ホルモンバランスと肌、その科学的な関係
「ホルモンバランス」は、体内のホルモン同士の相対的な比率とタイミングのこと。肌に影響する代表は、エストロゲン、プロゲステロン、アンドロゲン(テストステロンなど)、そしてストレス時に上がるコルチゾールです。医学文献によると、エストロゲンは皮膚のコラーゲンやヒアルロン酸、皮膚バリア機能に関わり、加齢や閉経で低下すると乾燥感や小ジワ、ハリの低下が自覚されやすくなります。[4]一方、アンドロゲンは皮脂腺を刺激し、皮脂分泌を高めます。[5]月経前に増えるプロゲステロンは水分貯留やむくみに関与し[3]、皮脂分泌の変化と相まって毛穴の詰まりを助長する可能性が指摘されています。[5]ストレスで上がるコルチゾールは、皮膚の免疫やバリア機能に影響し、赤みやヒリつきのトリガーになることがあります。[6]
エストロゲンは「うるおいと弾力」の要
研究データでは、閉経移行期から閉経後にかけて皮膚コラーゲンが急速に減り、その後もゆるやかに低下する傾向が示されています。[1,7]つまり、同じケアを続けているのに急に乾燥しやすくなった、ファンデがフィットしないという体感は、気のせいではありません。エストロゲンはメラニン代謝や血流にも関わるため、低下するとくすみやすく、キメの乱れが目立ちやすくなります。[4]
プロゲステロンとアンドロゲンは「皮脂のアクセル」
黄体期(排卵後〜月経前)は、皮脂分泌が上がりやすく、毛穴詰まりが起きやすい時期。[5]成人女性のニキビは思春期と違ってUゾーン(口周り・フェイスライン)に出やすく、慢性化しやすい特性があります。[2]これは、ライフステージに伴うホルモンの相対的な揺らぎと、仕事や睡眠、ストレスなど環境要因の重なりで説明できます。
ストレスホルモンや甲状腺ホルモンも無視できない
忙しさが続くと荒れが長引く、休暇明けに肌が落ち着く。そんな経験の背景には、コルチゾールや自律神経の影響があります。[6]交感神経優位が続くと血流が末端に届きにくくなり、ターンオーバーが乱れる可能性があります。甲状腺機能の低下は乾燥やむくみ、機能亢進は吹き出物や熱感などに関与することが知られますが、これは医療による評価が役立ちます。[8]肌だけでなく全身の倦怠感や体重変動が続くときは、早めの受診が安心です。
ゆらぎ世代の変化:30代後半〜40代前半に何が起きる?
30代後半から「昨日と同じケアでは足りない」感覚がじわじわ増えるのは、卵巣機能の波が大きくなり、月経周期の長さや排卵の有無が揺れやすくなるためです。[9]肌では、乾燥とべたつきが同居する、毛穴の輪郭がにわかに気になる、夕方のくすみが抜けない、といった“相反するサイン”が同時に起きやすくなります。これは、エストロゲン低下の影響で水分保持力が下がる一方、黄体期の皮脂はまだしっかり出るという、ブレーキとアクセルが同時に踏まれたような状態だからです。[4,5]
周期ごとの肌コンディションの流れ
卵胞期前半(生理後〜一週間)は比較的安定しやすく、角層の水分量が戻りやすい時期です。排卵期は血流が良くツヤが出る一方、敏感な方は一時的な赤みを感じることも。黄体期後半(生理前一週間)は皮脂とむくみの影響で毛穴が詰まり、口周りのざらつきやニキビ前駆のうずきを感じる方が増えます。[3,5]月経期は保湿力が落ちてヒリつきやすく、いつもの化粧水でしみることもあります。こうした波は「整える」対象というより、前提条件として受け止めて、ケアを微調整する合図にしていくのが現実的です。
色素沈着や乾燥が目立つ理由
紫外線は年中降り注ぎ、UVAは雲やガラスもある程度透過して室内にも届きます。[10]エストロゲンの変動はメラニンの生成・排出にも関わります。[4]生理前後にできたニキビや炎症は、色素が居座りやすく、年齢とともに抜けにくくなる傾向があります。乾燥はバリア機能の低下と相まって小さな刺激でも赤みにつながり、結果としてくすみの連鎖に見えることがあります。ここで大切なのは、「一生使う基本」を丁寧に強化しつつ、周期に合わせた小さなスイッチングを仕込むことです。
今日からできる実践ケア:周期に合わせて最適化
編集部が文献をもとに整理した結論はシンプルです。まず、土台として毎日変えない“コア”をつくる。次に、周期と環境に合わせて“微調整”を足す。この二層構造は、ゆらぎ世代の肌と長く付き合うための現実的な戦略の一つです。
スキンケア設計のコア
朝は、やさしい洗浄と十分な保湿、そして毎日のUV対策を欠かさないことが軸になります。クレンジングや洗顔は、つっぱり感が出ない処方を選び、こすらず短時間で済ませます。保湿は、水分(化粧水や美容液)と油分(乳液やクリーム)を重ねてバリアを補強し、日中はSPF・PA表示のある日焼け止めを安定して使います。とくにUVAは窓越しでも降り注ぎ、コラーゲンの変性や色素沈着に影響するため、曇りの日でも塗るという行動の固定化が効いてきます。[10,11]
夜は、“落とす”と“補う”のバランスが肝心です。メイクや日焼け止めはその日のうちに落とし、濡れた肌のうちに保湿剤を重ねて水分の蒸散を防ぎます。月経前で皮脂やざらつきが気になるときは、毛穴詰まりを防ぐ処方や軽い角層ケアを短期的に取り入れ、月経期は刺激を極力減らしたシンプルケアに切り替える。こうした小さなスイッチングで、波の振れ幅をなだらかにする助けになることがあります。バリア視点の基礎は肌のバリア入門も役立ちます。
生活リズムと栄養の整え方
ホルモンバランスの土台は、睡眠とストレス対処にあります。研究では、睡眠不足が皮膚バリアの回復を遅らせ、赤みなどの反応性に影響しうることが示唆されています。[12]7時間前後の睡眠を平均値として確保できる週を増やし、起床・就寝時刻のばらつきを狭めることが、思った以上に肌に効きます。[13]睡眠の整え方は睡眠の質を上げる基礎知識を参考に、まず起床時間の固定から始めてみてください。
栄養は、タンパク質を毎食に分散させ、野菜・海藻・豆類の食物繊維で腸内環境を整え、魚やナッツの脂質でうるおいの材料を補うことが軸になります。生理前にむくみやすい人は、塩分やカフェインを控えめにするだけで快適度が変わることがあります。甘いものが欲しくなる波には、白い炭水化物を急激に摂るより、果物やヨーグルト、ダークチョコ少量など“質と量のいい折り合い”をつけると、肌の油水バランスも崩れにくくなります。
ストレス対処は、長い瞑想が難しい日でも、1分の腹式呼吸や短い散歩、シャワーの前に肩回しをするなど、“ミクロ休憩”の積み重ねで十分効果があります。こうした小さな習慣は、コルチゾールの波をやわらげ、肌の赤みやヒリつきの波を穏やかにすることがあります。[6,14]
受診を検討したいサイン
フェイスラインの大きくて痛いニキビが繰り返す、色素沈着が広がって化粧で隠しきれない、突然の多毛や脱毛が目立つ、月経の変化とともに強い抑うつや不安が続く。こうしたサインは、皮膚科や婦人科での評価が役立つ場面です。医療の力を借りることは「自分でやれていない」の証明ではなく、自分を守る合理的な選択です。カウンターのコスメと医療の選択肢は対立ではなく補完関係。状況に応じて両輪でいきましょう。[15]
よくある誤解と、手放していいプレッシャー
「ホルモンバランスを一気に整える万能サプリがある」「オイルはすべてニキビの原因」「強いスクラブでとにかく磨けば毛穴は消える」。こうした短絡的なメッセージは、焦りを煽る一方で、肌の現実と噛み合いません。研究データでは、単一の食品や成分でホルモンバランス全体を恒常的に“整える”というエビデンスは限定的で、むしろ睡眠・ストレス対処・UV対策・適切な保湿の積み重ねが有益であることが示唆されています。オイルは処方や使用量・タイミングで肌への影響が変わりますし、洗いすぎはバリアを壊して逆効果になることもあります。だからこそ、“毎日同じでなくていい自分の肌”を許可し、仕組みに沿って小さく動くことは、効果的なアプローチの一つになり得ます。
自分のサイクルを視覚化すると、無力感は減ります。カレンダーに肌の調子と生活をメモする、リマインダーで月経前の一週間に「低刺激モードに切替」と表示させる、仕事の山場が重なる週はメイクをミニマルにする。そうした工夫は、ホルモンバランスを“コントロール”するのではなく、“味方につける”行為です。サイクルトラッキングの始め方はこちらで詳しく紹介しています。
まとめ:揺らぎは失敗ではなく、合図
ホルモンバランスと肌の関係は、年齢とともに「波の形」が変わる現象です。閉経前後のコラーゲン減少、[1]黄体期の皮脂増加、[5]ストレスによる赤みやヒリつき。[6]これらは偶然の不調ではなく、仕組みに沿った合図です。合図が聞こえたら、保湿とUVという軸を崩さず、周期に合わせてケアを微調整し、睡眠とストレス対処を一段だけ丁寧にする。その積み重ねによって、数週間から数カ月で変化を感じることがあるでしょう。
肌は毎日同じでなくていい。その許可を自分に出したとき、がんばりすぎのループは少しずつほどけます。今日の肌に何点をつけるかではなく、次の一週間をどう過ごすと楽か。そんな問いを、カレンダーと鏡の前でそっと重ねてみませんか。次のアクションとして、今週の睡眠時間の平均を30分だけ底上げし、朝のUVケアを固定化してみてください。まずはその二つから、肌の状態に変化が出ることが期待されます。
参考文献
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