エストロゲンとプロゲステロンの基礎
日本人女性の閉経の平均年齢はおよそ50〜51歳、40代後半〜50代前半の約半数が何らかの更年期症状を経験し、PMSの不調を自覚する女性は多く、月経前に何らかの不調を感じる人は70〜80%・日常生活に支障が出る重い症状は約5%と報告されています(統計・研究データによる概況)[1,2,3]。医学文献では、こうした揺らぎの背景にある主役として、卵巣から分泌されるエストロゲンとプロゲステロンが繰り返し示されています。編集部がデータを読み解くと、これらは生殖だけでなく、肌・骨・血管・脳・睡眠など広い領域に影響する、いわば“全身をつなぐ信号”だとわかります。きれいごとだけでは片付かない毎日の体調の波は、努力不足ではなく仕組みの表れ。まずは役割を知ることが、自分のリズムを取り戻す第一歩になります。
エストロゲンとプロゲステロンの基礎
ホルモンの話は難しく聞こえますが、日常語に置き換えるとイメージしやすくなります。脳からの合図(視床下部と下垂体のホルモン)を受けて卵巣が働き、月経周期の前半にはエストロゲンが、排卵後の後半にはプロゲステロンが主役に切り替わります。エストロゲン(主にエストラジオール)は“準備担当”。子宮内膜をふかふかに育て、血管をしなやかに保ち、骨代謝や皮膚のコラーゲンにも関わります。排卵でバトンを受け取るのがプロゲステロンで、こちらは“整える担当”。受け入れ態勢に変えた子宮内膜を守り、体温や睡眠、気分の安定にも影響します。
研究データでは、月経周期の後半はプロゲステロンの熱産生作用で基礎体温が0.3〜0.5℃ほど高くなります[5]。いつもより体がほてりやすかったり、夜に寝付きづらかったりするのは、この小さな温度差も一因です。逆に周期前半はエストロゲンの比率が高まり、肌のうるおい感や集中力が戻りやすいと感じる人が多い、という傾向が報告されています。もちろん個人差はありますが、カレンダーと体感を見比べると、納得のいくリズムが浮かび上がるはずです。
エストロゲンの役割—しなやかさをつくる
エストロゲンは、血管・骨・皮膚・脳の多くの細胞に受容体を持ち、全身の“しなやかさ”を支えます。血管の内皮では一酸化窒素の産生を助け、めぐりをスムーズにし、脳ではセロトニンやドーパミンの働きを調整して気分の安定に寄与します。研究データでは、閉経前後の移行期にエストロゲンが大きく揺れると、いわゆるホットフラッシュや寝汗、気分の浮き沈みが出やすく、**更年期ののぼせ・ほてりを経験する女性は過半数(60〜80%)**と報告されています[2]。これは弱さの表れではなく、体内の調整役が一時的に不安定になる生理的な現象です。
骨と皮膚の視点で見ると、エストロゲンの存在感はさらに明確です。骨では破骨細胞の働きを抑え、骨量の維持に寄与します。医学文献によると、閉経後は骨量の減少速度が加速し、初期の数年は年率で3〜4%程度の急速な低下がみられ、その後は緩やかになるという報告があります[6]。皮膚ではコラーゲン合成や水分保持に関わり、閉経後最初の5年間で皮膚コラーゲン量が約30%低下したという研究もあります[7]。鏡の中の変化にがっかりする朝があっても、それは“私のせい”ではなく、ホルモンの役割が変わったサイン。ケアの方向性を見直す合図だと捉えましょう。
もうひとつ、忘れがちな作用が脂質代謝です。エストロゲンは善玉と呼ばれるHDLコレステロールの維持に関わり、閉経後はLDLが上がりやすい傾向が示されています[8]。運動や食生活の手応えが以前より出にくいと感じたら、体が「やり方のアップデートを」と求めている合図かもしれません。たとえば有酸素運動に少し筋力トレーニングを足す、たんぱく質と食物繊維の比率を整える、といった小さな調整が“しなやかさ”を後押しします。
仕事の現場でも、エストロゲンの波を知っておくと戦略が立てやすくなります。周期の前半は集中力や社交性が上がりやすいと感じる人が多く、プレゼンや交渉を組みやすい時期。逆に移行期にいると波が読みにくい時もありますが、カレンダーに気分・睡眠・肌のメモを残すだけでも、次の月の配分が少し楽になります。編集部にも、ミーティングを午前から午後に動かすだけで“午後の自分”の方がうまく話せる、と実感したメンバーがいます。
プロゲステロンの役割—整えて、守って、静める
プロゲステロンは、排卵後に形成される黄体から分泌され、子宮内膜を分泌期へと変え、受精卵が根づきやすい環境をつくります。ここからが日常感覚に近い話。プロゲステロンは体温をわずかに上げ、眠気を誘いやすくし、脳内でGABAという“落ち着き”の神経伝達を助ける物質(アロプレグナノロン)に代謝されます[15]。ゆえに、普段より少しゆっくりで心地よいモードに入りやすい人もいます。一方で、分泌がピークを越えて急に下がる月経直前には、その反動でイライラや不安、集中困難、過食傾向などのPMS様症状が出やすくなります。重症のPMDDは約1〜5%と推定されています[4]。
体の感覚としては、むくみやすさ、胸の張り、便秘気味といった“水分とリズム”の変化もプロゲステロンの作用の延長線上にあります。鉱質コルチコイド系への影響で水分がたまりやすくなることがあるため、前周期でむくみが気になったら、次の周期は塩分・カフェインを控える、カリウムが多い食材を増やす、こまめに歩く、といった微調整がフィットします。睡眠はやや二極化し、深く眠れる一方、体温上昇の影響で寝付きづらさを感じる人も。就寝の90分前にお風呂で深部体温を一度上げて自然な低下を促す“体温の波づくり”は、編集部でも支持が厚い方法です[13]。
心理面では、締切や評価が重なる時期に黄体期が重なると、いつもより“心のクッション”が薄く感じられることがあります。これは甘えではなく、プロゲステロンとその代謝産物の変動が背景にあります。だからこそ、自分責めではなく環境を整えることが肝心です。短い休憩を予定に組み込み、通知を減らし、完璧主義を少し手放す。そうした具体策が、ホルモンの役割ときちんと噛み合います。
40代の揺らぎと折り合う実践
仕組みを知ったら、次は日々の実践です。まずおすすめしたいのは、2〜3周期だけでいいので“からだジャーナル”をつけること。月経開始日、睡眠の質、気分、肌・頭痛・むくみ・食欲のメモを簡単に残します。研究データでは、記録を伴うセルフモニタリングがPMSの体感を和らげる補助になることが示されています[14]。客観的なログがあると、「この週は言葉が出づらい」「この日は運動が気分に効く」といった自分だけの傾向が見えてきます。
運動は、エストロゲンがゆらぐ移行期にも心強い味方です。有酸素運動に軽い筋力トレーニングを加えた8〜12週間の介入で、PMSの症状スコアが10〜30%程度改善したという報告があります[10]。週に合計150分程度の中強度の動き(速歩や自転車、水中ウォーキングなど)を目安に、無理なく刻むのがコツ[9]。忙しい日こそ“5分の小分け”で十分です。骨の観点からは、階段を選ぶ、片脚立ちや軽いジャンプで骨への刺激を与える、といった生活動作も有効です。
食事は、たんぱく質と食物繊維、そしてカルシウムとビタミンDを意識にのせます。日本人の食事摂取基準では成人女性のカルシウムはおおむね650mg/日前後、ビタミンDは8.5〜10µg/日が目安のレンジです(2020年版・2025年版)[11,12]。たんぱく質は体重1kgあたり0.8〜1.0g程度を参考に、朝昼夕に分けて取り入れると吸収効率が上がります[11]。マグネシウムや鉄の不足も疲労感に影響するため、海藻・豆類・緑の葉野菜・赤身肉や魚をバランスよく。カフェインやアルコールは黄体期に刺激として働くことがあるので、量やタイミングを少し工夫すると体感が変わります[4].
睡眠は、体温のリズムと光の使い方で質が上がります。朝はなるべく自然光を浴び、夜は画面の光を弱め、入浴で体温を上げてから1〜2時間後にベッドへ。寝室の温度はやや低め、掛け物で微調整を。プロゲステロン期のほてりや寝汗が気になる時は、接触冷感の寝具や通気のよいパジャマが助けになります。心の波が大きい周期には、認知行動療法的な手法で「思考の交通整理」を。事実と解釈を分け、言語化してみるだけでも、波が静まることがあります。
そして、我慢し続けないこと。月経過多で日常が回らない、周期が極端に短い・長い、抑うつが強く危険を感じる――そんな時は、遠慮なく婦人科に相談を。低用量ピルや黄体ホルモン製剤、IUS(子宮内黄体ホルモン放出システム)、更年期のホルモン療法など、選択肢は複数あります[1]。体質や既往歴によって向き不向きがあるため、医師と対話しながら一緒に最適解を探せば大丈夫。セルフケアと医療的サポートは対立ではなく補完関係です。
まとめ—“波”を敵にしない
エストロゲンは全身のしなやかさを、プロゲステロンは整える力を担い、二つのホルモンが日々の体験を形づくっています。役割が変わる40代は、違和感を抱えやすい時期ですが、それは故障ではなく“設計図どおりの変化”。ログをつけ、生活の小さな舵を切り、必要な時は医療とつながる——その積み重ねが、波を敵ではなく味方に変えていきます。
今日の自分を責める代わりに、仕組みを知って明日の配分を変える。その一歩は、今この瞬間から踏み出せます。次の周期までに、睡眠・気分・体調のメモを3日分だけでも残してみませんか。きっと、自分の中にあるリズムが見えてきます。そして、見えたものは、変えられます。
参考文献
- 厚生労働省 女性の健康推進室ヘルスケアラボ「更年期について」 https://www.bosei-navi.mhlw.go.jp/health/menopause.html
- The North American Menopause Society. Nonhormonal management of menopause-associated vasomotor symptoms: 2023 position statement. https://www.menopause.org
- 日本産科婦人科学会「月経前症候群(PMS)」 https://www.jsog.or.jp/citizen/5716/
- NICE Clinical Knowledge Summaries: Premenstrual syndrome (last revised). https://cks.nice.org.uk/topics/premenstrual-syndrome/
- 日本医療研究開発機構(AMED)プレスリリース:基礎体温と黄体期に関する解説(2020年9月11日) https://www.amed.go.jp/news/release_20200911-03.html
- 井上和彦ほか. 閉経後の骨量低下に関する概説(医学書院 提供ページ要旨) https://imis.igaku-shoin.co.jp/journal/409/57/4/1409100991/
- Brincat M et al. Long-term effects of the menopause and sex hormones on skin thickness. Obstet Gynecol. 1987;70:840–844.
- 日本産婦人科医会 一般のみなさまへ「エストロゲン欠乏と脂質異常症」 https://www.jspog.com/general/details_25.html
- World Health Organization. WHO guidelines on physical activity and sedentary behaviour. 2020. https://www.who.int/publications/i/item/9789240015128
- Brown J, Marjoribanks J, O’Brien PMS, Wyatt K. Exercise for premenstrual syndrome. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2019;(3):CD011497.
- 厚生労働省 日本人の食事摂取基準(2020年版) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08517.html
- 厚生労働省 日本人の食事摂取基準(2025年版) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_28248.html
- Haghayegh S, Khoshnevis S, Smolensky MH, Diller KR, Castriotta RJ. Before-bedtime passive body heating by warm shower or bath to improve sleep: A systematic review and meta-analysis. Sleep Med Rev. 2019;46:124–135.
- Kleinstäuber M, Witthöft M, Hiller W. Cognitive-behavioral and pharmacological interventions for premenstrual syndrome or premenstrual dysphoric disorder: A meta-analysis. J Women’s Health. 2012;21(9):995–1008.
- Martinez PE, Rubinow DR, Nieman LK, et al. 17β-Estradiol, progesterone, and allopregnanolone sensitivity in women with PME/PMDD. Proc Natl Acad Sci USA. 2016;113(40):E5442–E5451.