内定辞退は権利。だからこそ、早く丁寧に
複数の民間調査では、内定辞退率は3〜6割のレンジに達する年もあるといわれます(新卒では3割前後の年も報告があり、中途では職種・時期により4〜6割とする民間調査もあります)[1,2]。採用が活発な市況ほど、候補者が比較検討する機会は増え、辞退という選択は珍しくありません。編集部が各種データと現場の声を分析すると、共通しているのは「辞退そのものより、伝え方とタイミングが信頼を分ける」という事実です。気まずさを避けたくて先延ばしにすると、ムダな選考工数や欠員リスクを生み、相手にも自分にも負担が増えます。だからこそ、最短で、短く、丁寧に。専門用語で言えば「ステークホルダーへの誠実なコミュニケーション」ですが、日常語に置き換えれば、迷ったら早く電話し、その後のメールで記録を残す、ただそれだけです。
まず前提を整えます。内定は将来の入社を約束する合意であり、承諾後は法律上の労働契約に準じて扱われます[3]。とはいえ、働く側にも選ぶ自由があるため、辞退自体が禁じられているわけではありません[4]。問題は伝え方です。判断がついた時点でただちに連絡する。これが最も大事です。採用側は入社前提で人員計画を組んでいるため、一日遅れるだけで調整の幅が狭まります。逆に、早く伝えれば選考をやり直せる可能性が上がり、関係性も保ちやすくなります。
倫理面でもポイントは明確です。理由は短く事実ベースで述べ、感謝を言葉にして、関係を未来に開いておくこと。たとえば職種や条件が合わなかったとしても、「検討の結果、今回は辞退します」と結論を先に伝え、「選考の機会に心から感謝しています」と続けるだけで、印象は大きく変わります。面接準備の記事でも触れましたが、コミュニケーションは内容と同じくらい順序が大切です。
基本の伝え方:電話で結論→メールで記録→必要なら書面
迷いが晴れた瞬間からが勝負です。まずは連絡手段の優先順位を決めましょう。直接応募なら人事または採用担当へ、エージェント経由ならエージェントに最優先で伝えます。電話は相手の時間を頂く行為なので、平日の日中の業務が落ち着きやすい時間帯(たとえば午前10〜11時台、または午後3〜4時台)を狙い、つながらなければ留守電を残し、すぐにメールで補完します。
電話で伝えるときの要点と言い回し
名乗り、選考のお礼、結論、簡潔な理由、再度の感謝、実務連絡という順に進めると、会話がスムーズです。たとえば「お世話になっております。◯◯と申します。このたびは内定のご連絡をいただき、誠にありがとうございました。大変恐縮ですが、熟考の結果、内定を辞退させていただきたくご連絡しました。理由は◯◯の観点で現職継続を選択したためです。貴重な機会をいただき心より感謝しています。必要な手続きがあればお知らせください」と、先に結論を明確にすると相手も対応に移れます。詮索が入ったとしても、詳細に踏み込む必要はありません。繰り返し「今回は◯◯を優先する判断です」と短く戻し、感謝で締め直します。
メールの文面例(件名・本文)
電話が難しい場合や、会話後の記録にはメールが有効です。件名は「内定辞退のご連絡(氏名)」など、ひと目で要件が分かる形にします。本文は「◯◯株式会社 ◯◯様 いつもお世話になっております。◯◯と申します。このたびは内定のご連絡をいただき、誠にありがとうございました。大変恐縮ではございますが、熟考の結果、内定を辞退いたしたく存じます。理由は◯◯の事情により現職継続(もしくは他社での機会を選択)する判断に至ったためです。選考の機会に深く感謝申し上げます。貴社の益々のご発展をお祈りするとともに、必要な手続きがございましたらご指示いただけますと幸いです。取り急ぎメールにてご連絡申し上げます。署名」と、敬意と結論を明確にしておきます。
書面の提出(内定辞退届)を求められる場合もあります。指定があれば従い、なければメールで十分なことが多いのが実務です[5]。エージェント経由の場合は、候補者の負荷を減らすためにエージェント側が先方と調整してくれます。依頼できることは遠慮なく頼って大丈夫です。
ケース別の言い方:理由は短く、未来を向く
辞退の理由は人それぞれですが、共通するコツは「短く、具体語を一つだけ添え、未来志向で締める」ことです。相手の努力を否定したり、待遇の細部を列挙したりする必要はありません。必要十分の説明で、関係を開いておきます。
他社を選んだときの伝え方
比較検討の末に他社を選んだなら、「検討の結果、別の機会を選択することにいたしました」と結論を先に置き、「業務領域(または事業フェーズ)が現時点の志向と合致したためです」と一点だけ触れます。「貴社の◯◯の取り組みには深く感銘を受けました。今後ともご活躍を心よりお祈り申し上げます」と敬意を添えると角が立ちにくくなります。
条件・仕事内容のミスマッチの場合
待遇や役割の差異は、細部を並べるほど相手の努力を否定しがちです。「職務範囲と今後のキャリアの方向性を踏まえ、今回は見送らせていただきます」と要点にとどめるのが賢明です。交渉の余地があると感じるなら、辞退ではなく相談として切り出す選択肢もありますが、辞退を決めた後ならキッパリと結論を伝えます。
家庭・健康・介護などプライベートな事情
プライバシーに関わる内容は詳細説明の必要がありません。「家庭の事情により、直近の環境変更が難しい状況です」と事実のみを置き、「大変心苦しいのですが、今回は辞退いたします」と結びます。なお、仕事と介護の両立は予測不能な負荷がかかります。状況が落ち着いたときに再度連絡できる余地を作っておくのも一つの配慮です。
揺らぎに向き合う:罪悪感、詮索、カウンター提案への対処
辞退の連絡は、小さな痛みを伴います。編集部にも、39歳マーケティング職の読者から「最終面接で惹かれた会社を、介護の事情で見送った」との声が届きました。彼女は朝一番に担当者へ電話し、事情の細部は語らず「現時点では現職継続を選びます」と伝えたそうです。相手は残念がりながらも理解を示し、数分で通話は終了。すぐにお礼メールを送り、必要な手続きを確認。全体でその日の午前中に完了しました。彼女が振り返ったのは、「怖かったのは相手の反応ではなく、自分の決断に迷いが残っていること」でした。だからこそ、まず自分の判断軸を言語化するのが先です。
詮索への返し方は「同じ言い回しの反復」で十分
「具体的にどこがダメでしたか」「年収なら再検討します」など、善意の詮索や提案が続くことがあります。ここで新情報を出すほど、会話は長引き、相手に余計な期待を残します。「今回は◯◯を優先する判断です」「現職で取り組むべきプロジェクトに集中します」など、同じフレーズに戻すのが最短で誠実な対応です。誠実さとは、相手の時間を奪わないことでもあります。
カウンターオファーや入社時期調整の提案が来たら
年収アップや役割見直し、入社時期の延期提案が来ることもあります。心が揺れるのは自然ですが、辞退を決めた後なら、交渉に応じるほど負荷が増えます。「大変ありがたいご提案ですが、判断は変わりません」と感謝と結論を一緒に伝えるのが最短距離です。もし本当に検討余地があるなら、辞退連絡の前に相談として切り出すのが筋です。関連して、退職交渉の記事も参考になります。
内定承諾後の辞退は、より迅速により丁寧に
承諾書提出後の辞退は、企業側の準備が進んでいるぶん影響が大きくなります。法的なグレーを過度に恐れる必要はありませんが、相手にコストが発生している可能性を意識し、連絡のスピードとお詫びの密度を上げましょう[3,4]。「多大なご迷惑をおかけし恐縮ですが、現時点で最善と考えた結果です」と明確に謝意と結論を伝え、貸与物や書類、機密の取り扱いなど実務の確認を先回りします。SNSでの共有は控え、社外への情報の扱いには細心の注意を払います。
メールだけで済ませてよいか、電話は必須か
結論から言えば、電話が望ましいが、相手が多忙で繋がらない、業務で電話文化が薄い、国際時差が大きいなどの事情があるなら、メールでも問題はありません[6]。大切なのは、結論が明確で、到達性が高く、履歴が残ること。チャットツールでの連絡は見落としがちなので、メールを併用すると安心です。件名と冒頭の一行で要件が伝わっているかを、送信前に必ず読み返してください。
最後に、辞退は終わりではなく関係の始まりでもあります。採用担当者は、数年後に別ポジションであなたを思い出すかもしれません。だからこそ、短く、速く、丁寧に。感謝と敬意を明確に残す。それが、自分も相手も大切にするやり方です。揺らぐ心には、罪悪感との付き合い方の記事もそっと置いておきます。決めた自分を信じ、次の一歩にエネルギーを残しましょう。
まとめ:短く、速く、丁寧に。未来を開く辞退へ
内定辞退はキャリアの敗北ではなく、選択の力です。判断がついたら、その日のうちに電話で結論を伝え、同日中にメールで記録を残す。理由は一つだけ短く述べ、感謝と敬意で結ぶ。詮索やカウンター提案には同じ言い回しで戻し、関係を損ねないまま会話を終える。これだけで、あなたの時間も、相手の時間も守れます。次のアクションとして、連絡先の整理と文面の下書きを今日のカレンダーに15分だけ確保してみませんか。数行の準備が、明日の自分を助けます。
参考文献
- OfferBox(人事ZINE)「新卒・中途の内定辞退率」 https://offerbox.jp/company/jinji-zine/shinsotsu-naiteiritsu/
- 株式会社リクルート(就職みらい研究所)「就職プロセス調査(2024年卒)2023年3月18日時点 内定状況」 https://www.recruit.co.jp/newsroom/pressrelease/2023/0329_12160.html
- マイナビ サポネット「採用過程における法的知識『採用の自由』と『労働者・求職者の権利』を知っておこう」 https://saponet.mynavi.jp/column/detail/s_saiyo_s02_s03_s20210427115624.html
- マネーフォワード ビジネス「民法627条とは?退職の申入れや解雇予告についてわかりやすく解説」 https://biz.moneyforward.com/contract/basic/20099/
- マイナビ転職Q&A「内定辞退の返事が遅れてしまった場合はどうすればいい?」 https://tenshoku.mynavi.jp/knowhow/qa/5/098/
- 就活マガジン「内定辞退のお詫びメールの書き方」 https://shukatsu-magazine.com/apology-email/