Gallupの世界調査で、日本の従業員エンゲージメントはわずか**5%**と世界最低水準と報告されています。[1] 数字は冷淡ですが、日々の会議やチャットの行き違い、言いたいことを飲み込む沈黙、逆に言い過ぎた後悔が積み重なれば、仕事の満足度が下がるのは当然です。研究データでは、アサーティブ(自己主張)トレーニングが対人不安やストレス反応を下げ、自己効力感・自尊感情を高めることが示されています。[2,3] 編集部が各種データを読み解くと、結論はシンプルでした。感情を置き去りにせず、相手も自分も尊重する伝え方——それがアサーティブコミュニケーションであり、キャリアの第2幕を走る私たちに必要な“日常の技術”です。
「正しさ」か「優しさ」かの二者択一ではなく、対等・率直・敬意の3点が同時に成立する方法がある。専門用語をほどきながら、会議・上司・リモート・家庭、それぞれの現場で使える言い換えと手順を具体例で解説します。
アサーティブは“やさしく、正確に、対等に”を同時に叶える
アサーティブコミュニケーションは、攻撃的でも受身的でもない第三の選択です。攻撃的だと相手は萎縮し、受身的だと自分が摩耗します。どちらも短期的には場が収まるように見えて、長期的には関係と成果を傷つけます。アサーティブは、自分の意見・感情・権利を率直に表現しながら、同時に相手のそれも尊重します。ポイントは「私はどう感じ、何を必要とし、どんな提案が現実的か」を具体的に言葉にすることです。アサーティブは「自他尊重」を軸に、攻撃的コミュニケーションとは明確に区別される行動様式として定義されています。[4]
例えば、期限超過が常態化しているプロジェクトで「早くして」とだけ言えば命令になり、何も言わなければ黙認になります。アサーティブなら、「この工程が1日遅れると、テスト工程にしわ寄せが出て最終品質が落ちます。今日中にAだけ終えられると助かります。難しければ、Bを翌朝に回す案はどうでしょう」と伝えます。主語を「あなた」から「私」「このプロジェクト」に切り替え、事実→影響→具体提案の順に置き直すだけで、温度は下がり、建設的な会話に変わります。
研究データでは、看護・教育など対人負荷が高い領域で、アサーティブトレーニング後に自己主張尺度(Rathus Assertiveness Schedule)やウェルビーイング・自尊感情が有意に改善した報告があります。[2,5] つまりテクニックの問題ではなく、実務の生産性に直結するスキルだということです。
言い過ぎと飲み込みの間にある“第三の道”
アサーティブは性格ではなく、選択と練習で獲得できる行動様式です。声を荒らげずに言うべきことを言う。笑顔のまま飲み込まずに線を引く。理不尽に耐えず、衝動にも流されない。矛盾する要求を同時に満たすには、文章の設計が要です。事実を描写し、感情を名指しし、要望を具体化し、合意を探る。この順番を守るだけで、体感は驚くほど変わります。
今日から使える“言い方の設計図”:IメッセージとDESC法
アサーティブの土台は、責めずに率直に伝えるIメッセージです。「あなたはいつも遅い」ではなく、「私は、締切直後の作業が想定より増えて困っている」と主語を自分に置き、事実と感情を分けます。すると相手は防御を解き、対策に意識が向きやすくなります。
そこに構造を与えるのがDESC法です。まず状況を具体的に描写し(Describe)、次に自分の感情や影響を表現し(Express)、続いて望ましい行動を具体的に示し(Specify)、最後に合意や代替案を提案します(Choose/Consequences)。例えば、深夜のチャットが常態化しているチームなら、「最近、0時以降のチャットが増えています(D)。朝の集中時間が削られて、品質に揺らぎが出ています(E)。緊急でない連絡は翌朝9時以降に切り替えたいです(S)。どうしても必要な場合は『至急』を冒頭に付けることでどうでしょう(C)」と伝えます。言い切り方は柔らかくても、内容は具体的で対等。これがアサーティブです。
上司への依頼にも応用できます。「追加の資料作成をご依頼いただきました(D)。既存案件のレビューが重なっており、品質が落ちる懸念があります(E)。資料は明日の15時までに、スライド5枚で骨子に絞って提出する形はいかがでしょう(S)。その場合、今週の定例レビューは来週にスライドさせてください(C)」。衝突を避けるための曖昧さではなく、誠実さと具体性が信頼を積み上げます。
“クッション言葉”の使いすぎが招く曖昧さを整える
「もしよければ」「大丈夫そうであれば」「一旦」などのクッション言葉は便利ですが、多用するとメッセージがぼやけます。相手の顔色ではなく、目的基準で言葉を整えましょう。「目的:金曜までにローンチ」「制約:法務チェックに2営業日」。この二点を先に共有し、「この前提で水曜18時までに文案をいただけると進みます」と条件を明確にする。やわらかさは残しつつ、要件は曖昧にしないのがコツです。
シーン別:会議、上司、リモート、家庭での実装
会議では、反対意見を述べる瞬間こそアサーティブの出番です。「この案には期待しています」から入るとイエスかノーかの二択に吸い込まれがちです。むしろ「私は、KPIのうち継続率に重きを置いています。現行案だと初速は出ても継続率への寄与が読み切れません。継続率に効く施策を3割だけ混ぜる形に修正しませんか」と論点を特定し、比重を提案します。賛否よりも配分に焦点を移すと、議論が前に進みます。
上司への“逆提案”は、相手の目的を先に言語化するほど通ります。「この依頼のゴールは、来週の役員会で反対を減らすことだと理解しています。そのためには競合比較を厚くしたい。なので、市場規模の詳細より『競合3社の弱点』にページを割きたいです」。目的を共有したうえで手段を見直す。この順番が、上下関係のある場でも対等さを守ってくれます。
リモートでは非言語の情報が欠けます。ですから文面の設計で補いましょう。冒頭に合意した事実、次に現状の評価、最後に具体要望の順に並べると、読み手のコストが下がります。例えば、「前提共有:次回リリースは7/31です。現状、フロントは計画どおり、バックエンドは2日遅れです。お願い:本日中にログ設計の決定と、デプロイ可否の判断をお願いできますか」。この書式をチームで共有すると、誤解の元になる“ニュアンスの読み”が減ります。
家庭でもアサーティブは有効です。家事分担が偏っているなら、「帰宅後すぐの夕食作りと片付けで、21時以降に自分の時間が取れず疲れが残ります(E)。平日の洗い物をパートナーが担当し、私は朝のゴミ出しと掃除を受け持ちたいです(S)。これで平日は各自30分の自由時間を確保できます(C)」。攻めずに、事実と影響と提案を積み上げる。家族はチーム、そう考えると口調も自然と整います。
言いづらい“NO”を、関係を守りながら伝える
断るのが苦手な人は多いものです。関係を壊さずにNOを伝える鍵は、相手の目的を損なわない代替案を添えること。「当日は先約があり難しいです(D/E)。ただ、資料の骨子だけなら明日の昼までに送れます(S)。それをご覧いただき、必要なら来週火曜の朝に30分お取りできます(C)」。できない理由の説明を重ねるより、できる範囲を明確に提示するほうが誠実です。
言葉以外が9割:姿勢・声・間の整え方
よく「言葉以外が9割」と言われますが、実際には状況により影響は変わります。大切なのは、非言語を意図的に整えることです。視線は相手の目元と資料を往復させ、声は「少しゆっくり・少し低め」を意識すると、落ち着きが伝わります。語尾の上がり癖があるなら、語尾だけ一拍置いて下げる。言葉の強さを上げるのではなく、間で強さを出すと、圧が出すぎません。座り姿勢は骨盤を立て、両足を床に置くと、呼吸が深くなり、声が安定します。オンラインではカメラ位置を目線の高さにし、ライトで表情の影を減らすと、同じ言葉でも柔らかく届きます。
謝るべき時は短く、感謝は具体的に。曖昧な「すみません」を連発すると、必要なときに効かなくなります。遅延なら「10分遅れました。待機の10分を生ませてしまい失礼しました」と事実に限って述べ、次に「助かりました。資料の要点が事前に共有されていたので議論にすぐ入れました」と具体的に感謝する。謝罪と感謝の質が上がるだけで、場の温度は変わります。
“自分に線を引く”が、相手への敬意になる
自分の限界を明確にすることは、相手への敬意でもあります。対応可能な時間帯、引き受けられる業務範囲、意思決定の裁量、これらを先に言葉にして共有すると、相手は予測可能性を得て動きやすくなります。編集部のおすすめは、週の初めに「今週のOK・NG」を短文でチームに流すこと。例えば「夜の会議は火曜木曜のみ対応可能。金曜は午前中なら可。緊急の判断は私→Aさんの順で」。線を引くことは、守るべきものを大切にする宣言でもあります。
習慣化のコツ:1分準備、2分メモ、24時間ルール
アサーティブは一夜で身につく魔法ではありませんが、日常の小さな手順化で定着します。話す前の1分で「目的・相手の目的・合意できる最低ライン」を紙に書く。会話後の2分で「うまくいった言い方・次に直したい言い方」をメモに残す。感情が煮立ったときは24時間ルールで、一晩置いてから文章を整える。これだけで言葉の精度は目に見えて上がります。忙しい週でも、打ち合わせ1本につき3行メモなら続きます。
トレーニング素材は、日々の自分のメッセージが最適です。送信前に「事実→影響→提案の順番になっているか」「Iメッセージになっているか」「相手の目的に触れているか」を確認する。間違い探しではなく、設計図に照らすチェックです。迷ったら、 境界線を引くための会話の始め方や、 40代のキャリア再設計、 働く親の時間設計の記事も参考にしてみてください。優先順位や価値観が明確になるほど、伝えるべき言葉はシンプルになります。
“相手を変える”より“関係をデザインする”
アサーティブの効用は、相手を意のままに動かすことではありません。合意の条件、スピード、責任の持ち方、これらを言葉でデザインし、関係の運用コストを下げることにあります。たとえ意見が割れても、対話の質が高ければ次が続く。キャリアの後半戦を支えるのは、正しさの勝利ではなく、関係の持続可能性です。
まとめ:言葉で、自分と相手の両方を守る
私たちは“言わないでやり過ごす”ことにも、“言って壊してしまう”ことにも疲れています。アサーティブコミュニケーションは、その二択を終わらせる技術です。事実を描き、感情を名指しし、要望を具体化し、合意を探る。たったこれだけの順番が、会議室の空気も、家の台所も、少しずつ変えていきます。
次のミーティングで、最初の一文だけ整えてみませんか。「私は〜を重視しています。現状は〜です。なので〜を提案します」。その一歩で、相手の反応は驚くほど変わります。今日の5分を、明日の関係に投資する。言葉は、私たちの働き方と暮らし方を静かに更新してくれます。
参考文献
- Gallup. Japan’s Workplace Wellbeing Woes Continue. https://news.gallup.com/opinion/gallup/510257/japan-workplace-wellbeing-woes-continue.aspx
- Systematic review on assertiveness training and outcomes (PMC8242798). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8242798/
- Study on assertiveness training effects on stress/anxiety (PMC4752719). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4752719/
- 日本教育心理学会誌(第61巻4号)アサーティブネス・トレーニングの定義に関する論考. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjep/61/4/61_412/_article/-char/ja/
- PubMed: Effects of assertiveness training on assertiveness/self-esteem/well-being (PMID: 32034762). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32034762/