一生物の定番とは何か——定義をアップデートする
環境や家計の視点から見ても、クローゼットの中身は小さくないテーマです。統計によると、日本では家庭から廃棄される衣類等の量は年間で約44万トンにのぼり、再資源化される割合は約5%で、ほとんどが焼却・埋立てに回っています(環境省資料)[1]。さらに、国際的な研究データでは過去15年で衣服の平均着用回数が約36%減少したと指摘され、使い切れない服が増えている現実が見えてきます(Ellen MacArthur Foundation, 2017)[2]。一方で、編集部が複数の研究や市場動向を読み解くと、購入の段階で「着用回数が伸びる条件」を押さえた服は、費用対効果が高く、結果として満足度が持続する傾向が明確でした。ここで言う「一生物」は誇張ではなく、長く使い続けられる“定番”としての機能を備えた道具のこと。感性だけに頼らず、データ視点で定番を見つける方法を整理します。
「一生物」という言葉はロマンを帯びがちですが、実用の言葉に置き換えると理解が進みます。編集部の定義はシンプルで、まず期間(10年視野で使える設計)、次に頻度(ワードローブ内で自然と手が伸びる)、そして修理可能性(直しながら戦線復帰できる)の三点が満たされること。加えて、体型や役割の変化、季節やTPOに対する許容範囲の広さがあると“定番力”は一段と強くなります。
研究データでは、ワードローブの着用実態は偏りやすく、上位の少数アイテムが大半の着用回数を稼ぐ傾向が報告されています[3]。つまり、よく着る服はさらによく着られる[4]。その常連枠に入りやすい条件が、静かな色・シンプルな線・手入れしやすい素材・身体に無理のないパターンです。逆に、着用頻度を落とす要因は、扱いにくい生地、着脱に手間がかかる仕様、そして“似合い”の微妙なズレ。心理的な抵抗は想像以上に頻度を左右します。
定番の条件を言語化する
まず似合うこと。顔まわりの色とコントラスト、肩幅や骨格に沿うラインが確保されていれば、鏡の前で迷う時間が減ります。次に耐久性。摩耗しやすい部位に負担が集中しないパターンか、縫い目や芯地が適切か、布地の目が詰んでいるかで寿命が変わります。三つめはケアの容易さ。洗濯表示を見て、自宅ケアで戻せるのか、クリーニング前提なのかを購入前に腹落ちさせることが“放置”の防止線になります。さらに修理の受け皿があるかどうか。ボタンや金具、ソールなど交換可能部品が特定できる服や靴は延命が容易です。最後に、シーン適応。オフィスとカジュアルの境界を跨げる設計は、着用回数を何倍にもします。
ロングセラーから学ぶ——変わらないための工夫
ロングセラーの定番は、意外にも“変化”を折り込んでいます。サイズレンジの拡張、裏地や芯地の素材更新、縫製仕様の微修正。見た目はそのままに、着心地と耐久性をアップデートし続けるからこそ、10年単位で選ばれ続ける。変わらないように、少しずつ変える。この思想を自分のワードローブにも取り入れると、定番選びは現実的になります。
見つけ方の核——フレームと試着の技術
服選びの迷いは、判断の軸が曖昧なときに起きます。編集部は「自分・モノ・時間」という三つの軸で考えることを推奨しています。自分の軸では、生活の役割や通勤手段、冷えやすさなどの体調も含めて現実の一日を描きます。モノの軸では、素材の混率、織りや編みの密度、芯やテープの入り方、負荷がかかる箇所の補強を確認します。時間の軸は、季節と劣化の見通し。色落ちや毛羽立ちの出方、伸びや縮み、そして流行との距離感まで想像すると、目先の新鮮さに流されにくくなります。
試着は“動かして、撮る”が結局いちばん強い
試着室の静止画的な鏡は、生活の動きを写しません。だから、着たらまず動く。腕を上げ、座り、スマホで横や後ろから短い動画を撮ると、肩の逃げや裾の跳ね方、シワの入り方が一目でわかります。裾が椅子に引っかからないか、バッグのストラップと干渉しないかも確認すると、通勤や育児のストレスを未然に防げます。
もうひとつ有効なのは、手持ちの定番三枚を思い浮かべて合わせ方を即興でシミュレーションすること。もし想像がスムーズに三通り以上浮かぶなら、その服はあなたの“定番チーム”と相性がよい可能性が高い。逆に、合わせるために新たな買い足しが必要と感じるなら、定番としてのポテンシャルは弱めです。
タグを読む、縫いを観る、音を聴く
洗濯表示は扱いの手間を可視化する地図です。手洗い可か、タンブル乾燥不可か、アイロン温度は何度か。定番にしたい服ほど、ケア手順が自分の生活と噛み合うことが重要です。縫製は裏返して観ると全体像がつかめます。ロックの始末がきれいか、見えない所の糸調子が整っているか、肩や股ぐりに力布や閂止めが入っているか。靴ならアッパーとソールの境目のコバが均一か、返りの“音”が硬すぎないかを軽く曲げて確かめると、足当たりと耐久のヒントになります。
経済合理性で選ぶ——コストパーウェア(CPW)
定番は感性だけでなく、数字でも説明がつきます。コストパーウェア(Cost Per Wear)は、購入価格を想定着用回数で割るだけの簡単な指標。例えば5万円のコートを10年で300回着れば一回あたり約167円。2万円のコートを30回で手放せば一回あたり約667円。高いものが高いままではないことが、落ち着いて見えてきます。重要なのは、着用回数の見積もりを現実的にすること。そのために、先ほどの三つの軸と試着の技術が効いてきます。
中古やアウトレット、シーズンオフの購入も、定番には相性が良い選択肢です。理由は、形の鮮度ではなく、仕様の完成度で選ぶから。さらに、修理の可用性と二次流通での需要は、総保有コストを押し下げます。ヒールやソールの交換可否、替えボタンやパーツの付属、付属品の管理のしやすさは、意外なところで差になります。サイズ直しの余裕(出し代・詰め代)があるかも、体型のゆらぎに備える大事なチェックポイントです。
実例——編集部員のトレンチコート10年メモ
編集部のあるメンバーは、10年前に買ったベージュのトレンチを今も主力として着ています。選んだ理由は、肩回りの可動域、撥水生地の回復力、そしてボタンとバックルの交換が容易だったこと。1年目は袖丈を詰め、3年目にライナーのスナップを補強、5年目でベルトのステッチを入れ直し、7年目に袖口の擦れを当て布でケア。クリーニングは年1回に抑え、普段はブラッシングとスチームで戻す。結果として、当初の価格は大きく薄まり、通勤からセレモニーまでTPOの横断性が着用回数を押し上げ続けています。もちろん個別の条件は違いますが、修理可能性とケアの容易さが“定番の寿命”を決めるという実感は、他のメンバーにも共通していました。
10年後も愛せる——ケアと更新のルーティン
定番の価値は、買った瞬間ではなく、使い続ける日常で育ちます。帰宅後の数十秒をケアにあてるだけで、寿命は確かに伸びます。ウールやコットンは軽くブラシをかけ、湿気を飛ばす間隔を置く。ニットは休ませることで伸びを戻し、木製の厚みあるハンガーは肩の抜けを防ぎます。直射日光や高温多湿を避ける収納に変えるだけでも、変色や臭いのリスクは下がります。靴は一日休ませ、シューツリーで形を戻すのが基本。これらはどれも、数分単位の習慣で完結します。
一年に一度は“定番の健康診断”を。裾のすり切れ、脇や股の摩耗、ボタンの緩み、ニットの毛玉、靴のハーフラバーの減り具合。小さな補修は小さなうちに。放置はダメージを指数関数的に広げます。修理先は、購入店のアフターサービスだけに限りません。街のリペアやお直し専門店は、ミシンや芯材、接着剤の選び方に熟練があり、必要十分の手当てで日常に戻してくれます。
手放し方も定番の一部です。二次流通が活発なアイテムは、サイズ・色・状態の明記でスムーズに循環します。リセールを前提に選ぶというより、循環可能な設計かどうかで見ると、最初の選択の質が上がります。ブランドの回収プログラムやリサイクルボックス、地域の資源回収といったオプションも、視野に入れておきたいところです。
定番を育てる過程は、暮らしを整えることそのもの。もしクローゼットの見直しを進めたいなら、ワードローブの棚卸しに関する編集部ガイドも役立ちます。例えば、持ち数を絞る方法や着回しの設計は「カプセルワードローブ入門」で、色の選び方は「パーソナルカラーの基礎」で、革靴のケアは「はじめてのレザーシューケア」で詳しく解説しています。リンクはそれぞれ、NOWHの関連記事(/articles/wardrobe-audit、/articles/personal-color-basics、/articles/leather-shoe-care)からご覧いただけます。
まとめ——“定番”は未来の自分への約束
服は、ただの物ではなく、日々の選択を静かに助ける道具です。だからこそ、一生物の定番は、今の自分と未来の自分の両方を軽くする選択であってほしい。三つの軸で現実に照らし、試着で動きを確かめ、CPWで数字を見て、日々の小さなケアで寿命を伸ばす。どれも難しいことではありません。次にクローゼットを開くとき、一枚だけ“定番候補”を取り出して、今日の予定に合わせて動いてみる。その服は、何通りの合わせが浮かびますか。10年後の自分に手紙を書くつもりで、今の一枚を選び直す。きっと、明日の支度はもっと楽になります。
参考文献
- 環境省 令和5年版 環境・循環型社会・生物多様性白書 第3章第2節(家庭からの衣類廃棄に関する記述:再資源化約5%、年間約44万トン)。https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/r05/html/hj23010302.html
- Ellen MacArthur Foundation. The trends and trailblazers creating a circular economy for fashion(衣服の平均着用回数が過去15年で約36%減少の記述を含む)。https://www.ellenmacarthurfoundation.org/articles/the-trends-and-trailblazers-creating-a-circular-economy-for-fashion/
- Laitala, K., Klepp, I. G., Henry, B. et al. Sustainability 12(15):6219(2020)。ワードローブ内の着用頻度の大きなばらつきに関する報告。https://www.mdpi.com/2071-1050/12/15/6219
- Niinimäki, K. et al. Clothing Longevity: The Relationship Between The Number of Users, How Long and How Many Times Garments are Used(ワードローブ調査による着用回数の偏りを示す)。https://www.researchgate.net/publication/352993692_Clothing_Longevity_The_Relationship_Between_The_Number_of_Users_How_Long_and_How_Many_Times_Garments_are_Used