アルコールと睡眠のメカニズム:なぜ「寝つき」は良くても浅くなるのか
アルコールは脳の抑制系であるGABA(抑制性の神経伝達を強めて神経活動を落ち着かせる系)の働きを高め、交感神経のトーンを一時的に下げることで、まぶたが重くなり入眠が早まります[3,5]。ここだけ切り取ると「寝酒は効く」に見えますが、睡眠は前半と後半で性質が異なります。研究データでは、前半に一時的な深い睡眠が増えても、後半は睡眠が分断されやすく、全体としての回復感が損なわれることが示されています[6,4]。
入眠促進の正体:鎮静とアデノシン
アルコールは鎮静作用で眠気を誘導し、覚醒を促すアデノシン(覚醒と睡眠圧のバランスに関わるシグナル)の動態にも影響します[3]。その結果、電気を消してから寝付くまでの時間は短くなる傾向があります[7]。けれども、これは自然な睡眠圧が高まって眠るのとは違い、薬理的に「意識を落とす」側面が強い入眠です。鎮静で得られた眠りは、同じ時間寝ても翌朝の清々しさが乏しいことがあります[4]。
REM睡眠の抑制とリバウンド覚醒
医学文献によると、就寝前の飲酒は夜前半のREM睡眠(記憶整理や感情調整に関わる段階)を抑制しがちです。体内でアルコール濃度が下がってくる後半になると、抑えられていたREMがリバウンドし、夢が増えたり、浅い睡眠が増えたり、中途覚醒のリスクが高まります[4,6]。つまり、前半は「眠れている風」でも、後半で帳尻を合わせるように浅くなる。それが翌日のだるさの正体です。
就寝前の一杯がもたらす短期的な影響:入眠・中途覚醒・いびき
実生活では、寝酒の夜に限って夜中に目が覚める、早朝に目が冴えてしまう、いびきがひどいと言われる、といった経験が起きやすくなります。アルコールは咽頭周囲の筋肉をゆるめ、上気道が狭くなることでいびきや一時的な呼吸の停止を助長します[4]。とくに疲れている日や仰向け寝では影響が強くなりがちです。
中途覚醒とトイレが増える理由
アルコールは抗利尿ホルモン(バソプレシン)の分泌を抑えるため、尿量が増えがちです[8]。さらに、体温調節が乱れて寝汗をかいたり、心拍数が上がって「眠っているのに休めていない」状態になりやすくなります[3]。結果として、午前2〜4時のいわゆる「魔の時間帯」に目が覚め、そこから再入眠に苦労することが増えます。
いびき・無呼吸の悪化と翌日のパフォーマンス
咽頭の筋緊張が低下すると、いびきの音量が増え、睡眠時無呼吸の重症度も一過性に悪化します[4]。翌日は頭の重さや注意力の散漫さが残りやすく、カフェインで補おうとして午後の覚醒が過剰になり、夜の入眠をさらに遅らせる「負のサイクル」に入りやすくなります[4]。ここで「寝酒→中途覚醒→翌日のカフェイン→夜更かし」の連鎖が加速します。
習慣化の落とし穴:耐性、朝方の不安、そして「ゆらぎ世代」への影響
寝酒を繰り返すと、同じリラックス感を得るために量が少しずつ増えていく「耐性」が生じます[7]。量が増えるほどREM睡眠の抑制も強まり、浅い睡眠と中途覚醒が増えるという悪循環が生まれます[4]。さらに、アルコールが切れてくる明け方には交感神経が優位になりやすく、心拍の微妙な上昇や不穏感、嫌な夢の増加など「朝方の不安」を感じる人もいます[3]。
35〜45歳の女性はホルモン変動の影響を受けやすい時期でもあります。エストロゲンやプロゲステロンのゆらぎは睡眠温度帯や体温リズムに影響し、軽いホットフラッシュや寝汗が起きやすくなります[11]。そこにアルコールの血管拡張や体温調節の乱れが重なると、夜間の不快感や早朝覚醒が目立つことがあります[3]。編集部に寄せられた相談でも、仕事終わりのワイン1杯がやめづらく、午前3時に覚醒してスマホを握りしめる、翌朝の自己嫌悪でまたストレスが増える、といったループが語られてきました。ここで大切なのは、意思の弱さではなく仕組みの問題として捉え直す視点です。
睡眠の質を守るための現実的な工夫:量、タイミング、代替の「リラックススイッチ」
まずは**「量」と「タイミング」の再設計です。日常的に飲むなら、目安は純アルコール20g以内(例:ビール中瓶1本相当)とし、可能であれば就寝の3時間以上前**に飲み終えること[2,9]。夕食と一緒にゆっくり味わい、同時に水を飲んで血中濃度の上昇を緩やかにすると、睡眠への影響が和らぎます[9]。平日はノンアルに置き換え、週末に楽しむ「メリハリ方式」も現実的です。どうしても遅い時間になる日は、量を半分にして、水とタンパク質や食物繊維のある軽食を合わせると、夜間の覚醒感がいくらか抑えられます。
次に**「代替のリラックススイッチ」**を用意します。照明を落として間接光に切り替える、40℃前後の湯船に10〜15分浸かる、ぬるめのシャワーで首筋と背中を温める、紙の本を数ページ読む、4秒吸って7秒吐く呼吸を数サイクル行う、好きなハーブティーをゆっくり香りから楽しむ。どれも薬理的な鎮静ではなく、自律神経を穏やかに副交感へ傾ける働きがあり、入眠の自然さを保ちながら心身を落ち着けます。習慣化のコツは、飲酒する日もしない日も同じ「合図」を繰り返すこと。からだは小さな儀式を覚え、合図の先に眠りを紐づけてくれます。
加えて、**「寝酒に頼りたくなるスイッチ」**のほうも観察してみましょう。夕方の空腹、メールの未読、子どもの寝かしつけ後の静寂、あるいは締切のプレッシャー。引き金に名前をつけると、対処が具体的になります。夕方の低血糖が引き金なら、17時台にナッツやヨーグルトをひと口。静けさが寂しさを連れてくるなら、短いストレッチとプレイリスト。仕事の張り詰めが抜けないなら、タスクを3行だけ書き出して「続きは明日」と区切る。小さな置き換えの連続が、結果として睡眠を守る最短ルートになります。
もし「最近いびきが増えた」「日中の眠気が強い」と感じるなら、パートナーや家族の観察も手がかりになります。スマートウォッチやアプリのデータは完璧ではありませんが、寝酒の有無で夜間覚醒や心拍がどう変わるかの比較には役立ちます。編集部では、まず2週間を目安に「就寝3時間前はノンアル」「飲む日は20g以内」のセットで実験してみることをおすすめしています。なお健康影響の観点では、少量でもリスクがゼロではないとの公的見解が示されています[10]。手応えが出たら、こちらの記事「睡眠負債のやさしい返し方」「午後のカフェインと睡眠の関係」「眠りを深めるナイトルーティン」も、ルーティンづくりの参考になります。
まとめ:今日の一杯を、明日のわたしにやさしく
アルコールは入眠を早める一方で、REM睡眠の抑制や中途覚醒、いびきの増加などを通じて、翌日の回復感を削りがちです[3,4,6]。ここで必要なのは、ゼロか百かの発想ではなく、量とタイミングの設計、そして代替のリラックススイッチ。就寝3時間前に飲み終える、純アルコール20gを上限にする、水と一緒に味わう、ノンアルの日を定着させる。そんな小さな工夫が、数週間後の朝を静かに変えます。
もし今夜、寝酒に手が伸びそうなら、自分に問いかけてみてください。「今、わたしは何から解放されたいのだろう?」その答えに合う合図をひとつだけ選び、5分だけ試すところから始めましょう。眠りは取り戻せます。自分の脳とからだの仕組みに沿って、小さく賢くチューニングする。その積み重ねが、明日のわたしを少し軽くします。
参考文献
- Centers for Disease Control and Prevention. Prevalence of short sleep duration among US adults. https://www.cdc.gov/pcd/issues/2023/22_0400.htm
- 東松島市(厚生労働省「健康日本21」引用). 節度ある適度な飲酒量について. https://www.city.higashimatsushima.miyagi.jp/kurashi/kenko-fukushi/kenko-iryo/kenkodukuri/alcohol.html
- Thakkar MM, Sharma R, Sahota P. Alcohol disrupts sleep homeostasis. Alcohol. 2015;49(4):299-310. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25499829/
- Colrain IM, Nicholas CL, 他. Alcohol and sleep: effects on normal sleep. PMC Article: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6707127/
- Williams HL, MacLean AW, 他. Alcohol-induced depression of arousal mechanisms and sleep. PMC Article: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC491372/
- Rundell OH Jr, Williams HL, Lester BK, Skinner JB. The effect of alcohol on sleep architecture, first 2 hours after ingestion. PMC Article: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2336897/
- Roehrs T, Roth T. Sleep, sleepiness, and alcohol use. Alcohol Research & Health. 2001;25(2):101-109. PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11584551/
- Cleveland Clinic. Adults, Booze and Bedwetting: Here’s What Happens. https://health.clevelandclinic.org/adults-booze-bedwetting-heres-happens
- National Sleep Foundation. Alcohol and Sleep. https://www.thensf.org/
- WHO Regional Office for Europe. No level of alcohol consumption is safe for our health. 2023-01-04. https://www.who.int/europe/news/item/04-01-2023-no-level-of-alcohol-consumption-is-safe-for-our-health
- Sleep Foundation. Menopause and Sleep. https://www.sleepfoundation.org/women-and-sleep/menopause-and-sleep