プレイングマネージャーの悩みは“構造”の問題
統計では、国内の管理職のうちプレイングマネージャーに該当する人が6〜7割規模にのぼると報告されています[1]。加えて、民間調査では高ストレスの要因として「仕事の量・労働時間」が最も多く指摘されており[2]、女性管理職では育児・介護との両立に関する負担感が男性より高い傾向が示されています[3]。編集部が各種調査を横断的に読むと、プレイングマネージャーの悩みは個人の努力不足ではなく、役割設計と評価の“構造”に起因する部分が大きいことが見えてきます。
プレイヤーとしての成果を出しながら、人を動かし、機能するチームをつくる。言葉にすればシンプルでも、実務では時間の断片化と評価のミスマッチ、そして権限と責任のギャップが重なり、常に「どちらを優先すべきか」という難しい選択を迫られます。ここではきれいごとを避け、研究や実務知見に基づき、悩みの正体と、今日から挽回できる現実的な打ち手を整理します。
評価は“個人成果”に寄りがちという落とし穴
研究データでは、組織が短期の数値目標を重視するほど管理職の評価が個人売上や専門実務のアウトプットに偏る傾向が指摘されます[1]。つまり、チームづくりに投じた時間は成果に直結していても、評価システム上は見えにくい。結果として、ミーティングや1on1、育成の時間が後回しになり、本人もチームも疲弊するという逆風が生まれます。編集部が話を聞く現場でも、「人に投資するほど四半期評価では損をする気がする」という声は珍しくありません。だからこそ、“見えにくい成果を見える化する技術”が必要です。週次のチームメトリクスや育成進捗を短いメモで記録し、上長のレビューで触れる。これだけでも「やっているのに伝わらない」を減らせます。
時間の断片化が生む“生産性の錯覚”
認知心理学ではタスク切り替えの損失が示され、細切れの予定が積み上がると集中回復に要する時間が増えます[4,5]。メール返信、チャット対応、承認依頼、1on1、緊急の火消し、そして自分の作業。すべては仕事ですが、混ぜると濁る。プレイングマネージャーの一日は、気づくと「何も終わっていないのに、疲労だけが残る」になりがちです。編集部の分析では、30〜90分の“深い作業ブロック”を1日1回でも確保できた週は、未処理タスク数と翌週のストレス自己評価が低下する傾向があります。深く集中する時間と、短く捌く時間を意図的に分ける。その“線引き”が全体の手応えを変えます。
仕事の再設計:まず「任せる」を設計する
任せることは放り投げることではありません。編集部は、任せる前に整える要素を五つの視点で捉えています。まず目的を一文で言語化し、次に期待する成果物の姿を具体的に共有します。期限は“解像度”も含め、途中の確認ポイントをいつにするかを含めて握ることが欠かせません。判断基準は、品質・スピード・リスク許容の優先順位を明示して初めて機能します。そしてサポート範囲は、相談してほしいタイミングと、相談不要な判断領域をあらかじめ線引きしておくと、相手は安心して走れます。これらを口頭でさらりと伝えるのではなく、短いメモにして渡すと、相手の再読が可能になり誤解が減ります。
委譲が苦手だと感じる背景には、「自分がやる方が早い」という本音と、「任せて失敗したら自分の評価が下がる」という恐れが同居しています。ここで役立つのが、“段階的な手放し”の発想です。最初は設計と最終レビューを自分が担い、二回目はレビューを要点のみに絞り、三回目以降はレビューを抜く。スモールステップで権限を移し、成功体験を双方に積み上げることで、任せること自体が投資対効果の高い戦略になります。
集中時間と会議の“ミニマム”を決める
深い作業は朝、もしくはエネルギーが高い時間帯に置く方が成功率が上がります。カレンダーに30〜90分の集中ブロックを確保し、その時間帯は通知を止めると決めておく。ブロックの前後に短い“切り替え時間”を設けると、急な割り込みにも揺らぎにくくなります。会議は目的と意思決定の種類を冒頭で確認し、資料の事前共有と“見ないと決めた”資料は会議中に開かない約束をチームで持つと、無言の消耗が減ります。オンラインなら、録画と要点の文字起こしで欠席者のFOMOを下げると参加人数も最適化しやすくなります。こうした小さなルールが、プレイングマネージャーの可処分集中力を守ります。
自分がやるべき“コア”を決める
プレイヤーとして手放しにくい仕事ほど、自分にしかできないコアの見極めが鍵です。例えば、顧客との重要交渉や、チームの戦略方針の策定は残し、ルーチンのレポート作成や定型の進行管理は他者に移す。コア以外を譲ることで、コアの品質を上げる時間が生まれ、結果としてチームの成果も上がる。編集部の取材では、週に一つ「やらないこと」を決めて実行したマネージャーほど、四半期終了時の自己効力感が高い傾向が見られました。
人を活かす:1on1とフィードバックの最小作法
プレイングマネージャーにとって、人への投資は後回しにしやすい領域です。しかし、1on1を定期運転に乗せると、仕事の依頼やフィードバックの“摩擦”が減り、結果として自分の時間が返ってきます。編集部のおすすめは、隔週30分の短い1on1を、同じ曜日・同じ時間に固定すること。アジェンダは相手の持ち込みを基本としつつ、四半期に一度は「期待している役割」「強みの具体例」「今後3ヶ月で伸ばしたいこと」を言語化してすり合わせると、日々の依頼が通りやすくなります。ここで重要なのは、期待は行動レベルで具体化することです。「主体性を持って」は抽象的でも、「毎週月曜の午前中に、先週の学びを3行で共有する」は行動に落ちます。
SBIで“刺さらない”を避ける
フィードバックが感情論に聞こえると、相手は行動を変えにくくなります。そこで有効なのがSBIという枠組みです。状況、具体的な行動、その影響の順に短く伝えると、評価ではなく観察として受け止められやすくなります。例えば、「昨日のクライアント定例で、質問にすぐ答えず一拍置いたことで、先方が最後まで話しやすい空気になっていた。議論が深くなった」という具合です。ポジティブな行動の再現性が高まり、改善が必要な場面でも対話が壊れにくくなります[6]。
心理的安全性の“合図”を毎週入れる
心理的安全性はスローガンでは育ちません。研究では、心理的安全性がチーム学習と成果の基盤であることが示されています[7]。小さな合図の積み重ねが効きます。例えば、ミスの共有に対して感謝を先に伝える、役割に関係なく意見を募る時間を3分だけ設ける、判断に迷ったときは基準を言語化して共有する。こうした合図はチームの学習速度を上げ、プレイングマネージャーの“自分で抱え込まないと回らない”を減らしてくれます。
自分を守る:エネルギーとキャリアの更新
どれだけ仕組みを整えても、エネルギーが切れたら続きません。研究では、睡眠の質・量の低下が意思決定や注意制御など前頭前野機能に影響し、判断の一貫性を損なうことが示されています[8]。まずは起床時刻を固定し、朝の10分を「自分の予定を自分で決める」時間に充てると、一日の主導権が戻ります。移動や家事の合間に短い歩行を挟むだけでも、創造的思考や認知の切り替えが促され、午後の集中は回復しやすくなります[9]。編集部のセルフ実験では、昼の15分散歩を週3回続けた週は、夕方以降のメール処理速度が体感で上がりました。感情のログを一日一文で残し、何に疲弊し、何で満たされるかを可視化すると、仕事の設計と生活の調整が噛み合います。
キャリアの視点では、プレイングマネージャーは“二刀流”が持ち味です。個人の専門性と、チームを動かす力。どちらを今期伸ばすのか、どちらを守るのかを決めるだけでも、学びの投資がシャープになります。例えば、今期は人に投資すると決めたなら、評価面談でその時間を報告可能な形にし、育成の成果をメトリクス化して共有する。逆に専門性を深める期なら、プロジェクトではコア領域の難易度を一段上げ、マネジメントは任せる領域を広げて深掘りの時間を確保する。“今期の自分の勝ち筋”を言語化することが、曖昧な焦りを減らします。
家庭やケア責任との両立も、プレイングマネージャーの現実です。家族の予定を「変更不能な固定予定」として先にブロックし、仕事側をその制約条件で最適化する発想に切り替えると、罪悪感ベースの意思決定から抜け出せます。上司や人事への早めの共有は、配慮を引き出すためだけでなく、あなた自身が自分の優先順位を守る宣言にもなります。
まとめ:完璧でなく、フェアに進めばいい
プレイングマネージャーの悩みは、あなたの人格ではなく、役割の設計に由来するものが多い。だからこそ、仕組みで解くのがいちばんフェアです。任せる前の設計を一枚のメモにする、集中ブロックをカレンダーに固定する、1on1で期待を行動まで言語化する。どれも今日から試せる現実的な打ち手です。
来週の自分に渡せる“小さな勝ち”は何でしょう。まずはカレンダーに30分の深い作業枠を置き、次の1on1で「今期の勝ち筋」を一緒に決めてみる。任せ方のメモをテンプレ化して、同じ失敗を繰り返さない仕組みをつくる。完璧じゃなくていい、でも前よりは少しフェアに。あなたの時間とチームの未来は、その一手から動き始めます。
参考文献
- リクルートワークス研究所. 新しいプレイングマネジャーの働き方(特集/調査). https://www.works-i.com/research/project/leader-jobassign/index.html
- 日本の人事部(HRプロ・jinjibu.jp). ストレスチェック関連ニュース(高ストレス要因「仕事の量・労働時間」等). https://jinjibu.jp/news/detl/11924/
- ニッセイ基礎研究所. 女性管理職の子育て負担と男女差に関するレポート(id=78067). https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id%3D78067?site=nli
- Wake Forest University News. The switch cost of multitasking (2024). https://news.wfu.edu/2024/04/16/the-switch-cost-of-multitasking/
- Mark, G., Gudith, D., & Klocke, U. (2008). The cost of interrupted work: More speed and stress. Proceedings of CHI 2008. https://dl.acm.org/doi/10.1145/1357054.1357072
- Center for Creative Leadership. Closing the Gap Between Intent vs. Impact (SBI/SBII). https://www.ccl.org/articles/leading-effectively-articles/closing-the-gap-between-intent-vs-impact-sbii/
- Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383. https://doi.org/10.2307/2666999
- Lim, J., & Dinges, D. F. (2010). A meta-analysis of the impact of short-term sleep deprivation on cognitive variables. Psychological Bulletin, 136(3), 375–389. https://doi.org/10.1037/a0018883
- Oppezzo, M., & Schwartz, D. L. (2014). Give your ideas some legs: The positive effect of walking on creative thinking. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 40(4), 1142–1152. https://doi.org/10.1037/a0036577