決算書を30分で読む3ステップ|転職で失敗しない会計リテラシー

数字が苦手でも安心。損益計算書・貸借対照表・キャッシュフローを順に見る3ステップで、30分で会社の“いま”を把握。転職の面接やプロジェクト判断に直結する指標と実例、つまずきやすいポイントをコンパクトに解説する実践ガイドです。

決算書を30分で読む3ステップ|転職で失敗しない会計リテラシー
なぜ「決算書」を読むのか——仕事と暮らしの意思決定の共通言語

なぜ「決算書」を読むのか——仕事と暮らしの意思決定の共通言語

決算書は経理部だけの資料ではありません。新規プロジェクトの妥当性、価格交渉の余地、採用のスピード、在庫や広告の積み方、そして配当や報酬の原資にまでつながります。言い換えると、決算書は組織の「価値を生み、お金が巡る」メカニズムを写す地図です。たとえば予算会議。売上の計画値が立派でも、粗利率が下がるなら広告のかけ方を変えるべきかもしれないし、営業利益が安定していても営業キャッシュフローが弱ければ回収の仕組みを見直す必要が出てきます。数字が読めると議論が抽象論から具体論に切り替わり、合意が早く、後戻りが減る。チーム戦に舵を切るこの世代にこそ、最小限の“会計リテラシー”は強い味方になります。

「決算書は3枚+注記」——まずは構造を地図化する

決算書の中核は、**損益計算書(PL)・貸借対照表(BS)・キャッシュ・フロー計算書(CF)**の3枚です[4]。PLは“1年間の成績表”、BSは“期末の健康診断表”、CFは“現金の流れの明細”と捉えるとイメージしやすい[5]。加えて、重要な前提や一時的な取引は注記に書かれます。細部に飲み込まれないために、最初は“何がどこに載っているか”の地図を頭に置いておくと、迷いにくくなります。

30分で要点をつかむ順番——PL→CF→BSで読む

最初の5分でPLを俯瞰し、売上高、売上総利益、営業利益、そして最終的な当期純利益(日本基準なら経常利益も)を縦に眺めます。次の10分でCFを見て、営業活動によるキャッシュ・フローが安定してプラスか、投資と財務のキャッシュの出入りが戦略と整合しているかを確認します[8]。そのうえで10分かけてBSを見て、流動資産と流動負債のバランス、自己資本の厚み、有利子負債の重さを把握します。最後の5分は注記に目を通し、減損や会計方針の変更、一時的な損益の説明を拾います。この順番だと「稼ぐ→現金を生む→耐える」の順で理解が進み、時間対効果が高いのです。

まずはPLを見る——成長と利益の“質”を押さえる

まずはPLを見る——成長と利益の“質”を押さえる

PLは企業の“成果”を最短距離で見せてくれます。ただし金額の大小より、率と趨勢が重要です。売上総利益率(粗利率)が安定しているか、販管費比率が膨らんでいないか、営業利益率が前年や同業他社と比べてどの位置にあるか。もし売上が伸びているのに営業利益が伸びないなら、原価高や値引き、獲得コストの上昇が起きている可能性があります。逆に売上横ばいでも粗利率が改善し営業利益が上がっているなら、価格戦略や商品ミックスが当たっているか、コスト構造が見直されているサインです。

日本基準では“経常利益”が、IFRSでは“税引前利益”が注目されることがあります。営業外損益に大きな受取配当や為替差益が入って利益が膨らんで見えることもあるため、コアな稼ぐ力は営業利益で確認するのが無難です。さらに“特別損益”や“一過性”の収益は注記に説明が出るので、PLの下段で急に数字が跳ねたら理由を探しにいきます[4]。ここで大切なのは、単年の点ではなく、3〜4期の線で眺める視点です。季節性の強い業種なら四半期のズレも考慮に入れましょう。

利益率の読みどころ——原価・販管費・価格の三角関係

粗利率が下がっているのに販管費率が上がっていれば、広告や人件費が売上に先行している可能性があります。市場開拓の投資局面なら計画どおりとも言えますが、刈り取り局面では厳しい。価格改定を実施した期には短期的に売上数量が減る場合があるものの、粗利率が改善していれば中期的な体力はむしろ増すことがあります。編集部の経験では、粗利率と営業利益率の差(=販管費率の大まかな目安)が広がっていないかを見るだけでも、打ち手の検討が具体的になります。

一過性と会計方針の影響を見逃さない

固定資産の売却益や補助金、一時的な為替差益などで最終利益が押し上がっているケースは珍しくありません。減損損失や在庫評価の変更、収益認識の基準変更など、“利益の質”を左右する出来事は注記に書かれるのが原則です[4]。PLだけで判断せず、注記とセットで読み、翌期に持続しにくい要素は頭の中で控除して“実力値”を想像します。

BSとCFで“体力と呼吸”を確かめる

BSとCFで“体力と呼吸”を確かめる

PLが成果の写真だとすれば、BSは体格、CFは息づかいです。まずBS。資産=負債+純資産という等式の通り、会社の“持ち物”と“資金の出どころ”が並びます。短期の安全性は流動比率(流動資産÷流動負債×100%)が目安になりますが、業種によって最適値は異なります[6]。メーカーや小売では棚卸資産の水準も重要で、売上の伸び以上に在庫が積み上がっているなら、販売計画と需給のミスマッチを疑ってもよいでしょう。長期の安定性を見るなら自己資本比率(自己資本÷総資産×100%)がひとつの指標になります。借入を戦略に組み込む成長企業では低めでも問題ありませんが、金利環境が上がる局面では利払いの負担感が増すため、ネット有利子負債(有利子負債−現預金)の重さも確認したいところです[7]。

CFは現金の増減を3つに分けて示します。営業キャッシュ・フローは本業で現金が生み出せているか、投資キャッシュ・フローは設備やM&Aなど未来への投資に現金が流れているか、財務キャッシュ・フローは借入や増資、配当や自社株買いで資金の出入りがどうなっているかの記録です[8]。なお、営業CFは売掛金の回収を早めたり買掛金の支払いを遅らせたりすると一時的に大きく見える場合があるため、内訳や運転資金の動きを必ず確認しましょう[9]。営業CFが継続的にプラスで、投資CFが将来の成長につながるマイナス、財務CFで資本政策が整っている——この並びだと、ビジネスの循環は健全と言えます[8]。フリーキャッシュ・フロー(営業CF−投資CF)は、返済や配当、追加投資の“余力”を見るのに役立ちます[8]。ただし成長投資が重い時期はFCFがマイナスでも、翌期以降の営業CFの伸びが見込めるなら短期的な赤信号とは限りません。

資金繰りの兆し——売掛・在庫・買掛の回転を見る

黒字倒産という言葉が示す通り、利益が出ていても現金が足りないことは起こり得ます[8]。BSの売掛金や棚卸資産が増えているのに、CFの営業キャッシュ・フローが弱いなら、回収や在庫の滞留が原因かもしれません。売掛金回転日数や棚卸資産回転日数(平均残高÷売上原価×365日程度で把握)を年ごとに追うと、“お金の詰まり”がどこで生じているかが見えてきます。買掛金の条件を見直す交渉余地があるか、在庫のSKU整理で運転資金を開放できるかなど、現場の打ち手につながる視点です。

こう読むと見えてくる——ケースとシグナル

こう読むと見えてくる——ケースとシグナル

仮に、同じ化粧品領域でD2Cを営むA社とB社を比較してみます。A社は売上が前年比20%増、広告を積極化した結果ユーザー獲得が伸びました。しかしPLを見ると粗利率が3ポイント低下し、販管費率が5ポイント上昇。営業利益率はむしろ悪化しています。CFでは営業キャッシュ・フローがわずかにマイナスで、BSの棚卸資産が前年より大きく膨らんでいる。これは獲得の勢いに在庫と回収の体制が追いついていない仮説が立ちます。いっぽうB社は売上横ばいですが、粗利率が2ポイント改善し、販管費率が1ポイント低下。営業利益率は改善し、営業CFは安定的にプラスです。PLだけを見ればA社が“元気”に映りますが、CFとBSを重ねるとB社のほうが再現性の高い稼ぎ方をしている可能性が見えてきます。

シグナルとして覚えておきたいのは、売上が伸びているのに営業CFが弱いとき、売掛金と在庫が売上以上に膨らむとき、PLの下段で特別利益や為替要因が利益を押し上げているときです。どれも即断は禁物ですが、注記と合わせて“来期も続くか”を問い直すきっかけになります。編集部の実感として、**「PLで仮説を立て、CFで裏を取り、BSで耐久性を測る」**という順番を習慣化すると、判断のスピードが明らかに上がります。

実務での使い所——転職・取引・投資・社内提案

転職先を検討するときは、直近3期のPLで売上と営業利益率の流れを確認し、営業CFの安定度とBSの自己資本比率の厚みを見ます。取引先の与信では、流動比率や運転資金の重さを示す在庫と売掛の動きを追うと会話が具体的になります[6,7]。個人の長期投資では、一次スクリーニングに営業CFの継続性とフリーキャッシュ・フローを置き、気になった銘柄は有価証券報告書や決算説明資料で注記を読み込みます。上場企業ならEDINET(有価証券報告書)[11]やTDnet(決算短信・適時開示)[2]で無料公開されていますし、非上場の取引先であれば会社法の計算書類や官報掲載の決算公告が手がかりになります。社内の新規提案では、売上目標だけでなく粗利率と販管費率の仮説、初年度の営業CFの見通しをセットで示すと、意思決定の信頼度が上がります。

日々の学び直しの進め方も、決算書と相性が良い領域です。短時間で反復するなら、四半期ごとに気になる企業のPLとCFだけでも眺め、年度のタイミングでBSを丁寧に見るという“軽重のつけ方”が続けやすい。さらに理解を深めたい人は、NOWHの関連特集も役立ちます。学び直しの設計は40代からのリスキリングを、交渉の土台づくりは成果を動かす交渉術を、投資の基礎ははじめての長期投資を、日々の時間配分は忙しさを整える時間術を参考にしてみてください。数字の読み方は、キャリアと暮らしの両方で効きます。

まとめ——数字は、味方にできる

まとめ——数字は、味方にできる

決算書は、完璧に理解しなくても使えます。まずPLで“どこで稼いでいるか”の輪郭をつかみ、CFで“現金が生まれているか”を確かめ、BSで“耐久性は十分か”を俯瞰する。**PL→CF→BSという順番を30分で回すだけで、意思決定の質は目に見えて変わります。**次の会議までに、直近の決算短信からPLとCFを印刷して、粗利率・販管費率・営業利益率の3つにマーカーを引いてみませんか。そのあと注記をひとつ読み、翌期に続きそうか自分の言葉でメモする。小さな繰り返しが、数字への苦手意識を薄め、言葉よりも強い説得力を生みます。

参考文献

  1. 中小企業庁. 中小企業の割合に関する基礎データ(中小企業白書等). https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2021/chusho/b1_2_4.html
  2. 日本取引所グループ(JPX). 適時開示(TDnet). https://www.jpx.co.jp/listing/disclosure/
  3. Japan Exchange Group. Statistics (Equities): Number of Listed Companies. https://www.jpx.co.jp/english/markets/statistics-equities/
  4. WARCエージェント. 財務三表の基礎解説|損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書の意味と見方. https://agent.warc.jp/articles/jhsi6kica
  5. 深作公認会計士事務所. 貸借対照表と損益計算書の関係を知ったかぶる. https://cuttingtheknot.com/contents/accounting/oneshot/oneshot014.html
  6. BCJ経営サポート. 流動比率の計算式と適正水準(目安). https://bcj-co.jp/keiei8/knowhow85.html
  7. ICS実務支援センター. 安全性分析における5つの指標とは?基礎知識や活用時の注意点を解説. https://www.ics-p.net/seisansei_kojyo_lab/tabid/4233/Default.aspx
  8. マネーフォワード. キャッシュフロー計算書の分析方法|経営管理に役立てる. https://biz.moneyforward.com/accounting/basic/125/
  9. フロッグウェル株式会社. 財務分析の基本的な考え方―3つの観点から重要指数をもとに解説. https://frogwell.co.jp/blogs/financial-analysis/
  10. 金融庁. EDINET(有価証券報告書等の閲覧・検索). https://disclosure.edinet-fsa.go.jp/

著者プロフィール

編集部

NOWH編集部。ゆらぎ世代の女性たちに向けて、日々の生活に役立つ情報やトレンドを発信しています。