歯ぎしり・食いしばりの正体をつかむ
医学文献では、睡眠中の「歯ぎしり(スリーピング・ブラキシズム)」と、起きている時の「食いしばり(アウェイク・ブラキシズム)」を分けて考えます[5]。前者は睡眠中の浅い覚醒反応と結びつきやすく、後者は日中の集中・緊張・姿勢の崩れと結びつきやすいのが特徴です[3,4]。強い噛みしめは歯や顎関節に負荷をかけ、エナメル質の摩耗、歯のヒビ、知覚過敏、朝のこめかみ痛、首肩の張りとして表れます[1]。
研究データでは、心理的ストレス、睡眠不足、カフェイン・アルコール・ニコチンの摂取、鼻づまりやいびきなどの気道の問題がリスク因子として挙げられています[2,3,6]。抗うつ薬など一部の薬剤が影響するケースも報告されていますが、自己判断で服薬を変えるのではなく、気になる場合は処方医に相談するのが安全です[2]。
見逃しやすいサインを日常の中で拾う
朝起きた時に顎が重い、口を開けるとカクっと音がする、集中してパソコンに向かっているときに上下の歯が触れている、頬の内側に噛んだ跡がある、家族から夜間の歯ぎしり音を指摘された。こうした小さなサインは、生活を少し調整するタイミングの合図です[4]。気づいた瞬間に上下の歯を離し、舌を上あごに軽くつけるだけでも、顎の筋肉はふっと緩みます[4]。
仕組みを知ると対策がぶれない
起きているときの食いしばりは、仕事の緊張や姿勢の崩れと連動しやすく、無意識の「力みグセ」として定着します[4]。睡眠時の歯ぎしりは、夜間の覚醒反応や呼吸の乱れと関連するとされ、寝る直前の刺激物や不規則な睡眠が引き金になりやすい[3]。だからこそ、日中は力みを減らす習慣、夜は刺激を減らして眠りを整える習慣という二方向からの対策が合理的です。
日中の食いしばり対策:力みを手放す設計
まず覚えておきたいのは、顎の安静位です。唇はそっと閉じ、上下の歯は離し、舌先は上あごの前歯の裏あたりに置く。これが力みを最小にする基本姿勢です[4]。編集部では、この合図を「リップ・ティース・タン」と簡略化してPCモニターの隅に貼りました。会議前に一息、メールを打つ前に一息、唇・歯・舌を確認するだけで、夕方のこめかみの張りが和らぎました。
呼吸は、おなかをふくらませる腹式で、4秒吸って6秒吐くリズムを1分間。毎時1回、スマホのリマインダーで知らせると、自然と顎の力がほどけます。頬やこめかみに手のひらをあてて温かさを感じながら、舌を上あごにつけたまま下顎を左右に小さく揺らすと、咬筋や側頭筋の緊張がほどよく解けます。電子レンジで温めたタオルを顎の付け根に1〜2分のせるのも心地よいリセットになります。こうした簡便な自己調整やリラクゼーションは、咀嚼筋の筋活動低減に役立つという報告があります[7]。
食習慣では、長時間のガムや、カリカリ・コリコリと噛みごたえの強いおやつをダラダラ続ける癖を少し控えると、顎の酷使を避けられます。爪噛み、ペンを噛む、片方ばかりで噛む、電話を肩と頭で挟む、うつ伏せ寝、頬杖。このあたりの無意識な動作は、顎に余計な荷重をかけます[1]。姿勢も味方にしましょう。椅子に深く座り、画面は目線の高さ、肩は下ろし、歯が触れない位置をキープ。デスクの鏡で口元を確認すると、力みの早期発見に役立ちます。
ストレスの波をやり過ごすために、思考を「紙に吐き出す」ことも効果的です。就業前に3分、頭の中にあるToDoや不安を書き出し、優先度だけ丸で囲む。夜に引きずりにくくなり、日中の食いしばりが鎮まる人が多いと報告されています[7]。短時間のマインドフルネス瞑想や筋弛緩法は、心拍と呼吸を整え、顎の過緊張も連鎖的に下がります[7]。
夜の歯ぎしり対策:眠りの設計をやさしく整える
夜は、覚醒を誘う刺激を少し遠ざけるのが基本です。カフェインは個人差がありますが、体内に長く残りやすいため、就寝の6〜8時間前を目安に切り上げると安心です[10]。アルコールは寝つきを早める一方で、夜間の浅い覚醒を増やしやすく、歯ぎしりの引き金になることが示されています[3,6]。眠りの質を優先する日は、量とタイミングを控えめに。ニコチンも覚醒作用があるため、就寝前は避けた方が安全です[3]。
寝る前のルーティンは「顎を温めて、呼吸を整える」の二本柱で十分に役立ちます。入浴またはシャワーで首すじを温め、ベッドサイドで蒸しタオルを顎関節のあたりにあて、1分の腹式呼吸へ。舌を上あごにつけ、上下の歯を離したまま、吸う4秒・吐く6秒のリズムで10呼吸。これだけで、眠り始めの顎の緊張が穏やかになります。鼻づまりがあると口呼吸になりやすく、いびきや睡眠の分断につながるため、寝室の加湿や就寝前の鼻洗浄、枕の高さの見直しも小さな助けになります[3]。
いびきをよく指摘される、朝の頭痛が続く、日中の強い眠気が抜けない。こうしたサインが重なる場合は、睡眠時無呼吸などの背景が隠れていることもあります。無理に自己流で対策を続けるより、一度医療機関で評価を受ける方が、結果的に近道です[3]。
歯科でできることと、受診の目安
歯科で最も一般的な対策が、オーダーメイドのマウスピース(ナイトガード)です。目的は「歯や顎関節を守り、筋肉への負荷を分散する」ことで、歯の摩耗や欠け、朝の痛みの軽減が期待できます[18]。市販のスポーツ用マウスピースは適合が甘く、かえって顎に負担をかけることがあるため、歯科での製作をおすすめします[1]。就寝時に装着し、朝に流水で洗ってよく乾かす。この基本を続けるだけでも、歯の保護効果は着実です。
ナイトガード以外にも、噛み合わせの調整や、炎症があれば歯の治療を先に行う場合があります。強い筋緊張が続くケースでは、医師の判断でボツリヌス毒素注射などが選択肢になることもありますが、適応や副作用の説明を受け、メリット・デメリットを理解した上で検討してください[9]。まずは生活の対策とナイトガードで負荷を下げ、必要に応じて医療的介入を段階的に検討する流れを推奨します。
次のような時は、受診を先延ばしにしないでください。歯がしみる・欠ける・ヒビが入るなどのトラブルが出た、口が開けにくい・開けると痛い状態が1週間以上続く、顎の関節でガクっと大きな音がして痛みを伴う、朝起きるたびに強い頭痛や耳の前の痛みがある。こうしたサインは、歯や顎を守るための合図です[4]。受診後のセルフケアの継続で、改善のスピードはぐっと上がります。姿勢や肩のこわばりが関係する人は、並行して肩こり対策を行うと相乗効果が出やすくなります。
編集部の実践メモ:2週間チャレンジ
編集部では、2週間の「歯を離す」チャレンジを行いました。PCモニターの隅に「リップ・ティース・タン」の小さな付箋を貼り、毎時1分の腹式呼吸、夕方に顎への蒸しタオルをセット。すると3日目あたりから夕方のこめかみの重さが軽くなり、朝の顎のこわばりも薄れていきました。もちろん個人差はありますが、生活の中に小さな儀式を散りばめるだけでも、体は確かに反応します。だからこそ、無理のない対策を淡々と続ける設計が功を奏します。
まとめ:今日から始める、小さな一手
歯ぎしり・食いしばりの対策は、特別な道具や根性論ではありません。日中は安静位を合図に力みを減らし、1分の呼吸でこわばりをほどく。夜は刺激物を遠ざけ、顎を温めてから眠りにつく。必要に応じて歯科でナイトガードを作り、歯と顎を守る。この積み重ねが、明日の朝の軽さにつながります。まずはスマホに1時間おきの合図を入れて、いま上下の歯が触れていないか確かめてみてください。今夜はカフェインの時間を見直し、寝る前に10呼吸だけお腹で呼吸を。続けやすい小さな対策こそ、あなたの暮らしを静かに変えていきます。
参考文献
- 日本歯科医師会 テーマパーク8020「歯ぎしり(ブラキシズム)」https://www.jda.or.jp/park/trouble/bruxism02.html(参照2025-08-28)
- Manfredini D, et al. Bruxism: current knowledge and future perspectives. PubMed PMID: 26022906. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26022906/
- Afonso J, et al. Sleep bruxism: pathophysiology, comorbidities and associated factors. PMC10205497. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10205497/
- 日本大学新潟歯学部附属病院「顎関節症・歯ぎしり外来」https://www.ngt.ndu.ac.jp/hospital/dental/service/special04/index.html
- Lobbezoo F, et al. International consensus on the assessment of bruxism (2018 update). PubMed PMID: 29926505. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29926505/
- Ihler F, et al. Alcohol intake and the risk of sleep bruxism: epidemiologic findings. PubMed PMID: 23504639. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23504639/
- Ommerborn MA, et al. Effectiveness of biofeedback and relaxation on masticatory muscle activity in bruxism. PubMed PMID: 25413839. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25413839/
- Ebrahim S, et al. Occlusal splints for sleep bruxism: a systematic review/Cochrane review. PubMed PMID: 17943862. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17943862/
- Al-Wayli H, et al. Botulinum toxin for bruxism: systematic review and meta-analysis. PubMed PMID: 36694050. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36694050/
- Drake C, et al. Caffeine effects on sleep taken 0, 3, or 6 hours prior to bedtime. J Clin Sleep Med. 2013;9(11):1195-1200. https://doi.org/10.5664/jcsm.3170