概要
統計によると、2024年末時点で分散型金融(DeFi)に預けられた資産総額=TVLは約900億ドル規模に達しています(DefiLlama等の集計)[1]。一方でChainalysisのレポートでは、暗号資産のハッキング被害総額は2022年の約38億ドルから2023年には約17億ドルへと減少したものの、依然として無視できない水準です[2]。拡大する可能性と、冷静に見たいリスクが同居している。キャリアも家計も「攻め」と「守り」の調整が難しくなる私たちの世代にとって、この相反する現実は他人事ではありません。編集部が国内外のデータを読み解いた結論はシンプルです。チャンスは現実的で、リスクも具体的に言語化できる。専門用語を日常言葉に置き換えながら、等身大で向き合ってみます。
DeFiとは何か、今なぜ注目されるのか
DeFiは、銀行や証券会社といった仲介者の代わりに、ブロックチェーン上の「スマートコントラクト(自動実行されるプログラム)」がルールを守る金融の仕組みです。預ける、借りる、交換する、運用する––こうした行為が24時間365日、コードに沿って自動で処理され、取引履歴は誰でも検証できます。窓口や営業時間は存在せず、必要なのはウォレット(自分専用のデジタル財布)と少額の手数料だけ。言い換えると、インターネットと同じスピードで動く金融インフラです。
一般的に、DeFiの主要ユースケースは分散取引所(DEX)、貸借プロトコル、ステーキングや流動性提供などに分類されます。銀行の「預金」「両替」「融資」に相当するサービスがコード化され、相手方の信用ではなくプログラムの整合性に依存する点が特徴です。もっと身近なたとえに直せば、レシピ通りに作れば同じ結果が出る料理のように、条件と手順が透明であることが魅力だと言えます。
キホンの仕組みを日常言葉で
「年利◯%」と表示されることがありますが、これは銀行の定期のような固定利回りではありません。需要と供給、手数料の分配、報酬トークンの価格に左右される変動の指標です。たとえばイーサリアムのネットワークを支えるステーキング利回りは、2024年に年率おおむね3〜5%で推移しましたが、市況次第で上下します[3]。手数料(ガス代)はチェーンの混雑で変わるため、夜間や週末の方が安いこともあります。誰でも使える一方で、自己管理がすべての前提になる。ここが伝統的な金融との大きな違いです。
いま注目が集まる背景
注目の背景には二つの動きがあります。一つは、資産形成の選択肢が広がったこと。小口からアクセスでき、保有資産の一部をオンチェーンで運用する人が増えています。もう一つは、決済・送金のインフラとしての成熟です。ステーブルコインの流通は年々拡大し、オンチェーン送金は国際送金より低コストで済むケースが増えました。とはいえ、2023年3月には主要ステーブルコインが一時0.88ドルまで乖離した事例もありました[4]。スピードと開放性の裏側には、安定性に関する学びがまだ必要だという教訓が残っています。
DeFiの可能性:生活者にとっての価値
まず、資産形成の観点です。DeFiは少額から分散を実現しやすい設計です。たとえば国内取引所で購入した暗号資産をウォレットに送り、分散取引所で別の資産に交換したり、貸借プロトコルに担保として預けたりすることができます。編集部ではテストとして約5,000円相当を用い、レイヤー2のネットワーク上でステーブルコインに交換し、金利が動く貸借プールを覗いてみました。混雑の少ない時間帯なら手数料は数十円〜数百円程度で、取引も数十秒で完了します。銀行アプリでの「振替」に近い体験ですが、相手は人ではなくコードです。
次に、時間価値の観点があります。営業時間の制約がないため、仕事や家事の合間に完結できます。24時間いつでも検証可能で、処理の流れが見えることは、忙しい私たちにとって「後回しにしない」きっかけになります。さらに、地政学や為替の分散という意味でも可能性がある。円建て資産が中心でも、オンチェーンで外貨建てのエクスポージャーを持つことは技術的に難しくありません。もちろんボラティリティというリスクを伴いますが、選択肢があること自体は強みです。
実需面でも進化が進みます。ステーブルコインによる支払いは、フリーランスの海外案件や越境ECの入出金において、従来型の送金手段より速く、場合によっては安価です。世界銀行の推計では国際送金コストは依然平均6%前後とされます[5]。一方で、オンチェーン送金ではチェーン選択や時間帯次第で、より低コストに抑えられる場面もあります。私たちの生活で言えば、子どもの留学費用の一部を海外に送る、海外のSaaS代金を支払う、こうした場面で「待ち時間」と「手数料」を可視化して選べるのは、たしかな前進です。
最後に、参加のしかたそのものが価値になり得る点です。多くのプロジェクトは運営の意思決定にコミュニティ投票を採用しており、保有トークンに応じて提案や投票が可能です。使い手がルール作りに関与できるという構造は、従来の金融では希少でした。もちろん、これは投機とは別の意味での「長期的な関与」を要します。プロダクトを使い、ガバナンスの議論を読み、自分の意見を持つ。手間がかかる一方で、学びは資産になります。
DeFiのリスク:見えない落とし穴と対策
可能性の裏側にはリスクがある。ここを曖昧にしないことが、結局いちばんのリスク管理です。まず技術的なリスク。スマートコントラクトのバグや設計ミス、オラクル(価格参照)の歪み、管理者権限の濫用など、コード起因の事故は現実に起きています。Chainalysisの分析では、2022年は被害の大半がDeFi関連に集中したと報告されています[6]。2023年は総額が減ったとはいえ、個別プロジェクトの脆弱性を突いた攻撃は続きました。監査済みでもゼロにはならない。ここは冷ややかに受け止めるべきポイントです。
次に、市場リスクと流動性リスクです。暗号資産の価格変動は大きく、担保価値が急落すれば清算(強制売却)が発生します。分散取引所での流動性提供は、価格差によって「含み損のように見える状態(インパーマネントロス)」が生じます。これは複雑に感じますが、たとえば片方の資産が急騰した場面では、プール内で保有比率が自動調整されるため、単純保有より結果が見劣りする可能性がある、という理解で十分です。利回りの数字だけで判断せず、どんな条件で損が膨らむのかを先にシミュレーションする姿勢が大切です。
運用と人為のリスクも軽視できません。ウォレットの秘密鍵やシードフレーズを失うと、資産は基本的に戻りません。フィッシングサイトや偽アプリは巧妙で、正規サイトに見せかけたリンクがSNSに流れることもあります。編集部でも、検索広告の上位に偽サイトが紛れ込むケースを複数確認しました。対策としては、公式サイトのブックマークを起点にアクセスし、承認(許可)したアプリの管理画面を定期的に見直し、使わない権限は取り消す。ハードウェアウォレットを用い、大金はホットウォレットに置かないという線引きを習慣化する。この一連の作法は、最初は煩雑でも、手を動かすほど身体知になります。
最後に、規制・税制・会計の文脈です。国や地域によって取り扱いが異なり、課税イベント(売買や一部のスワップに課税が生じるなど)の判定や記録が必要です[7]。年末に慌てないためには、取引履歴を早めにエクスポートし、分類のメモを残すのが実務的です。税務は後回しにしない。これだけで不要なストレスを減らせます。
小さく試す方法と現実的なマイルール
はじめて触れるなら、体験の設計がすべてです。まずは国内の規制に適合した取引所で少額を購入し、ウォレットを作成して送金するところまでをゴールに設定します。シードフレーズは紙に書いてオフラインで保管し、写真に撮らない、クラウドに置かない。ここまでで一日を終えても構いません。次のステップでは、レイヤー2など手数料の安いチェーンを選び、安定性の高い資産を中心に、交換やステーキングの画面を実際に触ってみます。利回りの数字は記録し、翌週にもう一度見比べて、変動の感覚を掴みます。
資金配分は生活と心拍数に合わせます。編集部の目安は、まず「失っても生活に響かない金額のみ」をDeFiの実験枠にすること。次に、家計全体の中でリスク資産の上限を決め、そのごく一部をオンチェーンに割り当てること。そして、あらかじめ「撤退ライン」を決めてから入ることです。たとえば評価額が◯%動いたら一度現金化する、清算に近づいたら入金ではなくポジションを小さくする、こうした具体的なルールは、迷いの時間を減らしてくれます。
疑問が湧いたら、基礎に立ち返る導線を手元に置いておきましょう。ウォレットの基礎ガイド、ブロックチェーン手数料の基礎、ステーブルコインとは、そして判断の土台にはリスク管理の基本が役立ちます。リンクはブックマークし、SNSの流れてくるリンクではなく、自分の導線から開く習慣をつけてください。
まとめ:可能性とリスクを同じ机に広げる
DeFiは、私たちがお金と時間の主導権を取り戻すための、新しい実験場です。高揚感だけでも、恐れだけでも長続きしません。可能性とリスクを同じ机に広げ、言葉にしてから一歩出る。それが等身大でやっていくための最短ルートです。今日できることは小さくて十分です。ウォレットを作る、数千円で交換を試す、家計のルールを一行書き出す。どれか一つを選び、来週の自分にメモを残してみませんか。迷いはなくならないけれど、迷い方は上手になっていきます。
参考文献
- Holder.io. DeFi Total Value Locked Reaches $88 Billion in December 2024. https://holder.io/news/defi-tvls-dec-2024/#:~:text=DeFi%20Total%20Value%20Locked%20Reaches,88%20Billion%20in%20December%202024
- Coinlive. Chainalysis Cryptocurrency Hacking Report 2023. https://www.coinlive.com/news/chainalysis-cryptocurrency-hacking-report-2023#:~:text=hacked,2022%20to%20231%20in%202023
- Stobix. Ethereum (ETH) Staking Guide and Yield Factors. https://stobix.com/staking/ethereum-eth#:~:text=and%20Trust%20Wallet%2C%20and%20most,network%20activity%20and%20validator%20performance
- Axios. USDC falls to $0.88 after SVB collapse concerns. https://www.axios.com/2023/03/11/circle-usdc-peg-svb#:~:text=Circle%27s%20stablecoin%2C%20USDC%2C%20which%20is,by
- World Bank. Remittance flows grew in 2023; costs remain high. https://www.worldbank.org/en/news/press-release/2023/12/18/remittance-flows-grow-2023-slower-pace-migration-development-brief#:~:text=According%20to%20the%20Bank%E2%80%99s%20Remittances,Banks
- Chainalysis. The 2023 Crypto Crime Report (DeFi share of hacks in 2022). https://blog.chainalysis.com/reports/2023-crypto-crime-report/
- Koinly. Crypto Tax in Japan: The Ultimate Guide. https://koinly.io/nl/guides/crypto-tax-japan/#:~:text=Trading%20one%20crypto%20for%20another,are%20selling%20your%20BTC%20for