統計では、日本の就業者のうち副業に取り組む人はおよそ1割前後にとどまる一方、希望者は3〜4割にのぼるという調査結果が複数あります。[1,2] また、厚生労働省が2018年にモデル就業規則を改定し、副業・兼業を原則容認した以降、企業側の受け止めも徐々に変化してきました。[3] 研究データでは「健康管理と労働時間の可視化」を前提にした副業は、生産性の向上やキャリア形成に資する可能性が示されています。[1,5] 編集部が国内の公開資料を横断的に確認したところ、「やればいい」では続かず、「設計してから小さく始める」人ほど、中長期で疲弊しにくいという傾向が見て取れました。
忙しさの質が変わる35〜45歳は、家事・育児・介護やチームマネジメントが重なり、時間も体力も前より希少です。だからこそ、大きな賭けではなく、現実に合わせた副業の設計が必要です。ここでは、耳ざわりの良い成功談ではなく、実務の順番で「今日から動ける」始め方を整理しました。重要なポイントは、目的・ルール・時間の上限を先に決め、法務と税務の地雷を避け、需要のある小さな一歩から試すことです。
まず決めるのは「目的・時間・マイルール」
最初に考えるのは「何を得たいか」です。月の可処分所得を増やしたいのか、将来の独立に備えた実績作りなのか、社内で活かすスキルの実験場にしたいのかで、選ぶ副業も時間配分も変わります。例えば生活費の補填が主目的なら、納期と単価が読みやすい受託型が合い、スキル転換が目的なら、学習と実践を同時に積める小規模案件が相性が良い。目的がぼやけると、学習ばかりで収入が出ない、あるいは目先の小銭稼ぎで疲弊する、といったミスマッチが起きます。
次に時間の上限を決めます。編集部のヒアリングと事例観察では、平日30〜90分、週末にまとまった120分という配分が現実的です。ここで大事なのは「余り時間」ではなく「先に確保する時間」にすること。家族やパートナーとカレンダーを共有し、固定枠をブロックしてから案件を受ける順序にすると、燃え尽きリスクが下がります。睡眠は収入に直結する資産です。平均7時間を下回る時期に詰め込みを続けると、作業効率が落ち、結局は単価を下げる交渉を自ら呼び込みます。[4]
そしてマイルール。会社や利害関係者に迷惑をかけない線引きを先に言語化します。例えば「自社の業務時間には副業の連絡をしない」「競合領域の案件は受けない」「SNSでクライアント情報を出さない」「健康指標が悪化したら一時停止する」といった基準です。これを文字にして、案件の誘いが来た時に迷わず判断できるようにする。短期の稼ぎより、評判と信頼が長期の収入を作るという視点を持つだけで、選び方が変わります。
目的別の入り口を見極める
収入重視なら、既存スキルで納品物を出せる領域から始めます。資料作成、テキスト編集、データ入力、顧客対応、オンライン講座の運営補助などは、初速が出やすい典型です。将来の独立や転職を見据えるなら、半年後に実績として語れるテーマを選ぶのが近道です。ウェブ制作なら小規模サイトの改善、マーケティングなら計測の導入やレポート設計、広報ならニュースレターの立ち上げなど、成果の定義が比較的明確なものが良いでしょう。
時間設計は「習慣化」前提で
集中の単位を決め、同じ時間帯・同じ環境で繰り返すと、脳の切り替えコストが下がります。家族が寝静まった22時からの60分や、早朝の45分など、自分の体調が比較的安定する時間に固定し、作業前後のルーティン(温かい飲み物、短いストレッチ、タスク確認)をセットにする。タスクは「今日は何を終わらせるか」を1行で書き、終わったら翌日の一行だけ残して終えると、次に迷いません。時間割の作り方は、NOWHの特集「忙しくても時間を生み出すコツ」も参考にしてください。
法務・税務・コンプライアンスの基本ライン
最初の落とし穴は就業規則です。[3] 禁止と書かれていなくても、事前申請が必要、競業に当たる業務は不可、会社の設備を使わない、といった条項が一般的に存在します。迷う条文は人事に確認するのが最短です。確認が難しい場合でも、少なくとも自社の顧客、ノウハウ、ソースコード、機微情報に接続する領域は避けるのが安全です。秘密保持や知的財産の扱いも契約書で明文化し、成果物の著作権譲渡の有無、二次利用の範囲を事前に決めておきます。
労働時間と健康の観点も無視できません。厚生労働省のガイドラインは、副業の労働時間を通算し、健康確保措置(深夜労働の回避、所定外労働の抑制など)を求めています。[5] 現実には通算の実務があいまいな場面もありますが、自分の上限は自分で守ると決め、連続稼働を避けることが結果的に品質と信頼を守ります。体調の兆候を数値で把握するために、睡眠時間、起床時の疲労感、喉や胃の違和感などを簡単に記録しておくと、忙しさの「閾値」を越える前に調整できます。セルフケアの基本は、NOWHの「睡眠を味方にする」でも解説しています。
税金は最初から仕組みを押さえておくと安心です。副業の所得は、給与、雑所得、事業所得のいずれかに区分され、会社員の場合は雑所得に該当することが多いですが、継続性や営利性が認められれば事業所得として扱われる場合もあります。給与以外の所得が年間20万円を超えると確定申告が必要になり、20万円以下でも住民税は原則課税されます。[6] 住民税の徴収方法は申告時に選べるため、会社経由の特別徴収ではなく普通徴収を選ぶと、会社に明細が伝わりにくくなります。ただし自治体の運用差や情報連携の状況によっては把握される可能性がゼロにはならない点は理解しておきましょう。
2023年10月に始まったインボイス制度では、課税売上高が1000万円以下でも、B2B取引では登録を求められるケースがあります。登録すれば仕入税額控除に応じられる一方、消費税の申告・納税が発生します。[7] 発注側の要件や報酬額を見ながら、メリットとコストを比較して判断すると良いでしょう。社会保険は、雇用契約で週20時間以上働く副業を持つと加入条件に触れる可能性があり、扶養の扱いや手取りが変わることがあります。迷うポイントは、税務署や年金事務所、自治体の窓口で確認し、記録を残しておくと後の説明がスムーズです。基礎の用語整理は、NOWHの「はじめての税金ガイド」も役立ちます。
小さく始めて育てる実行プラン
具体的に動く段階では、「何を、いくらで、どう売るか」を簡潔に決めます。まずは強みの棚卸しです。今の仕事で他人より短時間でできること、感謝された業務、繰り返し頼まれる作業を書き出し、似た仕事が市場でどのくらいの単価で流通しているかを案件サイトや検索で確認します。需要と自分の強みが交差するところが初手の候補です。
次にポートフォリオ。実績が少ない場合は、仮想案件でも構いません。ビフォー・アフター、取り組みの狙い、成果の測定方法を短くまとめ、作業の再現性を示します。顔出しや実名が難しいなら、仕事用のペンネームやブランド名を決めて、連絡手段と一緒に1ページで見せるだけでも十分機能します。重要なのは、相手が判断できる材料を先に渡すことです。
受注の流れはシンプルに。問い合わせが来たら、まず目的と制約を確認し、納品物の定義とスケジュールを言語化します。見積もりでは、作業時間、付随するコミュニケーション、修正回数や追加料金の条件、支払いサイト(入金までの期間)を明記します。口約束のまま着手しない、着手金や小分け納品を活用してリスクを分散する、といった原則を守るだけで、トラブルの大半は避けられます。価格は時給換算で最低ラインを決め、手数料や源泉徴収(業務委託の10.21%が差し引かれるケース)を見込んだ上で赤字にならない設定にしておきます。[8]
コミュニケーションは「早く・短く・記録する」。24時間以内の一次返信、要点だけの文章、決まったことは必ず文書に残す。この三点を守れば、それだけでプロとしての信頼は高まります。納品時は、成果物と一緒にプロセスと判断の根拠を一枚にまとめ、次回の提案を添えるとリピート率が上がります。チームで動く案件は、権限設定とファイル命名規則を揃えるだけで、手戻りが大きく減ります。リモートでの段取りは、NOWHの「オンラインでも伝わる仕事術」も参考に。
ケース:広報職・子ども2人、月5万円まで
例として、広報歴10年のAさん(39歳、フルタイム、子ども小学生2人)。目的は教育費の積立と、将来の広報コンサル移行の試行。時間は平日22:00〜23:00、週末に120分。最初はニュースレター設計の小案件から始め、テンプレート化したうえで業界を絞り込みました。初月は準備に充て、2か月目に1.5万円、3か月目に5万円を達成。やったことは、用途別のテンプレ3種、計測の導入、月次レポートの雛形化。体調が崩れた月は新規を止め、既存フォローに専念するルールで乗り切りました。特別な飛び道具ではなく、**「決めて、整えて、繰り返す」**の徹底です。
続ける仕組み:時間・体力・評判を守る
副業は短距離走ではありません。続けるための仕組みを最初から組み込みます。週のはじめに3つの完了基準を決め、終わったら自分に小さな報酬を与える。迷ったら目的に立ち返り、今週の時間でやり切れる一歩に切り分ける。否定的な自己対話が増えたら、一晩寝かせてから判断する。そんな小さな工夫で、放り出したくなる瞬間を越えやすくなります。
体力のほうは、睡眠・栄養・軽い運動の三点が土台です。朝の散歩10分で光を浴びる、午後のカフェインを控える、就寝前のスマホを遠ざける。どれも派手ではありませんが、翌日の決断と集中を確実に助けます。バーンアウトの兆候が出たら、潔く休む、納期を前倒しで調整する、タスクの一部を捨てる。きれいごとではなく、守るべきは自分の生活です。メンタルの整え方は「燃え尽きと上手に付き合う」で詳しく扱っています。
最後に評判づくり。納品物の品質はもちろん、約束の守り方、返信の速さ、振る舞いの一つひとつが次の仕事を連れてきます。ミスはゼロにできませんが、早い報告、原因の共有、再発防止策の提示で信頼は回復できます。感謝は言葉とデータで返す。月の終わりに成果を一枚に要約して送り、相手の上司も読める形に整えると、あなたの価値は社内で語られます。
道具はシンプルに、使い倒す
タスク管理、時間計測、請求の3点を回せれば十分です。使い慣れたノートとカレンダーでも構いませんし、デジタルならNotionやToggl、会計ソフトの見積・請求機能をひとつにまとめると迷いが減ります。二段階認証を有効化し、共有フォルダは最小権限に。道具は増やすほど複雑になります。「迷わない」設計が、結果的に稼ぎを守るのです。
まとめ:小さく、正しく、あなたの速度で
副業は、誰かの劇的な成功譚をなぞる競技ではありません。あなたの生活と価値観に合うペースで、正しい順番を踏むことが近道です。目的を言葉にし、時間とマイルールで自分を守り、就業規則・税金・契約の基本を押さえ、需要のある小さな一歩から始める。たったこれだけで、景色は変わります。今日の30分を、明日の安心に変えていきましょう。
もし「最初の一歩」で迷っているなら、手元のカレンダーに来週の60分をひと枠、先に確保してみてください。その枠で目的を書き出し、関係者に宣言し、ひとつだけ調べる。動きながら整えるので十分です。次は、時間の作り方を深掘りした「忙しくても時間を生み出すコツ」や、税金の基礎に触れる「はじめての税金ガイド」から読み進めてください。やっぱり、きれいごとだけじゃない日々のなかで、あなたの副業が静かに続いていきますように。
参考文献
- 労働政策研究・研修機構(JILPT)研究シリーズ No.245(兼業・副業の実態等) https://www.jil.go.jp/institute/research/2024/245.html
- PR TIMES 副業に関する意識調査(民間調査リリース) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000023.000111116.html
- 厚生労働省 モデル就業規則の改定(副業・兼業の容認) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192188.html
- 厚生労働省 睡眠と生活習慣に関する情報(睡眠衛生の留意点) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_36096.html
- 厚生労働省 副業・兼業の促進に関するガイドライン(労働時間管理・健康管理) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_13266.html
- 国税庁 タックスアンサー No.1900 給与所得者で確定申告が必要な人(20万円基準) https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1900.htm
- 国税庁 インボイス制度の概要(適格請求書等保存方式) https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/invoice.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.2792 報酬・料金等の源泉徴収(10.21%) https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2792.htm