ロールモデルを再定義する:コピーではなく参照点
最新の公的調査では、課長級以上の女性管理職比率は12.7%にとどまっています[1]. 見える先輩が少ないという構造的な事情は、ミドル世代のキャリア選択を難しくします。35〜45歳は、個人戦からチーム戦へ舵を切り、仕事も生活も役割が重なる時期。誰を手がかりに進めばいいのか、迷いが深くなるのは自然なことです。また、従業員101人以上の企業に女性管理職比率の公表を義務づける方針案も示されています[2]. 行動科学の領域では、観察可能なモデルの存在が意思決定の質や学習速度を高めることが示されています[3,4]. 編集部が各種データと先行研究を読み解くと[3,4,5]、**「ロールモデルをどう定義し、どこで見つけ、どう取り入れ、いつ更新するか」**を言語化できた人ほど、遠回りが減る傾向が見えてきます。
ここでいうロールモデルは、完璧なコピー対象ではありません。むしろ、曖昧になりがちな価値観や行動を具体化し、次の一手を軽くしてくれる「参照点」。本稿では、理想論ではなく、今日から動かせる現実的なステップに落とし込みます。
35〜45歳で効く理由:役割が増えるほど判断基準が必要になる
この年代の特徴は、役職の重み、ケア責任、体力の変化、学び直しの必要性など、意思決定のパラメータが増えること。選択肢が多いのに時間は限られ、比較の疲労も蓄積します。だからこそ、外側から借りる「判断の基準点」が効きます。ロールモデルは、ゴールを示すよりも、**「こういう場面で、こう振る舞う」**という単位で不確実性を下げてくれます。
見つけ方のプロセス:4つの動きで現実に落とす
最初にやるべきは問いの明確化です。「私は何のロールモデルを探しているのか」。昇進か、専門性の深化か、配置転換の判断か、ワークとライフの設計か。同じ人がすべてを満たす必要はありません。むしろ領域を分けて考えます。役割(例えば部門リード/専門職)、価値観(安定/挑戦の振れ幅)、制約(時間・体力・家庭の事情)という自分の前提を書き出すと、探すべき行動の粒度が見えてきます。
次に、候補者の魅力を「分解」します。単に「かっこいい」「頼れる」で終わらせず、具体に落とします。会議での言葉選び、意思決定の時間軸、チームへの期待の伝え方、集中のリズム、学びの投資配分。日常の観察から拾える要素は多いはずです。編集部のおすすめは、2週間だけ「観察メモ」をつけること。誰の、どの場面の、どんな言動が良かったかを1行で残します。後から読み返すと、あなたが大事にしている基準が浮かび上がります。
候補を広げる場は思っているより近くにあります。社内なら、上司よりも少し離れた「斜め上」の先輩、別部署のプロジェクトリーダー。社外なら、同業のコミュニティ、勉強会、学び直しの講座、オンラインでの登壇アーカイブ。コンテンツも立派な入口です。著者、ポッドキャストのホスト、ニュースレターの書き手は、価値観が言語化されている分だけ参照しやすい存在になります。
見つけたら、小さく関わってみます。おすすめは「5分インタビュー」。社内チャットやSNSのDMで、相手の時間を尊重する短い依頼を送ります。たとえば「意思決定の際に意識している基準を1つだけ教えてください」「朝のルーティンで欠かさないことを1つだけ」。たくさん聞かないことが続くコツです。対話の後は、学びを自分の言葉でメモし、翌週にひとつだけ行動へ移します。
そして、90日間のミニ実験を設定します。長期計画ではなく、仮説と検証のサイクルです。「週2回、意思決定を会議の前日に文書で準備する」「朝の深い仕事を90分、週3回固定する」「1on1で沈黙を10秒待ってから結論に入る」。実験の開始・途中・終了で短く振り返り、続ける/やめる/変えるの判断をします。ロールモデルの本質は試用可能性にあります。合わなければ遠慮なく手放す、その軽さがむしろ継続を支えます。
観察ポイントを言語化するコツ
うまくいく人は、取り入れたい要素を「行動」「言葉」「環境づくり」に分けて記録しています。例えば「会議冒頭で目的と制約を30秒で確認する」という行動、「難しい決断ほど原則に立ち返る」という言葉、「朝の通知を切る」という環境づくり。名言よりも、再現しやすい設計に注目すると成果が早い。抽象より具体、理念より運用。ここまで落ちると、次の週のカレンダーに載せられます。
バイアスと落とし穴:うのみにしない設計で続ける
ロールモデル探しが苦しくなる最大の理由は、比較の沼です。他人の全体像と自分の現在地を比べないために、最初から「部分」で見る姿勢を決めておきます。誰かの強さは、環境や時期の産物でもあります。あなたの現実で機能するのは、その人のすべてではなく一部です。だからこそ、ひとりに賭けないこと。意思決定の切れ味はAさん、チーム運営はBさん、学びの投資はCさん、とポートフォリオ化すれば、心理的な依存も減ります。
同質性バイアスにも注意が必要です。自分と似た背景の人だけを参照すると、可能性が縮みます。年齢も業種も違う人の方法が、あなたの状況でこそ効くことは少なくありません。距離のあるモデルほど、価値観の前提を揺らし、選択肢の幅を広げてくれます。一方で、生活や健康状態が大きく異なる相手のルーティンを無理に真似ると、疲れが先に来ます。許容量の範囲で試す、だめなら戻す。白黒ではなく濃淡で調整します。
SNSの光と影も直視したいところです。完成形の切り取りは刺激になりますが、「見せるための最適化」が多い場所では、再現性の低い情報も混ざります。使い方のコツは、観察する対象を「出来事」ではなく「原則」に切り替えること。派手な結果ではなく、その結果に至る小さな習慣、判断の手順、時間の使い方を探します。具体的に何時から何時まで何をしたのか、どんな準備があったのか。原則は環境が変わっても応用しやすい資産になります。
もうひとつ、逆ロールモデルの効用も見逃せません。「自分はこうはしない」を言語化すると、日々の迷いが減ります。例えば「情報が揃わないまま大きな約束はしない」「睡眠を削って短期の成果を取りに行かない」といったネガティブリストは、忙しいときほど心を守る盾になります。肯定の参照点と否定の参照点の両方を持つと、意思決定のぶれ幅が小さくなります。
疲れたときの距離の取り方
「見て、試して、比べて、疲れた」。そんな日もあります。比較の消耗が強いときは、いったんインプットを断つのが最善です。通知をオフにし、観察メモも休む。代わりに、自分の生活ログを丁寧に取ると、他人の物語から自分の物語へ視点が戻ってきます。睡眠・食事・運動・人間関係。コンディションが整うと、ロールモデルを取り入れる体力も戻ります。
つながり、育て、更新する:関係性と習慣のデザイン
ロールモデルは、見つけた瞬間に完成するプロジェクトではありません。関係性と習慣の積み重ねで効果が増幅します。まず、会えた相手にはお礼と具体的なフィードバックを返します。「教えてもらった○○を、翌週に△△の場面でやってみた。こう変わった」。成果が小さくても構いません。相手にとっては、自分の知見が誰かの現実で役立ったという手応えになります。この循環が次の会話を生み、学びが深まります。
ギブを設計するのも有効です。情報提供、イベントの紹介、書籍の要約、観察メモの共有。対価はお金だけではありません。相手の時間を増やす工夫をセットで提案できると、関係の温度が上がります。会い方も「短く、具体的に」。30分で議題をひとつに絞る、オンラインで朝の時間に合わせる、非同期でテキストにする。相手の負担を下げる設計は、持続性そのものです。
スポンサーという存在も知っておくと、キャリアの設計が立体的になります。スポンサーは、機会の扉を開ける力を持つ人。ロールモデルと違い、関係投資が前提です。成果を見える形で報告し、信頼残高を積み上げると、次のチャンスが巡ってきます。ロールモデル(参照点)、メンター(助言者)、スポンサー(機会創出者)。この三者の違いを理解すると、誰に何をお願いすべきかが明確になり、無理のない関係設計ができます。
更新のリズムも決めておきましょう。年に一度、「ロールモデル棚卸し」を行います。今の自分に効いている参照点は何か、賞味期限が切れたものはどれか。人物名ではなく、行動・原則・環境の言葉で棚卸すと、入れ替えがしやすくなります。たとえば「意思決定の原則は継続」「朝の深い仕事は別の方法に」「会議運営は新しい型を試す」。ライフステージや仕事の局面に合わせて、参照点もアップデートしていきます。
ケースの断片:部分で借りれば十分に役立つ
例えば、二児のケアをしながら部門を率いるAさんからは「会議前に意思決定の材料を1枚で共有し、当日は合意形成に徹する」という運用を借りる。同時に、専門職として深掘るBさんからは「朝イチの90分で難易度の高い仕事を終える」というリズムを借りる。さらに、社外のCさんの「月次で原則の棚卸しをする」姿勢を借りる。こうして部分を組み合わせると、ひとりの完全コピーよりも現実的で強い設計になります。あなたの状況に合わせて濃淡を調整しながら、半年後に振り返れば、判断と行動の疲労が目に見えて減っているはずです。
まとめ:ロールモデルは借景。あなたの庭を広げるために
ロールモデルは、完璧な誰かを探す競争ではありません。あなたがいま立っている場所から次の一歩を軽くするための「借景」です。観察して、分解して、ひとつ試して、90日で見直す。この小さな循環を回せば、羨望は行動に変わります。まずは今日、日常の中で「いい」と思った言動を1行だけメモしてみてください。来週は、誰かに5分インタビューをお願いしてみましょう。3カ月後、そのメモはあなたの原則集に育っているはずです。
完璧なロールモデルはいりません。必要なのは、いまの自分の現実で機能する一片です。 その一片を積み上げるあなたの営みこそが、次の誰かのロールモデルになります。さあ、最初の観察から始めましょう。
参考文献
- 労働政策研究・研修機構. 管理職に占める女性の割合が12.7%で前回調査からわずかに上昇(2023). https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2023/10/kokunai_02.html
- NHK. 女性の管理職比率 従業員101人以上の企業に公表義務の方針案(2024-08-26). https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240826/k10014701771000.html
- Yoon, H., Scopelliti, I., & Morewedge, C. K. Decision making can be improved through observational learning. Organizational Behavior and Human Decision Processes (2021). https://doi.org/10.1016/j.obhdp.2020.10.011
- 内田恭彦. 日本企業のキャリア・システムにおける学習メカニズム――大手企業役員の経営幹部候補(部長職)時代までの認知学習――(2020). 日本労務学会誌. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jshrm/21/1/21_21/_html/-char/ja
- 山本真理・武田嘉代ほか. 大学生のキャリア発達とロールモデルタイプの関係――ロールモデル尺度(RMS)の開発の試み――(2020). 日本青年心理学会. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsyap/32/1/32_17/_article/-char/ja