ストレスチェックは「今の自分」を見える化する道具
仕事や職業生活で強いストレスを感じる人は、国内でおよそ半数以上という調査結果が厚生労働省の労働安全衛生調査で繰り返し報告されています。[1] また、2015年からは従業員50人以上の事業場でストレスチェックが義務化され、職場単位での把握と対策が制度として根づきつつあります。[2] 国際的にもストレスは健康課題として注目され、放置せず早めに見える化する重要性が語られています。[3]
ただ、日々の忙しさの中で「自分のストレス、実はどれくらいなのか」を言葉にしづらいのも事実です。編集部が公的データや臨床で用いられる尺度を確認すると、ストレスは“感覚”ではなく“記録”に変えることで初めて、対処のためのヒントが現れることがわかります。研究では、感じた状態にラベルを貼るように「名前をつけて記録する」だけでも、感情の高ぶりが落ち着く可能性が示唆されています。[4] 専門用語で語られがちな領域ですが、ここでは日常語に置き換えながら、今日から回せる方法に落とし込みます。
ストレスはゼロにする対象ではなく、強すぎる負荷を避けつつ程よい緊張を味方にするための調整対象です。だからこそ、まずやることは原因探しの旅に出ることではありません。最初の一歩は、“いま”の負荷レベルと変動の幅を知ることです。これは体温計で熱を測るのと同じで、測る行為自体が次の行動を選ぶ基準を与えてくれます。
いま緊張が強いのか、疲労が溜まっているのか、あるいは眠気が主因なのか。数値や言葉に置き換えるだけで、ぼんやりした不調が「調整可能な課題」に変わります。ストレスチェックはセルフケアのスタートラインであり、十分な行動です。
なぜ「いま」を見るのか:過去や未来より、今日の変化幅
過去の出来事への後悔や、未来への不安を完全になくすことは難しいですが、私たちが直接変えられるのは今日の行動です。そこで役に立つのが、日内や日ごとの変化を捉える視点。昨日より今日はどうか、朝と夜でどう変わったか。変化の方向と大きさがわかると、休むべきタイミングや頑張れる余力を見誤りにくくなります。
何を測る?職場の制度とセルフチェックの違い
まず知っておきたいのは、職場のストレスチェックと個人のセルフチェックは目的が少し違うことです。職場の制度は、集団的な傾向の把握や高ストレス者の把握と面談勧奨を目的としています。[2,7] 個人のセルフチェックは、自分の体調・感情・環境の相互作用をつかみ、日々の意思決定を助けるのが主眼です。どちらも価値がありますが、日常の舵取りに直結するのはセルフチェックの習慣化です。
よく使われる尺度:BJSQとPSSを知っておく
日本の職場で広く使われるのが「職業性ストレス簡易調査票(BJSQ)」です。57項目版や23項目版があり、仕事の量的・質的負担、裁量の度合い、同僚や上司のサポートなど、仕事環境に関わる因子を幅広く捉えます。[5] 個人で取り組むなら、シンプルで日常語に近い「PSS(知覚ストレス尺度)10項目」も使いやすい選択です。過去1カ月の感じ方を振り返る設計なので、月次レビューに向くのが特徴です。[6] いずれも医療行為ではなく自己理解のツールとして位置づけ、点数だけに一喜一憂せず、推移(トレンド)を見ることが大切です。
プライバシーと安心感:書く場所と持ち方を決める
セルフチェックを続けるコツは、「どこに、どう記録するか」を決めて迷いを減らすことです。紙のノートなら寝室のサイドテーブルに置く、デジタルならスマホのメモを固定化する。記録先が決まると、取り組む心理的ハードルが下がります。安心して書ける環境があること自体が、負荷を下げる効果を持ちます。
今日からできるストレスチェックの回し方
方法は驚くほどシンプルで構いません。朝、昼、夜という1日の節目に、体と心の状態に短い言葉と数値を与えます。例えば、朝に「睡眠の質」「体の重さ」「気分の明るさ」を0〜10でざっくり評価し、一言メモを添えます。昼は会議や移動の合間に30秒、呼吸を整えながら緊張の度合いを0〜10でチェック。夜は「疲労」「達成感」「安心感」を見直し、翌日に持ち越したいことを書き出します。1回1分以内で終わらせる設計にするのがポイントです。
色の信号で直感的に:グリーン・イエロー・レッド
数値が面倒に感じる日には、色の信号を使うと続けやすくなります。体と心それぞれに、今日はグリーン(余裕あり)、イエロー(注意)、レッド(休息優先)を直感でつけてみます。信号はあくまで自分の感覚のスナップショット。判定より対処が目的なので、レッドの日を責める必要はありません。レッドは「休む根拠」を与えてくれる合図です。
週に10分のレビューで“点”を“線”にする
週末に10分だけ、1週間のメモを読み返してみます。数値の平均ではなく、上下の振れ幅や、特定の出来事との関係に注目します。例えば、睡眠が短い翌日はイエローやレッドが増えていないか、長時間のオンライン会議が続いた日に気分が落ちていないか。関連が見えたら、翌週のカレンダーに調整を1つ仕込むだけで十分です。会議を15分短くする、移動の合間に外を歩く、就寝前のスマホを部屋の外に置くなど、行動に直結する小さな修正を予定に組み込みます。
その場で下げる技:30秒の呼吸リセット
ストレスが高まった瞬間に使えるミニ技も用意しておきましょう。おすすめは呼吸の比率を整えること。鼻から4秒で吸い、口から6秒で吐くサイクルを数回繰り返すだけで、体の緊張がゆるみやすくなります。数字は目安で、苦しくない範囲で行えば十分です。呼吸リセットは、習慣化すると「上がり切る前に戻す」ブレーキとして働きます。[8] より詳しい練習は、NOWHの解説「1分で整える呼吸法」も参考にしてください。
結果をどう使う?行動に落とすコツ
記録がたまってくると、次に迷うのは「何から変えるか」です。ここで役立つのが、やることを増やすのではなく、負荷の源に近い“面”から小さく削る発想です。例えば、在宅日の会議を2本までにする、週に1日は20時以降のメールを見ない、家事は15分単位で区切り「途中でやめる許可」を自分に出す。具体的な制限は人それぞれですが、共通するのは「翌週の自分が守りやすい形」にすることです。
もう一つのコツは、環境のスイッチを先に動かすこと。寝室の照明を暖色に変える、デスクに水を置きやすくする、スマホの通知をまとめて受け取るよう設定するなど、誘惑や負荷が生まれにくい場を作ると、意志力だけに頼らずに済みます。睡眠との関係が強いと感じたら「40代の睡眠リセット」、人間関係の境界線で疲弊しがちなら「境界線の引き方」のような、テーマ別の工夫も併用してみてください。
年齢特有のゆらぎを感じる時期には、体の変化がストレスの高まりに影響することもあります。ホルモン変動による睡眠の質低下や体温調節の乱れが背景にある場合、無理に気合で乗り切ろうとするほど逆効果です。[10] 情報整理の一歩として、NOWHの「更年期とストレスの関係」も合わせて読んでみてください。体の前提を理解すると、心の調整はぐっと現実的になります。
数値に振り回されないために:3つの見方
ストレスの数値は、ゴールではなく羅針盤です。見る角度を少し変えるだけで、意味は優しくなります。同じ点数でも、先週より上向いているなら良いサインと捉える。悪化の兆しが見えたら、自己否定ではなく休息の根拠にする。そして、一定の期間に偏りがないかをチェックする。こうした見方に切り替えると、数値があなたを裁くものではなく、味方として機能し始めます。
まとめ:やわらかく現状把握、変化は小さく早く
ストレスは見えない相手ですが、測り方を決めてしまえば扱える相手に変わります。朝・昼・夜の短いチェックで“いま”をとらえ、週に10分の振り返りで点を線に。見えた傾向は、翌週のカレンダーに小さな調整として仕込む。これだけで、無理なく効くセルフケアの循環が動き始めます。
完璧な方法を探すより、まず最初の1回を。このページを読み終えたら、次の1分で今日の気分と体の重さを0〜10で記録してみませんか。もしレッドの日があっても、それはあなたが自分を守れている証拠です。小さく早く、そして続けられる形で。明日のあなたが少しだけ楽になるように、いま始めましょう。
参考文献
- 厚生労働省. 平成27年労働安全衛生調査(実態調査)の概況. 2016.
- 厚生労働省. ストレスチェック制度 Q&A(制度の対象・実施義務等). https://stresscheck.mhlw.go.jp/faq_all.html
- World Health Organization. Mental health at work – Fact sheet. https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/mental-health-at-work
- Lieberman MD, Eisenberger NI, Crockett MJ, Tom SM, Pfeifer JH, Way BM. Putting feelings into words: affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science. 2007;18(5):421-428.
- 厚生労働省. 職場のメンタルヘルス対策における推奨調査票(職業性ストレス簡易調査票 等). https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/
- Cohen S, Kamarck T, Mermelstein R. A global measure of perceived stress. Journal of Health and Social Behavior. 1983;24(4):385-396.
- 滋賀労働局(厚生労働省). ストレスチェック制度の概要と目的(労働安全衛生法の改正等). https://jsite.mhlw.go.jp/shiga-roudoukyoku/jirei_toukei/anzen_eisei/_119396.html
- Zaccaro A, Piarulli A, Laurino M, et al. How Breath-Control Can Change Your Life: A Systematic Review on Psycho-Physiological Correlates of Slow Breathing. Frontiers in Human Neuroscience. 2018;12:353.
- オムロン ヘルスケア. 40~50代の睡眠と健康の関係(更年期との関連を含む). https://www.healthcare.omron.co.jp/resource/column/topics/171.html