統計と事実
クローゼットの中の服のうち、実際に日常で着回しているのはわずか2〜3割——海外の消費者調査では、こうした傾向が繰り返し報告されています[1,2]。また、編集部で各種データを照合すると、着用頻度の低い服が視界を占有し、選択の決断回数を増やしていることが、時間ロスと満足度の低下を招いていることが見えてきました。ワードローブの適正量診断は、感覚や気分ではなく、生活の実態から必要な枚数を数式で決める方法です。洗濯のサイクル、週の予定、地域の気候という誰にでもある条件に置き換えれば、35〜45歳のわたしたちが抱えがちな「役割の多層化」や「体調・体型のゆらぎ」も、現実的な管理の範囲に収まります。目的は減らすこと自体ではなく、迷いを減らし、毎朝を軽くすること。なお、日本の公的機関のデータでも「買ったのに着ていない服」が一定数存在する実態が示されており(例:一年間に一度も着られていない服が一人あたり平均35着)[5]、手放す枚数より購入枚数が上回る傾向も指摘されています[5]。そのための診断フレームと運用術を、実例とともに紹介します。
適正量が必要な理由:迷いは“数”で小さくできる
医学の話ではありませんが、意思決定の心理学では、選択肢が増えるほど決断の満足度が下がる「選択のパラドックス」が指摘されています[3]。クローゼットでも同じことが起きています。研究データでは、服の使用実態に偏りがあるほど、選ぶ時間が延び、コーディネートの満足度が低くなる傾向がみられます。つまり、バリエーションのために増やすほど、日常の正解が見えにくくなるのです[3]。
データが示す「着ていない服」
海外の調査では、未使用またはほとんど着られていない衣類の比率が高いことが報告されています(例:ワードローブの約4分の1が未使用のまま)[1]。さらに、日常の着用は一部の定番アイテムに集中する傾向も示されています[2]。実感と一致する人も多いはず。視覚的に常に目に入るのは、むしろ出番の少ない服たちで、判断のノイズになっているのが現実です。
迷いのコストは時間と劣化に跳ね返る
朝に1日5分迷うと、年間で約30時間。その間、出番の少ない服は保管の負荷を増やし、クリーニングの手間や保管スペースのコストも生みます。加えて、日本では衣服の焼却・埋め立て量が1日あたり約1,200トンにのぼるとされ[4]、使い切れない衣類の積み増しは環境コストの側面も無視できません。反対に、適正量が決まると、視界はクリアになり、アイテム同士の相性が上がるため、1枚あたりの着用回数が増えて元が取れます。ここからは、感覚に頼らず適正量を決める診断を、3つの数で組み立てます。
適正量診断:3つの数で決めるフレーム
適正量診断は、生活の“リズム”を表す3つの数から始めます。数1は「無洗濯の最大日数」、数2は「生活シーンの週あたり回数」、数3は「アイテム別の回転係数」。これらを掛け合わせると、季節ごとの必要枚数の目安が出ます。
数1:無洗濯の最大日数を決める
まず、あなたの家での洗濯リズムを思い浮かべます。週2回なら、前回から次回までの最大の間隔は3〜4日になりやすい。これを「無洗濯の最大日数」として設定します。汗をかきやすい時期や、子どもの行事が続く週は間隔が延びることもあるため、通常値に+1日の余裕を持たせると実用的です。
数2:生活シーンの週あたり回数を押さえる
次に、1週間の行動をザックリ棚卸しします。出社、在宅勤務、保護者会や来客、運動や送迎、週末の外出など、あなたの「場面」を思い出して、何日分必要かを書き出してみてください。制服やドレスコードの有無もここで反映します。場面が多いほど服が増えますが、実は重なって使えるアイテムも多い。ここは後で調整する前提で、まずは実態に忠実に数えます。
数3:アイテム別の回転係数を置く
同じ日数でも、トップスとボトムス、ワンピースでは必要枚数が異なります。汗や皮脂が乗りやすいトップスは1日1枚の回転が基本。一方、ボトムスは2日に1本でも清潔を保ちやすく、ワンピースはトップスと同じく1日1枚の回転と考えるのが現実的です。アウターは気候帯にもよりますが、季節に2〜3枚あれば充分に回せる人が多い。これを「回転係数」として計算に使います。
式とチャート:数で出す“あなたの正解”
考え方はシンプルです。季節ごとに、トップスは「無洗濯の最大日数」に予備係数1.3をかけた数をベースにします。例えば無洗濯最大4日なら、トップスは約5〜6枚が“その季節のベース”。ボトムスはその半分程度、ワンピースはトップスと同等、アウターは2〜3枚から始めると、まずは破綻しません。生活シーンの回数が多い項目(たとえば出社が週3など)は、トップスのベースから+2〜3枚の上乗せで安定します。数字は小さく見えるかもしれませんが、色と形を揃えて相互に組み替え可能にすると、組み合わせ数は一気に広がります。
ケーススタディ:週3出社・洗濯は週2回
40歳、都内在住。出社3日、在宅2日、週末は家族と外出が1日。洗濯は水・土の週2回、最大間隔は3〜4日。この設定で春秋シーズンの目安を出してみます。トップスは、最大4日に予備係数1.3をかけると約5〜6枚がベース。出社が3日あるため、ジャケットの中に着られる布帛シャツやカットソーを+2枚すると、全部で7〜8枚。ボトムスはトップスの半分を目安に3〜4本、ワンピースは職場のドレスコードに合わせて2枚。アウターは温度差を見込み、軽羽織とジャケットで2枚。これで、出社3パターン、在宅2パターン、週末1パターンを無理なく回せます。数が物足りないと感じる場合は、「汗をかく日」「オンライン会議で映える日」など、役割を付与して+1〜2枚まで許容すると、過不足が出にくくなります。
真夏や真冬はトップスの消費が早まるため、無洗濯の最大日数が同じでもトップスだけ+2枚の調整が機能します。逆に梅雨や花粉の時期で外干しが難しい家は、無洗濯日数に+1して計算すると現実的です。
適正量を保つ運用術:減らす・選ぶ・維持する
診断で目安が出たら、次はクローゼットの中身をその数に近づけていきます。ここからは、数を決める以上に効いてくる“運用”の視点です。大事なのは、厳しすぎる断捨離ではなく、行動で回る仕組みにすること。
減らす基準は「時間」で決める
サイズやトレンドだけで決めると、迷いが続きます。おすすめは時間を物差しにするやり方です。ここ1年で0回の服は、あなたの現実の生活シーンにまだ居場所がない可能性が高い[5]。試着しても「出社の何曜日に着るか」「誰に会う日に着たいか」が3秒で浮かばないなら、いったん保留ボックスへ移します。逆に、頻度が低くても「セレモニー」「公式の場」のように役割が明確な服は、適正量の外に置く“特別枠”として残してOK。時間の枠で仕分けると、自責や後悔を減らしつつ、現実的に減らせます。
選ぶ基準は「色と形」を固定する
適正量を小さく保つには、相互互換性が命です。色はベースカラー2色(たとえばネイビーとグレージュ)に、差し色1〜2色を季節で入れ替える程度に固定します。形は「上はコンパクト、下はストレート」「上はとろみ、下はハリ」のように、質感の相性を決めておくと、朝の計算が不要になります。35〜45歳は体調や体型のゆらぎで“昨日の正解”が変わることもあります。そこで、ウエストが可変のボトムスを1本、温度調整のための薄手カーディガンを1枚、季節ごとに必ず入れておくと、崩れにくい。色と形の土台を作るヒントは、NOWHの「40代のカプセルワードローブ術」や「色選びの基本パレット」でも詳しく解説しています。
維持は「小さなルール」を続ける
運用の肝は、戻る仕組みです。新しい服が1枚入ったら、同じカテゴリから1枚を保留ボックスへ移す1in-1outが、もっともシンプルで効果的。さらに、四半期ごとに15分のクイック点検を予定に入れ、着用回数が0〜1のものが3点以上出たら、診断の数字を見直します。洗濯やメンテの習慣も、回転を支える大事な要素。乾きやすい繊維を中心に選ぶ、夜洗って部屋干しできる導線にするなど、暮らし側の調整が効きます。生活導線の整えかたは「洗濯の段取りを軽くする習慣」や「クローゼット編集の基本」も参考にしてください。
まとめ:数で軽くする。余白で遊ぶ。
適正量診断は、あなたの暮らしに合わせて必要十分を決めるための物差しです。無洗濯の最大日数、生活シーンの回数、アイテムの回転という3つの数に置き換えるだけで、クローゼットは驚くほど静かになります。数が決まれば、選ぶ時間は短くなり、1枚との付き合いは深くなる。空いた余白は、新しい役割や季節の気配に、プレイフルに使えます。まずは今週、紙に「無洗濯の最大日数」を書き、トップスの目安を5〜6枚に仮設定してみませんか。足りない場面が見つかったら+1、余っているなら保留ボックスへ移動。それだけで、来週の朝はきっと軽くなります。さらに整えたくなったら、関連特集「クローゼット編集の基本」や「40代のカプセルワードローブ術」も、次の一歩に役立つはずです。
参考文献
- Laitala K, Klepp IG, et al. Sustainability. 2022;14(1):487. Consumers’ clothing use and the amount of unused garments in wardrobes. https://www.mdpi.com/2071-1050/14/1/487
- OsloMet Consumption Research Norway (SIFO). Clothing Research – Consumer behaviour. https://clothingresearch.oslomet.no/tag/consumer-behaviour/page/2/
- Iyengar SS, Lepper MR. When choice is demotivating: Can one desire too much of a good thing? Journal of Personality and Social Psychology. 2000;79(6):995–1006. https://doi.org/10.1037/0022-3514.79.6.995
- 消費者庁. げっかん消費者 2025年 グリーンライフ特集(ファッションの短サイクル化と衣服廃棄量). https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_education/public_awareness/gekkan/2025/green/contents_002.html
- 環境省. サステナブル・ファッション(日本の衣服の利用実態:一年間未着用の服が平均35着 ほか). https://www.env.go.jp/policy/sustainable_fashion/