いま、繰り上げ返済を考える理由をデータで掴む
家計が抱える住宅ローン残高は2024年度時点で約227兆円[1]。変動金利の利用は近年の調査で7割前後とされ[2,3]、金利のわずかな差が総支払額に大きく響いてきました。編集部の試算では、3,500万円・35年返済で金利1%と2%を比べると、総利息は約651万円対約1,371万円と開き、その差はおよそ720万円。同じ家で暮らしても、返し方の選択で家計のゆとりは大きく変わります。
そのなかで「繰り上げ返済」は、借入元金を前倒しで減らし、将来の利息をカットする正攻法です。仕組みは、繰り上げた資金が元金に充当され、対応する利息支払いがなくなるというもの[5]。早いほど効果が大きいのは、残存期間が長いほど「これから先の利息」が多いからです[6]。逆に、完済が近づくと利息部分は薄くなり、同じ金額を返しても削れる利息は小さくなります。
繰り上げ返済の効果は、仕組みを数字で捉えると腑に落ちます。住宅ローンの利息は残高に対して日々積み上がるため、元金を早く減らすほど将来の利息が薄くなります。たとえば3,500万円を年1.0%で35年借りると、毎月返済は約9.9万円、総利息は約651万円です。これが年2.0%なら毎月は約11.6万円、総利息は約1,371万円。わずか1%の違いで、家計の10年分の旅行代に相当する金額が動く、と言うと実感が湧くはずです。
繰り上げ返済はこの総利息を直接削る手段です。仕組みはシンプルで、今日の自分が未来の自分に先んじて元金を減らすことで、これから発生するはずだった利息をなくしていきます[5]。早いほど効果が大きいのは、残存期間が長いほど「これから先の利息」が多いから。逆に、完済が近づくと利息部分は薄くなり、同じ金額を返しても削れる利息は小さくなります。
編集部の試算:5年目に200万円返すとどうなるか
具体例で見てみます。3,500万円・年0.9%・35年の変動金利型を想定し、5年目に200万円を繰り上げ返済したとします。期間短縮型を選ぶと、毎月返済は変えずに完済時期を前倒しできます[6]。この条件では、およそ2年4カ月の短縮、将来利息は累計で約69万円削減という結果になりました。返済額軽減型を選ぶと、完済時期は同じまま、毎月返済が約9.7万円から約9.1万円へ約6,400円下がるイメージです。どちらが良いかは家計の優先順位次第。総利息重視なら期間短縮型、月々の余裕重視なら返済額軽減型がフィットします[6]。
タイミングは「税制・金利・生活設計」の三軸で決める
繰り上げ返済の正解は、一つの公式では導けません。編集部が実務で効くと感じているのは、税制、金利、生活設計という三つの軸で照らし合わせる方法です。三方向から同じ結論に寄っていくときが、あなたのベストタイミングに近いと考えてみてください。
税制の軸:住宅ローン控除が効いている間は慎重に
住宅ローン控除は、年末残高の一定割合を所得税・住民税から差し引く制度です。現行の枠組みでは控除率0.7%、最長13年が基本となっています[4]。残高に対する実質的な“利息相殺”のように働くため、たとえば金利0.5%で控除率0.7%なら、理論上は控除期間中の実質負担はマイナス寄りになります(実際は所得税・住民税の上限で頭打ちになることがある点に注意)。この期間に大きく繰り上げると、控除の恩恵も同時に小さくなるため、控除が十分に効いている間は手元資金を温存し、終了後に厚めに返すという戦略が合理的になりやすいのです[4]。制度の基本は 住宅ローン控除の基本 で確認し、あなたの年収・税額でどれだけ控除が効くかを試算しておくと、判断がぶれにくくなります。
金利の軸:変動の上振れは“見えないコスト”になる
変動金利は低く見える一方、将来の金利上昇リスクを抱えます。上がり始めてから慌てて対処するより、低い間に前倒しで元金を削るほうが、上振れ時のダメージを和らげます。固定金利は月の安定が魅力で、繰り上げ効果は変動より緩やかになりますが、早期返済の「確実な利息削減」という性格は不変です[5,6]。金利見通しは誰にも断言できませんが、いずれの金利タイプでも、繰り上げは**金利と同じ利回りの“確定リターン”**を生む行為と捉えると腹落ちします[6]。判断に迷ったら 金利シミュレーション で、金利1%上振れ時の家計影響を可視化してみてください。
生活設計の軸:教育費と備えが最優先
小中高、そして大学進学。教育費は子どもの成長とともに山型に増え、特に高校から大学にかけては家計の圧力が強まります。繰り上げで月の返済が軽くなる安心は魅力ですが、生活防衛資金が心もとない状態での大口返済は禁物です。目安として、生活費の半年〜1年分を現預金で確保し、次の1〜2年に予定される大型出費(車検、家電の買い替え、学費の節目)を洗い出したうえで、残った「本当に余剰」の中から繰り上げ額を決めると、家計は崩れにくくなります。備えの考え方は 生活防衛資金の決め方 が参考になります。
方式の違いを理解して、家計の“息継ぎ”を設計する
繰り上げ返済には「期間短縮型」と「返済額軽減型」があります。期間短縮型は利息削減効果が大きく、総支払額を小さくしたい人に向きます。返済額軽減型は月のキャッシュフローに余裕をつくり、教育費ピークや転職・独立といった変化期の“息継ぎ”になります。どちらを選ぶにしても、金融機関の手数料や最低繰り上げ額、ネット手続きの可否は事前に確認しておくとスムーズです。最近はネット手続きなら手数料無料というケースも見られますが、店頭扱いでは費用がかかる場合もあります。少額を高頻度で返すより、費用がかからない範囲で適切な塊にして返すほうが効率は上がります。
期間短縮型と返済額軽減型、数字で見える違い
先の例(3,500万円・0.9%・35年、5年目に200万円返済)をもう一度使うと、期間短縮型は約2年4カ月の前倒しと約69万円の利息削減でした。返済額軽減型なら完済時期は同じで、毎月が約6,400円軽くなります。家計に必要なのが“時間”か“月々の余白”かを言語化すると、迷いは一気に減ります。たとえば、控除期間の終わりに期間短縮型で一気に縮め、教育費ピークの前には返済額軽減型で月の負担を軽くする、といった合わせ技も考えられます[6]。
いつ・いくら返す?現実的な判断フレーム
タイミングを決めるときは、まず手元資金の厚みから逆算します。生活防衛資金と近い将来の確定出費を差し引き、なお積み上がる余剰が「繰り上げ可能額」です。そこに税制と金利の軸を重ね、控除の効きが強い期間は様子見、終了が近づけば厚めに返す、金利が低位で推移しているうちは小刻みに積み増す、というリズムをつくります。ボーナスのたびに少額を返すのも一法ですが、控除の効きや手数料の有無を踏まえ、年度末や控除終了翌年などの節目にまとめて返すやり方は合理的です。
もう一つの観点は“利回り比較”です。繰り上げ返済は、借入金利と同じ利回りの確定リターンを生みます[6]。税引き後で見てこの利回りを安定的に上回る運用機会があるなら、運用を優先する選択も現実的です。ただし、運用には価格変動と流動性のリスクが伴います。短期で必要になる資金や夜眠れなくなるような値動きが気になる資金は、返してしまったほうが心にも家計にも健全に働きます。どちらが正しいかではなく、自分の生活に合う“バランス”を選ぶことが肝心です。
編集部が勧める小さな実践:テスト返済で感覚を掴む
まとまった金額を動かす前に、まずは少額で一度繰り上げ返済を実行してみると、体感が変わります。実際の手続きフロー、所要日数、返済予定表の変化、心理的な手応え。どれも机上の計算では得られない学びです。小さく始めて、問題がなければ次のステップへ。そうした“テスト返済”は、忙しい日々の中でも再現しやすい行動です。合わせて、家計簿アプリや銀行の明細で、毎月のキャッシュフローがどう変わるかを1〜2カ月観察してみましょう。数字が習慣の中に落ちてくると、次の判断は驚くほど軽くなります。
最後に、借り換えも頭の片隅に置いておく価値があります。金利差と残高、残期間、諸費用の合算でメリットが出るなら、繰り上げ返済と借り換えを組み合わせることで、より大きな改善が見込めるケースがあります。迷ったら、金利・諸費用を入力するだけで判断材料が得られる シミュレーター で、あなたの数字に引き直してみてください。
まとめ:タイミングは“私の生活”に合わせて選べる
繰り上げ返済の正解は、他人の家計にはありません。税制、金利、生活設計の三軸で照らし、あなたの数字に落とし込み、少しずつ試しながら精度を上げていく。そのプロセスこそが、ゆらぎの多い時期の安心につながります。数字で裏づけされた判断は、不安を静かに弱めてくれます。
控除が効くうちは備えを厚く、終わりが見えたら厚めに返す。変動なら低い間に前倒し、固定なら“息継ぎ”を設計。そんなシンプルな合言葉を、家計のリズムに重ねてみませんか。次のボーナス、控除明細が届く時期、子どもの進学の前。あなたにとって一番しっくりくる節目に、小さな一歩から始めてみてください。未来の自分が、静かにほっとするはずです。
参考文献
- 朝日新聞デジタル「24年度の住宅ローン残高、過去最高227兆円 15年連続増」2025年 (https://www.asahi.com/articles/AST8H36TLT8HULFA00GM.html)
- 住まい1(住まいの情報ナビ)「住宅ローン利用者の実態調査(2023年4月調査):変動型76.5%」※(独)住宅金融支援機構資料引用 (https://www.sumai1.com/useful/plus/news_00610.html)
- Infoseekニュース(ゴールドオンライン記事)「住宅金融支援機構『住宅ローン利用者の実態調査』によると変動金利72%」 (https://news.infoseek.co.jp/article/goldonline_62578/)
- 国土交通省 住宅ローン減税(住宅取得等資金に係る税制)制度ページ (https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk2_000017.html)
- 住宅金融支援機構「繰上返済(期間短縮型・返済額軽減型)の仕組み」 (https://www.jhf.go.jp/loan/hensai/kuriage.html)
- 全国銀行協会「繰上返済の種類と効果(期間短縮型と返済額軽減型)」 (https://www.zenginkyo.or.jp/article/tag-d/5218/)