地方創生の「現実」と、私たちの今
医学や工学と同じく、地方創生も「現場のデータ」と「実装の積み重ね」が結果を左右します。実務でも、観光需要の一時的な増加だけでは雇用は安定せず、域内での所得循環や教育・医療など生活基盤の改善が長期的な人口維持に関わると捉えられています。つまり、目の前の賑わいよりも、暮らしと産業の両輪を回すことが肝になります。数字の裏側には人の時間と関係性があり、そこを動かすのが仕事です。
40代の私たちは、個人戦からチーム戦へ舵を切る移行期にいます。役割は増え、体力は有限。だからこそ、「大きな正解」ではなく、合意形成・プロジェクト設計・コミュニケーションの地味な基礎力が効きます。編集部が複数の自治体・中間支援の採用要件を確認すると、即戦力として求められているのは、資料作成やSNS運用だけではなく、関係者の利害を丁寧に整理し、会議体を設計し、半年・一年のマイルストーンを現実的に引く力でした。
40代のキャリアに刺さる理由
年齢とともに培った「場の空気を読みすぎず、でも無視もしない」調整力は、地方創生の仕事でとても実用的です。子どもや親のケアを経験してきた人ほど生活導線の改善に敏感で、商店街の回遊性、病院と交通の接続、学校と企業の連携など、暮らし視点の提案ができます。加えて、都市の企業文化と地域の意思決定を橋渡しするバイリンガルになれるのは、この世代ならではの強みです。
地方創生に関わる仕事のフィールド
「どんな仕事があるのか」を構造で捉えると、自治体や公的機関、民間・中間支援、そしてローカル起業やクリエイティブの三層に大きく分けられます。肩書は多様でも、共通するのは地域の課題を定義し、関係者を束ね、実装まで伴走することです。
自治体・公的機関での仕事
自治体職員の政策推進や、移住定住・子育て支援・産業振興の担当、観光地域づくり法人(日本版DMO)との連携などが典型です。近年は外部人材公募も活発で、副市町村長・戦略アドバイザー・広報ディレクターなどの非常勤や業務委託案件が増えています。地域おこし協力隊は年間6,000人規模で受け入れがあり[3]、実証事業や実装の現場に飛び込む入口として機能しています。行政の意思決定プロセスを理解し、議会や住民説明会での合意形成を支える力が問われます。
民間企業・中間支援での仕事
コンサルティングや金融、IT、広告・PR、デザイン会社などが、調査、事業計画、販路開拓、ブランド設計を担います。商工会・地銀・信用金庫、さらにはスタートアップ支援拠点が地域事業者の伴走に入り、補助金申請の設計や人材マッチング、デジタル化支援を進めるケースも増えています。編集部が確認した求人では、兼業・副業の受け入れを明記する企業が目立ち、都市企業で働きながら地方案件に週数時間コミットする働き方が現実味を帯びています。オンライン会議と月一の現地訪問を組み合わせる「越境人材」は、需要が継続しています。
ローカル起業・クリエイティブの仕事
空き家の再生、宿や食のプロデュース、福祉と仕事をつなぐ就労支援、農産品の六次化、サステナブル観光の設計など、起業・事業承継のフィールドも広がっています。地域の強みを編集し、物語と数字の両方で伝えるスキルは、商品開発やEC運用、写真・動画制作、コミュニティ運営に直結します。観光庁の発表では、登録DMOは全国で270法人に達しています[4]。観光を基軸に産業や教育につなげる仕事も増えています。
はじめ方と続け方—現実的な設計図
「興味がある」を「仕事にする」までの距離は、思うより遠くありません。重要なのは、最初の一歩を小さく、検証可能に設計することです。さらに、収入や時間のポートフォリオを最初から意識しておくと、無理なく続けられます。
まず関心テーマを絞る
地方創生は分野が広いからこそ、教育、子育て、ヘルスケア、食、観光、地域金融、空き家、デジタルなど、得意領域を一つ決めるのが近道です。これまでのキャリアを棚卸しし、成果を具体的な動詞と数字で言語化してみてください。例えば「SNS運用」ではなく「6カ月でEC売上を20%伸ばした施策設計」と記すと、地域事業者に届く表現になります。編集部が取材・収集した案件でも、**「経験の翻訳力」**が成否を分けていました。
小さく始めて検証する
オンラインの相談会やプロボノで関係をつくり、1〜3カ月の短期プロジェクトで仮説検証を行うと、相性やリズムが見えます。業務委託契約で成果物と支払い条件を明文化し、月の稼働時間を最初から固定にするのも有効です。現地は月一で滞在し、合間はオンラインで進行。**「現地でしか起きない偶然」と「都市で積む効率」**の両立が鍵です。二拠点の検討は、まず短期滞在の連続から始めると心理的ハードルが下がります。生活導線の確認、ネット回線、子どもの学校や親の通院など、生活の要を先に押さえると、途中で無理が生じにくくなります。
収入・時間・家族の合意形成
報酬水準は都市のフルタイムより低く感じられることがあります。だからこそ本業、兼業、短期案件の組み合わせで年収の目線を確保する発想が現実的です。時間は「締切逆算」で設計し、月末の会議や補助金の申請時期など繁忙期を避けて家族の予定を組みます。ケア責任と仕事が重なる日は必ずあります。だから前もって“助けを依頼する先”を可視化し、役割の分担をあらかじめ話し合う。この地味な準備が、長く続ける最大のコツです。リモートワークのノウハウは都市で培ったものがそのまま生きます。議事録のオープン化、共有ドライブの整理、週報での進捗可視化は、距離を超えるための基本動作になります。
学び直しも武器になります。地域金融、観光、福祉、ファシリテーション、プロジェクトマネジメントなどの講座や資格は、知識の共通言語を揃える効果が大きい。学びは一度で終わらせず、案件で試し、振り返り、また学ぶ循環を意識してください。
仕事のむずかしさと乗り越え方
「やっぱり、きれいごとだけじゃない」。地方創生の仕事は、利害の異なる人たちを同じテーブルに招くところから始まります。合意形成は一朝一夕に進まず、成果はすぐに数値化されません。けれど、丁寧な段取りと記録の積み上げは、確実に成果へつながります。
「成果」を言語化し、見える化する
半年や一年のスパンでロードマップを描き、定例会で仮説と結果を更新します。成果は売上や来訪者数だけではありません。参加者の属性変化、事業者のデジタル活用度、会議体の参加率、学校と企業の連携数など、**「次の一手につながる中間指標」**を設定すると、関係者の納得感が増します。資料は図で簡潔に、要点は三行で始め、詳細は別紙へ退避する。読み手の時間を尊重する配慮が、信頼を生みます。
関係づくりは“ゆっくり・ていねいに”
地域には速度の文化があります。最初の三カ月は、会議より現場の挨拶回りを多めにする。市場や学校、医療、交通、子育て、介護、観光、農業の現場へ足を運び、短い会話を重ねます。名刺交換の先に、相手の「明日の困りごと」を一つだけ受け止める。その小さな修理が次の扉を開けます。都市で磨いたスピード感は武器ですが、**「速度を落とせる強さ」**が地域では信頼につながります。
燃え尽きを防ぐセルフケア
正義感は推進力ですが、燃料切れも早くなります。カレンダーに「休む予定」を先に入れ、移動日の前後は余白を残す。感情が揺れた日のメモを取り、チームの定例で共有する。バーンアウト対策の記事でも触れていますが、セルフケアは「弱さ」ではなく、持続可能性の設計です。小さな達成を記録し、立ち返れる「目的の一文」をデスクトップに貼っておくのも有効です。
まとめ—あなたの強みは、地域の未来に届く
地方創生に関わる仕事は、遠い理想ではなく、今日のメールと明日の一歩から始まります。あなたがこれまで積み重ねてきた編集力、段取り力、関係調整力は、地域の課題をほどくための実用品です。まず関心テーマを一つ決め、短期で小さく試し、相性を確かめてください。生活の要を押さえ、収入と時間の設計を先に描く。それだけで、現場に立つ自分の姿が現実に近づきます。
**「きれいごとだけではない毎日」を知る私たちだからこそ、実装できる解決があります。**あなたの次の一歩は何でしょう。イベントに申し込む、案件に応募する、上司に兼業の相談をする。どれも立派なスタートです。迷いの手触りをそのまま抱えて、一歩だけ進んでみませんか。編集部は、またここで伴走します。
参考文献
- 日本家族計画協会(JFPA). 令和5年(2023年)の人口動態統計(確定数)が公表された(出生数は72万7,288人、過去最少など). https://new.jfpa.or.jp/kazokutokenko/topics/002426.html
- Reuters. Number of births in Japan hits record low in 2023 (preliminary 758,631). https://www.reuters.com/world/asia-pacific/number-births-japan-hits-record-low-2023-2024-02-27/
- 総務省. 令和4年度 地域おこし協力隊の隊員数等について. https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei08_02000252.html
- 観光経済新聞/トラベルジャーナル(TJNet). 全登録DMOに予約サイト構築促す 観光庁、27年度末.(登録DMOは270法人に)。https://www.tjnet.co.jp/2023/04/17/%E5%85%A8%E7%99%BB%E9%8C%B2dmo%E3%81%AB%E4%BA%88%E7%B4%84%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%88%E6%A7%8B%E7%AF%89%E4%BF%83%E3%81%99%E3%80%80%E8%A6%B3%E5%85%89%E5%BA%81%E3%80%8127%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E6%9C%AB/
- 総務省統計局. 人口推計(2023年)—高齢化率等の基礎統計. https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2023np/index.html