収支の全体像から「投資可能額」を逆算する
日本の家計金融資産のうち現金・預金は5割超とされ、投資信託や株式は2割に満たないという統計が続いています[1]。また、家計の金融行動に関する調査では、投資をしていない理由の上位に**「余裕がない」が並びます[3]。こうした現金・預金偏重の傾向は、過去からも複数の分析で指摘されています[2]。日々の支払い、子どもの教育費、親のケア、そして自分のキャリアのゆらぎ。前向きな気持ちだけでは片づかない現実の中で、「投資に回すお金」をどう決めればいいのか——編集部は公的データや家計の実務に基づいて、感覚ではなく再現性のある方法**をまとめました。なお、民間の分析でも、日本の個人金融資産における現預金比率は5割超との報告があります[5]。
ポイントは、収入の増減やライフイベントに振り回されずに回せる**「余剰」**を見極めること。手取りの一定割合という単純な目安だけでなく、緊急資金の厚み、3年以内に確実に来る支出、そしてお金を使う時期に合わせた配分を重ね合わせると、迷いが減ります。数字に向き合うのは少し怖い。だからこそ、今日の30分で輪郭を描き、明日からの自動化で続けられる設計にしていきます。
投資に回すお金は、気合ではなく算数で決めます。スタートは、手取り収入と支出の可視化です。固定費(住居費、通信、保険、サブスクなど)と変動費(日用品、食費、レジャー)を分け、ここに3年以内に確実に発生する大きな支出の積立を重ねます。車検、家電の買い替え、子どもの進学イベント、冠婚葬祭、旅行など、来るのが分かっている支出は毎月の生活費に均しておくほどブレが小さくなります。
次に、緊急資金の目安を置きます。収入が安定している会社員なら生活費の3〜6か月分、収入が変動しやすい自営業やフリーランスは6〜12か月分を現金またはすぐに引き出せる預金で確保するのが実務的です。すでに十分にあるなら月々の積み増しは不要、足りないなら投資より優先して積み上げます。高金利の借入(リボやカードローンなど)がある場合は、期待リターンの不確実な投資よりも先に返済した方が家計の利回りは改善します。
ここまで整理できたら、式はシンプルです。投資可能額=手取り収入−固定費−変動費−近3年の確実支出の月割−緊急資金の積み増し−予備のゆとり(1〜2万円程度)。この「予備」があることで、月末の想定外に追われて積立を止める事態を避けられます。
ケースで見る:40歳、手取り30万円の月
例えば、手取り30万円・二人暮らし。住宅ローンと管理費で12万円、通信と保険で3万円、サブスクや教育関連で2万円。固定費は合計17万円。食費や日用品、交際費で6万円。ここまでで23万円。ここに、車検・家電・旅行などの3年内の大口支出を年24万円と見積もり、月2万円を積み立てると25万円。緊急資金は生活費6か月分が目標で、現状4か月分。あと2か月分を12か月で積むと、月1万円の積み増しが必要。これで26万円。月の予備として1万円を残すと、残りの3万円が投資に回せるお金だとわかります。
ここで大切なのは、3万円という「額」よりも、こうして出てきた根拠のある数字であること。ボーナスがある時期は一時的に増やし、教育費が高まる時期は一時的に減らすなど、根拠があれば調整してもぶれません。
比率の目安:50・30・20は起点に過ぎない
海外で有名な50・30・20ルール(必需50%、選択30%、貯蓄・投資20%)は、初期の目安として役に立ちます。ただし、日本の都市部で住宅費が手取りの30%を超えやすい現実や、保育料・学童・教育関連費が重い時期を考えると、単純に当てはめると苦しくなりがちです。編集部の推奨は、手取りに対して先取り(貯蓄+投資)を15〜25%の幅で置き、固定費と確実支出の月割りを調整しながら上下させるやり方。続けられる「地に足のついた比率」を探るほうが、結果として投資額の総和は大きくなります。
「いつ使うか」で分ける:期限別バケツ法
次は配分の話です。同じ投資でも、目的と期限によって適切な置き場所は変わります。編集部は、期限別の「バケツ」で考える方法をおすすめします。ポイントは、3年以内、3〜10年、10年以上という時間軸で分け、期待リターンと価格変動の大きさのバランスを合わせることです。
3年以内に使うお金は増やさなくていい
引っ越しや車の買い替え、子どもの進学イベント、家の修繕のような3年以内に確実に来る支出は、原則として現金または元本割れリスクの低い預金に置いておきます。短期での値動きは読みづらく、増やそうとするほど、必要な時に減っているリスクが高まるからです。ここは増やさない勇気が、家計全体の安定に直結します。
3〜10年のお金は値動きの小ささを優先
教育費の山が見え始めた時期や、予定している住宅のリフォームなど、3〜10年先に使うお金は、価格変動を抑えやすい資産と相性がいいゾーンです。債券を含むバランス型や、株式比率を抑えたインデックスファンドなど、長く置く前提を保ちながらも、急落時の心理的ダメージを小さくできます。運用益に税金がかからない新NISAの枠内で積み立てると、効率面の後押しにもなります[4]。
10年以上のお金は成長の果実を取りにいく
老後資金やセミリタイアの原資のように、10年以上触らないお金は、世界株式などの広く分散された株式インデックスで受け取る成長のリターンを狙いやすいゾーンです。長期では上がったり下がったりを繰り返しながらも、経済の成長を取り込むことで平均的な利回りに収れんしていきます。もちろん将来は不確実ですが、時間を味方にすることで、短期の上下動を気にする頻度を下げられます。
バケツの利点は、相場が荒れた時の心理的なセーフガードにもなることです。「3年以内に必要な現金は別に守ってある」とわかっていれば、長期バケツの含み損を見ても行動を誤りにくくなります。
家計タイプ別に調整する:現実と目安のすり合わせ
35〜45歳は、支出の山と役割の変化が重なりやすい時期です。住居費や教育費、親のサポート、キャリアの転機。それぞれの前提に合わせて、先ほどの逆算とバケツを微調整します。
子育て期:波をならす積立設計
保育料が学童に切り替わるタイミング、部活や塾費用が増える時期など、波が読みやすいが避けづらいのが子育て期の特徴です。ここでは、3年以内の確実支出の見積もりを少し厚めに置き、長期の投資額は**自動積立で「小さく、しかし止めない」**を合言葉にします。例えば、手取りの15%を先取りと決め、うち半分を3年以内の積立、半分を新NISAでの長期積立に回す。教育費の山が高まる1〜2年は長期積立を一時的に1万円だけ減額し、山を越えたら元に戻す。止めないことで、再開の摩擦をなくします。
DINKs・共働き:攻守のバランスを取りにいく
二人の収入で固定費をうまく分担できている場合は、先取り比率を20〜25%に設定しやすくなります。3年以内の支出は共同の財布で積み、10年以上の長期は各自の積立枠で分散。新NISAのつみたて投資枠(年120万円)と成長投資枠(年240万円)は同時併用でき、生涯の非課税保有限度額は1,800万円(うち成長投資枠は1,200万円まで)。二人で早めに枠を作り、将来の選択肢を増やす設計が機能します[4]。
収入が変動する職種:現金クッションを厚く
自営業やフリーランス、歩合給が大きい職種は、まず緊急資金の厚みを優先します。目標を生活費の9〜12か月に置き、達成までは投資額を小さく設定。案件の波で収入が上振れた月にだけ、長期のバケツへ追加入金する「ボーナス連動型」にすると、無理なく継続できます。定額がむずかしい時期でも、月5,000円〜1万円の最低額で投資の習慣をきらさないことが、後の再加速を助けます。
仕組み化と見直し:続けられるデザインにする
決めた投資可能額を日々の気分に委ねないために、口座と仕組みを整えます。給与振込口座から、生活費用の口座と積立用の証券口座へ自動で先取り振替を設定します。給料日の翌営業日に、3年以内の確実支出の積立と、長期の投資を同時に動かすのがコツです。これで「残ったらやる」から「先にやって残りで暮らす」に切り替わります。
商品は、長期のバケツなら手数料の低いインデックス型を中核に、分散を心がけます。月3万円の例なら、世界株式を中心に置き、相場が大きく動いた年末に一度、元の配分に戻すリバランスを検討します。含み益のある資産を少し売って、比率が下がった資産を買い足す——この地味な手入れが、リスクを一定に保ちます。
メンタルのルールも書き出しておきます。例えば「長期バケツは10年触らない」「評価額が20%下がっても積立を止めない」「生活防衛資金には手をつけない」。相場の上下に感情が揺れるのは自然です。だからこそ、平常時に決めたマイルールが支えになります。
税制優遇も味方にします。新NISAは、売却益や分配金が非課税[4]。積立の途中で生活の事情が変わったら、無理に枠いっぱいを目指さなくて大丈夫。家計の呼吸に合わせて増減させましょう。iDeCoは原則60歳まで引き出せないものの、所得控除のメリットが大きい制度です[4]。流動性(引き出しやすさ)と節税のバランスを見ながら、無理のない範囲で併用を検討します[4].
最後に、年に1回の棚卸しを。前年の実績を振り返り、固定費の見直し、3年以内の確実支出の見積もりの更新、緊急資金の厚みの再確認、そして投資の配分と金額の微調整をセットで行います。これを「家計の決算」としてカレンダーに固定すると、投資に回すお金が家計のリズムに自然と組み込まれていきます。
小さく始めて、止めない仕組みへ
月3万円が難しければ、月5,000円でも構いません。重要なのは自動化・分散・長期という3つの軸を欠かさないこと。明日からレールに乗せる設計が、来年の自分を助けます。今日の30分の設計が、10年後の安心に効いてくる——それが投資に回すお金の決め方の、いちばん静かな手応えです。
参考文献
- 内閣府 令和6年 年次経済財政報告 第3章 第1節「家計の金融資産投資構造の現状と課題」(2024). https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je24/h03-01.html
- 日本銀行 研究論文「家計の資産選択に関する分析」(1999). https://www.boj.or.jp/research/brp/ron_1999/ron9911c.htm
- PR TIMES「資産運用をしない理由に関する調査」(公開年不詳). https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000007.000110903.html
- 金融庁 新しいNISA/iDeCoに関するコラム(NISAとiDeCoの制度概要・非課税枠・拠出上限等). https://www.fsa.go.jp/policy/nisa2/column/column-12.html
- ニッセイ基礎研究所「現預金が個人金融資産に占める割合は52%…」レポート. https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id%3D77034?site=nli