和モダンの本質は「余白・素材・光」を設計すること
国内のリフォーム・リノベ市場はおよそ7〜8兆円規模と推計され、インテリア関連の支出も緩やかに拡大しています[1]。総務省の調査でも、私たちは自宅で過ごす時間が増えているという事実が示されました[2]。理想の部屋はSNSで見慣れているのに、現実は子どもの工作、仕事道具、洗濯物であふれる。きれいごとだけでは片づかない毎日の中で、心地よさの基準をもう一度作り直す必要があります。
編集部が各種データや事例を分析すると、和モダンの肝は高価な骨董や一枚板ではありません。鍵を握るのは、余白・素材・光という3つの設計要素でした。環境心理や建築分野の研究では、木質や和紙のようなテクスチャがストレス指標の低下や安心感につながる例が報告され[3,4]、拡散的な間接光が知覚上の広がりと落ち着きをもたらすことも示唆されています[5]。モノが多い現実を責めるのではなく、仕組みで余白を生み、素材と光で質感を整える。それが、忙しい私たちに無理なく寄り添う和モダンの空間作です。
和モダンは、古民家風の演出や和家具の多用ではなく、視線の流れと質感、光の当たり方を整えるデザイン思考です。医学文献というより建築・環境系の研究データでは、木や紙、布などの自然素材が触覚と視覚の両面で安心感を高める傾向が報告されており[3,4]、艶を抑えた面や微細な凹凸がある面は光をやわらかく散らし、コントラストを穏やかにします[5]。つまり、強い光を弱める・ツヤを抑える・触れたくなる質感を選ぶという3つの観点が、和モダンの土台になります。
核となる3要素:余白・素材・光
まず余白です。床や壁に見える面積が増えるほど、私たちは「片づいた」と知覚します。余白は収納量の問題ではなく、視線の抜けをどう作るかという設計の問題。高さを抑えた家具で視線を水平に流し、飾るモノは少数精鋭にすることで、広がりが生まれます。次に素材。木、和紙、麻、土のように、手が触れたときに温度と抵抗を感じる素材は、暮らしのリズムをゆるめる効果が期待できます[3,4]。最後に光。天井のメイン照明だけに頼らず、足元や壁面にやわらかい灯りを置くと影が増え、空間に奥行きが出ます。行灯型や和紙のシェードは、光源のまぶしさを包み、夜の時間に呼吸を整えてくれます[5]。
色の設計:3色ルールで「静けさ」をデザインする
和モダンの色は、白と黒の間にある「グレー味」を味方にします。生成りや灰色、墨色、藍のような落ち着いた色を中心にし、木の素地の色をベースに据えると、空間のノイズが減ります。実務的には、ベース・メイン・アクセントの3色程度に抑えるのが目安。たとえば、壁と大きなラグは生成り〜薄灰、木製家具はナチュラルブラウン、アクセントに藍や墨色のテキスタイルを一点という構成にすると、統一感が生まれます。華やかな色柄を否定する必要はなく、面積を絞って「季節のしつらえ」として入れ替える発想が、飽きの来ないモダンにつながります。
現実に機能する和モダン:賃貸・家族・予算の壁を超える
35〜45歳の今は、仕事も家事もチーム戦。和モダンの空間作が続くかどうかは、家族の動線、片づけの手間、予算の現実にかかっています。編集部がケースを検討して感じたのは、手で触れる場所から変えると体感が早いということ。取っ手、トレイ、ランチョンマット、クッションカバーのように小さな「接点」を天然素材や和の質感へ置き換えると、触れた瞬間に気分が切り替わります。賃貸でも原状回復しやすい選択肢が増え、粘着式の和紙風ガラスフィルムや、置き畳、ロールスクリーンで、壁や床を傷つけずに雰囲気を変えられます。
賃貸でもできる「痕を残さない」整え方
穴を開けられない壁には突っ張り棚やピクチャーレールを使い、アートや季節の枝物を吊るすと、床面の余白を保ったまま縦方向の変化が作れます。窓はブラインドを竹や木調に替えるだけで、昼の光がやわらかな縞に変わります。床はラグより一歩踏み込んで、単体で置ける畳タイルを敷けば、低い重心と座る暮らしが取り戻せます。テーブルの天板はランナーで質感を足し、食器は漆風のトレイや木の盆を「運ぶ」「隠す」両方に活用。大きく工事をしなくても、道具の質感と配置のルールで雰囲気は大きく変わります。
家族の合意形成は「ルールを1つだけ」
理想を全部通そうとすると反発が起きます。そこでルールは1つに絞ります。たとえば「床に置くのは定位置のバスケットだけ」。ほかのことは目をつぶる代わりに、ここだけは守る。視覚面積の大きい床が整うと、部屋全体が片づいたように見え、誰にとっても達成感が分かりやすいからです。もう一つのコツは、“見せるモノ”の選抜を家族で行うこと。お気に入りの器、旅のポストカード、子どもの工作を一か所に集め、季節で入れ替える「ギャラリー棚」を作ると、飾る行為が共同作業になり、散らかりが賞賛に変わります。
部屋別の実践:今日からできる和モダンの整え方
和モダンの理屈が見えたら、次は手を動かしたくなります。部屋別に、無理のない順序で手応えが出る場所から整えていきましょう。ポイントは、体感の強い接点から変える、面積の大きい要素を後から整えるという順番です。
リビング:座り方と光で「くつろぎの重心」を下げる
ソファ中心の生活が心地よい一方で、在宅ワークや子どもの遊びで床時間が増えがちです。そこで、ローテーブルの脚を短くする、ソファ前に薄手の置き畳を敷く、クッションを座布団サイズに替えるなど、座る高さを少し下げると身体の力が抜けます。照明は天井の明かりを落として、壁際に和紙シェードのフロアライトを置き、テレビ背面には小さな間接光を。画面の白飛びを抑え、夜のコントラストが柔らぎます[5]。テレビ横の空きスペースには、季節の枝を一輪。大ぶり一枝は、複数の小物よりも視線の散乱を防ぎ、和モダンの静けさを連れてきます。
寝室:布と香りで「眠る装置」にする
寝室はもっとも投資対効果が高い場所です。カーテンを生成りの厚手と透け感のある薄手の二重にし、朝は上からの光、夜は下からの灯りで陰影を作ります。ベッド周りはリネンやコットンのカバーで肌触りを整え、サイドテーブルに小さな行灯型ライトを置く。和精油のヒノキやユズをティッシュに一滴含ませて枕元に置けば、香りの過剰演出を避けながら、木質の安心感だけを取り入れられます。木の香り(例:スギ等)は自律神経の指標を鎮静化させる報告があり、リラックスの一助になります[3]。
キッチン:見せる器と隠す道具の住み分け
動線が命のキッチンは、機能を削らずに質感を整えます。見せるのは器と盆、隠すのは色の主張が強い調理道具。ワークトップには木のトレイを1枚だけ置き、その上にポットや茶筒、急須など「出しっぱなしで絵になる」ものをまとめます。冷蔵庫の側面はマグネットの色を統一し、メモは和紙風のメモ用紙に書いてクリップで一まとめ。布は晒や蚊帳生地のふきんにすると、吊るす様子自体が景色になります。小さな投資で、生活感を“手入れの感”へ翻訳するのがコツです。
玄関:靴ではなく「光と香り」でもてなす
家の第一印象は玄関で決まります。マットは無地で毛足の短いものにし、土間側に小さな行灯やセンサーライトを置いて、足元から迎える光に。靴箱の上はトレイで面を作り、鍵や印鑑などの雑多な物はその上に。季節の枝や一輪の花を合わせれば、帰宅時にひと呼吸おけます。合成の強い香りは避け、木と紙の匂いで充分です。雨の日は傘の水滴を受け止める大きめの盆を用意して、見た目と実用を両立させます。
長く続くための「調達とメンテナンス」戦略
和モダンは継続してこそ深まります。買い物の軸がぶれないように、素材・サイズ・メンテ周期の3点で判断しましょう。素材はできる範囲で天然に寄せ、難しければ和紙風樹脂や木調の突板などメンテしやすい選択肢を選ぶ。サイズは「住まいの最小寸法」に合わせ、大きすぎるトレンド家具は避ける。メンテは季節のルーティンに組み込み、木は乾拭きとごく少量のオイル、和紙ははたき、布は天日干しを基本に。時間をかけて艶が出る、色が深まるという経年変化は、和モダンの最大のご褒美です[3,4].
季節のしつらえは、入れ替えの仕組みを作るとラクになります。春は薄手の麻や桜の枝、夏は簾や竹、秋はすすきや深い藍、冬はウールのブランケットと蝋燭の灯り。面積の大きいものは通年で、中小物で季節を動かすと、収納の負担も減り、散漫になりません。役目を終えた器や布は譲る、売る、リメイクするという循環に乗せ、捨てる罪悪感に飲み込まれないでください。空間が整うことは、選ぶ力が研ぎ澄まされることでもあります。
失敗パターンと微調整のコツ
よくあるのは、色数が増えすぎる、光が強すぎる、装飾が点在して視線が散るという3点です。色は布ものから統一し、光はワット数ではなくシェードで和らげる。装飾は一か所に集めて季節で入れ替えれば、量を減らさずとも静けさが戻ります。迷ったら、部屋の写真をモノクロにして見てください。明暗のコントラストが強い場所に、拡散光とマットな素材を足す[5]。それだけで、和モダンの「落ち着きの輪郭」が見えてきます。
まとめ:余白を味方に、今日の一歩から
忙しさが終わる日は来ないかもしれません。だからこそ、住まいは戦う場所ではなく、呼吸を取り戻す器であってほしい。和モダンは、完璧な片づけではなく、余白・素材・光を少しずつ整える暮らしの姿勢です。まずは、床に置くものを一つ減らし、手が触れる場所の質感を変え、夜の灯りをやわらげる。小さな三歩で、部屋の空気は確かに変わります[2,5].
次の休みに何から始めますか。クッションカバーを生成りに替える、窓辺に和紙のロールスクリーンを足す、玄関に行灯を置く。どれも今日の選択で叶う空間作です。私たちの暮らしは、きれいごとだけでは整いません。それでも、丁寧に選んだ一つが、部屋の温度と心の温度を同時に上げてくれます。あなたの和モダンが、いちばん居心地のいい“いまの家”になりますように。
参考文献
- 矢野経済研究所. 住宅リフォーム市場規模に関するプレスリリース(2023年). https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3595
- NHKニュース. 総務省「1日の生活時間の使い方」調査まとめ(2022年8月31日). https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220831/k10013796721000.html
- さかたのたね「サカタのタネ」佐賀田通信. 宮崎良文氏の木材・香りとリラックスに関する紹介記事(2019年5月14日). https://sakata-tsushin.com/yomimono/rensai/premium/essay_miyazaki/20190514_007787.html
- 京都大学 生存圏研究所. 木質環境と健康・快適性に関する研究成果一覧. https://www.rish.kyoto-u.ac.jp/newarea/list_achievements/newarea_achievement2-2/?lang=ja
- LYKKE LIGHTINGコラム. 反射光・間接照明とリラックス効果に関する解説. https://lykke-lighting.jp/blogs/column/column05