencedirect.com/topics/agricultural-and-biological-sciences/forgetting-curve
- A review of research on the spacing effect in memory. Japanese Psychological Review (Shinrigaku Hyoron) 45(2):164–. https://www.jstage.jst.go.jp/article/sjpr/45/2/45_164/_article/-char/en
- Lally P, van Jaarsveld CHM, Potts HWW, Wardle J. How are habits formed: Modelling habit formation in the real world. European Journal of Social Psychology. 2010;40(6):998–1009. https://doi.org/10.1002/ejsp.674
- NCBI Bookshelf. Plan–Do–Study–Act (PDSA) cycle in quality improvement: the importance of properly executed, rapid cycles. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK599556/#:~:text=PDSA%20relies%20on%20properly%20executed%2C
- NCBI Bookshelf. Lean and Kaizen in continuous improvement. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK599556/#:~:text=Core%20to%20Lean%20is%20Kaizen%2C