
慢性疲労症候群(ME/CFS)とは何か
医学的には、6カ月以上続く強い疲労感に加え、思考のもつれや記憶のしづらさ、立ち上がると辛くなる起立不耐、睡眠の質の低下、筋痛や頭痛などが組み合わさる状態を指します[5,1]。研究データでは、疾患像に幅がある一方で、共通項としてPEMが強調されています[1,4]。PEMは、普段なら何でもない家事や短い外出、さらには人との会話の負荷でも、その数時間から数日後にどっと症状が悪化する特徴を指します[1,4]。これは単なる疲労では説明できず、病態の核心サインと考えられています[1]。
病名に「疲労」と入るため心理的な問題と混同されがちですが、近年のガイドラインや公的機関の情報では、ME/CFSはうつ病や燃え尽き症候群と経過や対応が異なるとされています[1,4]。例えば、ME/CFSでは短い活動でも遅れて強い反動が来るPEMの有無が、鑑別の現実的な手がかりになります[1]。通勤電車に一度乗れた日の翌々日に寝込む、オンライン会議を一つ終えただけで頭の霞が濃くなる。そんな時間差の悪化に心当たりがあるなら、疲れの質が違うサインかもしれません。
症状の核にあるPEMを、日常の言葉で
PEMは、たとえるなら体内の「充電池の容量」が著しく小さくなり、放電と回復の弾力が失われた状態です。朝のゴミ出し、保育園の送り、30分の資料修正、これらがバラバラではなく合算され、一定のしきい値を超えた後に遅れて崩れる。しきい値は日によって変動し、天気やホルモン周期、ストレスで揺れます。できた直後ではなく、後から強く悪化するのがポイントで、ここを見落とすと「昨日できたのに今日はなぜ」と自責のループに陥りやすくなります[1]。
「ただの疲れ」との違い、うつ・燃え尽きとの違い
研究データでは、ME/CFSの認知機能低下は注意の持続や情報処理の遅さとして自覚されやすく、無理をしても反動で帳尻が合わないことが示されています[1]。心理的支援は必要でも、根本は身体の仕組みのバグ。気合いで押し切る戦略はPEMを誘発し、長期的に悪化を招く可能性があります[1,4]。編集部としては、まず疲労の質を見極める視点を持つことが、回復への最短ルートだと考えます。

原因仮説と最新知見:「いま分かっている範囲」で
医学文献によると、ME/CFSは単一原因では説明しきれず、免疫、自律神経、エネルギー代謝の相互作用が疑われています[1]。ウイルス感染後の発症や強いストレスイベントを契機に顕在化する例があることから、免疫応答の偏りと自律神経の調節不全が関与する仮説が注目されてきました[1]。ミトコンドリア機能、酸化ストレス、微小炎症などのキーワードも取り上げられますが、現時点で万人に通用する単一のバイオマーカーは確立していません[1]。つまり、身体の複数のスイッチが同時にかみ合わなくなる病態と捉えるのが妥当です。
ロングCOVIDとの重なりで見えたもの
近年、COVID-19後に長く続く症状(ロングCOVID)の中に、ME/CFSに極めて近い像が一定割合で含まれることが報告されています[1]。感染後数カ月を過ぎても疲労、認知のもや、起立不耐、そしてPEMを訴える人がいます[1]。これにより、免疫・自律神経・血管機能などが横断的に研究され、病態理解が加速しました。ロングCOVIDは悲しい現実ですが、結果としてME/CFSの研究基盤が厚くなったのは希望の材料です[1]。
女性に多いのはなぜか
女性に多い背景には、ホルモン、免疫反応の性差、鉄・ビタミンDなど栄養状態の個体差、ケア役割による負荷の偏りが複雑に絡みます。月経周期や更年期の移行期には自律神経や睡眠が揺らぎやすく、PEMのしきい値がさらに下がることもあります。疫学的にも女性に多い傾向が示されており(女性1.8%、男性0.8%)[3]、性差医学の知見がケア設計の具体性を高めると見ています。周期記録と体調の相関を確認し、波を前提にスケジュールを引く。これが「戦略」になります。

日常でできるセルフマネジメント:悪化を防ぎ、余白を守る
慢性疲労症候群の理解を日常に落とすカギは、できることを増やすより、悪化を避ける設計に先に投資することです。ここでは医学文献で推奨される実践に、現実の生活感を重ねて紹介します。
ペーシング(配分)とエネルギーエンベロープ
ペーシングは、持てるエネルギーの「封筒」の中で暮らす考え方です。朝に体調が良くても前借りをしない。家事は細切れに分割し、座って行える形に変える。移動は階段を避け、エスカレーターとエレベーターを優先する。予定は連続させず、会議のたびに10分の休止を挟む。これらは手抜きではなく、PEMを起こさないための技術です[1,4]。スマホの歩数や心拍、体温、集中力の自覚評価を使って「しきい値」を可視化し、良い日でも七割運転を守る。スプーン理論という比喩にならえば、手元のスプーンを毎朝数え、使い切らない練習をするイメージです。
睡眠・栄養・低刺激の回復習慣
睡眠は量より質が鍵になります。毎日同じ時刻に寝起きし、夕方以降のカフェインとアルコールを控え、寝室を17〜19℃程度で静かに保つ。短い昼寝は20分前後にとどめ、夕方以降は避けると夜の睡眠が守られます。栄養は、タンパク質と鉄、ビタミンD、B群を意識しつつ、血糖の急上昇を抑える食べ方を心がけます。身体活動は「鍛える」より「回復を促す」目的で、呼吸・ストレッチ・静的ヨガや、体調が許す範囲の散歩を短時間に留めるのが現実的です。反動が出るなら、量ではなくタイミングと分割を見直します。睡眠衛生のガイド、栄養の基礎を扱う鉄欠乏と女性の健康も参考になります。これらのセルフケアは、医療的支援と併せて検討することが推奨されます[1]。
職場・家族とのコミュニケーション設計
見た目が元気に見える疾患ほど説明が難しいもの。PEMの仕組みを図解や一文で共有し、できる日・できない日の振れ幅を前提に、成果の評価方法や勤務形態を調整します。例えば、リモート比率の拡大、会議の録画視聴での参加、午前と午後に回復ブロックを置く、締切を波の谷に重ねないなど、発作的な悪化を起こさない設計が合言葉です。家庭では、買い物は週一配送に集約し、掃除はロボットに置き換え、料理はミールキットで半加工にするだけでも、しきい値の超過を防げます。家族に読んでもらう導入記事として、暮らしの省エネ術や、心の余白をつくるマインドフルネス呼吸の基本が理解の助けになります。

受診と次の一歩:診断に近づき、日々を取り戻す
慢性疲労症候群の診断は、似た症状を示す他の疾患をていねいに除外しながら、症状の組み合わせと経過を総合して行われます[5,1]。貧血、甲状腺機能異常、自己免疫疾患、睡眠時無呼吸、うつ病などの除外が示され[5]、同時にPEMや起立不耐の評価が推奨されています[1]。受診の際は、症状のタイムライン、活動と悪化の関係、回復に要する時間、睡眠の質、起立時の脈や血圧の変化、月経周期との関連を、簡単な記録にまとめて持参しましょう。言葉で伝えるより、事実のログが診断に近道です[1]。
治療は個別化が前提です。根本治療が未確立の現在は、症状管理と悪化予防が主軸になります[1]。起立不耐には水分と塩分の調整や圧迫ストッキングが役立つ場合があり[1]、睡眠には生活リズムの調整と医師の判断による薬物療法が検討されます[1]。活動量は「段階的訓練」で底上げする発想ではなく、PEMを避ける線引きを先に確立し、体調の波を見ながら安全域で微調整するのが近年の推奨に沿います[4]。
この先の見通しについて、編集部は現実と希望を両方伝えたいと考えます。現実として、波は続きますし、周囲の理解を取りつけるには時間がかかるかもしれません。けれど、病態研究は加速し、ロングCOVID研究との相互作用で治療候補も広がっています[1]。そして何より、PEMの理解が社会に広がれば、無理を強いる文化から悪化を避ける文化へと舵を切れるはずです。今日のアクションとして、次の三つを静かに始めてみてください。まず、ここ一週間の活動と体調を思い出せる範囲で紙に書き、PEMが出た日を丸で囲む。次に、今週の予定から一つ「余白」を確保し、回復ブロックとして固定する。最後に、一日の終わりに自分のからだへ短いお礼を伝え、明日の七割運転を心に決める。小さな一歩の重ね方が、からだの味方になります。
参考文献
- Centers for Disease Control and Prevention. Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome (ME/CFS). https://www.cdc.gov/cfs
- 厚生労働省 研究成果データベース. プロジェクト21431(CFSの疫学調査等). https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/21431
- National Center for Health Statistics (CDC). Data Brief No. 488: Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome Among Adults: United States, 2021–2022. https://www.cdc.gov/nchs/products/databriefs/db488.htm
- National Institute for Health and Care Excellence (NICE). NG206: Impact on NHS workforce and resources. https://www.nice.org.uk/guidance/ng206/resources/impact-on-nhs-workforce-and-resources-11070684685
- 福祉科学大学 倉恒研究ページ. 慢性疲労症候群(CFS)の診断と除外診断. https://www.fuksi-kagk-u.ac.jp/guide/efforts/research/kuratsune/fatigue/fatigue03.html