65歳女性の平均余命は約24年[1]
65歳女性の平均余命は約24年[1]。つまり定年後も四半世紀近い暮らしが続きます。さらに、総務省の調査では空き家率が13%超と報じられ、住まいの選択は個人の問題を超え、社会の課題にもなっています[2]。2019年に話題になった**「老後2000万円問題」**が示したのは、投資の巧拙よりも日々の固定費、とりわけ住居費の大きさでした[4]。編集部が公的統計や住宅・家計関連データを読み解くと、住まいの選び方次第で、老後資金の総額は数百万円単位で変動し得ることが見えてきます。
仕事、子育て、親の介護予兆。複数の歯車を噛み合わせながら走る35-45歳の「ゆらぎ世代」にとって、今はまだ先の話に見える老後の住まい。しかし、住まいは「いま決めること」が後の自由度を決める領域です。専門用語は横に置き、現実的な数字と生活感に基づいて、選択肢を地図のように広げていきます。
35-45歳で考える理由:固定費と自由度の関係
老後資金の議論は、投資や年金の話に向かいがちです。ただ、家計の骨格をつくるのは住居費という固定費。持ち家であれ賃貸であれ、毎月・毎年の支出を小さく安定させるほど、老後資金の「持ち」を良くできるのは直感よりもずっと強い真実です。家賃や管理費、固定資産税、修繕。これらを足し合わせ、時間軸で眺めるだけで、決め方が変わります。
例えば、月9万円の賃料で20年暮らすと支払い総額は約2,160万円になります。更新料や引っ越し費用、物価上昇の影響まで含めると、さらにブレます。一方、分譲マンションで管理費・修繕積立金が月2万円、固定資産税が年12万円とすれば、20年でおよそ720万円。ここに大規模修繕や設備更新(給湯器やエアコンなど)の追加費用が乗ってきます。同じ20年間でも、住まいの型で総額は大きく変わるのが分かります。
ローンが残っている世代なら、金利と手元資金のバランスも鍵です。繰上げ返済で金利負担を下げる選択と、流動性(いつでも使える現金)を確保する選択のバランスは、金利水準、勤労収入の見通し、そして想定外の支出(親の介護や自分の病気による休職)に左右されます。「返せる」より「返しても大丈夫」かを合言葉に、住まいの固定費と現金余力を同時に管理する視点が、35-45歳の今に必要です。
住まいが健康・移動・つながりを左右する
老後の生活の質は、平面の家計表だけでは測れません。徒歩圏に病院や日常の買い物があるか、段差や階段が負担にならないか、地域とのつながりが保てるか。住まいは健康・移動・人間関係という見えにくい資産も左右するため、家賃と広さだけでは選び切れないのです[3]。駅近の小さめ住戸が「割高」に見えても、車の維持費や移動時間、将来の通院負担まで含めて合算すれば、むしろ安い選択になることも珍しくありません[3].
親世帯の「住まい課題」は早めに同時並行で
35-45歳では、自分たちの住まいと同時に、親の家問題が立ち上がってきます。築年数が進んだ戸建て、遠方の実家、名義や相続の整理。「空き家化」を防ぐには、出口の設計(住み続ける・貸す・売る)を早めに描いておくことが欠かせません。休日に権利証や固定資産税の通知、火災保険証券を揃えるだけでも、意思決定のスピードは段違いに上がります。
選択肢の地図:持ち家、賃貸、住み替え、そして新しい形
住まいの選択肢は「持ち家か賃貸か」という二者択一に見えますが、実際にはもっと多層です。持ち家を生かす・縮める・手放す、賃貸に移る・借り続ける・借り換える、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)やURなど公共賃貸、コレクティブハウスのような共助型まで、組み合わせは広がっています。
持ち家を生かす:減らす、直す、場所を変える
戸建てや広めの住戸を所有しているなら、まずは「減らす」発想から入ると現実的です。不要な部屋の荷物を整理して光熱費と清掃負担を下げ、次に段差解消や手すり設置などの**小規模バリアフリー改修(数十万円規模)**で将来の転倒リスクを抑えます。介護保険の住宅改修は上限20万円までが対象になる制度もあり、自己負担を軽くできる場合があります(詳細は自治体で確認を)[5].
築年数が進み、駅や病院が遠い立地なら、駅近の小さめ住戸への住み替えが総合的に合理的です。売却代金でローン残債を整理し、差額を老後資金に回す。車に頼らない生活圏に移ることで、将来の移動コストと時間の負担を圧縮できます。編集部がケース比較を行うと、郊外戸建ての維持費(固定資産税・除草・車維持)を含めた20年総額より、駅近中古マンションの管理費・修繕・固定資産税の合算の方が低い場面は珍しくありません。
賃貸にシフト:流動性でリスクヘッジする
賃貸の強みは流動性にあります。ライフステージや健康状態の変化にあわせ、住み替えが柔軟にできる。手元資金を厚く保てるため、想定外の医療費や介護費に対応しやすいのもメリットです。気がかりなのは家賃の上昇と更新料ですが、礼金・更新料のかからない物件や、長期入居で条件の安定したUR、公的なシニア向け住宅も候補になります。サ高住のように見守りサービス付きの住まいは、月額費用が膨らみがちでも、食事や安否確認を含めたトータルの安心を買うという発想で検討すると比較しやすくなります。
数字で見る:20年・30年の住まいコストを“見える化”
老後資金を具体化するには、住まいのコストを「月額」ではなく**「20年・30年の累計」で把握するのが近道です。やり方はシンプルで、月額×12×年数をまず機械的に弾き、そのうえで物価と家賃の上昇、設備更新、引っ越しの一時費用を上乗せします。マンションなら管理費と修繕積立金、戸建てなら屋根や外壁、水回りの更新サイクルをざっくり入れる。賃貸なら更新料や途中の住み替え費用(敷金・礼金・仲介・引っ越し)を加える。「忘れがちな支出」を前倒しで見積もるほど、計画の精度は上がり、焦りは下がります。**
編集部が複数の家計事例を試算すると、月9万円の賃貸に暮らすケースでは、20年で家賃約2,160万円に、更新・引っ越し・家具家電の入れ替えで数十万〜百数十万円が加わります。分譲マンションに暮らすケースでは、管理費・修繕積立金が月2万円、固定資産税が年12万円なら20年で約720万円。ここに大規模修繕負担金や室内リフォームで数十万〜数百万円が乗る可能性があります。どちらが「正解」ではなく、自分の収入の見通し、欲しい生活圏、体力や家事負担の許容度で最適解は変わります。
ローン、現金、投資:順番を決めておく
ローン残債がある場合、繰上げ返済は心理的な安心をもたらします。ただし、全額を急いで返すよりも、半年〜1年分の生活費+住まいの突発修繕費を現金でキープしたうえで、金利負担と相談しながら段階的に返す方が、生活の安全度は高くなります。超低金利の返済を急ぎ、現金が薄くなって想定外に弱くなるケースは少なくありません。投資は「余力」で行い、住まいの固定費をコントロールする方が、老後資金の土台を安定させやすいという順番を意識しておきましょう。
15分生活圏を採点する:毎日の小さな移動が将来の安心に
スーパー、ドラッグストア、かかりつけ医、銀行・郵便、最寄り駅やバス停。これらが徒歩15分圏内に収まるかどうかを、今の住まいと候補地で比べてみてください。坂や階段の有無、夜道の明るさ、騒音やにおいも忘れずに。小さな不便は若いうちは気にならなくても、年齢とともに確実に重みを増します。毎日の移動のしんどさを前倒しで減らすことが、医療費や時間の節約につながるという視点は、数字に出にくいけれど大切です[3].
今日からできる準備:紙の束と部屋の角から
「決める」の前に「そろえる」。これが, 住まいと老後資金の最短ルートです。固定資産税の通知、火災・地震保険、住宅ローンの返済予定表、管理規約や修繕履歴。これらを一つのファイルにまとめ、家族が見つけられる場所に置く。情報が揃うと、見積もりも相談も一気に前に進むからです。次に、捨てやすい場所(玄関の棚、洗面台、押し入れの手前)から物を減らす。引っ越さなくても、物が減るだけで掃除が楽になり、将来の住み替えやリフォームのハードルが下がります。
親の家も同じ発想で、小さな場所から始めて、権利関係と連絡先だけは先に共有しておく。遠方なら、粗大ごみの回収ルールやリフォーム助成の有無など、自治体サイトをお気に入りに入れるだけでも十分な前進です。相続や売却の基本は、無理のない順番で取り組んでください。
最後に、決めない自由も持っていてください。住まいは一度決めたら終わりではなく、状況に応じて微調整して良い領域です。賃貸で様子を見る、売らずに貸してみる、同じマンション内で住み替える。動ける余白を残すこと自体が、老後資金のリスク管理になります。
まとめ:住まいを整えることは、未来の自分に時間を贈ること
老後の住まいは、正解探しではなく、優先順位の整理です。毎月の支出を安定させ、歩ける生活圏を確保し、家族と情報を共有する。**この三つが揃うだけで、老後資金の見通しは一段クリアになります。**完璧な答えより、今日の小さな前進を。紙を一枚揃える、引き出しをひとつ空ける、駅まで歩いて時間を計ってみる。どれも立派なスタートです。
あなたは、どの一歩から始めますか。住まいを整えることは、未来の自分に時間を贈ること。今日の10分が、10年後の自由をつくります。
参考文献
- 厚生労働省. 令和5年簡易生命表(2023年). https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life23/index.html
- 総務省統計局. 平成30年(2018年)住宅・土地統計調査 特別分析(空き家に関する分析). https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2018/tokubetsu.html
- World Health Organization. Age-friendly environments. https://www.who.int/teams/social-determinants-of-health/demographic-change-and-healthy-ageing/age-friendly-environments
- 金融庁 金融審議会 市場ワーキング・グループ. 高齢社会における資産形成・管理(報告書). 2019年6月3日. https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20190603/01.pdf
- 厚生労働省. 介護保険制度における住宅改修(支給限度基準額等の概要). https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188411.html