**収入保障保険は“毎月の生活費”を埋める保険
総務省の家計調査では、二人以上の世帯の消費支出は月平均でおよそ29万円(2023年)とされています[1]。固定費の多くは待ってくれません。さらに共働き世帯は2023年に約1,206万世帯に達し、専業主婦世帯のおよそ3倍規模という現実の中[2]、どちらかの収入が途切れたときの影響は年々大きくなっています。編集部が公的統計や保険各社の公開資料を読み解くと、収入の穴を安定的に埋める手段として「収入保障保険」を活用する動きが目立ちます。名前は聞いたことがあっても、定期保険や就業不能保険とどう違うのか、いくら・何年で設計すべきかがわかりにくいのが本音。そこで本稿では、データに基づく考え方と、日常の言葉に置き換えた判断軸で、選び方を丁寧に整理します。
収入保障保険は、家族の大黒柱が亡くなったり高度障害になったときに、毎月(または毎年)一定額の年金形式で給付される定期保険の一種です。加入時に設定した保険期間の残り年数に応じて、受け取れる総額は逓減します。たとえば保険期間が30年で、10年後に万一が起きた場合は、残り20年分の年金が支払われるイメージです。一時金で大きく受け取る終身・定期と違い、生活費のように“毎月かかるもの”に合わせやすく、同じ初期設計額なら保険料が割安になりやすいのが特徴です[3]。
統計や公的制度を踏まえると、考え方の出発点はシンプルです。世帯の実支出、受け取れる可能性がある公的遺族年金、手元の貯蓄や団体信用生命保険(住宅ローン付帯)の有無を重ね合わせ、差額を“毎月の年金額”として設計します。例えば遺族年金には、厚生年金加入者の死亡時に子のいる配偶者などが対象となる遺族基礎年金・遺族厚生年金があり(年度により額は改定)、例えば2024年度の遺族基礎年金は年額831,700円に子の加算が上乗せされます[5]。「いくら必要か」ではなく「毎月いくら不足するか」で考えると、金額がブレにくくなります。
似た言葉として「所得補償(就業不能)保険」がありますが、これは病気やケガで働けない期間の生活費をカバーするもの。死亡・高度障害が支払い事由の収入保障保険とは給付条件も査定のポイントも異なります[4]。片方で足りるケースもあれば、役割が違うからこそ併用する価値があるケースもあります。
どんな家庭に向くかを日常の目線で捉える
子どもが小さく、教育費のピークまで十数年ある家庭では、毎月型の給付が家計の安定につながりやすいです。住宅ローンの団信があるなら住居費の大部分はカバーできますが、光熱費や食費、保育・学費は続きます。共働きの家庭でも、片方の収入に依存している割合が高い時期は、生活のベースを守る意味が大きいと感じるはずです。逆に、子どもが独立間近で貯蓄が十分にあり、毎月の固定費が低い家庭では、終身や定期の一時金で最小限を備える考え方もあります。
いくら・何年で設計するか:必要保障額の考え方
必要保障額の核は「月の不足額×受け取り想定年数」です。まず、現在の生活費の実感値を置きます。家計簿アプリの平均でも構いません。次に、公的遺族年金の見込みをざっくり把握します。厚生年金加入者の死亡時に、子のいる配偶者が対象となる遺族基礎年金・遺族厚生年金の合算額は、年収や加入歴、子の人数で変わります[5]。正確には年金事務所の試算が必要ですが、制度の枠があると認識するだけでも設計の視界が開けます。そして、住宅ローンに団信が付いていれば返済は免除されるのが一般的なので、住居費の圧力は下がる一方、固定資産税や管理費は残ります。最後に、学年が上がるほど塾代や進学費が増える傾向を踏まえ、成長に伴う上乗せを頭に入れておきます。
例えば、住居費を除く毎月の生活費が18万円、遺族年金の見込みが月8万円、手元の取り崩しで3万円程度まかなえると仮定した場合、不足は7万円前後です。末子が大学卒業相当の年齢まで15年、とするならば、月7万円×15年というのが一つの目安になります。具体的な数字は各家庭の条件で変わりますが、「今の暮らしに足りない分」を現実的に埋めることが目的です。
期間の決め方は、子どもの独立や住宅ローン完済のタイミングに合わせると迷いにくくなります。教育費の山が過ぎるまでを確保するのか、配偶者の老後の入り口までを見据えるのかで、期間は変わります。長く設定すれば保険料は上がりますが、途中でライフステージが変わったときに見直せる商品もあるため、最初から完璧を狙いすぎない柔軟さも大切です。
インフレと税制への目配り
毎月の定額年金は安心感がある一方、物価上昇局面では目減り感が出ます。年金額が自動で増える仕組みは国内では一般的ではないため、設計段階で少し余裕を持たせる、あるいは生活防衛資金を別枠で確保しておくと、将来の揺らぎに強くなります。税制は契約者・被保険者・受取人の組み合わせや、一時金での前払受取を選ぶかどうかで変わります。年金形式は所得税(雑所得)が課されるケースが多い一方、一時金は相続税の非課税枠の対象になりうるなど、扱いが異なるため、契約時に必ず確認しておくと後悔がありません[6]。
ここで差がつく商品選び:チェックすべき仕様
まず、給付のトリガーを確認します。死亡に加えて高度障害状態での支払いが基本ですが、定義の細部が商品で違います。次に、年金の受け取り単位(月払いか年払いか)、前払一括や残存年金一時金への切り替え可否、据置期間の設定など、受け取りの自由度が暮らしに合うかを見ます[3]。同じ毎月10万円でも、半年ごと受け取りを選ぶとキャッシュフローが変わります。保険料払込免除の条件も見逃せません。がん・心疾患・脳血管疾患など所定の重篤状態で保険料が免除されるタイプは、長期の家計防衛に寄与します。
保険料は年齢・健康状態・喫煙の有無で大きく変わります。非喫煙者や健康体向けの料率がある商品では、所見なしなら数割安くなることもあります。ネット完結型は保険料が抑えられる傾向にありますが、対面相談なら設計の微調整や税制確認がしやすいという利点もあります。見積もりは一社で決めず、前提条件をそろえて複数比較するのが鉄則です。
支払いに関する免責や不担保期間、告知義務違反時の取り扱いも重要です。特に、過去の病歴や通院歴の申告は丁寧に。働き方に応じた制限(危険度の高い業務など)にも商品差があります。最後に、見直しやすさも選定基準に入れてください。年金額の増減や保険期間の短縮・延長、途中解約時の精算方法など、ライフステージの変化を前提に調整できるかどうかは、中長期の安心感を左右します。
定期・終身・就業不能との違いを地図化する
同じ“死亡保障”の枠でも、定期保険は一時金で大きな穴を瞬間的に埋めるのに向き、終身保険は相続・資産形成も意識した長期保有が主眼です。収入保障保険は月々の家計を支える役割に特化しています[3]。就業不能保険は生存中の長期療養リスクに備えるもので、支払い要件(就業不能状態の定義、待期期間、精神疾患の扱いなど)が異なります[4]。ライフプランの全体図を描き、役割の重複と不足を意識して配置すると、無駄なく過不足も減らせます。
共働き・女性視点の“ちょうど良さ”を決める
35〜45歳の私たちが直面しやすいのは、仕事も家庭もフル回転という現実です。共働きでも、家計の実態は「どちらかの収入が止まると回らない」状態になりがち。産休・育休や時短勤務の期間、キャリアの節目の配置転換など、収入の波は男性側より大きくなることもあります。収入保障保険は“死亡・高度障害”がトリガーのため、就業不能の揺らぎには別の備えが必要ですが、もし自分に万一があったときに家事・育児・ケアの代替コストが発生することを忘れないでください。目に見える給与だけでなく、家庭内の無償労働の価値が外部化されると、家計の負担は想像以上に大きくなります。
例えば、パートタイム収入の人でも、家事・育児・送迎・親の通院付き添いといった役割が集中しているなら、毎月の年金額を“収入+代替コストの一部”という視点で設定するのが実態に合います。逆に、家事の外注や親族サポートのめどが立つなら、年金額は控えめにして保険期間を長く取る設計も合理的です。配偶者の収入やキャリアの見通し、親の健康状態、住まいの地域インフラ(学童や病児保育の利用可否)まで含め、“わが家の現実”で金額と期間を決める。ここにこそ女性視点の精度があります。
確認しておきたい公的制度と家計の基礎
遺族年金の受給条件は、厚生年金か国民年金か、子の有無で大きく異なります。自営業・フリーランス世帯では、子のいない配偶者が遺族基礎年金の対象外となる局面があるため、民間保険の役割が相対的に大きくなりがちです[5]。住宅ローンに団信が付いているか、金利タイプや繰上返済の予定はどうかも、必要保障額を左右します。家計の固定費の棚卸しと、公的制度の枠の把握。この二つを先に済ませてから、見積もりに進むと、シミュレーションの精度が高まります。
金額を決める“生活者の手順”
家計簿の平均から住居費を除いた実支出の目安を出し、そこから公的遺族年金の概算と手元資金の取り崩し許容量を差し引き、残った不足を毎月の年金額として置きます。次に、末子の独立や住宅ローン完済予定までの年数を期間に設定します。教育費の山を意識するなら、受取を年払いにして学費のタイミングに合わせる方法や、一部を前払一括に切り替える方法もあります。最後に、健康状態・喫煙の有無で料率が変わる見積もりを複数社で取り、同条件で比較します。この順番に進めると、迷いが減り、決定までの速度が上がります。
失敗しないための最終チェック
年金額を背伸びして高くしないこと、そしてインフレや税制の影響を“想定内”に置くことが現実的です。受け取り方法の自由度、払込免除の条件、見直しの柔軟性、告知の正確さ。この四点がそろえば、万一のときの使い勝手が一段上がります。加入後は、出産・転職・住宅購入・親の介護といったライフイベントごとに、年金額と期間の点検をルーティン化してください。保険は一度入って終わりではなく、暮らしに合わせて形を変える道具だからです。
まとめ:完璧より“今の暮らしを守る設計”を
収入保障保険は、派手さはありませんが、家計の“ベース”を支える堅実な土台です。公的遺族年金と手元資金、団信の有無を確認し、毎月の不足額に期間を掛け合わせて設計する。商品では、受け取りの自由度、払込免除、健康体料率、見直しのしやすさを押さえる。共働き・子育て・介護が重なりやすい世代だからこそ、必要十分のラインを暮らしの実態で決めることが安心につながります。
大切なのは、今日から動いて“わが家の数字”を把握すること。家計簿アプリを開き、年金の見込みを確認し、見積もりを二つ取ってみる。小さな一歩の積み重ねが、将来の不安を静かに小さくしていきます。次の週末、5分だけ時間をとって、最初の一歩を踏み出してみませんか。
参考文献
- 総務省統計局 家計調査 家計収支編 2023年(令和5年)平均結果の概要 https://www.stat.go.jp/data/kakei/index.html
- 2023年共働き1,206万世帯、専業主婦の約3倍(総務省 労働力調査をもとにした解説)masters.coop https://masters.coop/2024/09/19/23%E5%B9%B4%E5%85%B1%E5%83%8D%E3%81%8D1206%E4%B8%87%E4%B8%96%E5%B8%AF-%E5%B0%82%E6%A5%AD%E4%B8%BB%E5%A9%A6%E3%81%AE3%E5%80%8D%E3%81%AB-%E3%81%AA%E3%81%8A%E5%88%B6%E5%BA%A6%E6%94%B9%E9%9D%A9%E3%82%92/
- 生命保険文化センター「収入保障保険」 https://www.jili.or.jp/knows_learns/kind/main/40.html
- 生命保険文化センター「就業不能保険」 https://www.jili.or.jp/knows_learns/kind/main/8798.html
- 日本年金機構「遺族基礎年金の受給要件・額」 https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/seido/izokunenkin/jukyu-yoken/20150401-04.html
- 国税庁タックスアンサー「生命保険金の相続税の非課税」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4114.htm