マーケティング思考は「顧客の行動を変える設計図」
電通の推計では、2023年の日本の広告費は約7.3兆円。[1] 一方、政府は「人への投資」としてリスキリング支援へ5年で1兆円規模の投資を掲げています。[2] 数字が示すのは、モノや情報が溢れる時代に、限られた注意をどう動かすかという競争が日常の隅々にまで広がっている現実です。編集部が各種データを読み解くと、求められているのは高度なテクニックの前に、誰もが使える「考え方の型」。つまり、部署名や肩書きを超えて、目の前の相手の行動を動かすための思考のプロセスです。マーケティング思考は“マーケ部のもの”ではなく、毎日のメール、会議、資料作成に効く、再現性のある技術。ここでは、理論を日常語にほぐしながら、忙しい35-45歳の私たちが今日から回せる実践に落とし込みます。
マーケティング思考をひと言でまとめるなら、相手の視点から価値を定義し、仮説と検証のサイクルで行動変容を設計すること。医学文献のような専門語は不要です。まず相手の状況と未充足のニーズを言語化し、次に価値提案を“相手の言葉”に翻訳します。そして、小さなテストで確かめ、得られた学びを次の一手に反映する。手法の羅列ではなく、プロセスの質を上げることが本質です。
研究データでは、顧客中心の意思決定が業績と相関する報告が複数ありますが、[3] 重要なのは壮大な理論よりも現場での可用性です。S/T/Pや4Pといったフレームは便利な地図ですが、実際に進むのは「相手の仕事(ジョブ)をどのように楽にするか」という問い。たとえば社内向け説明会の参加が伸びないとき、資料の美しさよりも、参加者が抱える不安を当日どう解消するかに焦点を当てると、設計が具体になります。
「ジョブ」を掴むと、打ち手が自然に絞れる
ジョブ理論では、人は製品やサービスそのものではなく「進歩」を買うと考えます。[4] オンライン説明会の例なら、参加者が買いたい進歩は「移動せずに短時間で疑問が解けること」。ここが見えた瞬間、19時開始を20時台へずらす、最初の5分でアジェンダとQ&Aの時間を明示する、録画の提供可否を先に伝える、といった具体が自然に出てきます。例えば、案内文の冒頭を「ご多忙の方向けに20時開始、最初の5分で概要、最後に匿名Q&A」と変えるだけで、開封後の離脱が減り、参加率が上がることは珍しくありません。価値は“相手の時間と不安の節約”として翻訳されると、行動に結びつきやすくなるのです。
仮説検証は“安全に、素早く、小さく”
テストは難しくありません。案内メールの件名を2案用意して半分ずつ送る、説明会の曜日を隔週で変える、申込フォームの必須項目を見直すといった微調整でも十分に学びは得られます。例えば件名を「説明会のご案内」から「20時・5分で要点/録画あり」に変えると、開封率が大きく動くことがあります。結果の良し悪しに一喜一憂するより、**学びを言語化して次へ渡すことがマーケティング思考の“貯金”**になります。
現場で使うコツ:メール、会議、資料が変わる
仕事のあらゆるシーンに、マーケティング思考は入り込めます。社内稟議の合意形成、営業資料の冒頭1枚、採用の募集文、さらには部内の週次ミーティングの進行まで。鍵は「誰の、どんな状況に、どんな進歩をもたらし、どう測るか」を先に決めることです。これだけで、同じ情報でも伝え方が変わります。
言葉の選び方が成果を左右する
言葉は設計図のアウトプットです。例えば稟議メールの件名を「稟議のお願い」ではなく「年間コスト3%削減:契約更新案のご承認依頼(要3分)」と書けば、読み手のジョブである「短時間で意思決定する」ことを支援できます。本文も、背景→選択肢→提案→判断材料→締切の順に置き、最初に結論の“価値”を明示します。営業資料なら、製品の機能列挙より先に、顧客の現状と損失を定量で示し、そこから価値提案へつなぐと納得が生まれやすい。伝え方は感性ではなく、相手の意思決定プロセスに沿った設計だと捉えると、再現性が出ます。
タイミングとチャネルは“相手の1日の地図”から逆算する
メールを送る時間、会議の所要、資料の分量。これらはセンスではなく、相手の生活や業務のリズムから逆算します。月曜朝は未読が溜まりやすい、夕方は意思決定者が外出しがち、モバイル閲覧が中心なら1枚1メッセージでフォントを大きく、などの前提を置くと、行動変容の確率が上がります。採用広報であれば、応募者のジョブは「不安を減らし、応募の後悔を避ける」こと。ならば写真よりも、入社後90日の学習プランや評価の透明性を先に語る方が、応募という行動に近づける場合があります。チャネルとタイミングの設計は、価値提案の一部です。
停滞を抜ける視点:ミドル女性に効く理由
35-45歳は、個人戦からチーム戦へ移行する時期です。評価の軸も「自分の成果」から「関係者を動かして成果を出す力」へとシフトします。ここでマーケティング思考が効くのは、相手の文脈から価値を設計し、合意を生む技術だから。たとえ肩書きが変わらなくても、関係者の行動を変える設計ができれば、影響範囲は自然に広がります。“成果で会話する”ための言語とフレームが、迷いや感情的な摩擦を減らすのです。
公開統計では、管理職に占める女性の割合は約15%前後にとどまっています。[5] 数字はまだ小さいですが、だからこそ設計で勝てる領域を押さえることが大切です。会議のアジェンダを相手のジョブに合わせて組み、意思決定に必要な情報を先回りで提示する。育児や介護で時間が限られていても、仮説検証のサイクルを小さく早く回すやり方なら両立が現実的になります。例えば、部門横断プロジェクトで反対が多いとき、まず反対の“コスト”を定量化して資料の1枚目に置き、次に小さな実験で得られた改善指標を添える。これだけで議論は“好き嫌い”から“数字と仮説”に移ります。
データが示す現実に、戦略で応える
キャリアの停滞感は、努力の量ではなく、価値の翻訳が届いていないことから生まれることがあります。マーケティング思考は、翻訳機の役割を果たします。相手のKPIに接続した言葉を選び、検証可能な差分を見せる。営業なら商談化率、人事なら採用一人あたりコスト、総務なら回答期限の遵守率。どれも日々の仕事に存在する指標です。“この変更で何がどれだけ変わるか”を一目で示せれば、合意形成は加速します。
習慣化のコツは「一週間ミニスプリント」
やり方はシンプルです。週の初めに対象とする相手を一人(もしくは一部署)決め、相手のジョブと障壁をメモに一行で書き出します。次に価値提案の仮説を一つだけ選び、同じメッセージを二通りの表現で用意します。週の前半に実行し、後半で反応を集め、金曜に“結果・学び・次の一手”を三行で記録します。忙しくても30分あれば回せるサイクルです。PTAの連絡文、部内の周知、顧客へのフォロー、どの場面でも成立します。回数を重ねるほど、言葉と設計の精度が上がり、自分の意思決定も軽くなっていきます。
まとめ:小さく試して、早く学ぶ
数字の大きさに圧倒される必要はありません。大切なのは、相手のジョブを一行で言語化し、価値を相手の言葉に翻訳し、小さく検証して学びを貯金すること。**マーケティング思考は、部署や肩書きを超えて、あなたの毎日を前に進めるための“考え方の型”**です。今週、誰のどんな行動を変えたいですか。思い浮かんだ相手に合わせて、件名を一行書き換える、会議の最初の5分で結論から共有する、資料の1枚目で“何がどれだけ変わるか”を示す。そんな小さな一歩で、停滞感は音を立てて動き始めます。次の金曜日、ノートに“結果・学び・次の一手”の三行を書き残したとき、あなたのマーケティング思考はもう、日常の強い味方になっているはずです。
参考文献
- CCI. In 2023, advertising expenditures in Japan reached 7.3165 trillion yen. https://www.cci.co.jp/en/news/20018/#:~:text=In%202023%2C%20advertising%20expenditures%20in,since%20estimates%20began%20in%201947
- World Economic Forum. Reskilling Japan for the future of work (Davos 2023). https://www.weforum.org/agenda/2023/01/reskilling-japan-future-of-work-davos-2023/#:~:text=In%20line%20with%20this%20corporate,make%20pay%20scale%20more%20flexible
- Shah, D. & Murthi, B.P.S. Effect of Customer-Centric Structure on Long-Term Financial Performance. ResearchGate. https://www.researchgate.net/publication/265306624_Effect_of_Customer-Centric_Structure_on_Long-Term_Financial_Performance#:~:text=Firms%20with%20a%20customer,centric%20beliefs%20when%20initiating%20corporate
- Christensen, C.M. et al. Know Your Customers’ “Jobs to Be Done”. Harvard Business School. https://www.hbs.edu/faculty/Pages/item.aspx?num=51553#:~:text=Firms%20have%20never%20known%20more,truly%20want%20to%20buy%2C%20firms
- Nippon.com. Female Managers in Japan Remain Few and Far Between. https://www.nippon.com/en/japan-data/h02110/female-managers-in-japan-remain-few-and-far-between.html#:~:text=A%20survey%20of%2027%2C191%20companies,standards%2C%20Japan%20lags%20behind%2C%20ranking