価格が動く理由をほどく:通貨・金利・ボラティリティ
MSCIのデータでは、世界株式に占める新興国の比率はおおむね1割前後[1]。 一方で、金融危機や景気後退の局面では指数ベースで40〜60%規模の下落が起きた歴史もあります[2]。IMFや世界銀行の統計を見ても、新興国は成長率が高い半面、インフレや通貨変動が先進国より振れやすいことが繰り返し示されています[3,4]。編集部が各種データを俯瞰すると、キーワードは「期待」と「振れ幅」。つまり、上振れの余地と同じくらい、下振れの現実にも備える設計が不可欠です。
投資の言葉は時に難しく感じられますが、ここで扱うのは難解な理論ではありません。日々の家計、未来の安心、そして心の余白を守るために、新興国投資のリスクを日常語でほどいて、実装レベルの対処法まで落とす。それがこの記事の目的です。
新興国投資の第一の壁は「値動きの大きさ」です。株式であれ債券であれ、価格は期待と不確実性のバランスで決まります。新興国は潜在成長力が評価されやすい一方、統治の安定度、政策の一貫性、外貨準備の規模など、先進国に比べて不確実性の要素が多く、その分ボラティリティが高くなりがちです。研究データでは、主要な新興国株式の年率ボラティリティは先進国より大きい傾向が確認されています[4]。これは短期の利益機会を広げる反面、想定外の下振れも拡大しやすいことを意味します。
通貨リスク:成長がリターンに変換されない瞬間
円で生活し、円で目標を積み上げる私たちにとって、為替は避けて通れません。たとえば現地通貨ベースで株価が10%上がっても、通貨が対円で10%下がれば、円建ての評価額は帳消しになります。IMFのデータを振り返ると、新興国通貨は一国のインフレや政策変更、外部ショックで年に二桁の変動を示すことが珍しくありません[3,4]。高金利だから有利、という単純な話ではなく、実質金利(名目金利からインフレ率を差し引いたもの)で見なければ、利息が為替で相殺されることがあります。
為替ヘッジという手段もありますが、ヘッジコストが利回りを食う可能性があります。短期で確実に守れる万能薬ではなく、市場局面や通貨ペアによって「効き方」が違うのが実情です。つまり、通貨はリターンの味方にも敵にもなる。この両面性を前提にプランを組むのが現実的です。
金利・債券:高利回りの裏にある不確実性
新興国債券は見た目の利回りが高く映ります。けれどもインフレ率が高い時期は実質利回りが伸びず、財政や外貨準備に不安が出ると国債の利回りが急騰し、価格が大きく下落します。研究データでは、外貨建て国債の価格は米金利やリスク回避姿勢に敏感で、現地通貨建て債券は為替とインフレの影響を強く受けることが示されています[4,3]。利回りだけで判断せず、何に対して報酬(リスクプレミアム)を受け取っているのかを見極める視点が欠かせません。
流動性と取引コスト:見えないコストが積み上がる
新興国市場は取引参加者が限られ、出来高が薄い銘柄や時間帯が多くなりがちです。その結果、ETFや投資信託でも売買時のスプレッドが広がり、指数に対するトラッキング誤差が拡大することがあります。先物を用いた運用ではロールコストが発生することもあり、表に出にくいコストがパフォーマンスを削る要因になります[2]。「買える」と「望んだ価格で買える」は別物、という肌感を持っておくと判断がぶれにくくなります。
数値に表れにくい現実:政治・規制・ガバナンス
価格に現れる前の「におい」をどう捉えるか。ここには政治・規制・ガバナンスの問題が横たわります。新興国では、選挙や政権交代、補助金や関税の見直し、資本規制の導入・撤廃などが投資家の前提を一夜で変えることがあります。特定の産業が公共性の名の下に監督強化の対象となれば、企業の利益構造は大きく揺れます。これは善悪の話ではありません。ルールが動きやすい土壌にいるという事実を認識し、その余白を見込んでおくことが重要です。
情報の非対称性とタイムラグ
言語や時差、開示の基準の違いは、情報取得の速度と質に影響します。現地語の開示資料や規制当局の通知が先に出て、英語や国際的な要約が後追いになることは珍しくありません。会計基準や監査の厳格さも国により温度差があり、数字の「読み解き」には経験が求められます。つまり、同じニュースでも届くタイミングと精度が違う。このギャップは短期の値動きに直結することを、ポートフォリオの設計段階で織り込む必要があります。
商品固有の落とし穴:指数、ETF、投信
「新興国」とひと口に言っても、指数の中身は時代とともに変わります[5]。テクノロジー比率が上がれば景気循環への感応度は変わり、国の入れ替えで地政学リスクのプロファイルも動きます。ETFはベンチマークに対して完全複製できない場合があり、サンプリング手法や先物の活用でトラッキング誤差が生まれます[2]。分配方針や信託報酬、保管・貸株のルールも商品ごとに異なるため、同じ「新興国投資」でも結果が変わることが起こりえます。
守りを設計する:現実的なリスク管理
リスクをゼロにはできませんが、受け止め方と配分の仕方で「効き方」は変えられます。まず、自分の目的と時間軸を言葉に落とし込みます。教育費の準備、老後資金の育成、インフレ耐性の強化など、ゴールによって適したリスクの取り方は異なります。短期で現金化が前提の資金は市場の振れに晒さない、長期で使わない資金にリスク資産を当てる、といった基本の線引きが最初の防波堤になります。
次に、想定最大損失の「腹落ちライン」を決めます。たとえば全体のポートフォリオが20%下がると家計や眠りに支障が出るなら、新興国の比率はその範囲内で縮小すべきです。編集部の仮例では、広く分散したインデックス中心の長期投資において、新興国の組み入れは全体の一桁台後半までに抑えることで、先進国との相関メリットを活かしながら、通貨・規制のショックを吸収しやすくなりました。もちろん、家計とメンタルの耐性によって適正比率は変わります。
積立の活用は有効です。定期的な買い付けは価格の高低に関係なく数量を積み上げ、結果的に平均買付価格をならす効果が期待できます。急落局面では、あらかじめ決めたルールに沿って淡々と積み立てるか、リバランスで比率を戻すかを選びます。大切なのは、相場の感情に自分の感情を同調させない仕組みを先に用意しておくことです。
通貨への向き合い方も事前設計が鍵です。円建ての新興国投資信託を選ぶのか、外貨建てETFを積み立てるのか、為替ヘッジを用いるのか。ヘッジにはコストがかかる一方、円安が進んだ局面ではヘッジなしの方が恩恵を受ける可能性もあります。どちらが正解かは後になってしかわかりません。だからこそ、ヘッジの有無を分けて持つ、あるいは新興国の中でも通貨の性格が異なる国を混ぜるといった、結果のばらつきを抑える工夫が役立ちます。
組み入れ比率の考え方:一例としての目安
具体的な数字は家計ごとに異なりますが、長期の積立投資でリスク資産の中に新興国を取り入れる場合、全体の5〜10%程度から始め、値動きや睡眠の質に応じて微調整する考え方は現実的です。景気循環や金利局面に応じて先進国の比率と入れ替えるのではなく、年に一度の点検でリバランスする方が、意思決定のノイズを減らせます。相関やボラティリティは時期により変わるため、固定観念にとらわれず、**「自分が守れる範囲」**で配分を決めていくのが続けやすさに直結します[4]。
ケーススタディ:40歳・共働き・子どもあり
例えば、生活防衛資金6カ月分を確保し、NISA枠で先進国株式を中心に積み立てている世帯を想像します。ここに新興国を「スパイス」として組み入れるなら、まずは毎月の積立のうち1〜2割を新興国インデックスに振り向けます。円安が進んでいる局面では、あえてヘッジあり・なしを半々に分け、為替の影響をならします。相場が大きく下がった年は年末に資産配分を点検し、新興国の比率が目安を超えていれば売却して元に戻し、逆に比率が落ちていれば買い増して調整します。毎月の家計フローに響かないよう、積立額はボーナスや臨時出費の予定を加味して年に一度見直し、投資を生活の主役にしないというルールを守ります。
よくある誤解とその手当て
「新興国は高成長だから高リターン」という直感は半分正しく、半分間違っています。GDPが伸びても、株主の取り分が増えるとは限らないからです。政府の方針で利益が再配分されることもあれば、新規株式発行の増加で一株当たり利益が希薄化することもあります。さらに、現地での成長が為替下落で相殺され、円建てでは伸びないというケースも珍しくありません。指数の構成や評価(バリュエーション)、規制の方向性を合わせて見ることで、**「高成長=高リターン」ではなく「高変動=設計が要る」**という認識に変わっていきます。
もう一つの誤解は、「今ホットな国に集中すれば効率が良い」という発想です。短期のテーマは強烈な上昇を生みますが、資金の流入と流出が早く、出口で滑ると利益の多くを吐き出しかねません。分散は退屈ですが、山も谷もならしてくれる緩衝材です。新興国の中で国やセクターを分ける、現地通貨と外貨建てを組み合わせるなど、複数の軸でばらす工夫が、長く続けるうえでの味方になります。
まとめ:期待と現実の間に、安全網を
「やっぱり、きれいごとだけじゃない」。新興国投資は、その言葉を思い出させます。成長の物語に胸が高鳴る一方で、通貨、政治、流動性、情報の壁が確かに存在します。だからこそ、目的と時間軸を先に言語化し、守れる下振れラインを決め、積立とリバランスで感情を装置化する。そうして初めて、期待と現実の間に安全網が張られます。
高成長はご褒美ではなく、設計して取りにいくリターン。今の配分に無理はないか、使うお金と増やすお金の線引きはできているか。今夜、家計のページを1枚ひらいて考えてみませんか。資産配分の基本や為替ヘッジの基礎、NISAの活用法は、当メディアの「資産配分の基礎ガイド」「為替ヘッジ入門」「NISAで始める長期投資」でも解説しています。小さく始めて、長く続ける。その一歩が未来の安心につながります。
参考文献
- MSCI Research Quick Take. Emerging Markets Boost Global Equity Supply. https://www.msci.com/research-and-insights/quick-take/emerging-markets-boost-global-equity-supply#:~:text=Market%20cap%20and%20corporate%20earnings,The%20result%20has%20been
- MSCI Research Blog. Asset Allocation and Index Futures During Market Crises. https://www.msci.com/research-and-insights/blog-post/asset-allocation-and-index-futures-during-market-crises#:~:text=Emerging%20Markets%20Index%20outperformed%20the,in%20one%20month
- IMF eLibrary. Chapter 3 (Local and Emerging Markets context): on market depth and volatility in frontier/emerging markets. https://www.elibrary.imf.org/view/book/9781513529196/ch003.xml#:~:text=match%20at%20L59%20help%20reduce,depth%2C%20especially%20in%20frontier%20markets
- Bank for International Settlements. Annual Report 2017, Chapter II: Global financial markets and capital flows. https://www.bis.org/publ/arpdf/ar2017e2.htm#:~:text=The%20three%20phases%20were%20demarcated,corporate%20credit%20spreads%20also%20reversed
- Northern Trust Asset Management. MSCI Index Rebalances: China Weight Continues Decline (2024). https://www.ntam.northerntrust.com/united-states/all-investor/insights/point-of-view/2024/msci-index-rebalances-china-weight-continues-decline#:~:text=China%E2%80%99s%20weighting%20in%20the%20MSCI,in%202020