夜の運動は睡眠を悪くする?エビデンスで見る結論
研究データでは、夜の運動が一様に睡眠の敵になるわけではないと結論づけられています。スポーツ医学領域のレビューでは、中強度の有酸素運動やレジスタンス運動を就寝の少なくとも1時間前に終える場合、睡眠の質はおおむね保たれるか、むしろ主観的な満足度が上がる傾向が報告されています。[2] 一方で、就寝1時間以内に終わる高強度の運動は、心拍数や深部体温が高止まりし、入眠が遅れる人がいることも示されています。[3] 個人差はありますが、夜の運動で見るべき指標は「終了時刻」と「強度」です。
また、全体として運動習慣がある人ほど睡眠の満足度が高いという調査は一貫しています。時間帯よりも継続のほうが大きく効いてくる、というのが実態です。[5] つまり「夜しかできないから諦める」はもったいない。コントロールできる要素(終了時刻・強度・光・カフェイン・食事)を整えれば、夜の運動は睡眠と両立できます。
体温と自律神経のメカニズム:60〜90分をどう使うか
運動をすると深部体温が上がり、交感神経が優位になります。入眠に向けては体温の緩やかな低下と副交感神経の優位が必要なので、運動終了からおよそ60〜90分のクールダウン時間を確保することが合理的です。[2,4] この時間で心拍を落ち着かせ、汗を引かせ、照明を落とし、呼吸を整える。これだけで「眠れない夜」になる確率は下がります。
夜の強度設定:快い疲労と過覚醒の境目
同じ運動でも、寝る直前の全力走と、少し早歩きのウォーキングでは身体の反応が異なります。**中強度(会話はできるけれど歌は難しい程度)**までなら、夜でも多くの人が睡眠を崩さずにこなせます。[6] 息が上がり切る高強度のインターバルや、最大重量に挑む筋トレは、就寝2時間以上前に終えるのが無難です。[3] どうしても遅くなる日は、強度を一段落としてテクニック練習やフォームづくり、モビリティワークに切り替えましょう。
睡眠を守る「夜トレ」実践ルール
夜の運動を日常に組み込むには、スケジュール、光、音、温度、栄養、水分という環境要素を微調整するのが近道です。特別な機材は不要。変えるのは順番とタイミングです。
時間設計:就寝時刻から逆算して決める
まず就寝時刻を「固定」します。たとえば日付が変わる前に寝たいなら24時就寝を基準に置き、中強度の運動は22時30分まで、高強度は21時30分までに終えるよう逆算します。帰宅が遅れて開始が後ろにずれたら、内容を短く・軽くする判断を優先します。10分のエアロバイクと5分のストレッチでも、継続のレールは守れます。入浴はぬるめの湯で短めにし、就寝の60〜90分前には上がると、体温の下降が眠気を後押しします。[4] 入浴が難しい日は、熱すぎないシャワーで汗と熱を流し、首筋やわきの下を冷やすと落ち着きやすくなります。
光・画面・音のコントロール:明るさは味方にも敵にもなる
夜の明るい照明や強いブルーライトは、睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌を遅らせます。[7,8] ジムでトレッドミルを使うときも、最小限の明るさにとどめ、終わったら更衣室では暖色の光を選びましょう。自宅トレーニングなら、画面は夜間モードにし、光量を落とした環境で。音楽はテンポを徐々に落としてクールダウンへ誘導すると、自律神経が切り替わりやすくなります。光の整え方は睡眠全体にも効くので、睡眠衛生の基本も併せて見直してみてください。
カフェイン・アルコール・栄養:夜は「軽く、賢く」
カフェインの半減期はおよそ5時間。夕方以降にコーヒーやエナジードリンク、プレワークアウトを摂ると、夜まで覚醒作用が残りやすくなります。[9,10] 遅い時間の運動日はデカフェや白湯に切り替えるのが賢明です。アルコールは寝つきを良くするように感じても、夜間の覚醒を増やして睡眠の質を下げます。[11] 運動後の栄養は、消化に負担の少ないたんぱく質20g前後と、筋グリコーゲンを補う少量の炭水化物を目安に。[12] おにぎり半分とヨーグルト、豆腐、プロテインなどが扱いやすい組み合わせです。水分は汗で失った分を補いつつ、就寝直前の一気飲みは避けると夜間の中途覚醒を防ぎやすくなります。飲み方の工夫は、カフェインと睡眠の関係も参考に。
35〜45歳の「ゆらぎ」と夜の運動:続けるための現実解
この世代の夜は、仕事の残務、子の宿題の丸つけ、親の通院メモ、やっと自分の時間…と分刻みです。完璧なトレーニング計画より、最小単位で達成できる仕組みが続きます。たとえば「歯磨き後に5分のスクワット」「夕食の片づけ後に10分のヨガ」のように、すでにある行動に小さな運動を結びつける。できた日を手帳に丸で記録するだけでも、連続達成の感覚がモチベーションになります。
更年期症状との付き合い方:ほてり・睡眠の不調がある夜
ほてり(ホットフラッシュ)や寝汗が気になる夜は、強度よりも快適さを優先します。部屋を少し涼しくし、扇風機の微風を当て、汗をかいてもすぐに替えられるウェアを用意。呼吸のリズムを整えるストレッチや、ゆっくりした筋トレで「やった感」を残しつつ、過覚醒は避けます。
安全と安心:夜道・ジム・在宅、それぞれのリスク管理
夜の屋外ランやウォーキングでは、見通しの良い明るいコースを選び、反射素材のあるウェアやシューズで存在を示しましょう。スマホの位置情報共有をオンにしておくと安心感が違います。ジムでは混雑時間を避け、マシンの順番待ちで運動が長引かないよう計画を。自宅派は、床の片づけとマットの常設でハードルを下げ、動画は短いプレイリストを予め用意します。どの選択でも、終わりの時間を守ることが最大の安全策です。
クロノタイプの違い:夜型の強み・朝型の工夫
夜型の人は遅い時間の運動でも眠りに響きにくいことがありますが、翌朝の起床時刻が固定されているなら、総睡眠時間が削られないかに注意を向けます。朝型の人は、夜に強度を上げるより、技術練習や可動域づくりを充てると整合がとれます。自分の chronotype を理解した運動の割り振りは、朝型・夜型の活かし方も参考になります。
パフォーマンスと回復を両立させるコツ
夜の運動は「やったら終わり」ではありません。クールダウン、入浴、光、食事、寝室環境まで含めて一つのルーティンにすることで、運動の効果を残しながら睡眠の質を守れます。
クールダウンと呼吸:10分の投資で翌朝が変わる
運動後は、心拍を落とすための軽い有酸素2〜3分、主要部位のストレッチ5〜7分、最後に腹式呼吸を1〜2分。タイマーを10分に設定して「終わりの儀式」を固定すると、過覚醒からの切り替えがスムーズになります。ストレッチは反動をつけず、伸ばす位置で20〜30秒の静止を目安に。
寝室の準備:温度・湿度・光で仕上げる
寝室は、やや涼しめで快適に感じる温度へ早めに調整し、湿度は中程度を目標にします。遮光カーテンやアイマスクで光を抑え、運動後の体温が落ちてくるタイミングでベッドに入る。スマホはベッドから腕一本分以上離し、通知を切るだけでも、入眠の集中が保てます。こうした小さな準備が、夜の運動と睡眠の両立を後押しします。
「できなかった日」のリカバリー:連続を切らさない工夫
予定通りに運動できない日も当然あります。そんな夜は、合計5分のミニワークでレールだけ維持します。カーフレイズ、ヒップヒンジ、壁押しプランク、首肩のストレッチをそれぞれ数十秒ずつ。短すぎると感じる分量でも、記録が並ぶと自己効力感が積み上がり、翌日の再開がぐっと楽になります。
まとめ:夜の運動を、眠りの味方にする
夜の運動で大切なのは、終える時刻と強度を睡眠に合わせて設計することでした。就寝から逆算して1〜2時間前に運動を終え、光と音を落とし、呼吸とストレッチで心拍を整える。カフェインは日中に寄せ、運動後の食事は軽く賢く。こうした小さな工夫の積み重ねが、忙しい夜でも「続けられる身体」を育てます。[1-4,9-12]
完璧な60分が無理でも、妥協せずに短くやるという選択肢があります。今夜、あなたの就寝時刻から逆算して、10分だけでも体を動かしてみませんか。続けるほどに、翌朝の目覚めと自分への信頼が静かに変わっていきます。
参考文献
- World Health Organization. Physical activity fact sheet. https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/physical-activity
- Stutz J, Eiholzer R, Spengler CM. Effects of evening exercise on sleep in healthy participants: A systematic review and meta-analysis. Sports Medicine. 2019. https://link.springer.com/article/10.1007/s40279-018-1015-0
- Stutz J, Eiholzer R, Spengler CM. Effects of evening exercise on sleep in healthy participants: A systematic review and meta-analysis. PubMed. 2019. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31072217/
- Haghayegh S, Khoshnevis S, Smolensky MH, Diller KR. The effects of a timed warm bath or shower on nocturnal sleep: A systematic review. Sleep Medicine Reviews. 2019. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30953196/
- Systematic review on exercise and sleep outcomes (open-access). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6045928/
- Centers for Disease Control and Prevention. Measuring physical activity intensity (the Talk Test). https://www.cdc.gov/physicalactivity/basics/measuring/index.htm
- 北海道大学プレスリリース(2025年7月)ブルーライトカット眼鏡とメラトニン分泌に関する実験的検証. https://www.hokudai.ac.jp/news/2025/07/post-1957.html
- Sleep Foundation. Blue Light and Sleep. https://www.sleepfoundation.org/sleep-hygiene/blue-light
- U.S. Food & Drug Administration. Spilling the beans: How much caffeine is too much? https://www.fda.gov/consumers/consumer-updates/spilling-beans-how-much-caffeine-too-much
- CDC NIOSH. Caffeine and sleep (training resource). https://archive.cdc.gov/www_cdc_gov/niosh/emres/longhourstraining/caffeine.html
- Roehrs T, Roth T. Sleep, sleepiness, and alcohol use. Alcohol Research: Current Reviews. 2013. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3629863/
- JISSN Position Stand: Protein and exercise. Journal of the International Society of Sports Nutrition. 2017. https://jissn.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12970-017-0177-8