顧客ニーズは「声」ではなく「行動」に宿る
CB Insightsの分析では、スタートアップの失敗要因の上位に「市場ニーズの欠如」が挙がり、割合は約42%に及びます。[1] 一方で、ベイン・アンド・カンパニーの分析では、顧客維持率が**5%向上するだけで利益が25〜95%**伸び得ると報告されています[2]。さらにSalesforceの顧客調査では、多くの人が商品そのものと同じくらい顧客体験を重視するとされています[3]。編集部が各種データを読み解くと、売れるかどうかの分水嶺は、派手な機能よりも、顧客の文脈に沿った「本当のニーズ」をどれだけ正確に掴めるかにあります。とはいえ「ニーズを聞く」は簡単でも、「買う理由」「やめる理由」「黙って離れる理由」まではなかなか言葉になりません。そこで本稿では、現場で使える聞き方の設計から、見えないニーズの掘り起こし、意思決定につなぐ検証の型までを、短時間で実践できる方法に絞って整理します。
アンケートや要望リストは大切ですが、そのまま機能要件に落とすと期待外れになりがちです。医学文献のような厳密な統計ではありませんが、ビジネス研究やプロダクト開発の知見では、過去の行動と具体的な出来事のほうが、将来の選好をよく説明することが繰り返し示されています[4]。つまり、顧客ニーズを引き出す第一歩は「何が欲しいですか」と尋ねることではなく、「最近それを使ったのはいつで、何に困って、どう代替したのか」を一緒にたどることです。
ジョブ理論(Jobs to Be Done)の観点では、顧客は商品を買うのではなく、進歩を「雇う」と考えます[8]。朝の身支度を5分短縮したい、請求処理のストレスを減らしたい、同僚との合意形成を早めたい。**顧客が望む進歩(ジョブ)を言語化できた瞬間に、解決策の選択肢は一気に広がります。**例えば、ECでの離脱が気になるとき、「決済機能を増やす」よりも、「最初の入力で不安が芽生える瞬間」を観察すると、配送日時の不確実さやクーポン規約の難解さがボトルネックだと分かることがあります。
ジョブ理論で「進歩」を見つける
顧客の発言を、動機・障害・代替の三つのレンズで聞き分けます。動機は達成したい進歩、障害はそれを阻む摩擦、代替は今しのいでいる工夫です。研究データでは、ページ表示や入力の小さな遅延・摩擦が離脱率やコンバージョンに大きく影響し得ることが報告されています[5]。たとえばBtoBの見積もり依頼では、フォームの自由記述欄が多すぎると途中離脱が増え、結果として「問い合わせ数が減ったのに案件の質も上がらない」という二重苦になりがちです。動機に沿って最低限の入力に絞り、障害となる設問は後続の会話で補うだけで、体験は軽くなります。
顕在ニーズと潜在ニーズを行き来する聞き方
「5つのなぜ」やSPIN話法(状況・問題・示唆・解決)のフレームは便利ですが、暗記より順序を意識すると自然です。最初に事実を聞き、次に感情の揺れ幅を確かめ、続いて文脈(誰と、いつ、どこで、何のために)を立ち上げ、最後に妥協策や代替手段を掘ります。顧客の過去行動→感情→文脈→妥協の順で聞くと、潜在ニーズが浮かび上がりやすい。ここで重要なのは、すぐに解決策の提案へ飛ばないことです。提案はインタビューの外で設計し、会話中はひたすら相手の世界地図を描くことに集中します。
30分で深掘る会話設計と観察のコツ
かけられる時間は限られます。30分の面談でも深く到達するための型を用意しておくと、毎回の質が安定します。冒頭の数分は雑談で同意と目的を確認し、録音の可否を丁寧に伝えます。その後、現在の使い方に踏み込むより先に、直近の具体的な出来事を時系列でたどります。直近の購入や離脱、問い合わせ、解約など、最後の行動が決まる直前の瞬間にどんな判断があったかを、できるだけ固有名詞と数字で再現してもらいます。例えば「昨夜21時にスマホでカートに入れたが、配送日時が不明でやめた」というレベルまで降りられると、後工程の意思決定に耐える解像度になります。
過去行動をたどったら、障害と代替を尋ねます。途中で何を試し、誰に相談し、どんな工夫でやり過ごしたのか。ここで現れる代替は、競合製品に限られません。紙のメモ、エクセル、同僚に丸投げ、先送り。これらはすべて強力な競合です。最後に理想と不満のギャップを言葉にしてもらい、いくつかの場面で共通するパターンを一緒に確認します。沈黙が生まれたら、埋めずに待ちます。沈黙の後に出てくる一言が、潜在ニーズの手がかりになることは珍しくありません。
オンラインと対面で変わる観察ポイント
オンラインでは、事前に画面共有の同意を取り、実際の操作を見せてもらうと、クリックの迷い、スクロールの戻り、入力の躊躇が分かります。対面では、印刷物や手帳、付箋など、アナログな代替が机の上に現れるため、思いもよらない迂回路が見つかります。どちらの場合も、録音やログは保管目的を明言し、個人情報の扱いを明確にして同意を得ます。観察は評価ではありません。正解を探す姿勢より、相手の「いつものやり方」を尊重する態度が、深い本音を引き出します。
バイアスを避ける小さな工夫
誘導質問は避けます。「この機能は便利ですよね?」ではなく、「最近、どんな場面で便利・不便を感じましたか?」と出来事を軸に聞くと、判断材料が増えます。また、サンプルは一極に寄せず、解約者・休眠者・ヘビーユーザーを混ぜると、同じ言葉でも意味の違いが見えてきます。編集部の観察では、社内関係者だけで議論を重ねるほど、確証バイアスが強まりやすい傾向があります。現場の声を直接浴びる機会を、チームで定期的に体験として組み込むと、思い込みが剥がれやすくなります。ファシリテーションの基本は、テーマを絞り、時間を守り、発言量を均すこと。進め方のヒントは、NOWHの関連記事「会議を軽くするファシリテーション術」でも触れています(/work/facilitation)。
発見を意思決定に変える:仮説→検証→学習
良いインタビューは、そのままでは意思決定になりません。定性の発見を、定量で確かめる橋をかける必要があります。まず、会話で見えたパターンから、「誰の、どの場面で、何が起き、どれほど困るか」を一文で仮説化します。例えば「初回訪問のモバイル表示で配送日時が不明なとき、約3割がカート投入前に離脱する」という形です。次に、この仮説を反証できる最低限の計測を設計します。離脱ポイントのイベント計測、導線のABテスト、問い合わせカテゴリのタグ付けなど、やることは小さくても構いません。
尺度はシンプルに揃えます。推奨度合いを測るNPS[6]、解決の容易さを測るCES[7]、コンバージョンや継続率といった主要指標を、週次で1枚サマリにして全員が見える場所に置きます。小さな勝ちを積み上げるためには、反証可能性が鍵です。もし仮説が外れたら、学びを明文化し、次の打ち手に素早く繋げます。ベインの維持率の分析が示すように、既存顧客の体験改善は利益に直結します[2]。離脱理由の上位が「不明確な手数料」だと分かったなら、表示の改善と同時に、サポートスクリプトや請求メールの文言まで一貫して見直す。発見→施策→計測→学習のループを、1〜2週間単位で回せるサイズに保つことが、継続のコツです。
チームで学ぶ仕組みにする
学びを個人のスキルに閉じないために、録音のハイライトとメモを短時間で共有する「15分レビュー」を設定します。背景・発言抜粋・気づき・次の仮説を1枚にまとめ、プロダクト、CS、営業、マーケが同じ素材を見るようにします。こうして共通言語ができると、企画書やロードマップの議論も早くなります。記録と共有の工夫は、関連記事「伝わるメモ術」も参考になります(/work/note-taking)。定性の洞察を定量で裏打ちする方法は、「NPSの基本と活かし方」でより詳しく解説しています(/work/nps-basics)。
現場で使える質問とフレーズ
準備に時間をかけられないときでも、いくつかの型を覚えておくと安心です。過去行動を引き出すなら、「直近でそれを使った(やめた)場面を、最初に思い出したところから教えてください」と切り出します。続けて、「そのとき何に迷いましたか」「誰かに相談しましたか」「他に試した方法はありますか」と、障害と代替を穏やかに深掘りします。感情の強さを探るには、「その瞬間を10点満点の満足度で表すと何点ですか」「もしその場面を理想的にできるなら、何が一つ変わりますか」と数値と想像を行き来させます。価格の話題は最後にし、「その価値を最大に感じるのはどんな状況ですか」と利用文脈に結びつけます。クロージングでは、「今日の話で、こちらの理解がずれている点はありますか」「この後、試作品を触って正直な感想をいただいても良いですか」と、関係を次の検証につなげます。質問は相手の思い出しやすさが最優先。専門用語を避け、できる限り具体的な場面を一緒につくりながら進めると、言葉にしづらいニーズが自然と浮かび上がってきます。より体系的な準備は「ユーザーインタビューの準備チェック」でも触れています(/work/user-interview)。
まとめ:明日からの30分を、意思決定に変える
顧客ニーズは、聞き方と扱い方で手触りが変わります。出来事の再現から始め、感情と文脈を立ち上げ、沈黙を味方にして掘り下げる。見えたパターンは一文の仮説にまとめ、最小の計測で確かめ、学びをチームで共有する。たった30分の会話でも、この流れさえ守れば、次の一手に十分な材料が揃います。まず今週、解約経験者と現ユーザーをそれぞれ一人ずつ招き、直近の出来事を一緒にたどってみませんか。「誰の、どの場面で、何が起き、どれほど困るか」を一文にすることから始めれば、ニーズは輪郭を現し、意思決定は軽く速くなります。あなたの現場にある小さな違和感が、次の成長のきっかけになるはずです。
参考文献
- CB Insights. The Top 20 Reasons Startups Fail. https://www.cbinsights.com/research/startup-failure-reasons-top/(アクセス日: 2025-08-28)
- Bain & Company. Retaining customers is the real challenge. https://www.bain.com/insights/retaining-customers-is-the-real-challenge/(アクセス日: 2025-08-28)
- Salesforce Japan. より良い「顧客体験」をつくるには? https://www.salesforce.com/jp/blog/how-to-create-a-customer-centric-experience/(アクセス日: 2025-08-28)
- Keller Center, Baylor University. Do Past Preferences Indicate Future Selections? (2017). https://kellercenter.hankamer.baylor.edu/news/story/2017/do-past-preferences-indicate-future-selections(アクセス日: 2025-08-28)
- Deloitte Digital & Google. Milliseconds Make Millions (2020). https://www.thinkwithgoogle.com/marketing-strategies/app-and-mobile/milliseconds-make-millions/(アクセス日: 2025-08-28)
- Frederick F. Reichheld. The One Number You Need to Grow. Harvard Business Review (2003). https://hbr.org/2003/12/the-one-number-you-need-to-grow(アクセス日: 2025-08-28)
- Matthew Dixon, Karen Freeman, Nicholas Toman. Stop Trying to Delight Your Customers. Harvard Business Review (2010). https://hbr.org/2010/07/stop-trying-to-delight-your-customers(アクセス日: 2025-08-28)
- Clayton M. Christensen, Taddy Hall, Karen Dillon, David S. Duncan. Competing Against Luck: The Story of Innovation and Customer Choice. HarperBusiness (2016).